リュウと別れた私は旧都の中心部を目指して真っ直ぐ飛んでいた。
後ろからはリュウと鬼が戦っている音が聞こえてくるけど、後ろは振り向かずに前だけを見ている。
《それにしても意外ね。貴女なら残って一緒に戦うと思ったのに》
「あら、私ってそんなに心配性に見えるのかしら?」
《心配性というよりも、霊夢が片時も彼から離れたくないのだと思ったのよ》
「そんなリュウを縛り付けるような考えは持ってないわよ。第一、アイツは直ぐに追いつくって言ったのよ? なら、その言葉を信じて先に進むのは当然じゃない」
《……鬼を相手に直ぐに決着が着くとは思えないけどね》
「その時は私が異変を解決しちゃうだけよ」
本当に私が一人で異変を解決しちゃったら、きっとリュウ物凄く悔しがるだろうな。
その時の光景を思い浮かべながら飛んでいると、一匹の黒猫が私の前にいきなり飛び出してきた。
「うわっ!? びっくりした」
《黒猫ですか。そんな地底にも動物は棲んでいるんですね。これはメモせねば》
「……アンタは気楽で良いわね」
《いえいえ、お気楽さでは霊夢さんに敵いません》
「天狗。異変が解決したら神社裏に来なさい」
《えっ?》
驚きの声を挙げる天狗を無視し、先を急ごうと黒猫の横を通ろうとすると、猫は行く手を遮るように私の前に回りこんでくる。
それを無視しようとしても、猫はめげずに私の前に回りこんでくる。
一体何がしたいのか分からず首を傾げると、猫は私の前をいきなり走り始めた。
そして少し走ったところで急に立ち止まり、付いて来いといわんばかりに鳴き声を挙げる。
「……私が何処に行きたいのか分かってるって感じね」
《どうするの、霊夢。あの猫の後についていく?》
「あの猫が本当に道を知っているならね。私は自分の勘を信じて進むだけよ」
《そう。なら、迷子に為らない様に気をつける事ね》
「子供じゃないんだから迷子になんてならないわよ」
母親の様な物言いをする紫に呆れながら、私は自分の勘に従って先を急ぐ。
道案内をするかのように黒猫が先行しているけど、どうやら本当に私が何処に行こうとしているのか知っているみたい。
猫に道案内されているのか、自分の勘に従っているのか、若干分からなくなりながら旧都の道を飛んでいると、目の前に大きな洋館が見えてきた。
見た感じとしては、紅くない紅魔館と言った感じかしら。こんな薄暗い地底によくあんな大きな屋敷を建てたもんだと呆れながら、屋敷の門の前に降り立つ。
猫も屋敷の前で止まっていて、門には大きく〝地霊殿〟と書かれた札が付けられている。
どうやら此処が鬼の言っていた地霊殿みたいだけど、灼熱地獄跡の傍に建てられた割にあまり熱さを感じない。
一体どんなカラクリがあるのか知らないけど、私には関係のない事だから気にしないでおこう。
「さって、鬼が出るか蛇が出るか……」
私はいつ戦闘になってもいいように心構えだけはしておきながら、巨大な門を開けて屋敷に入る。
綺麗に整えられている庭を通り、玄関の扉を開けて中に入ると、無駄に広い玄関ホールに辿り着く。
屋敷の外観からホールもそれなりに広いだろうと思っていたけど、此処まで広くする意味があるのだろうかと思わず考え込んでしまう。
この屋敷自体に用はないんだけど、これだけ広いと灼熱地獄跡が何処にあるのか見当も付かないわね。
「これだけ広いと探すのも大変だっていうのに、まったく」
「私の屋敷でなにを探すつもりかしら」
「ん?」
二階のホールから声を掛けられ、そっちに眼を向けると其処にいたのは、変な装飾品をつけた子供だった。
見た目はレミリアよりも年上に見えるけど、背丈が低いからなのかどうしても子供に見える。
それに胸の所に目玉の様な変な装飾品を身に着けていて、正直かなり趣味が悪いわね。
「……いきなり押し掛けてきた挙句、趣味が悪いとは随分と失礼な方ですね」
「なッ!? アンタまさか、私の心を読んだの」
「はい。あぁ、自己紹介が遅れましたね。私の名前は『古明地さとり』。この地霊殿の主です」
「……それはご丁寧にどうも。私は霊夢、当代の博麗の巫女よ」
「博麗の巫女という事は異変解決ですか。……ふむ、間欠泉と一緒に怨霊が湧き出たと」
「勝手に人の心を読まないで貰いたいわね」
一々口にしなくて良いのは楽だけど、心を盗み見られているようで結構気分が悪いわ。
昔旋那のやつが心を読める妖怪の事を話していたけど、きっとコイツの事を言っていたのね。
「旋那というのは……あぁ天魔の事ですか。彼女の事を名前で呼ぶとは、随分と仲がいいのですね」
「だから心を読むなっていってるでしょ。……まぁいいわ。それよりも私は灼熱地獄後って所に行きたいんだけど、どうやって行けばいいか教えてもらえないかしら」
「灼熱地獄後に? ……成る程。鬼が今回の異変の原因がそこにあると話した訳ですね。ですが、私はその様な報告を聞いていません」
「聞いていない? まるで自分が管理しているみたいな言い方ね」
「えぇ。あの地は私が管理を任されています。基本的には私のペットに任せていますが、あの子達からその様な報告を受けていません。きっと鬼の勘違いでしょう」
「自分のペットが嘘を付いているとは思わないわけ?」
「心を読める私に嘘が通用するとでも?」
「………………」
心を読めることを強調されてしまうとこっちからは何も言い返せない。だけど、実際に間欠泉が湧き出して、一緒に怨霊も出てきてしまっているのも事実。
鬼たちが管理を怠っていたり、嘘を付いているようにも見えないし、彼女も私を謀っているとは思えない。
となると……やっぱり、彼女がいっている灼熱地獄跡を管理しているペットが怪しいわね。
「……その様な報告は受けていないと言うのに、それでも貴女はあの子達を疑いますか」
「当たり前でしょ。だって他に考えられないんだもの」
「可憐な見た目の割りに石頭ですね」
「見た目と石頭なのは全く関係ないわよ。……まぁそう言う訳だから、押し通らせてもらうわ」
「戦闘行為は余り得意ではないのですが、仕方がないですね」
戦闘は得意じゃない。その言葉通りに彼女は弾幕を放つ準備をする素振りも見せない。
何を考えているのかイマイチ良く分からないけど、攻めてこないならこっちからいかせて貰う。
私は大量の札を取り出して展開し、彼女に向かって一斉に撃ち放つ。
私が放った札には霊力が込められ、真っ直ぐに彼女へと向かって飛んで行くけど、相手は迎撃する素振りを見せなければ、防御しようと言う素振りも見せない。
霊力の込められた大量の札を前に戦意喪失したと言う風にもみえないし、一体彼女は何を企んでいるの?
「べつになにも企んでいませんよ。ただ、防ぐ必要がないだけです」
また私の心を読んだのか。聞いてもいない事を淡々とした表情で答えてくる。
でも、彼女の言うように、彼女は私の弾幕を防ぐこともなく、全て避けきってみせた。まるで最初から私の弾幕がどう飛んで行くのか分かっているみたいに。
「ッ! まぐれにしてはやるわね」
「まぐれではありません。……もっとも、実力という訳でもありませんが」
「なに訳の分かんない事を言ってるのよ!」
私はもう一度彼女に向かって弾幕を放つけど、結果はさっきと同じで全て避けきられる。
彼女の避け方にどうしても納得が行かず、今度はアミュレットを混ぜて弾幕を放ってみるけど、彼女は私のアミュレットだけを迎撃し、後は最小限の動きだけでこの弾幕を避けきってみせた。
……やっぱり解せない。誰かが私の弾幕の特徴を教えていたのなら未だしも、此処は地上との交流が途絶えていた地底の世界。其処で暮らしている彼女になんであんな簡単に私の弾幕が避けられるの。
「納得が行かないみたいですね」
「当たり前でしょ。弾幕を避けた奴は今までに何人もいるけど、あんな風に避けたのはあんたが初めてよ。未来予知でも出来るのかしら」
「その様な事は私には出来ません。私はただ、貴女の心を読んだだけです」
「心を読んだだけでなんで私の弾幕が躱せるのよ」
「弾幕を放つ前に貴女は弾幕の軌道を心に思い浮かべる。それを見る事が出来れば避けるのは造作も在りません。……そして、それを再現する事も」
そう言って彼女は私の弾幕を全く同じ弾幕を展開してくる。
札を使っているどうか等の細かい違いはあるものの、放たれた弾幕の軌道は私のと全く同じ物。
予想外の出来事に驚いてしまい、彼女が展開してきた私の弾幕の対応に遅れてしまう。
私は慌てて弾幕を迎撃しようとするけど、今から同じ弾幕を展開するのは余りにも遅すぎる。
今から回避しようにも間に合いそうにないし、リュウが居てくれれば如何にでもなる相手なのに……。
此処に居ないリュウと、アイツに喧嘩を売った鬼を若干恨みながら、急いで結界を張って凌ごうとすると、いきなり襟首を引っ張られてしまい、そのままスキマ空間の中に引っ張られてしまう。
いきなり何をするのかと思ったけど、スキマ空間に引き込まれたお陰で自分の弾幕に討たれるなんて、間抜けな事にはならなかった。……でも、感謝をする気はないけどね。
私はそのまま紫が作った出口から飛び出し、彼女の虚を付いて弾幕を叩き込んだ。
突然居なくなって、また突然現れた私の弾幕に彼女は対応が遅れ、今度は避けれる事なく弾幕が命中する。
このまま余計な事をされる前にケリをつけようとしたけど―――
「想起『二重黒死蝶』」
―――赤と青の二色の蝶がその邪魔をしてくる。
正確には蝶の形をした二色の弾幕なんだけど、どっちにしろ邪魔なんだから些細な問題でしかないわ。
私は飛んで来る蝶を防ぐために前面に結界を張るけど、その所為で攻撃の手が止まってしまう。
一旦距離を空け、結界を解除してから再度攻撃に移るけど蝶が邪魔で思うように攻撃が通らない。
「あーもうッ! 鬱陶しい! 面倒だから全部纏めて吹き飛ばす!」
「そうはさせません。……想起『飛行虫ネスト』」
私が結界を展開しようと札を周囲に投げ付けると、弾幕を切り替えた彼女が私が投げた札を光の矢の様な弾幕で正確に射抜いてくる。
かく乱用に全く関係のない札も混ぜて投げるけど、彼女は正確に結界の基点となる札だけを射抜く。
どれだけ札をばら撒こうとも、私の心を読める彼女にとっては余りにも無意味な物だった。
弾幕ごっこで苦戦するのは久し振りだけど、正直なところかなり鬱陶しい。心を読まれながら戦うのがここまで面倒なものだとは思いもしなかった。
彼女が使う光の矢は速いけど真っ直ぐ飛ぶだけだから、飛んで来る前に先端が何処を向いているのかさえ分かれば避けられない事はない。……でも、こっちの弾幕を悉く潰してくるのが物凄く鬱陶しい!
《黒死蝶にネスト……。どちらも私の弾幕ね。私の弾幕を真似るなんていいセンスしてるわ》
「なぁ~に相手を評価してるのよ。アンタの弾幕だっていうなら如何にかしなさいよ!」
《彼女は貴女の記憶の中にある私の弾幕を再現してるのよ? 如何にかするのは貴女の方じゃないかしら》
「あぁそうですか。だったら、家にある私の札をコッチに送りなさい」
《……何をするのかなんとなく分かるけど一応聞くわね。何をする気》
「そんなの決まってるでしょ。アイツが処理出来ない位の物量で押し切るのよ!」
《そう言う力押しで行こうとする所は彼に似てきたわね。あまり褒められた戦い方じゃないわよ?》
「アンタの説教なんて聞く気は無いからさっさと札を寄越す!!」
《はいはいっと》
スキマ空間から落ちてきた札の束を手に取り、封を切って全ての札を空中に展開し、一斉に放つ。
作戦も何もあったもんじゃない物量による力押し。光の矢に撃ち抜かれるのも有るけど、それを補えるほどの弾幕の濃さ。
これだけの弾幕なら押し切れる。……そう思っていたけど、彼女は自分の前に光の矢を放って直撃するのを防いでいる。
札を操って左右から挟撃しようにも、私の心を読んである程度は回避し、避け切れない札は光の矢で射抜いて打ち消してきている。
私も彼女の攻撃を回避し、向こうも私の弾幕を掻い潜っているから何時まで経っても決着が着かない。
時間と霊力と札だけが消費されていって不毛な時間が過ぎていく中、持って来ていた札が全て尽きてしまう。
札が尽きてしまった事で弾幕が途切れ、狙い済ましたかのように光の矢が私に向かって飛んで来る。
私は飛んで来た矢を回避し、紫がスキマから送ってきた札の束に手を伸ばすけど、彼女が放った光の矢が札の束を射抜いてしまう。
札の供給も断たれ、弾幕を展開できなくなった私は光の矢を躱しつつ、一階のホールに降り立って体勢の立て直しを図る。
向こうはまだ余裕綽々といった感じで二階のホールに降り立つけど、その態度が物凄く癪に障るわ。
「……ふむ。随分と怒っているようですが、心を読める私には全て筒抜けですよ。それで次は如何しますか? 空間転移を使っての強襲? それともリュウという方が来るまで持久戦で粘りますか?」
「そうやって人の考えをぺらぺらと口にするんじゃないわよ!」
苛立ちの余り悪態を付くけど、こっちの手を読まれている以上当然のように対策もされるでしょうね。
霊力はまだ余裕もあるし、札さえ届けば持久戦に持ち込んでもいいんだけど、光の矢が私に狙いを定めていて、札が届いたとしても直ぐに射抜かれるのがオチね。
紫もそう思っているのか、スキマから新しい札が送られてくる気配も無いし、そろそろ打てる手が少なくなって来たわね。
リュウみたいに力押しでどうにか出来ればよかったんだけど、やっぱり私じゃ火力が足りないわね。
「その言い方ですと彼の方が火力が高いように聞こえますが」
「実際にその通りよ。アイツは相手が鬼だろうと神様だろうと全てを滅ぼせるわ」
「その様な物騒な方とは戦いたくありませんし、彼が来る前に決着をつけるとしましょう」
そう言って彼女はケリを着けるために光の矢を大量に展開し、その全てが私に狙いを付ける。
私は足元に落ちている無事な札を使って結界を張ろうとしたけど、そこである事に気が付いた。
さっきまで大量の札を放っていたことで、屋敷のホールは私の札が大量に散らばっていた。
光の矢で射抜かれたのも沢山あるけど、傷一つない札も少なからず落ちている。
その札は彼女に避けられてしまって落ちたものだけど、まだ私の霊力は残っている筈。
私は一か八かの賭けで、落ちている札を道標に彼女を囲む様に八つの札に力を注ぎ込んで反応させる。
慣れない霊力の操作に苦労するけど、私の思惑通り八つの札が私の霊力に反応して光りだした。
「なっ!? 力を失った筈の札が再び力を取り戻した!? 貴女、最初からコレを狙って!?」
「……私の心が読めるなら分かるでしょ。こんなのただの偶然よ!」
「くぅ! でも、させませんよ。想起『飛行中ネスト』」
「遅い!」
力を取り戻した八つの札を基点に八角形の結界を作り、その中に彼女を封じ込めた。
宙に浮んでいた光の矢は結界の効力で消滅し、彼女も結界の力で封じ込められ身動きが出来なくなる。
「神技『八方鬼縛陣』!」
鬼をも縛る結界に封じ込められた彼女は、足元から立ち昇った霊力の光に飲み込まれる。
少しの間立ち昇った霊力の光が消えると、彼女は結界の中でグッタリとした様子で倒れていた。
私は結界を解除して二階へと上がり、倒れている彼女を起して声を掛けた。
「この勝負、私の勝ちでいいわよね。それともまだやる?」
「い、いえ、私の負けです。……この距離では攻撃を避けることも出来ませんから」
「そう。なら灼熱地獄跡に行きたいんだけど、どうやって行けば良いのかしら」
「屋敷の中庭にある穴を真っ直ぐ進めば辿り着けるでしょう」
「穴って事は……また更に潜らなくちゃいけないのか。面倒くさいな、もう」
此処に来るまでの道中を考えると頭が痛くなるけど、此処まできてグダグダいっても仕方がないし、さっさと潜ってこんな異変早いとこ解決しちゃおう。
中庭にあるって言っていたし、何処かに外に出られる道があるはずだからまずはそれを探しましょう。最悪、窓から外に出ればいいだけだしね。
「……一階のホールから外に出られますから其処から行ってください」
「あ、そう。それはご親切にどうも」
「……私はまだ、あの子たちが犯人でないと信じています」
「そうやって信じるのは結構な事だけどね、他人の心ばかり見ていると足元を掬われるわよ」
「………………」
「それじゃ私はもう行くわ。リュウが着たら道案内しなさいよ? アンタだって痛い目は見たくないでしょ」
「確かに、これ以上の戦闘は勘弁願いたいですね」
疲れ果てたような顔をする彼女を尻目に、私は一階に降りて中庭へと通じる扉を開けて外に出る。
綺麗に整えられた中庭だけど、庭の真ん中には不釣合いな程に大きな穴が空いている。
私は紫がスキマで送ってきた札の束を受け取り、一足先に灼熱地獄跡へと通じる穴に潜っていった。