竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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今回は前編と後編に分かれています。正直なところ、今回の話は一つに纏めるか二話に分けるかで凄く悩んだ。


第百九十三話 法界

「つまりお前等は昔妖怪の味方をして封印された女を助ける為に態々魔界までやってきたのか」

「簡単に説明するとそう言う事です、はい」

 

寅の仲介で戦闘が終了し、やっとコイツ等の目的を聞きだすことが出来た。

結果から言ってしまうとコイツ等は白。最近になって幻想郷に現れた連中とはなんの関係もない事が分かった。

コイツ等は元々地底に封印されていた妖怪らしく、この間の地底異変の際に地上に抜け出してきたらしく、今の幻想郷の事情についてはあまり知らないそうだ。それじゃ俺や霊夢の事を知らないのも当然か。

 

「お前等の事情は分かったが、なんとも間の悪い。今の幻想郷は変な奴等が徘徊していて危ないってのに」

「それは承知しましたが、こちらとしても引くわけには行きません。数百年もの間この日が来るのをずっと待っていたのです。今更後には引けません」

「ふ~ん、随分と気合が入ってるわね。アンタとその女ってどういう関係よ」

「行き場のなかった私たちに居場所をくれた大恩人です。それに聖は素晴しい方ですから、きっと幻想郷をよりよくしてくれるでしょう」

「あ、そう言う人物像は如何でもいいから。他人から聞いた人物像なんて信用出来ないし、直接合って自分で判断するわ」

「は、はぁ。…………あの、竜さん。彼女は随分と疑り深いんですね」

「別にそうでもないそ。ただ、自分が感じた事と他人が感じた事は必ずしも同じじゃないってのを知ってるだけだ」

「それは……確かにその通りかもしれませんが」

 

寅は釈然としないといった様子で押し黙るが、それ以上何かを言おうとはしなかった。

霊夢の考えも理解出来るのか、それとも俺を怒らせるのが怖いだけなのか。

多少口答えしたくらいで怒るような器の小さい男でもないんだが、態々話を蒸し返すような真似をする必要もないだろう。

 

「お~い、皆。そろそろ見えてきたぞ」

「やっとですか。……待っていてください、聖。今助けに行きます」

 

寅が決意を新たにする中、俺は立ち上がって辿り着いたという魔界に眼を向ける。

封印がされているから何かしらあるだろうと思っていたが、船が辿り着いた場所には意外な事に何もなかった。

 

「おい、船幽霊。本当に此処なのか?」

「あぁそうだよ。アタシたちは今法界の上空にいるんだ」

「上空って事は結界が張られているのは船の真下か」

 

船の真下に眼を向けると、遥か下に広がる土地を覆うように薄い膜の様なものが張られている。

どうやらアレが寅の言っていた結界らしく、あの結界の向こうに聖とかいう女が封印されているって訳か。

此処は魔界の僻地らしいが、その土地ごと封印しなければならなかったとは……。その聖ってのはよっぽど恨まれていたか、恐れられていたんだろうな。

 

「後はあの結界を解くだけですが、ナズ。宝塔は見つかりましたか?」

「すまない、ご主人。まだ見つかっていない。この船から反応があるんだが正確な場所がはっきりしないんだ」

「見つかってないって何をしてるんですかナズ! アレは師から預かった大切な物なんですよ! それに宝塔がなければ封印も解けないじゃないですか!」

「その意見はもっともだご主人。だけど、その大切な物を失くしたのは何処の誰かもう一度思い出してみようか」

「それは…その…………はい、私です」

「あぁ、そうだご主人だ。さて、物を失くす常習犯のご主人が何偉そうに言っているんだい? そんな風に言うのならまずは物を失くさないようにしてからにしてくれないか」

「ご、ごめんなさい……」

 

従者である筈のネズミに叱られる毘沙門天の弟子。今の俺は直接会った事は無いが、この光景を毘沙門天が見たら卒倒しそうだな。

まぁあの二人の関係は今は如何でもいいから放っておくとして、問題なのは封印をどうやって解除するかだ。

宝刀とやらがあれば解除することもできたようだが、今はその宝刀がない。肝心要の道具がないんじゃ如何する事も出来ないわけだが、此処はコイツ等に恩を売っておくのも悪くないか。

 

「……行くの、リュウ?」

「あぁ。此処に居ても仕方がないし、寅たちが言う聖ってのがどんな奴なのか興味もあるしな」

「なら私も一緒に行くわ。さっき自分であって判断するって言っちゃったしね」

「んじゃ、俺が先に降りるから霊夢は後から付いてきてくれ」

「りょ~かい」

「お二人さん、そこで一体何しているんだ?」

「べつになにも。ただ下の結界を斬りに行くだけだ」

「斬りにいくって、あの結界はそんな事で壊せるような軟なもんじゃないよ」

「ハッ。俺の叢雲を甘く見るんじゃねぇよ」

「いやそう言う問題じゃない……って、人の話を聞けって!!」

 

引き止めようとする船幽霊の声を無視し、俺は船を飛び降り下に見える結界へと向かう。

結界が張られている規模からしてアレを張った奴は相当な術者だったことが窺える。

普通の奴だったら突破する事も出来ず諦めるしかないんだろうが、俺からすればあの程度の結界なんて薄い膜と大差ない。

俺は降下しながら叢雲を取り出し、徐々に近付いてきた結界を一閃し斬り裂く。

斬り裂いた結界からは何の感触もなく、まるで空を斬った様な手応えだが叢雲の太刀筋に沿って亀裂が入り、結界はガラスが割れるような音を立てて崩壊し消滅した。

結界がなくなった事で道を阻むものもなくなり、そのまま下へ下へと雲をつき抜け降下していると、漸くこの法界の全景が見えてくる。

そこは魔界とは思えないほどに清浄な空気に包まれた静かな土地だった。

活気も無いが争いもなく、まるで時が止まっているんじゃないかと思ってしまうほどに静寂に包まれている。

一言でいってしまえば何もない土地なんだ。刺激が一切なく、ただ静かに時を刻むだけの世界。

かつてレミリアが〝最大の敵は退屈〟だといっていたが、今ならその言葉の意味も何となく分かる。確かにこんな何もない世界じゃ辛すぎるな。

 

「追いついたわよ、リュウ」

「よう、思ったよりも早かったな。船の連中に邪魔されると思ったのに」

「その船の連中はアンタが結界を斬って慌ててたのよ。お陰で邪魔されなかったけど」

「あの程度の事で慌てなくてもいいだろうに。肝っ玉の小さい連中だな」

「アンタが非常識なだけでしょ。……それにしても何なのこの世界。とても魔界とは思えないわね」

「魔界じゃないんなら、此処は何もない地獄なんだろ」

「何もない地獄か……。言いえて妙ね」

 

追いついた霊夢と合流しながら下へと向かって降下していく。

地面が近付けば近づくほどこの世界に刺激が無いのだと思い知らされる様な気がする。

何処を見ても対して代わり映えのしない風景。並の人間ならこんな何もない世界なんて早々に飽きてしまうだろうが、封印を施されて出ることも出来なかったんだ。生き地獄も良いところだな。

まぁ聖ってのは数百年も前に封印された人物らしいし、人間じゃないのは確定しているが……果たして正気を保っていられるんだろうか。

もし正気を保てているならそれはそれで怖いことだが、もし正気を失っていたらアイツ等には悪いがもう一度封印するか、斬り捨てるかしかないな。

聖とやらと対応を考えながら降下していると、下の方から変わった髪と服装をした妙齢の女性がやって来た。

 

「上空から物音が聞こえたと思ったら来訪者とは珍しい。一体何処から来られたのですか?」

「その物音がした上からだ。封印を斬り裂いて侵入した。……それでアンタは何者なんだ」

「これは自己紹介が遅れました。わたしの名は『聖白蓮』、魔法を使う僧侶です」

「アンタが聖? 虎の妖怪や船幽霊が慕っているからどんな恐ろしい奴かと思えば案外まともね」

「虎の妖怪に船幽霊? もしかしてそれは星と村紗と言う名前の子達ではないですか?!」

「確かそんな名前だったわね、アイツ等」

「アイツ等はアンタを助ける為に直ぐそこにまで来ている。俺達はアイツ等のボロ船に乗って此処まで来たんだ」

 

寅と船幽霊が直ぐそこにまで来ていると伝えると、僧侶は感極まったのか大粒の涙を流す。

彼女が涙を流す理由は俺達には分からないが、正気を失って狂っているわけでは無さそうだ。狂気に落ちた人間ってのはあんな涙を流したりはしない。

 

「あの子達、まだわたしの事を慕っていてくれていただなんて……。数百年もの間何もしてあげられなかったのに。わたしはなんて幸せ者なんでしょう」

「そ、そんなに泣くほどのこと?」

「御免なさい、嬉しくってつい。星たちと一緒に来たと言うことは、貴方達は新たに仏門に入信した方達ね」

「悪いが違う。俺と霊夢はアンタがどういう人物なのかを確かめに着ただけだ。アンタの一派とは何の関係もないし、一緒に来たのもただの偶然だ」

「そうですか、それは残念です。人と竜が一緒に行動しているものだから、ついわたしと同じ考えお持ちだと思ってしまいました」

「リュウの正体を一発で見抜いたのは褒めてあげるけど、アンタの考えって何よ」

「人も妖怪も全てのモノが平等であるという考えです。妖怪が人を襲うのも、人が妖怪を退治するのも行っている事に差異はなく、苦しみや痛みは同じなのです。どちらかだけが救われるのではなく、皆等しく救われるべきなのです。誰もが幸せになる権利が、生きる権利があるのですから」

 

僧侶が語る大層な高説だが、正直なところ俺には如何でも良い事だった。

誰にでも生きる権利があるっていうのは同意するけど、全てのモノが平等であると言うのは無理な話だ。

生まれや育ちが変わればそいつの価値観だって当然変わってくる。それなのに平等であれと言うのはただの理想でしかない。妖怪と人間の価値観は違うんだ、それでもと願うなら根底からひっくり返すしかないな。

 

「全てのモノが平等ねぇ……。つまりアンタは妖怪は倒すものではなく、救うものだとそう言いたいわけ」

「はい。もしかしたら貴方達は知らないのかもしれませんが、わたしが現世にいた時代は謂れのない罪で無実の者が討たれ、妖怪だからという理由で居場所を奪われたものが大勢いました。何もしていないのに妖怪だからと、恐ろしいものだからと一方的に虐げるのはあまりにも理不尽。中には倒さねばならない者がいるのだとしても、全ての妖怪を倒さなければならない理由にはなりません」

「ご高説どうもありがとう。そんじゃアンタは妖怪の味方であって人間の味方じゃないのね」

「いえ、わたしは両方の味方になりたいのです。どちらを切り捨てる様な事はしたくない」

「あちらが立てば此方が立たずって言うじゃない。それなのに両方を救いたいだなんて都合の良い理想論じゃない」

「理想だと笑われてもわたしは全てのモノは平等であるべきだと思います。どうですか、貴女達もわたしと一緒に目指してみませんか?」

 

僧侶は俺達に笑い掛けながらその手を差し出してくる。

人間である霊夢と竜である俺が一緒にいるのを見て、自分と似た志を持っているのだと勘違いしたんだろう。

異種族である俺達が一緒に行動していれば勘違いされても仕方が無いが、俺はその手を握る気はないし、霊夢は差し出された手を無造作に振り払った。

同士だと思っていた者からの突然の仕打ちに僧侶は目を丸くするが、俺と霊夢はそんな事など全く気にしない。

 

「なんか勘違いしているみたいだけど、私達はアンタの理想に賛同する気はないわよ」

「ど、如何してですか!? 貴女達はわたしと同じ物を目指しているのではないのですか!」

「別にそんな堅苦しい理想なんて目指してないわよ。だいたい私は妖怪退治や異変解決を主な生業としている巫女よ。倒すべき相手を救おうだなんて考えたこともないわ。それになに? 妖怪が恐ろしいものだと虐げられているってそんなの当たり前じゃない。妖怪が人間を襲い、人間は妖怪に怯える。それこそが妖怪の本分であり、妖怪と人間にある不変の関係。たとえ形骸化してもこの構図だけは変えてはいけない。恐れられなくなった妖怪はもはや妖怪ですらないのよ」

「妖怪の本分がそうだとしても一方的に虐げられている子がいるのも確かです。人ならざるものである貴方はそんな子たちを救おうとは思わないのですか?」

「思ったこともないな。確かに妖怪の中には話せば分かる奴もいるし、妖怪だからと言う理由だけで全ての物を討つというのもどうかと思うが救おうと考えたことはない。俺はただ俺の大切なモノを守りたいだけだ」

「アンタはアンタの理想に殉じればいいわ。でもね、私達には私達なりの信念ってもんがあるのよ。……それにリュウをそこ等にいる妖怪と同列視したことが何よりも気に入らない!」

「いや、そこは如何でもいいだろ」

 

相変わらず霊夢の怒るポイントが良く分からんが、俺達は僧侶が語る理想を拒絶した。

彼女が語る理想に態々付き合ってやる理由もないし、霊夢が言ったように俺達には俺達なりの信念がある。それを曲げてまで彼女の理想に手を貸してやるほど俺達もお人よしじゃない。

 

「……非常に残念ですが貴方達の気持ちは理解しました。ですが、わたしもこの理想を捨てるつもりはありません」

「そうだろうな。簡単に捨てられる理想ならこんな所に何百年も封印なんてされないだろうし」

「はぁ。只でさえ今の幻想郷は厄介事を抱えているのにこんな奴を復活させちゃうだなんて頭が痛いわ」

「酷い言われようですがまぁいいでしょう。では、わたしはあの子達の元へと戻らねばなりません。そこを通してくれませんか?」

「アンタみたいな奴を野放しにして面倒を起こされても困るのよ。だから少し大人しくしてもらいましょうか」

 

俺と霊夢は僧侶から少し距離を取り、自分の武器を取り出して臨戦態勢に入る。

武器を構え戦闘の意思を見せると、僧侶はただ悲しそうな眼をして俺達の事を見てくる。

 

「何百年経っても妖怪退治を生業とするものの考えは変らないのですね。ですが、わたしを慕ってくれているあの子達の為にも此処で大人しくやられるわけには参りません。力尽くで押し通らせてもらいます」

「その辺はご自由にどうぞ。でもね、私とリュウの二人を相手に勝てるだなんて思わない方がいいわよ」

「貴方達がどれだけ強くともわたしは行かねばならないのです。……では、南無三!」

 

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