雪に覆われ白く染まった魔法の森。その一角に在るアリス邸では年始にも拘らず魔法の実験が繰り返されていた。
「……う~ん、やっぱり駄目ね。何度やっても糸が絡まる」
魔法の研究に使っている部屋でアリスは絡まってしまった糸を見ながら一人呟く。
夏にゴリアテを操り損ねてから毎日の様に研鑽を積んできたが、何度繰り返しても人形を操る糸が変な風に絡まってしまい、最終的に人形の指一つ動かすことが出来なくなってしまう。
人形遣いがまともに糸を操れないようでは話にならないが、別に彼女の腕が落ちたわけではない。
現に芝居の時に使う人形は問題なく動かす事が出来る。糸が絡まってしまうのは魔法を付与した人形だけ。
アリスは人形に魔法陣を刻み、能力を付与する事で戦闘や雑務など様々な用途に使っていた。
しかし、その魔法陣を刻まれた人形達をまともに操る事が出来なくなってしまっている。
「魔法その物に問題はなかったし、私の腕が鈍ったわけでもない。それ以外に考えられる要因としては第三者による妨害だけど……そんな事をしそうな人物に心当たりはないのよね」
絡まってしまった糸と動かなくなった人形を片付けながらアリスは一人考える。
人形が動かせなくなったのも困るが、このままでは人形遣いとしての自身のプライドに傷がつく。
魔法使いにとって実験の失敗など良くある事。寧ろその失敗を糧にしていく位の気概がなければ進めない。
だからこそ実験に失敗しても記録を残し、何が悪かったのか洗い出し、次への糧にしていたのだが今回ばかりはそれすらも出来ないでいる。
リュウに頼れば何らかの解決策が見出せるのかもしれないが、既に上海を作り出すときに頼っているため、彼に頼ってばかりいてはアリスのプライドに触る。
それが理由で一度は彼の申し出を断っているのだ。なのに〝原因が分からないから協力して〟というのは余りにも都合が良すぎる。
恐らくリュウはそんな事気にも留めないだろうが、これはアリスのプライドの問題だ。
「やれやれ。此処まで行き詰るのは人形の自立化に失敗した時以来ね」
自嘲するかのようにアリスが呟くと、部屋の中で何かが落ちる物音が聞こえてきた。
アリスは物音が聞こえてきた方に眼を向けると、魔法の実験記録を纏めた棚に置かれていた人形が床に落ちていた。
それは赤を基調としたエプロンドレスを着た上海そっくりの人形だった。
何度も調整を重ねてきた上海とは一回り小さいものの、着ている服の色以外は何から何まで同一のものだった。
「大変!」
アリスは慌てて人形を抱きかかえ、何処か損傷がないか入念にチェックし始める。
人形遣いが自身の手足の代わりにもなる人形をチェックするのは当然だが、この人形に関しては上海と同じくらい入念にチェックしていた。
よほど大切にしているのか、細かな所にまで入念にチェックを入れている。棚から落ちただけなのにも拘らずだ。
「…………特に壊れている箇所はないわね。良かった」
落ちた人形に傷一つ付いていない事に安堵すると、誰かが部屋のドアを控えめにノックをしてくる。
数回のノックの後ドアが開くと上海が部屋の中に入ってきた。
現在他の人形達を動かす事は出来ないが、糸で操る必要のない完全自立型人形の試作機である上海だけは、平時と何ら変わりなく動く事ができていた。
「マスターお茶の準備が出来たよ」
「ありがとう上海」
アリスは一階でお茶の準備をしてくれた上海に礼を言うが、上海の視線はアリスが抱えている人形に向けられていた。
「ねぇマスター、その子どうかしたの? 何処か怪我でもしたの?」
「棚から落ちたけど怪我はしていないわ」
「それじゃ如何して動かないの? ワタシはその子が動いているところを見た事がない」
「……この子は動かせないんじゃなくて、動かないのよ」
「? どう言う事?」
上海に尋ねられ複雑そうな表情を浮かべるが、アリスは悲しそうな眼を抱えている人形に向けながら語り始めた。
「この子の名前は『蓬莱』。上海にとっては姉に当たる子よ」
「ワタシのおねえちゃん?」
「えぇ。リュウからヒントを得て制作した子なんだけど、魔法陣の方が不完全で失敗しちゃったのよ。最初は上手く行っていたんだけど、直ぐに動かなくなっちゃって。何度も魔法陣を調整した所為で今では糸で操っても碌に動かなくなっているわ」
「そうなんだ」
上海は感情の篭らない声で返事をしながら、アリスが抱いている蓬莱を見る。
瞳は閉じられていて動く気配はないが、何故か蓬莱から目を離すことが出来なかった。それがどうしてなのか、上海自身にも良く分からなかった。
自分に姉に当たる人形がいて驚いているのか、それとも悲しそうな眼をするアリスに釣られただけなのか、今の上海にその答えを出す事は出来ない。
「でも、この子のお陰で上海が出来たのだから感謝しないといけないのかしら」
「だけどワタシはこの子とお話をしてみたかった」
「……ッ。そう、ね。私も蓬莱と話がしたかったわ。……それじゃそろそろお茶にしましょうか」
「うん、分かった」
二人は話を切り上げ、アリスが作業台の上に蓬莱を置いて部屋から退出しようとしたとき―――
「どう…して……。どうしてわたしじゃないの……」
―――聞いた事のない声が聞こえてきた。
突然の第三者の出現にアリスは驚き振り返るが、部屋の中に人影はない。声を出す事が出来るのは自分と上海だけの筈なのにだ。
魔理沙が悪戯でもしているのかと思い窓の外を見てみるが、やはり人影は何処にも見当たらない。
アリスは首を傾げながら部屋から退出しようとするが、背後から何者かに襲われてしまう。
背後からの一撃。その攻撃自体には大した威力は無いが、アリスの体勢を崩すには十分だった。
突然の攻撃に反応する事ができなかったアリスはそのまま床に倒れてしまう。
「キャアッ!」
「マスター!」
「だ、大丈夫よ上海。……もう、一体誰なのさっきから!」
アリスは声を荒げながら後ろを振り返ると、彼女に眼にあり得ないものが映った。
「うそ……でしょ……」
アリスの眼に映りこんだものは動く筈のない人形だった。
魔法陣の調整に失敗し、何度も弄っていた所為でもはや修復不可能なほどに壊れてしまった人形。
糸で操ろうにもそれすらも魔法陣に干渉してしまい、如何する事も出来なかった人形が独りでに動き出したのだ。
リュウSide
「年に一度の大事な儀式を失敗するとは弛んでいるにも程がありますよ、霊夢!!」
「……すみませんでした」
「謝れば済む問題ではないでしょう! 第一、貴女の謝罪には誠意が感じられない! 謝罪するときは言葉だけではなく気持ちを込めてですね―――」
「……長いな」
「そう、ですね」
年が明けて早々、神社には先代の説教が響き渡っていた。
霊夢が儀式に失敗したのは直ぐにばれるとは思っていたけど、説教は三が日過ぎてからだと高を括っていた。
正月早々説教なんて先代もしたくないだろうし、三が日過ぎるまではのんびりしていようと思っていたが……流石に考えが甘かったようだ。
「しかし長いな。説教が始まってどのくらい経った?」
「かれこれ二時間くらいでしょうか。よく続けられるものだと感心します」
「言ってる内容は若干かぶっている様な気がするけどな」
「リュウさん。それは気にしない方がいいですよ」
其処は気にするべきだろと言いたくなったが、下手な藪を突いて蛇を出したくない。あの説教に巻き込まれるのは勘弁してもらいたい。
霊夢には悪いと思いつつも、俺と衣玖は巻き込まれない様に別室で待機していた。
流石に話すネタもなくなって来ただろうし、そろそろ説教も終わるんじゃないかなぁ~と思うが、霊夢への説教が終わったら今度は俺に説教してきそうで怖い。
霊夢が弛んでいる原因は俺にあるとか言ってきそうだけど、流石にそんな事にはならないよな。
若干の不安を抱えながら何時まで続くのかと考えていると、誰かが荒々しく雨戸を叩いてくる。
「誰だこんな時に。正月なんだからもっと落ち着けっての」
「正月だから落ち着けというのは良く分かりませんが……」
「それこそ気にするな」
―ドンドンドンドンッ―
「あ~分かったからそんなに強く叩くな。雨戸が壊れる」
荒々しく叩く音を鬱陶しく思いながら雨戸を開けると、その向こうには魔理沙と何故か抱きかかえられいるボロボロの上海の姿が在った。
何故魔理沙と上海が一緒なのか、何故上海がボロボロなのか気になる事は幾つか在るが、慌てた様子の魔理沙とボロボロの上海を見れば事件が起こったのは明白だった。
「正月からすまん、リュウ! でも、手を貸してくれ!」
「分かったからとりあえず上がれ。衣玖、救急箱を持って来てくれ」
「畏まりました」
衣玖に指示を出し、詳しい話を聞かずに魔理沙を家に上げる。
家に上がる時に上海を様子を見てみたが気を失っているのかピクリともしない。服はアチコチ焦げ付き、身体には皹が走っており下手に扱うと折れてしまいそうな程だ。
獣に襲われたのならこんな壊れ方はしないし、妖怪に襲われたにしてもあの森は妖精も寄り付きはしない。
魔理沙の奴が上海をアリスから奪ったって可能性もあるが、幾らなんでもそこまでするような奴じゃないか。
「リュウさん、救急箱をお持ちしました」
「よし、それじゃ中の道具を使って上海を縫合するぞ」
「はい」
衣玖から救急箱を受け取り、箱を開けて壊れかけている上海の縫合を開始した。
生物じゃないから薬は不要だが、俺達には罅割れた身体を直してやる事はできない。
本当ならアリスの奴に任せるべきだろうけど、魔理沙が神社に持って来たって事はアイツは今手が離せないんだろう。
上海が壊れかけている時に一体何をやっているのかと思うが、詳しい話は後で魔理沙に聞けばいい。
とりあえず今は包帯で罅割れた部分を固定し、包帯がずれないように処置するだけだ。
大方の処置を終えると、騒ぎを聞きつけたのか霊夢と先代が俺達の元へとやって来た。
「ちょっと何事よ。てか、なんで上海は居るのにアリスが居ないのよ」
「その人形は……時折り里で見かける人形遣いの物ですね。何故その様なものが此処に」
「その辺りも含めてこれから魔理沙に聞くところだ。……そう言う訳だからさっさと話せ」
「あぁ。でも、すんげぇ奇妙な話をするぞ」
「奇妙でも何でもいいからさっさと話しなさいよ」
「実はアリスの奴が自分の人形に襲われててな」
「……本当に奇妙な話ですね」
魔理沙は自分でも信じられないのか、しどろもどろになりながら神社に来た経緯を話し始めた。
新年の挨拶がてらアリスの家にお茶を飲みに行こうとしたら、森の中で騒音が聞こえてきたらしい。
新年早々、それも魔法の森から騒音が聞こえてきた事に興味を懐いた魔理沙はその場所に行ってみると、アリスが自分の人形に襲われている所に出くわした。
自分で操っている筈の人形に襲われるだなんて普通に考えたらありえない話だが、アリスの必至な表情から自作自演とはどうしても思えなかったそうだ。
それで魔理沙はアリスに加勢しようと飛び出したら、彼女にボロボロの上海を押し付けられ「この子を連れて逃げて」と言われた。
その言葉に魔理沙は反論しようとしたそうだが、上海を押し付けられたことで人形の狙いがアリスから魔理沙に変わり、アリスは人形達に何処かへと連れて行かれたそうだ。
「わたしも自分でおかしなことを言っている自覚は有るけど、あの人形達はどうみても普通じゃなかった。アリスが上海を大事にしていたのは知ってるし、自分の手で壊すような真似はしないだろ」
「だろうな。……となると考えられるのは人形の暴走か、コントロールを誰かに奪われたかのどっちかだな」
「頼むリュウ! わたしと一緒に魔法の森に行ってくれ! アリスの奴も心配だし、何よりこのままじゃ家に帰れねぇ!!」
「………………」
魔理沙は手を合わせて俺に頼み込んでくるが、その理由は如何なんだろうと心の底から思う。
家に帰れないなら実家に帰れば良いと思うんだが、そうしたくないから俺に頼み込んでいるのか。
二人の仲の悪さに呆れてしまうが、このまま放っておくわけにも行かないよな。
「やれやれ、仕方がないな」
「お、それじゃ!」
「あぁ一緒に行ってやるよ。アリスの事も心配だしな」
「よっしゃ! なら早速行こうぜ!」
「いや、ちったぁ準備をさせろ」
「なら直ぐに準備しろって。ぼやぼやしてたら手遅れになるぞ」
「分かってるっての」
急かしてくる魔理沙を諫めながら、席を立ち上がり上着を取りに部屋へと向かう。
アリスの様子を見に行くだけとはいえ人形が襲ってくるという奇怪な状況だ。間違いなく戦闘になるだろうが、あの人形達は斬り捨ててもいいんだろうか?
思わずそんな疑問が頭に浮かび上がると、先代が不満そうな顔で口を開いた。
「……態々妖怪を助けに行くとは物好きですね」
「不満か先代」
「えぇ。ですが、貴方は竜族。人の味方にも妖怪の味方にも為れる存在。そんな貴方を咎める気は在りません」
「なるほど。でも一つだけ訂正させてもらう。俺は誰彼構わず助けに行くようなお人よしじゃない」
「では、何故妖怪を助けに行くのですか」
「そんなの友人だからに決まってるだろ。それ以外の理由なんてねぇよ」
「……友人だから助ける。なるほど道理ですね」
先代は俺の言葉に納得したかのようにひとりで頷く。
博麗の巫女として妖怪を倒し続けていた彼女からすれば、妖怪を助けようとする俺は相当奇怪に見えるだろう。でもこれが俺の在り方だ。この位の事は目を瞑ってもらわないと困る。
「話は纏まった? それじゃさっさと助けに行くわよリュウ」
「待ちなさい霊夢。貴女は駄目です」
「なんでよ。リュウが行くなら私も一緒に行くのは当然じゃない」
「人形が暴走した程度の事件に二人揃って出向く必要もないでしょう。それに……今回の儀式失敗の咎を受けていないでしょう」
「げッ。今回の話で有耶無耶にできたと思ったのに」
「なんだよ霊夢、珍しく失敗したのか。ザマァないな」
「魔理沙の癖にうっさいわよ」
「わたしの癖にって如何言う事だよ!」
「……とりあえず、準備してくるわ」
「はい、分かりました」
なんだか変な方向で騒がしくなり始めたが、関わるのも面倒なんで無視することにした。
霊夢が一緒に来れないのは痛手だが、先代の言う通り人形の暴走なら俺一人でも如何にでもなる。
問題があるとすればこうなった原因が分からないって事だが……それは行ってみれば分かる事か。