今回のサブタイは『外の世界』となっていますが、何時もと大して変わらないです。
幻想郷に比べて煤けた空気、沢山の人が行き交う細い道。その横を通っていく鉄の乗り物に踏み固められたこげ茶色の雪。普段では余り考えられないような景観の中を、俺と霊夢はあてもなく歩いていた。
「ねぇリュウ。何処にいこうか?」
「何処って言われてもなぁ~」
「そんな事いわないで一緒に考えましょうよ。折角〝外〟に来れたんだからさ」
霊夢は楽しそうに話しかけてくるが、俺はこの人の多さに若干嫌気が差してきていた。
幻想郷ではまず考えられない人の多さに、自然物で出来ているとは思えない舗装された道。……そう、俺達は幻想の外にやって来ている。
なんでこんな事になったのかと言うと、遡ること数時間前。八雲の奴が忘年会をするからと告知しにきたのが始まりだった……。
「忘年会をするのは別にいいわ。それよりも紫、今回の異変の報酬はどうしたのよ」
「異変の報酬って……自宅に露天風呂がついたじゃない」
「アレは私が萃香に頼んだから出来たのよ。仕事の報酬じゃないわ」
「つまり温泉だけじゃ物足りないわけね。まったく欲張りな子ねぇ」
「うっさいわね、さっさと寄越しなさいよ。こっちはかなり危ない目に遭ったんだから、多少欲張らないと割に合わないの」
「そう言われてもなんも用意して無いわよ。……仕方がない。私が用意しようと思ったけど、今回は貴女たちに任せるわ。ついでに何か食べてきなさい」
「用意ってなんの用意よ」
「忘年会で使う食材の用意よ。お金はこっちで出すから、貴女は彼と一緒に外の世界でも見てきなさい」
……そんな事があって、いきなり八雲の奴に外の世界の服を渡され、無理やり着替えさせられたと思ったら外に放り出されて、今の状況に至るってわけだ。
異変解決の報酬を請求するのは当然の権利だと思うが、これは報酬じゃなくてただのお使いだろとあのババアに文句を言いたい。
特に興味のない外に放り出された挙句、忘年会ので使う食材を用意しろだなんて、俺からすればいい迷惑だ。
霊夢の奴は外の世界が珍しいのかアチコチ見ているけど、俺は家でのんびり過ごしていたかったなぁ~。
第一、今年の忘年会にどのくらい参加するのかわからないから、どれだけ食材を買えば良いのかも分からない。
例年通りの量で良いのかもしれないが、昨年の事を考えると参加者も減りそうなんだよな。その事を考えると量を減らしたほうがいいんだろうか。いや、でも……。
「う~む……」
「ちょっとリュウ。私の話聞いてる?」
「あ、悪い。全然聞いてなかった」
「もう! こんな機会もう二度と来ないかもしれないのに、何考えてたのよ」
「いや、忘年会で使う食材をどの程度買えば良いのかなぁ~って」
「アンタねぇ。そう言う面倒な話は後で良いのよ、後で」
「そうは言うけど、あのババアが大金を寄越してきたんだぞ。なら、出来るだけ少ない金額で買い物を済ませて、残りは着服してやろうかと」
「……そういう黒い話は止めなさい!」
「ぬがッ!?」
霊夢が繰り出した肘が俺の脇腹に突き刺さる。
割と真面目な話をしていたつもりだったんだが、どうやら霊夢にはお気に召さなかったらしい。……でも、お金は大事だと思うんだけどな。
「まったく。紫に頼まれた買出しなんて、私たちが思いっきり楽しんで、お土産を買ってからすれば良いのよ」
「お前もなんか凄いこと言ってねぇか?」
「アンタよりはマシよ。それよりもリュウ、私あの店にいってみたい!」
「あの店?」
霊夢が指差した先に在ったものは、レミリアの家ほどではないがそれなりに立派な洋館だった。
店名は英語で書かれていて分からないが、窓から見てみる限りでは菓子屋のようだ。
ただ売られているものが普段食べているような和菓子ではなく、レミリアの屋敷で出される洋菓子みたいだ。
洋菓子なんてあんまり食べた事は無いが、霊夢の言う通りこんな機会次に何時来るのかわからないんだし、今は余計な事は考えずに素直に楽しんだほうがいいだろう。それに菓子屋なら衣玖への土産になるし、丁度いいな。
「……そうだな。折角の機会だし、まずはあの店から行ってみるか」
「そうこなくちゃ! それじゃ早く行きましょう」
「分かったから引っ張るなって」
霊夢に引っ張られるがままに俺達はその洋菓子店に入る。
店内は無数の台が並べられていて、その上に何種類ものお菓子が並べられている。袋に入ったばら売りのものから、箱に入れられて纏め売りされている物まである。
奥の方にはガラスのケースに入れられた様々なケーキが並び、ケースの前ではお客が品定めをしている。
並べられている台の数と出入りする人間の数は多いが、天井を高くしてあるお陰なのか、あまり圧迫感を感じさせない。こういう作りの建物は幻想郷じゃ見ないから中々に新鮮でいいな。
「へぇ~かなり賑わってるわね」
「みたいだな。これは味も期待できるだろうし、俺達も見て回るか」
「えぇ。好みの物が有るといいんだけどなぁ~」
鼻歌交じりにそう言いながら、霊夢はガラスケースの中に並べられたケーキを見にいく。
俺は霊夢とは分かれ、台の上に並べられたばら売りの菓子の方を見て回る。
一つ一つを袋詰めにしているから手に取っただけじゃどんな菓子なのか良く分からない。それじゃ選びようがないんだが、別の菓子の台に試食用の箱を見つけた。
箱の中には細かく切られた黒い……ケーキ?のようなものが入っているが、よほど人気なのか箱の中は空っぽになりかけている。
全部なくなる前に俺も一つ食べてみると、かなり美味いんだが……これは緑茶には合わないな。
お茶は渋みが強いからかなり甘い和菓子には合うけど、このお菓子は和菓子に比べてそこまで甘くはない。どちらかと言うと苦味もあるし、これは紅茶か牛乳と一緒に食べたほうがいいだろう。
どうせなら緑茶に合うような洋菓子の方が良いんだが、そう都合よくあるわけないか。
ここの菓子を土産にするなら、後日アリスかレミリアに紅茶の茶葉を貰ったほうがよさそうだなと考えていると、ガラスケースの方を見に行っていた霊夢が戻ってきた。
「ねぇリュウ、ちょっと二階にいってみない?」
「二階に? 別に構わないけど……二階になにかあるのか?」
「なんでも二階にかふぇとか言うのがあって、そこでケーキを食べられるんだって。ねぇ行ってみましょうよ」
霊夢に言われて店内を見渡してみると、入り口の傍に二階への階段があって、その傍にある小さな黒板に案内とオススメのメニューが書かれていた。
恐らく霊夢が聞いたのはアレのことだろうが、値段は……セットメニューだからそこそこするな。幻想郷の茶屋の方がもっと安く食えるな。
アレが外の世界の物価なんだろうけど、ついつい幻想郷のと比べちまう。……どうして八雲が大金を渡してきたのか何となく分かった気がする。
「ね、いいでしょリュウ」
「……分かったから、そんな訴えるような目で俺を見るな。つい抱き締めたくなるだろ」
「いや、さすがに人前で抱き締められるのはちょっと……」
「そう思うんなら自重してくれ。んじゃ、二階に行くぞ」
「あ、待ってよリュウ」
霊夢を連れて二階へと上がると、そこは一階とはまた違った空間になっていた。
二階はカフェになっているんだから違うのは当然だが、一階の様な賑わいがない。
人が居ないわけじゃないがそれほど多いわけでもなく、リラックスできそうな音楽が何処からか流れている。
一階に比べて寂しい気もするが、人混みで騒がしいよりはずっとマシだろ。
そんな事を思いながらカフェに入り、空いていた窓際の席に座る。
此処から町の様子が一望できる……と言う訳ではないが、辺りの様子を知るくらいは出来そうだ。
雪が降り、建物の屋根を白く染めてはいるがこの辺りには自然物が殆どない。開発が進み、建物が乱立していてどうも俺には合わなさそうな街並みだな。
町の風景を見ながら自嘲的な笑みを浮かべると、この店の店員らしき人物が水を持ってやってきた。
店員は持って来た水を俺達の前に置いて、メモとペンを取り出して注文を聞いてくる。
「ご注文の方はお決まりになられましたでしょうか」
「え、え~っと……」
「ケーキセットの抹茶シフォンで、飲み物はミルクティーを」
「あ、それなら私もセットで、ショートケーキと紅茶で」
「ケーキセットの抹茶シフォンとミルクティーがお一つと、ショートケーキと紅茶がお一つですね。ご注文は以上でしょうか」
「嗚呼」
「畏まりました。では、暫しお待ち下さい」
店員が一礼してから去っていくのを見計らい、俺は置いていった水を一口飲んで霊夢の方を見る。
霊夢も水を一口飲んでいるが、珍しい事に落ち着かずにそわそわとしている。
こんな風に落ち着かない霊夢を眼にするのは……何か狙っている時くらいなもんか。そう考えると急に珍しいものでもない様な気がしてくるから不思議だ。
「どうした? 落ち着かない様だが」
「この店の雰囲気がどうもね。里の茶屋とは全然違うし」
「なんだそんな事か。別に気にするほどの事でもないだろ」
「しょうがないでしょ、初めてなんだから。寧ろなんでアンタはそんなに落ち着いていられるのよ」
「何でって言われても、茶屋は茶屋なんだから何処も一緒だろ」
「……………」
思ったことをそのまま口にしたら、何故か霊夢に絶句されてしまう。
別におかしな事を言ったつもりは無いが、何か不味い事でも言っただろうか?
「アンタは何処にいても変わらないわねぇ。ちょっと羨ましいわ」
「別に羨むほどの事じゃないだろ。それより、この店を出たら次は何処に行く」
「そうねぇ……。何か目的があって来た訳でもないし、店があったら手当たり次第に覗いてく?」
「流石にそれはどうかと思うけど、ここら辺の地理に詳しくないし、そうなるよな」
「幸いにもこの通りには色んな店も在るし、見る分には飽きないでしょ」
「見るだけじゃなくてちゃんと買っていこうな」
「それは品物次第よ」
若干偉そうな事を言う霊夢を見て、俺は思わず笑ってしまう。
霊夢らしいといえばらしいが、さっきまで落ち着かなかったくせに何を言っているんだかと思ってしまう。
どうやら調子が戻ってきたみたいだけど、これだと店を出たらまた振り回されそうだ。
霊夢に振り回される自分を想像して笑ってしまうが、不思議とそれも悪くないなと思えた。
町にはまだまだ沢山の店が在るし、今日は何時も以上に疲れそうだと内心考えていると、店員がケーキセットを持って来て此方へとやって来た。
店員は俺達の前に注文した品を置いて行くと、最後に注文が揃ったのか確認してから紙を置いて去っていく。
店員が去ってから神の中身を確認すると、どうやら伝票だったらしく、注文した品と金額が書かれていた。
中身を確認してから紙を伏せて置くが、やっぱり幻想郷の茶屋の方が安いと思ってしまう。
物価の違いだと自分に言い聞かせるけど、なんだか金に煩くなって来た様な気がしてならない。
夏に神社が倒壊したり、食い扶持が増えたりで色々と要り様だったからなぁ~。どうしてもそっちに目が行ってしまう。
金に煩くなって来た自分に嫌気が差しながら、気分を変えるために注文したケーキを一口食べる。
「……お、美味い」
「うん、私のも中々ね。でも、紅茶は咲夜が淹れた方が美味しいかしら」
「アイツはレミリアの我が侭に付き合っているんだ。そりゃ上手いだろ」
「寧ろ上手くないとやっていけなかったのかもしれないわね」
「かもしれんな」
よくあの我が侭に付き合っていられるもんだと思いながら、シフォンケーキとミルクティーを楽しむ。
ケーキは抹茶が入っているからか、そこまで甘味が強いわけでもなくお茶の風味が確りとあるが、どうもミルクティーとは合わない気がする。
この組み合わせは間違いだったかと思っていると、霊夢の唇の端に白いクリームが付いているのに気付く。
本人はそんな事にも気付かずにケーキを食べているが、流石にこのまま放っておくのもかわいそうだ。
「霊夢、唇にクリームがついてるぞ」
「え、嘘? どこどこ?」
「拭いてやるからジッとしてろ」
テーブルに置いてある紙を手にし、霊夢の唇についたクリームを拭く。
こんな使い方で本当にあっているのか分からないが、霊夢の唇を汚したままにしておくよりは良いだろ。
「ほれ、綺麗になったぞ」
「……………」
「ん? どうかしたか?」
「いや、リュウの事だから紙で拭かないで指で拭ってくるかと思ってたんだけど」
「昔やったことあるが、それは止めて欲しいって言って来たのお前だろ」
「そういえばそうだったわね。……細かい事は確りと覚えてるのね」
「あ、なんか言ったか?」
「リュウがちゃんと覚えてるなって言っただけよ」
「人を記憶障害者か何かと勘違いしてないか」
「さってねぇ~」
霊夢はそう言って誤魔化しながら、またケーキを食べ始める。
もうちょい追究したいところではあるが、これ以上何を言ってもきっと誤魔化されるだけだろう。
そんな事を思いながら小さな溜息を吐くと、俺が残しておいたケーキが何時の間にかなくなっていた。
全部食べきった覚えはないし、置いてある皿にクリームが付いていることに気付く。
それとなく霊夢の方を見てみると、予想通りというか霊夢の奴が俺のケーキを食べていた。
「……おい、霊夢」
「な、なによ」
「俺のケーキを勝手に食うな」
「別にいいじゃない、食べてみたかったんだから」
「一言いえば分けてやるってのに……」
「むぅ……悪かったわよ。そんなに不貞腐れなくてもいいじゃない」
「不貞腐れてるんじゃなくて呆れてるの」
勝手にケーキを食べた霊夢に呆れながら、残っているミルクティーを飲んでまったりする。
霊夢は申し訳無さそうな顔をして残り少ないケーキを返してくる。
俺はそのケーキをフォークで差して、ケーキを霊夢の方に向ける。
霊夢は戸惑った表情で俺とケーキを交互に見比べたあと、恥かしそうに顔を赤くしながらケーキを食べようと口を開く。
そのまま霊夢がケーキにかぶりつこうとしたのを見計らって、フォークを引っ込めそのまま自分の口に運んだ。
ケーキを食べられず、自分が今しようとしていたことを思い出してか、霊夢は恨めしそうに睨んでくる。
そんな霊夢に不敵な笑みで返し、ミルクティーを飲みきってから伝票を手に会計を済ませる。
後ろを付いてくる霊夢は恨めしそうに睨んでくるが、先に仕掛けたのはソッチなんだから、この位はさせて貰わないと割に合わない。
会計を手早く済ませ、一階では何も買わずにそのまま店を後にする。
此処の菓子は土産に丁度よさそうだったが、他にも店はあるんだし、色々と品定めをしてから土産を選んでも悪くはないだろう。
「……それで霊夢は何時まで俺の事を睨んでるんだ? いい加減に機嫌を直して欲しいんだが」
「あんな事をされたら誰だってこうなるわよ」
「誰でもってことはないと思うけど……まぁいいや。それで次は何処に行く?」
「アンタの所為でそんなの吹っ飛んじゃったわよ。ま、面白そうなところがあったら入るって感じで」
「随分と適当だな」
「別にいいじゃない、誰も困らないんだし。それじゃ、行きましょうかリュウ」
そう言って霊夢は俺の腕を引っ張って、またあてもなく歩き始める。
一応買い出しに来ているんだが、霊夢は楽しそうに笑っているし別に良いか。
さて、このあとはどうするかな。直ぐに幻想郷に帰すか、もうちょっと外の世界でデートさせるか、特に考えてないや。