竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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第二百六話 囚われの身

「……お、動ける」

 

身体の硬直が治り、上体を起こしてまず目に入って来たのは鋼鉄の格子だった。

あの老人に動きを封じられ地面に叩き付けられた後、城の衛兵たちによって牢屋へと放り込まれた。

霊夢の無事を確認するため気配を探ってみると、俺が入れられた牢の直ぐ近くに二人……いや、三人の気配がする。

右の奥の方にも別の気配がするが、左側の方からは何も感じる事ができない。恐らく牢屋の出入り口は右奥にあるんだろう。

他の出られそうな所が無いか探ってみるが、三方の鉄壁に窓がないところを見るに、恐らくこの牢屋は地下に作られている可能性が高い。

牢屋の通路を照らす灯りは小さく、目を凝らさなければ正面の牢に誰が入っているのかも判らない程だ。

格子や壁は鋼鉄で出来ていて、普通なら壁や天井を壊して出る無理だろうが一つ不可解な点がある。

鉄製の牢を造っているにも拘らず、俺の手を縛っているのは鉄製の手錠ではなく、何の変哲も無い組紐だった。

高い技術力を持っている月の都で鋼鉄の手錠が造れないと言うのは考えにくい。恐らく特別な素材で出来た紐なんだろうが、見た目は何処にでもある組紐だから判別できないな。

 

「……ま、コレが何で有るかは考えなくても良いか。それよりも霊夢、無事か」

「えぇ、大丈夫よ。持って来たお札は全部没収されたけど、リュウがくれたペンダントだけは死守できたわ」

「あの状況下でよく守りきれたな。体が動かなかったはずだろ」

「見た目は只のペンダントよ? 特に何かを仕込んでいるわけでもないし、没収する意味はなかったんでしょ」

「なるほど」

「……全員捕まっちゃったって言うのに何暢気に話しているのよ。コレから一体如何するのさ!?」

 

俺達と同時期に動けるようになった兎が、牢屋に入れられて癇癪を起こしたのか喚き始める。

月の技術力を知っている上に、アイツの目的を考えると牢屋に入れられた時点で状況は絶望的なんだろう。

兎はもう諦めかけているみたいだが、俺達からすれば牢屋に入れられたのは返って好都合だったりする。

 

「八意様の言葉を信じて貴方達を都まで案内したけど、捕まってたら意味無いじゃない! コレから一体如何するつもりなのさ!?」

「ちょっと喧しいわよレイセン。そんなに大声出したらお腹が空くだけよ」

「なッ!? ……だからなんでそんなに冷静なのさ! 今の状況をちゃんと判ってる!?」

「分かってるわよ。私ら全員、あの老人の術で動けなくされて牢屋に放り込まれたんでしょ。でも大丈夫よ。リュウがいるから何とでもなるわ」

「……随分と楽観的ね。フェトムファイバーの組紐を解けるわけがないのに」

 

霊夢の兎の会話を遮ってきた第三者の悲観的な意見。その声は俺の正面の牢屋から聞こえてきた。

薄暗い通路の先を目で凝らしてみると、鉄格子の先に何処かで見た事のあるみすぼらしい女性の姿が在った。

 

「そ、その声は……依姫様、依姫様ですね!? あぁご無事でよかった」

「無事とは言いがたいけどね。一応生きてはいるわ」

 

一体誰かと思えば正面の牢に入れられていたのは依姫の奴だったか。

前に会った時はもう少しましな服装だったが、長いこと牢に入れられていたのか随分と酷い有様だ。

 

「久し振りだな、依姫。随分とみすぼらしい格好だが、月ではそれが流行っているのか?」

「本当に久し振りね、化け物。私としては二度と会いたくなかったわ」

「言ってくれるな。ま、俺もアンタ等に二度と会うつもりはなかったんだけどな」

「ならば何故此処に来た。まさか月を滅ぼしに来たとでも?」

「さぁてね。俺らはただ此処に居る神にお礼参りしに来ただけだ。月を滅ぼす事になるかどうかは分からん」

「神にお礼参りですか……。荒ぶる武神を倒した貴方らしい事ですが、貴方でもそれは無理です」

「……言ってくれるじゃない。リュウの力がどれだけの物か知らないくせに」

「私は一度アレに戦いを挑み敗北した。その私が言っているんです。アレは倒せるような相手じゃない」

「随分とはっきり言うんだな。それほどの相手なのか、あの爺さんは」

「その口ぶりからするともう会ったのか。月の兵にお前ほどの化け物を捕らえられるとは思えなかったが、そう言うことだったのか」

「そう言う事だ、話が早くて助かる。……で? なんで俺たちがアイツに勝てないと思うんだ? まさか自分が負けたからなんて言わないよな」

「……それだけが理由でこんな事を言ったりはしない」

 

煽るように依姫に問い掛けてみたが、特に癇癪を起こす様な事もなく、返ってきた返事には全てを諦めてしまったかのような悲哀を感じた。

 

「共に行動をしているのを見るに、既にレイセンから聞いているかと思うけど、私はあの神に負けた」

「それはもう聞いてるわよ。洗脳された月の民が城に乗り込んで来た時に月夜見を助けようとして戦いを挑んだって」

「その通り。玉兎たちが城へと流れ込み、同胞達に刃を向けられても私は王を救おうとしたけど、あの神には勝てなかった。建御雷(たけみかづち)をこの身に降ろし、勝負を挑んだが奴はこちらの力を吸収してきた」

「吸収してきたって……それって建御雷の力を吸収されたってこと?」

「えぇ。奴は吸収した力で傷を癒すだけではなく、吸収した力を自分の物にして増大させる。こちらの力が強ければ強いだけ奴は力を増大させる」

「だがそれだけの理由で俺達が負ける事になら無いだろ。他に何か理由があるのか」

「……月夜見様だけではなく、天照大御神も奴に捕らえられ今も力を吸収され続けていると言っても?」

「天照が捕まっている? そんな話、俺達は聞いて無いぞ」

「それはそうでしょうね。この事はあの時現場にいた者しか知らないはず」

「何が遭った。この際だから全部話せ」

「………………」

 

思い出したくない出来事なのか、依姫は口を閉じて黙り込んでしまう。

天照の身に何が起こったのか、友人として問い質したいところではあるが、焦ってもこいつは口を割らないだろう。初めて会った時に色々とやっちまったからな、本当だったら俺と顔を合わせるのも嫌なんだろう。

だが、天照は俺の友人だ。アイツの身に何が起こったのか知っておきたい。

依姫が口を開くのをジッと待っていると、既にプライドが折れているのか思いの外早く口を開いた。

 

「……奴と戦いを繰り広げているときだった、神に洗脳された同胞が乗り込んできた。力を吸収されたとは言え、建御雷は武神。その武に陰りを見せることは無いけど、月の兵器を向けられては私の身体が持たない。只でさえ神を相手に苦戦していたのに、彼らに刃を向けることが出来なかった私は一か八かの賭けに出て天照をこの地にお呼びした。彼らの洗脳が奴の術だと思い、天照大御神の穢れを祓う力とそのご威光で洗脳を解こうと試みたけど―――」

「結果は失敗し、天照の分霊が神に捕らえられちまったってわけか」

「そう言う事よ。私のミスで天照大御神には申し訳ない事をしたわ」

「……それがお前の言う俺達が勝てない理由か」

「その通りよ。月と太陽の神の力を吸収した相手に如何立ち向かうと?」

「なるほど。龍神の奴が高天原から追い返されるわけだ」

 

天照が捕まっているのは初耳だが、太陽の力がなんか弱いと感じたのはそのためか。

アイツは太陽が神格化した神だからな。分霊とはいえ天照の力を吸収され続けていれば、世界を照らす力も弱まるのも当然だな。

全くあの馬鹿、自分の分霊が捕まっているならもっと早く俺に話せばよかっただろうに。そうすればもっと早くこの面倒事も解決できたと思うんだがな。

 

「天照が捕まっているって事は、去年の大晦日の儀式が失敗したのって私の所為じゃないじゃない!」

「あ~……そう言う事になるのかな。まぁご愁傷様って事で」

「そんなんじゃ納得できないわよ! 母さんの説教長くて大変なんだから!」

「その話は何度も聞いたって」

「……貴方たち、私の話を聞いていましたか? 相手は―――」

「天照と月夜見の力を吸収していて力が増大しているから勝ち目が無いって言いたいんでしょ? 確かにあの二柱の力は絶大だけど、それだけじゃ私らが負ける根拠にはならないわね」

「相手がどれだけ力を持っていようとも、相手が〝神〟を名乗るのなら必ず俺が殺してみせる。敵がどれだけ強かろうとも関係ねぇな」

「そ、そんなの何の根拠にもならないじゃない……。貴方達は会った事が無いからそんな事が言えるのよ」

「根拠が在るとか無いとか如何でもいいだろ。倒さなきゃいけない相手が居るなら必ず倒す、ただそれだけだ」

 

絶望している依姫を他所に、俺は叢雲を呼び出して鋼鉄の床に突き刺す。

刃を剥き出しにして呼び出した叢雲は鋼鉄の床を易々と貫き、床に深々と刺さる。

僅かに出ている刃に組紐を押し当て、少し引いて鬱陶しい組紐を切り裂いた。

 

「あ、貴方、その剣を一体何処に隠していたの……」

「隠してたんじゃなくてこの地に呼び出してなかっただけだ。其処にない物は没収できないだろ」

「た、確かにそれはそうだけど……」

 

何故か依姫は俺が叢雲を取り出した事に動揺しているけど、今はそんな事どうだっていい。

やらなくちゃ行けない事が増えたんだ。アイツの言動にまで一々構ってなんかいいられるか。

俺は床に深く突き刺さった叢雲を引き抜き、目の前にある邪魔な鉄格子をバラバラに斬り裂く。

斬り裂かれた鉄格子は音を立てて床の上に散らばるが、その物音を聞きつけて衛兵がやって来る気配はない。

些か妙ではあるが、やって来ないならそれはそれで好都合だ。

通路に出て霊夢が捕らえられている牢屋の鉄格子を斬り裂き、霊夢の手を縛り付けている組紐を斬り裂く。

あとついでに兎を捕らえている牢屋の格子と、組紐を斬り裂いてやる。

 

「ありがとう、リュウ。牢屋に入れられるなんて初めての経験だけど、やっぱ居心地悪いわ」

「牢屋に入れられて居心地のいい奴なんて普通いないっての」

「それもそうね。もう二度と入ることがないと思ってつい」

「やれやれ……」

 

霊夢の発言には流石に呆れさせられるが、変に気張っているよりもこの方が霊夢らしいか。

そんな事を思いながらも、俺は依姫が入っている牢屋の鉄格子を斬り裂き、組紐を斬り捨てる。

助け出された本人は信じられないモノを見るような目で見てくるが、初めて会った時に殺そうとした相手に助けられれば誰だってこうなるか。

 

「な、なぜ私を助ける? 私を助けたところで貴方には何の得も無いでしょう」

「別に損得だけで動いているわけじゃない。ただ頼まれたから助けただけだ」

「頼まれた? 一体誰に……」

「永琳の奴にだよ。八意って言った方が通じるか?」

「八意様が貴方に?」

「彼女には色々と世話になってるからな。でも、こっから先はアンタが自分で決めろ。俺達と一緒に来て同胞と戦うか、それとも牢に篭って死を待つか、好きな方を選べ」

「………………」

 

依姫につき付けた選択肢は今の彼女を取り巻く現実でもある。

彼女が神に服従するとは思えないし、古明地から聞いた目的を考えればどの道そう遠くない内に殺される。

死ぬのを良しとせず抗っても、今度は自分の同胞たちに刃を向ける事になる。どっちを選んでも碌なもんじゃないが、選ぶのは依姫だ。

 

「依姫様……」

「レイセン……」

「依姫様、一緒に行きましょう。このまま此処に居ても何もなりませんし、依姫様らしくないです」

「ペットのお前が私に説教かしら」

「あ、いえ、別にそう言うつもりはないのですが……このまま泣き寝入りするのをよしとする依姫様ではないでしょう。だったら一緒に最後まで足掻きましょうよ! 月を滅茶苦茶にした神に一泡吹かせてやりましょう!」

 

説得には程遠い兎の呼びかけ。端から聞いていてもとても足掻く気にはなれそうに無い。

だがそれでも、依姫の心に反抗する気持ちを取り戻すには十分だったのか、彼女の眼に活力が戻る。

 

「……足掻くというのは見栄えのする行為じゃないけど、見っとも無い初めてじゃないわね」

「依姫様ッ!」

「行きましょう、レイセン。月が完全に穢れてしまう前に二人を助け出しましょう」

「はいッ!」

「……話は纏まったのか? だったら行くぞ、これ以上此処に留まる意味も無い」

「あら、道は分かっているのかしら? 城の内部なんて知らないでしょう」

「問題ない。道に迷って行き詰ったら壁を斬り裂いて新たに切り開くだけだ」

「それはそれで如何なのかしらね……」

「いつもの事だから気にしない方がいいわよ。それに私だってリュウと同じ方法を取るし」

「……地上の民ってどうしてこうなのかしら」

「よ、依姫様、お気を確かに」

 

俺達の言動に依姫は頭を抱えるが、この程度の事で一々頭を抱えられてたら先に進めないんで無視する。

武器を持つ俺が先頭に立ち、薄暗い通路を突き進んで地下牢を抜け出す。

その間、衛兵の姿を一切見る事がなく不審に思っていると、重厚そうな扉を守る様に以前蛸が呼び出した悪魔が二体立ち塞がる。

悪魔たちは俺達の姿を確認すると警告もなく長柄の斧を振り下ろし、切り伏せようとしてくる。

寸前のところで斧の一撃を躱し、後ろに下がって体勢を立て直すが……門番にしては悪趣味だな。

 

「おい、依姫。月の門番ってのは皆あれなのか?」

「そんな訳無いだろ。神に乗っ取られるまでは同胞が番をしていた」

「となると、神の奴が新たに配備したのか。確かに普通の奴に任せるよりは期待できるかもしれないが、俺からすれば只の雑魚だな」

 

余裕を見せる俺に対し、悪魔たちは怒りを顕わにする事もなく、自らの職務を全うしようと斧を振り下ろす。

若干のタイムラグを入れて初撃を避けても、二撃目で仕留めるつもりなんだろうが俺には意味が無い。

繰り出される斧を叢雲の一撃で切り裂き、相手の武器その物を破壊する。

斧の刃の部分が壊されても悪魔達は鉄の柄で叩き伏せようとしてくるが、それよりも早く剣を振るい太刀筋すら見せずに二体の悪魔を切り刻む。

切り刻まれた悪魔の身体に無数の筋が浮び、その筋に沿って身体がずれていき無数の肉塊となり消滅する。

この程度の相手じゃ時間稼ぎにもならないが、悪魔達が消滅した瞬間けたたましい警報が地下牢……いや、城中に鳴り響いた。

 

「おっと、ばれた様だな。あの悪魔、番人だけじゃなくて警報機の役割も持っていたのか」

「何を暢気に言っている。これでは月夜見様とお姉様を助けるのが難しくなるわよ」

「それは大丈夫でしょ。地下を抜けたらバレるんだから、今気付かれたって大差ないわよ」

「ま、そう言う事だ。三人を助けるのに固まって行動するのも効率が悪い。俺と霊夢で天照と月夜見を助けに行くから、お前等は豊姫を助けに行け」

「えっ? それだとお城の中を案内する人が居ないんじゃ……」

「霊夢の勘を頼りに進めば如何にでもなるさ。それに片方が派手に暴れれば、もう片方が動きやすくなるだろ」

「確かにそれはそうだけど……。良いのかしら、貴方達を囮にするわよ」

「別に構わないわ。それにアンタ達が一緒の方が足手纏いになって動きにくいし」

「……そこまで言うなら勝手にやらせてもらうわ。でもその代わり、月夜見様と天照大御神の事は任せたわよ」

「任せとけって。……そんじゃ、派手に行くか」

 

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