紫の計らいで外の世界に出て来た私たちは、頼まれた買い物なんてそっちのけで外を満喫していた。
建物の感じや、人の多さなんかも幻想郷とはまるで違う世界。そんな世界でも私とリュウは何も変わらず、心の赴くままに楽しんでいる。
「う~ん……好みのコップだけど、それなりに値段がするわね」
ガラス製品を扱う店に立ち寄った私たちは、一旦二手に分かれて商品を見てみる事になった。
私は食器を置いているところで、良さそうなコップを手にしながらも、その値段を前につい二の足を踏んでしまっている。
幻想郷にもガラスの食器が無い訳じゃないけど、この店に比べれば取り扱っている店も少ないし、陶器や木の器で出来た食器の方が遥かに多く出回っている。
香霖堂に行けば良いのがあると思うけど、この店と比べたら種類は圧倒的に少ないのよね。まぁ、この店は専門店みたいだし、香霖堂に種類で負けてたら話しにならないか。
「霖之助さんのところでこのコップ入荷しないかしら。そうしたらツケでなんとかなるのに」
「ツケでなんとかしようとしないで、ちゃんと金を払えよ……」
「あ、リュウ。そっちはもう良いの?」
「まぁな」
既に店内を見終えちゃったのか、リュウは茶色い紙袋を手に私の所にやって来た。
「何か買ったみたいだけど、何を買ったのよ」
「ん? 別に大した物じゃねぇよ。ただの箸おきだ」
「箸おき? そんな物まで扱ってるの、この店」
「みたいだぞ。ガラスで出来た箸おきなんて珍しいから、つい買っちまった」
そう言っておどけた様に笑いながら、リュウは買った袋を私に手渡してくる。
私はコップを元の位置に戻してから袋を受け取ると、袋からは箸おきとは思えない重さが手に伝わる。
袋の封を切って中を見てみると、中にはガラスの箸おきが二十個以上も入っていた。
透明なだけではなく、赤や青といった様々な色の付いた箸おきが袋の中に沢山入っている。恐らく宴会の時にでも使おうとか考えてるんでしょうけど、全部同じ形のを選ぶ必要はなかったじゃない。
私たちが普段使う物は別の形でと思ってしまうけど、所詮は箸おきだし。あんまり種類がなかったんでしょう。
「これはまた随分と買ったわね」
「一つ一つは安かったからな。霊夢が見ていたコップと大差ない値段で買えたぞ」
「……それを聞くとこのコップが高いのか、箸おきが安いのか判断できないわね」
「多分、箸おきの方が安いんだと思うが……まぁ気にするな。それよりもそのコップはどうするんだ?」
「あ~……これは別にいいかな。霖之助さんのところで見繕ってくる」
「またツケか?」
「当然でしょ。どうせあの人、売らないで溜め込んでるだけなんだから」
「霊夢のツケ分、道具の買取金額から引かれるんだが」
「アンタがそれ以上稼いでくれるから大丈夫よ。それじゃ次に行きましょう」
「な~んか納得いかねぇ」
若干不満そうにしているリュウを尻目に、私は店の出入り口に向かって歩き出す。
直ぐにリュウも後を追いかけてきてくれるけど、流石に今のはちょっと言いすぎたかなと心の中で反省する。
でも、霖之助さんが道具を溜め込んでいるのは事実だし、魔理沙みたいに無断で持っていかないだけマシだと思う。そう自分に言い聞かせていると、脳裏に〝どんぐりの背比べ〟って諺が過ぎった。
………
……
…
沢山の人が踏み固めて出来た雪道を私とリュウも並んで歩いている。
踏み固められている分まだ歩きやすいけど、幅が狭い所為で前からやって来た人とぶつかりそうになる。
こんな狭い道を歩いたことなんて無いから、どうも山には行って獣道を歩いているような気分になるわね。
人の少ない幻想郷と、人で溢れかえっている外の世界。これもその対比の一つだと考えれば面白いモノではあるけど、こんだけ人が多いとなると正直鬱陶しいだけな気もしてくる。
空を飛べれば色々と楽なのに、こっちの世界じゃ空を飛べる人間なんて一人も居ないみたいだし、紫の奴から目立つ行動はするなって念押しされてるのよね。
どれだけ文明が発展して、生活が豊かになり便利な道具が増えていったとしても、私は暮しなれている幻想の世界の方が合っているのかもしれない。
「あ~歩きにくいわね。もうちょい道幅を広く出来ないのかしら」
「出来ないからこそこの道幅なんだろ。ま、歩き難いってのは同意するが」
「これじゃゆっくりと店を物色できないじゃない」
「それはなんか違う様な気がするぞ」
何処かに面白い店はないかと思いながら歩いていると、前方から私と同い年くらいのカップルがやって来た。
そのカップルは腕を組み楽しげな様子で通り過ぎていったけど、その様子がどうしても気に掛かってしまう。
幻想郷出身の私からしたら外の世界の服装は珍しいけど、別のあのカップルに不自然な所があるわけじゃない。
ただ腕を組んで歩いている二人を見て、なんとなく気になってしまっただけ。
私たちも……その、いい仲なんだし、さっきの二人みたいに腕を組んで歩いても別に問題はないわよね。
歩いていればそういうカップルも何組か見かけるし、ここは幻想郷じゃないんだし、知り合いに見つかるなんて心配もない。
私は意を決してリュウと腕を組もうとしたとき―――
―ぐぅ~……―
「あ」
―――物凄くタイミング悪くお腹の虫がなってしまった。
人混みの雑踏のお陰でリュウに聞かれてないと思うけど、流石に街中でお腹がなるのは恥かしい。
こっちに来たのはお昼前だったし、外の世界で食べたのがかふぇのケーキくらいなものだから、お腹が空くのも無理はないけど……なんとも間が悪い。
別に今じゃなくてもいいでしょうに。思わずそう思ってしまうけど、これは生理現象のようなものだと自分に言い聞かせて割り切ろう。
「はぁ~やれやれだわ」
「ん? どうかしたのか?」
「うんん。なんでもない」
「そっか。……ところで霊夢、俺あの店に入りたいんだけど良いか?」
「あの店って釣具店じゃないでしょうね」
「幾らなんでもこんな時にその店は選べねぇよ」
「冗談よ、冗談」
リュウをからかいながら、彼が示してきた店を見てみると一件の蕎麦屋があった。
店名は蕎麦とはまったく関係のない名前だけど、入り口の前のガラス棚に蕎麦が飾られていたから、多分蕎麦屋でしょう。
「蕎麦屋みたいだけど……アンタ、お腹でも空いてるの?」
「うん? あ~……まぁ、そんなところかな」
随分と歯切れの悪い返事の上に、珍しい事にリュウが私から視線を逸らしてきた。
こんなに歯切れの悪いリュウを見るのも久し振りだけど、お腹が空いているならはっきりそういえば良いのに。
思わずそうおもってしまうけど、ついさっき私のお腹の虫が鳴いた事を思い出す。
私もお腹が空いていたし、ここいらで食事休憩をとるのも悪くないかもしれない……って、まさか!?
「……リュウ、一つ聞いておくけど、さっきの聞こえてたりする?」
「あ、あ~……鳴るのは誰にでもある事だし、気にしなくていいんじゃないか」
「~~~~ッ!」
リュウにお腹の虫が鳴るのを聞かれた。その事実が私の羞恥心を煽ってくる。
普通の人間なら恐らく聞こえなかったと思うけど、コイツは人間じゃなくて竜族。そこらの妖怪なんかよりも高い五感を持っている。
眼が見えないなら他の感覚を頼りに戦えば良いとかいって、実際にそれを実行できる奴なんだからこの距離で聞こえても不思議じゃない。向こうが気を遣って誤魔化してきたんだから、墓穴を掘るような真似をするんじゃなかった。
あまりの恥かしさにリュウの顔をまともに見る事が出来ないけど、リュウはそんな私の気など知らずに手を引いて蕎麦屋の暖簾を潜った。
「らっしゃーせッ」
「二人だけど、席空いてる?」
「はい、空いてますよ。こちらへどうぞ」
店員に案内されたのは店の奥に在る二人がけの小さな席だった。
小さなテーブルを挟むような形で椅子が置いてあって、私たちは対面するような形で席に着いた。
さっきの事もあってあんまりリュウの顔を見たくないんだけど、こんな席に案内されたら否応無しにもリュウの顔が眼に入ってしまう。
あまり意識しすぎても店員から変な目で見られるし、私はお品書きを手に取って顔を隠すようにしながら中に眼を通す。
店の前に合ったガラス棚を見て分かる様に、お品書きに書かれている料理は蕎麦ばかり。下の方に違う料理も書かれているけど、主力商品として押し出しているのはやっぱり蕎麦みたいね。
幻想郷で蕎麦っていうと掛け蕎麦や天ぷら蕎麦なんかが一般的だけど、外の世界の蕎麦って色んな種類が在るみたいね。私の知らない蕎麦まであるわ。
「う~ん……一言で蕎麦っていっても色々とあるのね。こんなに種類が豊富だったなんて」
「俺はもう決まっているからゆっくり決めていいぞ」
「あら、早いわね。何時の間に決めたのよ」
「いやな、この店の壁にもメニューを書いた立て札が掛けてあってだな」
そういってリュウが壁を指すと、確かに私が見ているお品書きにも書かれている料理の札が掛けられていた。
幻想郷の料理屋では良く見かけるけど、外の世界でもまだ使っているところがあるのね。
妙なところで幻想郷と外の世界との繋がりを発見して、ちょっとだけ心が和む。やっぱり自分の故郷と似てる物があると安心できるわね。
「それで霊夢は何を頼むのか決めたのか」
「今決めるわよ。…………よし、コレにしよう。あ、すみませ~ん」
「は~い。ご注文はお決まりでしょうか」
「えっと、天ぷら蕎麦一つと」
「月見蕎麦一つ」
「天ぷら蕎麦が一つと、月見蕎麦が一つですね。二つとも温かいお蕎麦で宜しかったでしょうか」
「はい」
「畏まりました。それでは暫くお待ち下さい」
注文をとった店員は私たちに一礼すると席を離れて厨房へと下がっていった。
これで料理が運ばれるまで待つ事になるわけだけど、リュウが頼んだ月見蕎麦って一体なんなのかしら?
幻想郷じゃあんまり聞かない料理だけど、月見って言うくらいだから何かを月に見立てているんでしょうけど、問題なのは何を月に見立てているかよね。
流石に月の形をした玩具を乗せるわけないし、丸いシイタケでも蕎麦の上に乗っけるのかしら。
「ねぇリュウ。月見蕎麦の〝月見〟って一体なんなのかしらね」
「さぁな。俺も初めて頼むし、外で月でも眺めながら食べるのか?」
「いや、幾らなんでもそれはないでしょ。大体、今はお昼過ぎよ。月が見えるわけないじゃない」
「昼間でも月は見えているぞ。夜みたいに輝いている訳じゃないから見え辛いだけで」
「あ、そうなの? なら今度にでも暇潰しがてら探してみようかしら」
「そんな事で暇を潰すくらいなら雪掻きを手伝ってくれよ」
「それは遠慮させてもらうわ」
リュウと他愛のない話をしながら暫く待っていると、注文を取りにきた店員が料理を持ってやって来る。
私が頼んだ天ぷら蕎麦には大きなエビ?の天ぷらが乗っかっていて、薬味に細かく切られた万能ネギが掛けられていた。汁は醤油ベースでありふれた蕎麦だけど、上に乗っている天ぷらがちょっと予想外だったな。
私の知っている天ぷら蕎麦って掻揚げか、南瓜なんかの野菜の天ぷらだけど、まさかこんなのが乗っかっているなんて思いもしなかった。
そもそもこれはエビなんだろうか? 私が知っているエビってもっと小さい物なんだけど……まぁ食べられれば良いか。
一方でリュウが頼んだ月見蕎麦の上には薬味の他に蕎麦の上に卵が落としてあった。
恐らく卵の黄身を月に見立てて〝月見蕎麦〟にしているんでしょうけど、これを笊蕎麦でやろうとした場合どんな感じになるのかしらね。
お汁の熱で卵に火を通すんだから、冷たい笊蕎麦じゃ無理よね。ゆで卵を蕎麦の上に落とすのはなんか違うし、蕎麦の上じゃなくてお湯の上に卵を落としてから、蕎麦に移すのかしら? ……流石にそれは手間過ぎるか。
「う~ん……」
「ん? なに俺の蕎麦を見て唸ってるんだよ?」
「冷たい笊蕎麦で月見をするのはどうすれば良いのかなって」
「……別に無理して笊蕎麦で月見をする必要はないだろ」
「ちょっと気になっただけよ。それじゃいただきましょうか」
「そうだな」
私たちは割り箸を手に取り、一礼してから箸を割って蕎麦を食べ始める。
大きなエビ?の天ぷらにはちょっと抵抗があったけど、食べてみると意外と美味しくて驚いた。
私の知っているエビとはやっぱり違うけど、コレはこれで美味しいからアリね。自宅で食べる様に後で買っておこうかな。コレならきっとリュウも喜ぶだろうし。
蕎麦のお汁も良い感じで私としては満足なんだけど、月見蕎麦を食べているリュウはイマイチな反応だった。
眉間に皺を寄せているわけでもなく、頬を緩ませて美味しそうに食べるわけでもなく、なんとも微妙といった感じの表情でそばを食べている。
私の蕎麦とは違うものだけど、使っている麺やお汁も全く別物と言うのは考えにくい。
乗っている具材が違うだけなら私のと大して変わらないと思うけど、一体何が気に食わないんだろ?
結局リュウの表情は蕎麦を食べ終わるまで変わることはなかった。
私たちはお会計を済ませてまたあてもなく街を歩き始める。十二月も半ばというだけあって日が大分傾き始めていた。
買い物とかもしないといけないし、夕食の準備なんかを考えると外の世界を散策するのも限界かもしれない。
コッチの世界は色々な物が溢れかえっていて面白いけど、物が多すぎる様な気がする。
この人混みもそうだし、建物が無駄に乱立しているのもそう感じさせる要因かもしれない。
たまに遊びに来る程度ならいいけど、コッチの世界でずっと暮したいとは思えないわね。……私も幻想の一員と言う訳か。
ま、隣りにリュウがいてくれるなら幻想でも構わないけど、その隣に居る奴の表情が変わらないのなんでかしらね。
「ちょっとリュウ、何時までそんな顔をしてるのよ。さっきの蕎麦、そんなに美味しくなかったの?」
「別にそんな事はないけど……どんな顔をしてたんだ、俺」
「凄く微妙そうな顔よ。さっきの蕎麦屋さん、私は結構美味しかったと思うけど」
「俺も悪くはないと思っているんだけど……なんでだ?」
「いや、それは私が聞きたいわよ」
本人もなんでそんな顔をしていたのか分かっていないのか、リュウはしきりに首を傾げている。
リュウ自身が分かってない事が私に分かるわけもなく、リュウが答えを出すまで黙って彼の横を歩き続けていると、リュウが私の顔を見た途端に一人で納得したかのように頷いた。
「あぁなるほど」
「ちょっと何が成る程なのよ。一人で納得してないで教えなさい」
「いや、別に大したことじゃねぇよ。それよりも霊夢、今日の晩御飯は月見蕎麦がいい」
「ついさっき食べたばっかなのに? まぁ、そんなに難しそうな料理じゃないから別にいいけど、なんで?」
「何時食べたかなんて関係ない。俺は〝霊夢〟が作ってくれた月見蕎麦が食べたいんだ」
「だからそれが何でなのかって聞いてるの」
「そんなの、お前が作ってくれたものが一番美味しいからに決まっているだろ」
「なッ?!」
不意打ち気味に言って来たリュウの言葉に私は固まってしまう。
その言葉に素直に嬉しいと思うけど、突然言われて恥かしさのあまり顔が熱くなるのを感じる。
行き交う人々にも今の会話を聞かれたのか、何処となく生暖かい視線を送られている様な気がしてならない。
リュウが不意打ちで何か言ってくるのは良くある事だけど、何時も急に言ってくるから心構えなんて出来ているわけがない。
幻想郷でなら大声出して誤魔化すけど、此処は外の世界。流石にそんな事をするわけにはいかない。
だから私は、恥かしさとかと誤魔化す為に何時も急に言ってくるリュウを殴った。
「うごッ。れ、霊夢……飯を食べた直後に腹を殴るな」
「うっさい! アンタならこの位平気でしょ!」
「いや、まぁ確かに平気だけど……」
「それならグダグダ言ってないで、さっさと行くわよ。いい加減買い物を済ませないといけないんだから」
「はいはいっと。……やれやれ、恥かしいなら恥かしいって言えばいいのに」
「アンタ、もう一発殴られたいの?」
「流石にそれは勘弁してもらいたいな」
おどけたように笑いながらリュウは私の手を取って歩き始める。
私はリュウに手を引かれるがまま歩き出すけど、繋いだこの手を離したいとは思わなかった。
何時も突然コッチが恥ずかしくなる様な事を言ってくるけど、恥かしさと同じ位に嬉しいとも思ってる。
だから頑張って二つとも素直に受け止められる様になりたいけど、この分だとそれが出来る様に成るのはまだまだ先になりそうね。
「……はぁ。この癖が抜けるのは一体何時になるのかしらね」
「ん? 癖がなんだって?」
「なんでもないわよ。それよりもリュウ、折角コッチに来たんだから色々とお土産を買っていきましょうよ」
「お土産って……あの箸おきじゃ駄目か?」
「流石にそれじゃ怒られるわよ。主にたっちゃんから」
「だよな~。……しゃーない、なんとかしてアイツが喜びそうなものを探すか」
「輝夜の難題くらいに難しそうね」
「そう思うなら一緒に考えてくれよ……」
「はいはい、分かってるわよ」
私はリュウの横に並んで、彼を腕を組みながら日が沈み始めた街を歩いていく。
何時もとは大分違う報酬だったけど、偶にならこんな報酬も悪くないかな。
〝外〟の世界だろうと幻想郷だろうとこの二人は変わらないな。