竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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今回は緋想天のエピローグ的な回になります。こういう事は確りやるべきだと思うから。


第百七十一話 二人の別れ

天人の下を去り、博麗神社で新しい生活をし始めた永江衣玖。

以前の職場との環境の違いに苦労しながらも、敬愛するリュウの下に居られる幸せを噛み締めているが、ここ最近の彼女はどうも落ち着きがなかった。

 

「……また、ですか」

 

裏庭で洗濯物を干していた衣玖だが、何かを感じ取ったのか、作業の手を止め辺りを見渡し始める。

しかし、辺りを見渡してもこれといった不審なものはなく、何時もと変わらない光景が広がっている。

一体なんだったのだろうと衣玖は首を傾げていると、本を片手にした霊夢が偶々そこを通りかかった。

 

「ん? どうかしたの衣玖。珍しく首を傾げちゃって」

「あ、霊夢さん。実はここ最近、誰かに見られているような気配がしまして」

「見られているって……衣玖の事を?」

「はい。全く迷惑な話です」

 

そう口にして心底ウンザリした様子で衣玖は深い溜息を吐く。

珍しく溜息を吐く衣玖を見て、霊夢も不審者がいないか辺りを見渡すが、やはり不審な影は何処にも見当たらない。

衣玖の勘違いではないのかと思ってしまうが、彼女がこんな嘘を吐くような性格ではない事を霊夢は良く知っていた。

だから衣玖の勘違いではなく、本当に彼女の事を狙っている不審者がいるのだろう。

この博麗神社で衣玖を付け狙うなど、大した度胸ではあるが……無謀も良いところだ。

 

「別にそんな奴は見当たらないけど、あんまりしつこい様ならリュウに相談してみる?」

「それは大変ありがたいのですが、あの方のご迷惑に為ってしまうのではないでしょうか」

「大丈夫だって。アイツならきっと二つ返事で不審者を見つけ出して、そいつを斬り捨てるわよ」

「あの方なら本当にしそうですから笑えませんよ」

 

呆れながら言う衣玖だが、その表情は先程よりも和らいだものになっていた。

その表情を見て霊夢も安心したのか、縁側に座り込んで衣玖と雑談をし始める。

内容は既に不審者の事から今日の昼食の事に変わり、二人とも不審者の事などすっかり忘れている。

 

「今日はコレを作ろうと思うんだけど、材料足りるかしら?」

「ん~……微妙なところですね。できない事はないと思いますが、少々物足りないかと」

「だったら今の内に買い物をしておかないと、昼食には間に合わないわね」

「確かにそうですが、それは夕食に回して、昼食は残っている食材で作れるモノにするのも手かと」

「あ~その手も有るのか」

 

二人が昼食の内容を話し合っていると、近くの茂みが僅かに動いた。

風に揺られたにしては不自然な揺れ方だったが、話に夢中の二人はその事に気付かない。

茂みの揺れは何かが移動するかのようにそのまま境内の方へと続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

リュウSide

 

俺が道具採取から帰ってくると、境内へと続く階段の頂上に珍客が座り込んでいた。

衣玖を迎えに天界へ行った時に会ったあの天人。名前は……なんていったけか?

名前を聞く前に戦闘になったから知らないけど、確か衣玖は〝総領娘〟とか呼んでいたか。

アレの父親が総領主なのかもしれないが、確実に名前じゃないよな。

別に名前を覚える気もないが、あのまま階段に居座られても邪魔だし、さっさと退かすか。

 

「おい、そこの駄目天人。そんな所に座られてると邪魔だからどっか行け」

「人をいきなり邪魔扱いとか、地上人の癖に生意気……って、貴方はあの時の!? もう帰ってきたの!」

「此処は俺んちなんだから、帰ってくるのは当然だろ」

 

人の顔を見るなり驚くなんて大分失礼な奴だな。思わずそう思ったが、よくよく考えてみるとそう言う反応をする奴の方が多いことに気付く。

神々なんかは言わずもがなだが、一度でも俺と戦った奴って殆ど同じ様な反応をしてくるんだよな。……流石に凹むな。

 

「ん? 如何したのよ。なんか暗い顔をしてるわよ」

「……いや、何でもないから気にするな。それよりも今度は何しに来たんだ。また神社でも乗っ取りに来たのか」

「ふん。こんな土臭さそうな神社に未練なんてないわ。ワタシの別荘にするには狭いし」

「あっそう。だったら大方衣玖の様子でも見に来たってところか」

「な、なんで貴方がその事を知ってるのよ!?」

「……わっかりやすい奴だな」

 

それ以外に此処に来る理由が有るのか? 思わずそんな言葉が出そうになったが、グッと堪えて飲み込んだ。

下手に刺激すると喧しいだけだし、あまり刺激せずにさっさと帰ってもらうようにしよう。

 

「ま、まぁワタシの目的がバレたところで貴方達に迷惑掛けてない訳だし、今日のところは見逃してあげる」

「なんで俺が見逃して貰わなきゃいけないんだ。普通逆だろ」

「天人のワタシが見逃してあげるって言ってるんだから、感謝しながら見逃せば良いのよ」

「それがおかしいって言ってるんだが……まぁいい。ところでお前、最初に会った頃と比べて口調変わってねぇか?」

「別にそんな事ないわよ? これがワタシの素の口調だもの」

「……………」

 

これが自分の素だと言う天人を見て、俺の脳裏に〝エセお嬢様〟って単語が浮かび上がった。

身なりも綺麗にしてあるし、容姿もそんなに悪いわけじゃないんだが……言動が全てを台無しにしている。

口調をお淑やかにして、もっと落ち着きを持てばそれっぽく見えるんだが、此処まで残念なお嬢様ってのも初めて見たな。

 

「……なんかそこはかとなく馬鹿にされた気がするんだけど」

「実際に馬鹿にしてるから気のせいじゃねぇぞ」

「相変わらず失礼な地上人ね。なんで衣玖はこんなのを選んだのか全然分からないわ」

「十人十色。趣味趣向なんてものは人それぞれなんだよ」

「それでも理解できないものは理解できないのよ。それよりも貴方に聞きたい事があるわ。畏まって答えなさい」

 

多少ツッコミ所があるが、本人は特に気にする素振りも見せず立ち上がり、ない胸を張る。

こんな風に偉そうに胸を張る辺りはレミリアに近いものがあるが、アイツ以上にめんどくさいと感じるのはコイツの性格が悪いからだろうな。

同じ我が侭でもレミリアの方がマシに思える辺り、コイツの教育者は何を教えていたのか問い質したくなる。

ソイツの人格を形成する大きな要因に環境があるが、どんな環境で育てばこんな風になるんだろうか。

 

「……………」

「な、なによ。そんな人を哀れむように見て」

「いや、なんでもない。それよりも聞きたい事って一体なんだ。内容によっては答えてやる」

「貴方に黙秘権なんて存在しないのだけど、此処でグダグダ言っても仕方がないわ。……聞きたい事って言うのは他でもない衣玖の事よ」

 

若干間を置いて何を聞いてくるかと思えば、やっぱり衣玖に関しての事みたいだ。

俺が連れて行ったとはいえ、この天人も衣玖がどうしているのか気になるんだろう。

あんな強引な方法で連れ出したことに後悔はないが、流石に少し強引過ぎたような気がしないでもない。

衣玖も天界には長く勤めていたとか言っていたし、この駄目天人にも多少は思うところがあるんだろうな。

 

「ちょっと、何一人で納得しているのよ」

「いや、なんでもない。まぁ衣玖の事なら答えられる範囲で答えてやるよ。それで何が聞きたいんだ?」

「衣玖がワタシの所に帰りたいとか、そんな愚痴を零しているところを見てないかしら」

「……すまん。もう一度言ってくれ」

「だから、衣玖がワタシの所に戻りたいって言ってないか聞いてるのよ」

「何を聞いてくるかと思えばそんな事かよ……」

 

裏切られた……と言うよりも、俺が期待しすぎたと言うべきか。天人の質問は俺の予想の斜め上をいった。

もっとこう、今の衣玖の様子とかを聞いてくるのかと思っていたが、流石にそれは予想外だ。

プライドが邪魔をして言いたい事をいえないのかも知れないが、流石に俺の目の前で天人の所に戻りたいと言って来たことなんて一度もない。

霊夢にならそう言う愚痴を零しているのかもしれないけど、今の衣玖の様子を見る限りだと此処での生活に不満が有るようには思えないな。

 

「それでどうなの。此処の環境って悪そうだし、文句の一つや二つ言ってるんでしょ?」

「いや、別に。特に不満もなく働いてくれているぞ」

「貴方にもプライドが有るのかもしれないけど、ワタシは事実を知りたいの。……本当は盛大に言われてるんでしょ?」

「そんなの言われた事なんて一度もないぞ。ウチに通い始めるようになった頃以上に、誠心誠意込めて働いてくれている」

「あ~はいはいそれは良かったわね。……やれやれ、貴方じゃまるで話しにならないわね。ここはやっぱり紅白の巫女に聞くしかないか」

「勝手に嘘つきみたいに扱うな。ちったぁ話を聞け、この駄目天人」

「だ、誰が駄目天人よ!」

「お前しか居ないだろうが」

 

俺の言葉を受け入れたくないのか、駄目天人はまともに聞こうともせず、否定してくる。

 

「ったく、自分の都合の良いことしか受け入れないってどうよ。そんなに衣玖に戻ってきて欲しいのか?」

「別にそんな事ないわよ。屋敷に戻れば従者なんて沢山いるし。一人減ったところで大した問題はないわ」

「だったらなんで衣玖に拘るんだ? そんなに居るならアイツに拘る必要もないだろ」

「分かってないわね。自分の物が横から他人に掻っ攫われるなんて面白くないじゃない」

「……そんな理由かよ」

 

天人のろくでもない発言に流石の俺も頭を抱えて溜息を吐く。

コイツが特別なのか、天人全てがこうなのかは知らないが、昔衣玖がレミリア以上の我が侭だと言っていた理由が良く分かった。

何にも憚る事無くこんな事を言えるなんて相当なもんだ。あのレミリアでもここまでは……いや、五十歩百歩だな。アイツも相当だし。

 

「あんな良く分からん賭けを持ち出すくらいだから、如何しても出て行って欲しくない理由があると思ったら、ただ気に入らないってだけか」

「だったら貴方は自分のものが好きなように扱われて我慢できるの?」

「それは時と場合と何かによるだろ。それに衣玖は人形じゃないんだ、自分の意志で好きな様に生きる権利がある」

「でも、ワタシとしても衣玖が居ないと色々と困るのよ」

「へぇ……例えばどんな風にだ?」

「そうね。ワタシの機嫌の悪いときはご馳走を出してくれたり、欲しい物を直ぐに取ってきてくれたり、ワタシの望むタイミングで飲み物を持ってきてくれるから便利なのよ」

「……それ、単純に衣玖がお前に気を遣っているだけじゃねぇか」

 

居ないと困ると言うから何か不備が有るのかと思えば、衣玖の性格が裏目に出てしまっただけの事か。

普段から色んなモノに気を遣っているから、この天人の望むタイミングで望むものを持って来れたんだと思う。

その結果、天人が調子に乗った……というよりも、それに完全に依存してしまった所為で衣玖が居なくなると不便に感じてしまうんだろ。

恐らく本人も気付いていないだろうし、指摘しても否定してくるだろうからしないけど、面倒な奴に依存されてるな。

色々ともう面倒に為ってきたから追い返しても良いんだが、妖夢の奴みたいに何度も来られても迷惑だから何か手を考えておくか?

この我が侭娘を言いくるめる何かいい手はないかと考えていると―――

 

「そこに居られたのですかリュウさん……と、総領娘様? 何故ここに?」

 

―――運悪く衣玖が俺達のところにまでやって来てしまった。……いや、この場合空気を読んだというべきか?

 

「丁度いい所に来たわね、衣玖。さぁ迎えに着てあげたから、早く帰るわよ」

「はい? あの、リュウさん。彼女は一体何のはなしをしているのでしょうか?」

「いや、あんな強引な方法で連れて来たから、衣玖が自分の下を去ったっていう自覚がないんだろ」

「あぁなるほど。全く、相変わらず困った方ですね」

「俺はもう疲れたから後はお前に任せる。頑張れ」

「はい」

 

俺が階段を昇ると、衣玖が入れ替わりで天人の前に立つ。

天人の前に立ち、彼女の事を真っ直ぐ見据える衣玖の瞳には確かな決意が秘められていた。

 

「な、なによその眼は。まさか、ワタシに逆らうっていうの」

「はい、その通りです。わたくしはもう貴女の従者ではありません」

「なッ!? ……ず、随分と生意気な事を言うわね。このワタシが態々迎えに来て上げたって言うのに」

「なんと思われようともわたくしの気持ちは変わりません。わたくしはこの身が滅ぶその日までリュウ様の傍に侍り、お仕えすると誓ったのですから。ですから総領娘様……いえ、比那名居天子さん。今までお世話になりました」

「……ッ」

 

敬称ではなく名前で呼び、今まで世話になったと衣玖は天人に深く頭を下げる。

その衣玖の姿に天人は何を思ったのか、何かを言おうとして口を開くが言葉が出てくることはなかった。

必至に言葉を紡ごうとするけど、二人の間には言葉はなく沈黙だけが流れ続ける。

頭を下げ続ける衣玖の姿をこれ以上見ていられなくなったのか、天人は小さく肩を震わせながら衣玖に背中を向けた。

 

「ふ、ふん。そんなにその男が良いんなら好きにすればいいわ。でも、ワタシの所に戻りたくなったって言っても遅いからね」

「ご心配なく。わたくしが帰る場所はリュウ様のお傍です」

「あ、そう! だったらアンタなんて何処にでも行っちゃえばいいわ! 衣玖なんか……もう知らない!」

 

泣き喚くように言うと、天人は後ろを振り返る事無く空へと飛んでいった。

衣玖が戻らないことが相当堪えたのか、去り際の天人の瞳には涙が溜まっているのが見えた。

衣玖の方はというと、顔を上げて去っていく天人の背中を見送った後、俺の方に顔を向ける。

 

「……リュウ様、ケジメをつけました」

「ああ、見ていたよ。……気持ちの方は大丈夫なんだな」

「はい、悔いはありません。コレでよかったんです。わたくしにとっても……彼女にとっても」

「そっか。なら家に戻ろう。そろそろいい時間だし、俺は腹が減ってきた」

「昼食なら出来ていますよ。元々は戻ってこないリュウ様を呼びに来たのですから」

「それは手間を取らせたな。……ところで衣玖」

「はい、なんでしょう?」

「名前の呼び方、ちゃんと戻そうな」

「……今回はこのままいけると思ったのですが、残念です」

「おい、こら」

 

油断も隙もあったもんじゃないと呆れる中、如何してそこまで俺の事を様と呼びたいのか理解に苦しむ。

主従のケジメなんだろうけど、別に誰かに迷惑を掛けるわけでもないし、今のままで問題ないだろうに。

俺に直接文句を言える奴なんて限られてるし、言われたところで俺が気にしないんだから別に良いだろ。

 

「全く、俺はそう言うのは嫌いだって何度も言っているだろ」

「それは分かっていますが、わたくしがそうお呼びしたいのです」

「マジで分からん理由だな」

「ふふ。では、霊夢さんも待っていますし、そろそろ戻りましょうか」

「……わーったよ」

 

若干不貞腐れながら返事をし、俺は轡を返して母屋へと向かって歩き出す。

衣玖はその後ろを黙ってついてくるが、盗み見た彼女の顔はとても晴々としたものだった。

 

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