地霊殿の中庭にある大穴から、灼熱地獄跡へと続く洞窟。
かつては地獄に落ちた罪人たちが通ったであろう道を、真っ直ぐに突き進んでいる。
縮小化の為に切り離されたとは言え、地獄の一部だった所。今でも亡者たちの怨念が渦巻いていて、あまり長いしたいと思えるような場所じゃない。
あのさとりとか言う妖怪は、よくこんな場所の上に居を構えようだなんて思ったわよね。私だったら、例え神様の命令だとしても全力で断らせてもらうわ。
「……にしても、あっついわねぇ」
《それは当然でしょ。地の獄の更に奥にある灼熱地獄へと通じる道だもの》
「上の旧都じゃ雪が降っていたけどね」
《そこが熱すぎて直ぐに溶けちゃうんでしょ。
「だったらアンタもコッチに来ればいいじゃないの」
《昔交わした約束で地上の妖怪は
「端から来る気もないくせに、何をぬけぬけと……ッ」
あからさまにおちょくって来る紫に腹が立つけど、ここで言い合いになったら後々困るのは私のほう。
紫のスキマのお陰で札の補充がスムーズに出来るんだし、アイツの機嫌を損ねたら札が尽きたときに困る事になる。物凄く暴言を吐いてやりたいけど……ここはグッと堪えよう。
《あら、強気に来ないわね。堪える事が出来るようなったなんて、貴女も成長したのね。昔は直ぐに怒ってたのに……》
「うっさい。私の成長をしみじみと語るな」
《幼い頃から貴女を見てきた身としては色々と感慨深いのよ》
「あ~はいはい。そうですか」
何年寄り臭いことを言っているのやら。私はアンタの娘でもなければ、孫でもないっての。
口に出して言ったら間違いなく怒られるだろう事を、心の中で呟きながら何の目印もない洞窟をただ只管に真っ直ぐ突き進んでいく。
この洞窟の先が何処へ通じているのか分かっていても、何処まで行けば良いのか分からない道を一人で進むのは辛いものがある。
陰陽玉を通して紫たちを話しは出来るけど、やっぱり隣にリュウが居ないのは寂しいし、何かと困る。……アイツが居てくれれば、こんな暑い中でも氷を作って涼を提供してくれたのに。
何時まで鬼と戯れている気なのかと呆れていると、私の行く手を遮るように旧都で見かけた黒猫がやって来た。
地霊殿へ行くときは道案内をするかのように先行していたけど、今回は私を引き止めるかのように立ち止まっている。
何が目的なのか良く分からないけど、たかが猫一匹を相手に構っているほど私も暇じゃない。
この猫の目的がなんなのかも興味ないし、さっさと灼熱地獄跡へ行って異変を解決してしまおう。
そう思った私は猫の事など見なかったことにして、さっさと先に進もうと通り過ぎていこうとすると―――
「あー待ってよ! 無視しないであたいの話を聞いてくれよ!」
―――猫に呼び止められてしまう。
めんどくさいなと思いながら後ろを振り返ると、赤毛を三つ編みにした猫又の姿が在った。
随分と変わった猫だとは思っていたけど、まさか猫又だったなんてね。……まぁ、この位の妖怪だったら地上にも居るし、一々相手にしなくても問題はないか。
こんな熱い所に長時間いたくもないし、猫の呼びかけなんか無視して先に進もうとすると、またしても猫に先回りされてしまった。
「そんな無視しなくてもいいだろ、まったく。そんなんじゃ連れの彼に嫌われるよ」
「おあいにく様。私はリュウの話はちゃんと聞くから問題ないわよ」
《……逆を言えば、彼の話ししか聞かないとも言うわよね》
《あ~納得ですね。他の方の話をまともに聞いてるところなんて見た事ないですし》
《紫、今のはいい返しだったぞ》
「ちょっと外野うるさい」
随分と勝手な事を言ってくれているけど、リュウ以外の話だって聞くときはちゃんと聞いてるわよ。ただ、その話を聞く相手が極端に少ないってだけの話じゃない。
「お姉さんたちの仲が良いのは分かったけど、ちょっとくらいあたいの話を聞いてくれよ。今回の異変に関する話なんだからさ」
「今回の異変に関する話?」
「そうそう」
何を言い出すのかと思えば、猫の癖に随分と突拍子もない事を言ってくるわね。
ただの猫の癖に一体何を知っているんだって言いたくなるけど、よくよく考えてみると今回の異変の経緯ってまだ何も分かっていないのよね。
今までの異変は途中で分かったりしていたけど、今回は誰も知らないときてる。
旧都で怨霊の管理をしている鬼も、灼熱地獄跡の管理を任されているさとりも知らないとなると、今回の異変がなんで起こったのか分からないままね。
解決の役には立たないでしょうけど、後でリュウに話す事を考えると猫の話を聞いておいても損はないか。
「……いいわ、聞いてあげる。でも、こんな熱い所で長話なんて嫌だから、手短に話しなさい」
「はいはい。それじゃ進みながら話を……って、自己紹介がまだったね。あたいの名前は『
「成る程。つまり、今回の異変の犯人はアンタってわけね。探す手間が省けたわ」
「間違っちゃいないけどそれには色々と事情があるんだよ」
「事情ねぇ……。くだらない話だったらアンタをしばき倒すわ」
「あたいの話を聞いてくれればそんな気も起きなくなると思うよ……」
「……?」
若干疲れたような、呆れた様な様子で猫が呟くけど、如何いう訳なのかも話さず先へと進みだした。
私の事を手招きするから道案内もしてくれるみたいだけど、一体何が起こったのか未だに全体像がつかめていない。
道すがらはなしは聞いてみるつもりだけど、本当に何が起こったのかしらね。
「それで、今回の異変を起こした理由だけど……実は、あたいの友人を懲らしめてほしくて」
「益々意味がわかんないわよ。友人を懲らしめるならアンタが自分でやりなさいよ」
「それが出来ればとっくにやってるって。……事の発端は今から二週間くらい前。ある日突然、地上から二人組みの神様がやって来て、あたいの友人の『お空』って言う地獄烏に力を与えちゃった事なんだ」
「烏に力を与えたって……一体何を考えてるのよ、その神様は」
「確か産業革命がどうのこうの言ってた気がするけど、今は関係無いから置いておくね。それで力を与えられた当初は何ともなかったんだけど、最近になってその力が目覚めていきなり〝この力で幻想郷を支配してやる〟とか言い出しちゃって……」
「……アンタの友達ってもしかしなくても馬鹿でしょ」
「ば、馬鹿じゃない! ただちょっと頭が残念で、物覚えが悪いだけ!」
「それじゃアホでいいわね。はい、決定」
「うぐぐぐ……」
ここで否定してこないのをみると、恐らくこの猫も心の何処かでは同じ様なことを持っていたんでしょうね。
まぁ猫と烏の友情は置いておくとして、随分と大それた事を言い出したものね。幻想郷を支配するだなんて、そんな事を言う奴初めて聞いたわ。
長い事地底で暮らしていたから、今の地上に一体誰が居るのか知らないみたいだけど、命知らずも良い所だわ。
《……火車の猫さん。一つ聞きたい事があるのだけどいいかしら》
「ん? 今のは……あ、この玉か。何処の誰か知らないけどなに?」
《その地獄烏に与えられた力というのは一体なんなのかしら》
「えっと確か…………八咫烏とか言ってたかな」
「……八咫烏ってなんかの冗談でしょ」
「いや、冗談とかじゃなくて本当だって。やって来た神様も〝これがあれば太陽の如き力が扱える〟とか言っていたし」
「………………」
《霊夢。どうやらこの先に居るのはかなり厄介な相手みたいよ》
「アンタに言われなくても分かってるわよ」
話を聞いて私は思わず頭を抱えてしまい、猫がどうして自分で友人を懲らしめないのか分かった気がする。
八咫烏と言えば神話の中に登場する太陽の化身として伝わっている神話上の烏。この幻想郷でだって実物を拝む事の出来ない様な鳥なのに、なんだってこんな所にいるのよ。
もし烏に力を与えた神の言う通り、本当に太陽の如き力を使えるのだとしたら、一介の妖怪じゃまず歯が立たないでしょうね。
「あ~……本当に頭が痛い。一体何処の馬鹿よ、そんな事をしてくれたのわ」
「え~っと確か、紅い服を着て背中に大きな注連縄を背負った神様と、目玉の付いた変な帽子をかぶってる小さい神様の二人組みだったかな」
「あ、それだけで何処の誰だか分かったわ。ありがとう」
「どういたしまして?」
猫は如何してお礼を言われたのか分からず首を傾げるけど、そんな事は如何でも良い事だから気にしないでおく。
それよりも問題なのは烏に力を与えたという神様の方ね。猫が教えてくれた特徴からして守矢の連中なのは間違いないでしょうけど、一体何を考えているのよ。
信仰集めとは関係ないように思えるし、烏を操って幻想郷を支配しようっていうならリュウが黙っていない事くらい分かっている筈。
昔リュウに叩きのめされたから、アイツの逆鱗に触れるような真似はしないと思っていたけど、私の考えが甘かったのかもしれないわね。
今から帰ってあの馬鹿神に制裁を加えるわけにも行かないし、あの二人に関しては烏をとっちめてから日を改めてリュウをけし掛けましょう。
「とりあえず今回の異変は、力を得て調子に乗っている友人をとっちめて欲しくて、怨霊を地上に放出したってわけね」
「うん、そんな感じ。お空の力で温泉を沸かして出来た間欠泉に怨霊を解き放ったの。こうすれば地上の妖怪たちも地底で何かが起こってるんだって気付くと思ったからね」
「それにまんまと乗せられちゃったわけだ。はぁ~……やってらんないわね」
「えッ。もしかして、ここまできて帰るとか言わないよね?」
「流石にそんな事いわないわよ。このまま放っておくわけにも行かないしね。とりあえずアンタはこれ以上怨霊が地上に出ないようにしっかり管理しなさい」
「そりゃもちろん。あたいとしても、お空の奴に幻想郷支配は無理だって事を分からせて貰えればそれで十分だから」
「だったら早く自分の仕事をこなす。後はコッチで何とかするから」
「はいはい。それじゃ後は宜しく頼んだよ、お姉さん達」
嬉しそうにそう言うと、猫は急ぎ足で今来た道を引き返していった。
既に猫の役目は終えていたから私も引きとめるような真似はせず、背中を見送る様な事もしないで洞窟を抜けて、目的地であった灼熱地獄跡へと入っていった。
灼熱地獄と言うだけあってか、既に役目を終えて跡地になっているにも拘らず、かなりの熱さを誇っている。
さっきまでいた洞窟なんて目じゃないくらいの熱さに嫌気が差しながら、此処に居るであろう地獄烏を探し始める。
下には灼熱の名の通り炎が燃え盛り、幾人もの罪人を炎と言うだけあって地上の火とは比べ物にならないほど熱く、全てを燃やしつくかのように煌々と輝いている。
上にはこれまで潜ってきた深さを物語るような分厚い岩盤に覆われていて、まるでふたの様に天井を覆い尽くしていた。
地獄の窯とは良く言ったモノだと思わず感心しながら、天井を見上げていると岩盤に向かって狙いを定めている黒い翼の少女を見つける。
「ちょっとアンタ、そんな所でなにしてんのよ」
「うにゅ?」
私の呼びかけに反応して翼の少女が振り返るけど、彼女の格好はかなり異様なものだった。
右足には石で出来たような靴を履き、左足首には二つの光球が円を描きながら回っている。右腕には木で出来た棒のようなモノを嵌め、背中のマントは満天の星空の様に輝いていて、胸元には紅い猫の瞳の様な紅玉があしらわれている。
今まで色んな妖怪を見てきたけど、此処まで代わった格好の妖怪を見るのは久し振りかもしれない。
彼女の趣味……かどうかは知らないけど、本当に変わった格好をしているわ。
「お姉さんだれ? 地底の人じゃないでしょ」
「地上からやって来たタダの人間よ。それよりもアンタね、幻想郷支配なんて考えてる馬鹿な烏は」
「なんでお姉さんがその事を知ってるの!? それはお燐にしか話していないのに!」
「そのお燐が話してくれたのよ。力を得て調子に乗ってる友人をとっちめてくれってね。……ま、そう言う訳だから大人しくやられなさい」
宣戦布告しながら札を取り出して周囲に展開して少し様子を見る。
八咫烏の力を与えられたと言う事は、あの烏は太陽の化身の力を与えられたと言う事。
世界を遍く照らす太陽。その力を与えられた以上は、相手をただの烏だなんて思わないで真剣に対処しないと。でないとやられるのは私の方になる。
「ぐぬぬ……。お燐め、裏切ったな。でも、いいもん。お燐の協力が無くたって、この力さえあれば私ひとりで幻想郷支配できるもん」
「随分と簡単に言ってくれるわね。此処で私一人に負けるようじゃ、一生掛かっても幻想郷支配なんて出来っこないわよ」
「ふっふ~ん。お姉さんひとりくらい楽勝だもん。太陽の力、核融合。この力の凄さを特別にお姉さんに見せてあげる!」
まるで子供が自慢するかのような物言いで、烏は右腕の棒を私の方に向けて熱をその先に収束させ始める。
太陽の力を打ち破れるか不安だけど、此処まで来て不安がっていても何も始まらない。
どれだけ強大な力を持っていようとも、私は私のやり方で倒してみせる!