竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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第百七十二話 初めての……

ある日、輝夜から茶会に誘われて永遠亭にやってきた霊夢と衣玖。

タダで美味しいお茶とお菓子が食べられるという事もあり、釣りに出かけているリュウを置いて、二人で永遠亭に遊びに来ている。

特に何かをする訳でもなく、ただテーブルを囲んでお茶とお菓子を食べてのんびりしていると、突然輝夜がこんな事を聞いてきた。

 

「……そういえば、リュウと霊夢って一緒に暮らすようになってからもう何年も経つのよね?」

「突然なによ、藪から棒に。まぁアイツとは四年くらい一緒に暮らしてるわね」

「それなのに貴女たちってまだキスもしてないんだって? 幾らなんでも枯れすぎでしょ」

「ぶッ」

 

輝夜の唐突な一言に霊夢は飲みかけていたお茶を噴出してしまう。

噴出したお茶が誰かに掛かる事はなかったものの、テーブルの上は霊夢が噴出したお茶で濡れてしまった。

直ぐに衣玖が近くの布巾でお茶を拭き取り、霊夢は咽かえった呼吸を整える。

 

「と、突然何を言い出すのよアンタは!」

「だって、付き合っているのに貴女たちがキスをしたって話をまったく聞かないものだから」

「別に私とリュウは付き合っているわけじゃないし、そんな話が出回る必要なんてないわよ!」

 

顔を赤くしながらそう言い切る霊夢は、この話題は終わりと言わんばかりにお茶を飲み始める。

それを見た輝夜は、そっと席を移動して衣玖に小さな声で耳打ちをする。

 

「……ねぇちょっと、あの二人って本当に付き合ってないの?」

「はい。端から見るとそうは思えませんが、お二人の認識ではまだですね」

「明らかにお互いの事を意識しているにも拘らず?」

「意識しているにも拘らずです」

「……………」

 

衣玖の言葉を聞いて輝夜は思わず絶句してしまう。

普段の二人の様子を余り知らない輝夜だが、宴会の席での二人の様子は良く知っていた。

霊夢はお酒が入るとリュウにべったり甘えだすのは、もはや宴会の恒例行事の様な者に為っている。

周りの眼も憚らずに甘える霊夢を、リュウは余り見せないような優しい笑顔で受け止める。

もはや見慣れたといってもいい光景だが、その光景の所為で周りは二人が付き合っているものだと思い込んでいた。

輝夜もその内の一人だった為、霊夢の発言が信じられなかったのだ。

 

「あの二人、何時に為ったらちゃんと付き合うようになるのかしら」

「さぁ……。リュウさんは鈍感ですし、霊夢さんは中々踏ん切りがつかないようでして」

「もしかしたらずっとこのままなんて事もありえそうね」

「流石にそれはないと思いますが……今のままでは何時になる事か」

「ふ~む……。それならわたしが一肌脱いであげましょうか」

「……一体何をするつもりですか」

「別に大したことじゃないわ。ただのお節介よ」

 

輝夜のその言葉に衣玖は怪訝そうな顔をするが、本人は全く気にする素振りを見せない。

恐らく碌な事にならないだろうと思いながら、衣玖は小さな溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

なにか良からぬ事を企てた輝夜は、二人を客間に残したまま部屋を出て行ってしまう。

一応の名目は足りなくなった茶菓子を取りに行くだが、生粋のお姫様が自分から率先してそんな事をするのは誰の眼から見ても不自然だった。

部屋を出て行く輝夜に霊夢は訝しむ様な眼差しをむけるが、本人は何処吹く風と言った様子だった。

二人は輝夜が何を企んでいるのかと怪しんでいたが、輝夜は思いのほか早く客間へと戻ってきた。

 

「あら、意外と早かったわね。もう少し時間が掛かると思ってたのに」

「茶菓子を取りにいくだけだもの。そこまで時間は掛からないわよ」

 

そう言って輝夜は小さな木製の器に盛り付けられたドラ焼きを二人に見せる。

輝夜が持ってきたドラ焼きは何処にでも売っていそうな何の変哲もない一品。

部屋を出てから戻ってくるまでの間に何かを仕込むような時間はなく、二人は本当に茶菓子を取りに行っただけなのだと安心した。

 

「意外ね。みょうちきりんな物を持って来るかと思ってたのに」

「みょうちきりんな物ってなによ。そりゃ月に行けば色々とあるけど、永遠亭(ここ)には変な物は置いてないわよ」

「蓬莱の枝を盆栽にしてる奴が何を言っているんだか」

「結構楽しいわよ、盆栽」

「私が言っているのはそこじゃないわよ」

 

的外れな返事に霊夢は呆れながら、輝夜が持ってきたドラ焼きに手を伸ばす。

霊夢は一口齧って中を確認してみたが、やはり中は普通のつぶ餡だった。

 

「そんな中を確認しなくても普通のドラ焼きだって」

「いや、何か仕込んでいるんじゃないかと思ったのよ」

「そんな事しないわよ。……もしかして、もち入りの方が良かった?」

「生憎と私は普通のドラ焼きのほうが好きよ」

「だったら良いじゃないの」

 

呆れた様子で言いながら、輝夜も自分が持って来たドラ焼きに手を伸ばして食べ始める。

そんな二人の様子を窺いながら、衣玖は湯のみが空になるのを見計らって二人に新しいお茶を注ぐ。

 

「あら、悪いわね」

「いえ、お気になさらずに」

「そうはいっても、客人にお茶を注いでもらうのも気が引けるのよね」

「衣玖にそんな事を言っても仕方がないわよ、輝夜。こういう性分なのよ」

「……難儀なような、ウチの兎たちにも見習わせたいような、微妙なところね」

「止めときなさいって。皆が皆、衣玖みたいになったら堅っ苦しくて堪らないわよ」

 

霊夢の何気ない発言に衣玖は鋭い視線を霊夢に向けた。

 

「……霊夢さん。それはどういう意味でしょうか?」

「深い意味なんて無いから気にしないの」

「気にしますよ! と言うか、わたくしは普段からそう思われていたんですか!?」

「あははははははッ」

「笑って誤魔化さないで下さい!」

 

こうしてまた他愛ない雑談が始まり、二人の警戒心が薄れ始めた頃、急に霊夢が席を立ち上がる。

 

「あら、どうかしたの?」

「ん、ちょっとお手洗いにね。直ぐに戻ってくるわよ」

「場所は……知っているか。もう何度も来ているし」

「まぁね。それじゃ、ちょっと席を外すわ」

 

そう言って霊夢は二人を客間に残して部屋を出て行った。

勝手を知っている他人の家……とまでは言わないが、既に何度も来ているため迷う事なくトイレへと辿り着く。

そこで手早く用を足し、手を洗ってトイレを出ると霊夢の目の前には幾つもの道が出来上がっていた。

 

「……はっ?」

 

余りにも突然の出来事に霊夢は目を見開いて呆然としてしまう。

ついさっきまで何時もと何ら変わりのない屋敷だったのに、トイレから出た瞬間全く別の屋敷に為っていた。

トイレが別の屋敷に通じていたと言う訳ではなく、同じ武家屋敷なのに建物の間取りが全く別のモノに変わっている。

普通ならまずありえない事だが、この屋敷には回りの物を誤認させることの出来る能力を持つ者が居る事を霊夢は思い出した。

 

「……これはうどんげの仕業ね。一体何を考えてるのよ、アイツ」

 

彼女が何を意図してこんな事を仕出かしたのか分からないが、少なくともこんな事を出来るのはこの屋敷には彼女しかいない。

リュウがちゃんと名前を呼ばないことに対する腹いせか、それとも霊夢に対しての嫌がらせなのか。どちらにせよ、霊夢からしたら鬱陶しい事に変わりはなかった。

 

「ったく、客間に戻ったら輝夜に文句を言ってやんなきゃ」

 

そう愚痴を零しながら、霊夢は目の前に映る光景に惑わされる事なく、来た道を戻ろうとする。

うどんげの能力は波長を狂わせる事であって、建物の構造そのものを弄ることはできない。

だから目の前に無数の道が存在しようとも、本来の道さえ覚えていれば視覚に頼らなくても目的の場所に着く事は可能ではある。

……しかしそれは、狂わされたのが視覚だけだった場合の話。他の波長も狂わされていたら意味はない。

 

「あいたッ!?」

 

客間へと戻ろうとしていた霊夢だが、その途中で目に見えない何かとぶつかってしまう。

霊夢はぶつけた額を押さえながら目の前に手を伸ばすと、そこには目にすることの出来ない何かが存在していた。

 

「ちょっと何よコレ?! こんなのさっきはなかった筈よ」

 

目に見えない何かを触りながら首を傾げる霊夢だが、端から見れば霊夢が屋敷の壁を訝しげに触れているようにしか見えない。

少しの間壁を調べていた霊夢だが、道を間違えたのかと思い直し、来た道を引き返そうと振り返り歩き出そうとするが、またしても彼女にだけ見えない壁に激突してしまう。

 

「つ~~~~~ッ。……もう、さっきからなんなのよ!!」

 

この状況に我慢の限界を超え、大声を挙げながらその場で地団駄を踏む。

その様子を少し離れたところで輝夜とうどんげ、そして無理やり連れて来られたと思われる衣玖の三人が見ていた。

 

「うわぁ~……今のモロだったわね。かなり痛そう」

「あ、あの姫様。ワタシは何時まで霊夢の波長を狂わせていればいいんでしょうか」

「もう少しよ。もう少ししたら永琳が彼を連れて来てくれる筈だから」

 

輝夜とうどんげは苛立っている霊夢の様子を観察しながら、早く彼が着て欲しいと心から願った。

こうして覗き見している事が霊夢にバレたら分からないというのもあるが、それ以上に衣玖を宥める為にも彼に早く着いてもらいたいのだ。

 

「……お二人とも覚悟は出来ていますよね」

「もう少しだから! 本当にもう少しだから待って!」

「うふふふふふふふふふ」

 

笑顔で二人に声を掛けたはずなのに、衣玖の声は聞いただけで底冷えしてしまいそうな程に冷たかった。

彼女の声を聞いてうどんげは何度も連れて来るべきじゃなかったと思うが、輝夜に説得されて渋々納得している。

輝夜からしたら霊夢と衣玖を敵に回す事よりも、作戦の途中で衣玖に邪魔をされるほうが嫌なのだ。

だから輝夜は身の危険も顧みず、納得できていない衣玖を無理やり連れ回している。

しかし衣玖にとって霊夢は主の想い人と言うだけではなく、自分に取っても大切な友人なのだ。それをこんな目に遭わされては心中穏やかではないのは確かだ。

 

「全く、輝夜さんは一体何を考えているのですか。こんな事をしても貴女には何の得もないでしょう」

「別に損得勘定で動いているわけじゃないわよ。ただ友人として、何時までも煮え切らない二人に業を煮やしただけよ。お互いに好いているのに、気持ちをはっきりと伝えないのは見てらんないわ」

「……それは確かにわたくしも思うところではありますが、こんな事までする必要はないでしょう」

「分かってないわね。あの二人、今のままじゃあと五年は進歩ないわよ。流石に五年もヤキモキさせられるのはちょっとねぇ」

「………………」

 

なんの確証もない輝夜の推測だが、衣玖も思うところがあるのか反論する事が出来なかった。

彼に対する衣玖の想いもあるが、それ以上に二人には幸せに為って欲しいと言うのが衣玖の本音だ。

長年傍で二人の事を見てきた衣玖だからこそ、あの二人が結ばれて欲しいと強く思っているが、輝夜の言う通り今のままでは何の進展もないのは誰の眼から見ても明らかだ。

傍で見ていた衣玖だけではなく、輝夜でさえそう思ってしまうのだから、あの二人の仲はある意味重症なのかもしれない。

 

「あの二人の関係を一気に進展させるには、周りが手を貸してあげるしかないのよ」

「……貴女の言い分は理解しました。ですが、この様な事を認めたわけではありません」

「認めてくれなくても構わないわ。ただ邪魔さえしなければそれで十分」

 

結託したわけではないが、衣玖の怒気が多少なりと静まったのを感じて輝夜は一安心する。

あとは彼が到着するのを待つばかりと為った時、三人の傍に一匹の妖怪うさぎがやってきた。

 

「姫様、永琳様がリュウさんを連れて戻られました」

「ん、報告ご苦労様。……うどんげ、波長を操って霊夢を玄関の方に誘導しなさい」

「分かりました。……はぁ、後で彼に殺されなければいいけど」

「さすがの彼もそんな事はしないわよ。だから安心してやっちゃいなさい」

「はぁ~い」

 

今一つやる気を感じさせない返事をすると、うどんげは赤い眼を更に赤くして霊夢の波長を操作する。

それにより霊夢の視界には今まで無数に存在していた道が急に一つになった様に見える。

 

「……急に道が一つに収束したわね。観念したのか、それともまだ何か企てているのか。まぁどっちにしても後で覚悟しておきなさいよ」

 

怒り心頭といった様子の霊夢は、うどんげによって収束したように見える道を真っ直ぐ歩き始めた。

その様子を影から覗いていた三人は、霊夢にバレない様に距離をおきながら彼女の後をついて行く。

霊夢は示された道のまま歩いていくと、何時の間にか玄関へと辿り着いてしまっていた。

霊夢は何故こんな所にと首を傾げるが、影から覗いていた輝夜は今か今かとその瞬間が来るのを待ちわびている。

玄関を前にして霊夢が立ち尽くしていると、引き戸の向こう側に二人分の人影が映し出される。

 

「全くなんなんだよ輝夜の奴。人が折角のんびりと釣りを楽しんでいたってのに」

「姫様の気紛れは今に始まった事ではないわ。観念して遊び相手になる事ね」

「だからって有無言わさずに無理やり連れてくるのはどうかと思うがな」

 

二つの影はそんな事を話しながら玄関の戸を開ける。

そして霊夢は玄関の前で永遠亭の住人である永琳と、何故か一緒にいるリュウと鉢合わせした。

 

「あれ、霊夢? 玄関の前で何してんだ?」

「それはコッチの台詞よ。アンタこそ何してんのよ」

「俺は輝夜の奴に呼び出されたんだよ。なんでも大事な用があるとか」

「大事な用? 輝夜の奴、そんな素振りは全然見せなかったわよ」

「そうなのか? ……まぁなんの用なのかは直接本人に問い質すさ」

 

通路の影に隠れている輝夜に目を向けながら、リュウは慣れた様子で永遠亭に上がり込む。

いつもの様に靴を脱いで屋敷に上がるが、何故かリュウの喉下くらいの位置に一本の紐が出現した。

何故こんな訳の分からない位置にとリュウは首を傾げながら、その紐の下を潜るようにして通り抜ける。

しかしそれはうどんげが見せた幻覚で、本当の位置はリュウの足首の辺りにピンっと張られていた。

 

「ぬおッ!?」

「リュウ……って、きゃあッ?!」

 

足元の紐に気付かなかったリュウは見事に引っ掛かり、霊夢を巻き込んで転倒してしまう。

その時のはずみでリュウの唇が霊夢の唇と触れ合ってしまった。

 

「……………」

「……………」

「……………」

「……あ~っと霊夢? その、大丈夫……か?」

 

上体を起こしてリュウが霊夢に恐る恐る声を掛けるが、霊夢の反応は一切ない。

ただ呆然とリュウの顔を見ているだけで、何が起こったのかまだ理解出来ていない様子だった。

そんな霊夢にリュウは如何したものかと悩んでいると、通路の影に隠れていた輝夜たちが姿を現す。

衣玖とうどんげは申し訳なさそうな顔をしているが、輝夜だけは本当に楽しそうに満面の笑みを浮かべていた。

 

「二人共、今のが初めてよね。とりあえずおめでとう」

「輝夜……。第一声がそれって事はテメェが犯人か」

「犯人とは人聞きが悪いわね。わたしは何時までも進展しない貴方達の手助けをしようとしただけなのに」

「お前は小さな親切、大きなお世話って諺を知らんのか」

「勿論知ってるわよ。幾らなんでもそこまで無知じゃないわよ」

「……余計に性質がわりぃ」

 

確信犯な輝夜にリュウは頭を抱えていると、急に霊夢が起き上がった。

 

「お、霊夢。もう大丈夫なのか? 何処か痛い所はないか?」

「………………」

 

リュウは霊夢に声を掛けるが、やはり霊夢からの返事はなかった。ただ、自分の唇にそっと手を当てて呆然とし始める。

何を確かめているのか分からないリュウは、正面から霊夢の顔を覗き込んでみると―――

 

「ッ~~~~~~~!!」

 

―――急に湯気が出るんじゃないかと心配になる位に顔が真っ赤になった。

 

「うおッ!? 霊夢、本当に大丈夫か。顔が真っ赤だぞ」

 

心配してリュウは霊夢の額に手を当てようとするが、寸前のところで霊夢に避けられてしまった。

そして霊夢は顔を真っ赤にしたまま、この場から逃げ出すように永遠亭から出て行ってしまう。

その速度は風が吹き抜けたのかと思うほどに早く、誰も去って行く霊夢を止める事が出来なかった。

突然の霊夢の行動に誰もが呆然としていたが、リュウは直ぐに我に返って慌てて靴を履き始める。

 

「あーもう! なんなんだよ急に!! 衣玖、俺は霊夢を追いかけるから、後の事は任せた!」

「あ、はい、畏まりました。道中お気をつけて」

「嗚呼。……待て、霊夢!」

 

衣玖に後の事を任せたリュウは疾風の様な速さで永遠亭を出て行く。

二人が出て行った後の永遠亭は嵐が去ったかのように静まり返り、二人の慌しさを物語っていた。

 




え? 中途半端な終わり方だって? この話は次回へと続くんじゃよ。
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