空は暗雲に覆われたまま夜を向かえ、博麗神社の本殿には続々と有力者達が集まってきていた。
空を覆ったままの暗雲のお陰なのか、今は化け物どもが現れることはなく外は静寂を保っている。
紅魔の吸血鬼に、冥界の亡霊姫。月のお姫様に、外からやって来た風神。地底を代表して地霊殿の主と中々の面子が集っている。
山からは旋那の奴も来るかと思ったが、騒ぎ立てる天狗達を纏めるのに忙しいらしく参加できなかった。
天人の連中は誰を呼べば良いのかわからなかったからは声を掛けていないし、招いていない奴も居るが先代と一緒に僧侶もやって来し、あと来ていないのは龍神と八雲くらいなものか。
「それでリュウ、私たちを集めて一体何事かしら。重大な話があるとしか聞かされていないのだけど」
「もうちょい待てレミリア。まだ全員が集っていないのに話を始められない」
「こっちも立て込んでいるのに貴方の顔を立ててあげたのよ。余り無駄な時間を取らせないで頂戴」
「時間を無駄にしたくないってのは俺も一緒だ。でも、集まりが悪いんだから仕方が無いだろ」
先程から急かしてくるレミリアを何とか宥めつつ、まだやって来ない二人の到着をまつ。
普段から何処に居るのか分からない八雲はともかく、龍神のやつがこんなにも遅れてくるというのは珍しい。
龍の世界にも奴等が現われたという可能性もあるが、同族たちがアイツ等程度に遅れを取るとは考え難い。
だが、これ以上遅くなるようなら龍の世界に飛んでアイツだけでも呼んでこよう。そう考え始めたとき、龍神の奴が物凄く珍しい奴を連れて漸く姿を現した。
「すまん遅れた。こやつを説得するのに時間が掛かってしまってな」
「それは別に構わないが……お前が来るなんて思わなかったぞ、閻魔」
「……ワタシも貴方に会うつもりはありませんでしたが、非常事態ですので仕方がなく」
龍神が連れて来たのは意外な事に閻魔だった。
幻想郷の一大事だからそいつを連れてきても問題は無いが、あの時の事もあって出来る事ならもう会いたくなかった相手だ。
それは向こうも同じなのか、空いていた席に座っても俺に対する警戒は怠らず、仏頂面のままピリピリしている。
そんだけ警戒をされるとこっちも落ち着かないんだが、閻魔が来た事で他の連中も気が引き締まったのか、姿勢を直して静かになった。
こんな時にまで説教はしないと思いたいが、流石に閻魔の前で下手な事はできないか。
「さて、これで大体の奴が集ったわけじゃが、紫の奴はまだ来ておらんのか?」
「ご心配なく、私ならもう居ますわ」
何処からともなく声が聞こえてくると、何の前触れもなく空間が割れ、中から八雲が姿を現した。
「大体揃っているわね。なら早速始めましょうか、竜神さん」
「一番最後にやって来たくせに仕切るな。まぁウダウダと言っている時間も惜しいから始めるけど」
「なら早く話してちょうだい。今、幻想郷が如何言う事態に直面しているのかを」
「……やっぱ、お前に仕切られるのは腹が立つな」
多少の不満を漏らしつつも、気を取り直して俺は集ってくれた面々に月での出来事と、今がどういう事態に陥っているのかを説明した。
月の都の占領に始まり、自らを〝神〟と名乗るデスエバンの策略、月の都の崩壊、そして今幻想郷に……いや、この星に何が起ころうとしているのかを出来るだけ分かりやすく説明した。
俺の話を聞いた面々の反応は様々。古くから月の都を知る輝夜は嘆き、神である八坂はデスエバンのやろうとしている事が理解出来ないのか頭を抱えている。
他にも考え事をしたり、黙って沈黙を保っている奴も居るが、恐らく此処に居る全員が奴の救済を理解出来ていないだろう。
救済と言えば聞こえはいいが、奴がやろうとしている事はただの殺戮だ。そんな物を理解する事が出来る奴なんてここには居ない。
「―――とまぁ、コレが今この星が直面している事態だ。奴は本気で全ての命を救済するつもりだ。……殺戮と言う形でな」
「……俄かには信じがたい話ね。そんな事をしてその神に一体何の得があると言うのかしら」
「恐らく何の得も無いと思うぞ。アレは損得なんか気にしちゃいない。ただ其処に命が在るから、それだけの理由で動いている」
「とんでもなく傍迷惑なやつね」
隠しきれないほどの怒気を滲ませながらレミリアは一言吐き捨てた。
それは此処に居る誰もが思っていることだろうが、そんな愚痴を零した所で事態は何も変わらない。
今はコレから如何行動するべきなのか、その話がしたくて俺は彼女たちを神社に呼び集めたんだ。
まぁ誰も大人しく死を待つ気は無いだろうし、十中八九戦いになるの葉目に見えているが普通に戦っても勝ち目は薄いだろう。
敵の総力がどの位なのかは分からないが、休む間もなく攻め続けられたらコッチがジリ貧になる。……だから、俺達が出来る最良と思われる手段で叩き潰すしかない。
「奴の考えについてアレコレ考える必要も無い。それよりも今重要な事は俺達は如何するべきかだ」
「そんなの決まっている。デスエバンと名乗る神が救済と言う名の殺戮をすると言うのなら、わたし等も打って出るべきだ。黙っていても向こうは止まらない」
「……本当にそうなのでしょうか。虚空から現れた怪物たちの力は強力です。ならば下手に戦って被害を出すよりも話し合い、説得したほうが無駄な血が流れずに済むのでは?」
血気盛んな八坂の提案に僧侶は真っ向から反対した。彼女の反応がどうなるか予想できていたが、やはりと言った感じか。
「何を言っているんだ、聖白蓮。あんな化け物を使役する相手に話し合いなんて通じるわけ無いだろ」
「ですが、言葉が通じるのであれば話し合いをする事だって出来る筈。なら、血が流れる事の無い選択肢を選ぶべきです」
「……理想主義者のアンタらしいな、僧侶。でもそれは無駄だ。アイツに説得なんて意味が無い」
「やりもせず何故無駄と言い切るのですか!? 無駄かどうかはやってみてから判断するべきでしょう!」
「俺はアイツに会って直接話をしたんだ。その上で無駄だと言っているんだ。アイツは自分のしてることが正しい物だと信じて疑っていない上に、ちゃんとした会話が成立しない。言葉が通じるからと言って必ずしも相互理解が出来るわけじゃない」
「ですがッ!!」
「それにアンタとアイツは絶対に分かり合うことが出来ない。アンタの語る平等というのは飽く迄も〝共存〟だ。全てのもが同じ様に生きていける、そういうもんの筈だ。……でも、アイツは違う。アイツは全てのもを平等に殺す事しか考えていない。何千、何万年と話し合おうとも分かり合える事なんて出来やしない」
「………………」
「向こうが本気で滅ぼそうとするならこっちもそれに抗うしかないんだ。……それでもアレを説得したいって言うなら月まで送ってやってもいいぞ。命の保障は無いけどな」
「……いえ、結構です。出すぎた真似をして申し訳御座いませんでした」
デスエバンがどういう奴なのかやっと理解してくれたのか、漸く僧侶が折れてくれた。
完全な平等を掲げる彼女からすれば、相手が邪神であっても差別せず平等に接したいのだろう。
だが、どれだけ本人がそう願っていても相手にその気が無いんじゃ話にならない。決して実を結ばない話し合いを延々と続けていられる時間の余裕なんて、俺達には残されていない。
「僧侶は折れてくれたが、他に意見のある奴はいるか」
「「「「「……………」」」」」
「居ないのなら徹底抗戦の方向で話を進めていくぞ」
「言い出したのはわたしだからそれで構わないが、まさか白竜と同じ意見になる日が来るなんて思いもしなかったよ」
「それは俺だって同じだが、俺はまだこの星で生きていたいんだ。それを阻むと言うなら戦うしかないだろ」
「戦うのは構わないけど、何か策でもあるのかしら? 正面から戦っても勝ち目は薄いと思うのだけど」
「あるにはあるが……策と言えるほどの物でもない。ただ俺が奴の寝床に乗り込んで滅ぼす電撃作戦だ」
俺が考えた最良の方法。それを口にした途端、集った誰もが唖然となる。
其処まで変な事を言ったつもりは無いんだが、もしかしてもっと凄い策を考えているとでも思っていたのか?
「……あ~リュウ、それ本気で言ってるの?」
「俺は本気だぞ、輝夜。今の幻想郷を考えるにこれ以外の方法は無い」
「その根拠は?」
「単純な話、敵の総力に対してこっちの力が少ないからだ。幻想郷の全ての力を結集して戦いを挑んでも、昼間みたいに休む間もなく攻められたら押し切られるし、搦め手を使おうにも物量で押し切られるのは目に見えてる。搦め手は念密に策を練った上で色々と準備も必要になってくるからな。数で負けている俺達は速攻を掛けるしかない」
「だから相手の寝首を掻くしかないと? 流石にそれはそれでどうかと思うんだけど」
「いや、別にアイツが寝てる所を襲うわけじゃないぞ。ただコッチが押し切られる前に滅ぼすって話だ」
「成る程ね。……それで勝算は?」
「知らん」
「……はぁ!? 貴方、勝算もなくそんな策を言ってるの!?」
「必ず勝てる戦なんてあるか。勝てると思った戦も小さなミスが響いて敗北する事だってある。ただ、さっきも言ったと思うが俺はまだこの星で生きていたいんだ。だからやるからには全力でやるつもりだ。……他にも意見のある奴が居るなら言ってくれ。聞くだけ聞くぞ」
輝夜以外にも言いたい事のある奴は居ないのかと発言を促すが、誰も手が上がらず呆れ返っている様だった。
全く勝算の分からない、策とも言えない策に誰もが呆れているのかと思ったら、突然レミリアが小さく笑い始めた。
「如何したレミリア。何か可笑しなところでもあったか」
「いえ、別に貴方の言っている事が理解出来ないわけじゃないわ。ただ思い切りがいいなと思っただけよ」
「思い切りがいいと言うよりも只の無鉄砲だろ。普通、この規模の戦争なら勝算もなく挑んだりしない」
「竜が無鉄砲なのは今に始まった事ではあるまい。こやつは昔っからそうじゃ。妾が止めるのも聞かずに己が道を突き進み、無理無茶難題を幾つも叩き伏せてきた。その所為で妾と天照の苦労は耐えなかったがこやつがそう言う以上、今回も如何にかするじゃろう」
「流石に付き合いの長い龍神様が仰ると説得力が違いますわね。……まぁ、現状を鑑みるに彼の力に頼るのが最良ではあるのだけどね」
「なにせ神殺しですものねぇ~。神様を相手に戦いを挑むならこれ以上の人材は居ないわ」
「……では、賛成多数で彼に全てを託すと言う事で宜しいですね」
「わたしはそれでいいわよ。リュウに頼る以外の方法なんて思いつかないし」
「戦いを避けられないのは悲しい事ですが、それが最も血を流さずに済む方法だというのなら」
「他に意見はありませんね。では幻想郷の……いえ、この星の命運は彼らに託すと言う事で可決します」
閻魔が決定を下すと、誰からともなく拍手が巻き起こった。
なんだか余計な重荷を背負わされた気もするが、話がスムーズに進んだのはちょっと意外だった。
あんな無茶な策、きっと誰かが反対してくると思っていたんだがそんな事はなかったな。
それだけ俺の力が信用されているってことなのかもしれないが、コレはこれで案外嬉しい物だな。
「……貴方の力は幻想郷随一ですから、頼るのは当然かと」
「俺の心を読むな、古明地」
「覚妖怪ですのでそれは無理です」
「ぐぬぬ……」
確かに彼女の言う通りではあるが、今のを読まれたのはかなり恥かしいぞ。
口は固いほうだと信じて黙っていてもらうのを願うしかないが、八雲辺りに話しでもしたら……どうしてくれようか。
「私も命は惜しいので話したりしませんよ」
「だから俺の心を読むなっての」
「ところでリュウ。貴方達が神に挑んでいる間、わたし達は何をしていれば良いのかしら?」
「あ? いや、別にコレと言ってしてもらうことは無いぞ」
「してもらう事は無いって……何かあるでしょ、普通。今は大丈夫でも、また敵がやって来ないとも限らないんだし」
「確かに輝夜の言う事ももっともだが、普段から好きな様に生きているこの面子が足並み揃えて戦えってほうが無茶だろ」
「あ~……確かに」
「無理に足並みを揃えようとするよりも、普段通りに戦ってもらった方が俺も安心できる。協力し合うのも、一人で戦うのも好きにしてくれ。流石に其処まで指示を出すつもりは無い」
「分かったわ。……でも、なんか拍子抜けね。永琳からは〝何らかの指示がある筈ですからちゃんと聴いておくように〟って念押しされたのに」
「それは当てが外れたな」
輝夜の言葉にまるで子供のお使いだなと呆れ返ってしまう。
念押しするくらいなら本人が来ればよかったのに思うが、あの人はあの人で怪我人の手当てで忙しいだろうから、屋敷から離れるわけにも行かないのだろう。
代理を立てるなら依姫や豊姫辺りでも良さそうだが、あの二人が此処へ来る訳も無いか。
「……あ、そうだ。先代には一つ頼みたい事がある」
「私にですか。一体なんでしょう」
「俺がアイツに挑むとなると霊夢も一緒に付いて来るだろうからな。俺達が留守の間、博麗神社を守って欲しいんだ」
「それは構いませんが、此処には衣玖と言う竜宮の使いが居るでしょう。彼女は如何するのですか」
「衣玖にも残ってもらうが、アイツは戦闘向きじゃないからな。化け物の群れに襲われたら対処出来ない」
「成る程。そう言うことでしたら引き受けましょう」
「もし戦力に不安があるのなら、其処で盗み聞きをしている魔法使いか鬼にでも頼んでくれ」
「ギクッ」
「その必要はありません。巫女の座を娘に譲ったとは言え私はまだまだ戦えます」
「でしたらあの二人はわたしが預かっても宜しいでしょうか。わたし達の寺には非戦闘員もいますので」
「他に人手が欲しいってところが無いなら良いんじゃないか? この状況でアイツ等も協力は断らないだろ」
「との事ですが……皆さんは如何でしょう?」
僧侶が他の連中に確認を取ってみるが、コレと言って反対するような意見は出なかった。
コレでアイツ等には里の方の守りについて貰う事になるわけだが、魔理沙がちゃんと戦ってくれるのかどうか若干不安ではある。
萃香は問題ないとしても、魔理沙は普通の人間だからな。無茶をしない程度に頑張ってもらうとしよう。
「して、竜よ。お主ら、一体何時ごろ乗り込むつもりじゃ」
「明日の早朝には発とうと思っている」
「あら随分と急ね。個人的には夜更けに行ってくれた方が助かるのだけど」
「お前は吸血鬼だからその方が良いんだろうが、コッチの都合も考えろ。十分な休息を取ってから乗り込むとなるとどうしても朝になる」
「……仕方が無いわね。まぁ暗雲があるから朝でも何とか戦えるでしょ」
「あ、竜が発つときに雲の結界は解くから、天候は自力で何とかしてくれ」
「なによそれ、聞いて無いわよ!?」
「今言うたから当然じゃろ。お主の友人の魔女に頼めば問題あるまい」
「……分かったわ、それで何とかしてみましょう」
「皆さん、話は纏まりましたね。それでは今宵の会合はコレでお開きとしましょう。帰ってこの話を他の方に伝えてください」
閻魔が話を締め括ると皆本殿を出て家路に着く。
先代だけは神社を守ってもらう都合上このまま残ってもらうが、他の面子はすぐさま帰っていった。
必要な事は伝えておいたし、頼みたい事も頼んでおいた。後は俺達の問題だ。この星に生きる全ての物が滅ぼされる前に奴を滅ぼさないと。
そう思い、誰にも悟られぬように静かに決意を固めていると、閻魔が未だ帰らず俺の方をジッと見ているのに気付いた。
「……なんか用か」
「いえ、別に」
「それじゃあの時の事を蒸し返すつもりか」
「この状況でその様な事はしません。ただ、今回の働きによってはワタシも貴方が此処に居るのを認めようかと思っています」
「相変わらず上からの目線だな。お前に心配されなくても奴は必ず滅ぼす」
「……そうですか。では、その言葉を信じさせてもらいますよ、神殺し殿」
それだけ言い残すと、閻魔は返事を聞かずに神社を後にした。
上から目線で物を言うのも、勝手な事を言ってくるのも相変わらずだが、今は気にしなくても良いだろう。
アイツに対して色々と時間を使うくらいなら、部屋に戻って叢雲の手入れをしていたほうが有意義だ。
そう考えた俺は、全員が帰ったのを確認してから灯りを消して本殿を後にした。
………
……
…
家の中の灯りもすっかり消えうせ、皆が寝静まったであろう時刻に俺は一人黙々を叢雲の手入れをしていた。
早朝には決戦に赴かなければならないと考えると、今の内に出来る事をしておきたいと考えてしまう。
明日に備えて早く寝たほうがいいのは分かっているんだが、どうも心が落ち着いてくれない。
不安がある訳でもなく、気分が高揚しているわけでもない不思議な感覚。恐らくそれは俺と奴との間にある因縁の所為なんだろう。
過去の記憶を失った俺には奴との因縁がなんなのか分からない。ただ分かっている事は俺は奴を滅ぼさなければならないと言う漠然とした思いだけだ。
幻想郷を守るためだと自分では言っているが、結局は奴を滅ぼしたいだけな様な気がしてならない。
今まで神を相手にそんな風に思ったことはないのに、奴に対してだけはなんだかんだ理由をつけてまで滅ぼそうとしている。……もしかして俺がこの星に来た理由って―――
―ぼすぼす―
「リュウ、まだ起きてるわよね」
「あ、あぁ。起きてるぞ」
「少し話がしたいんだけど、今いいかな?」
考え事をしていた途中で障子を叩く音と、霊夢の声に驚いて我に帰る。
余りにも考え事に集中しすぎていた所為か、手入れも中途半端な状態で止まっていた。
道具が点在していてあまり綺麗な状態とはいえないが、一人くらいなら入る余裕はあるか。
「ちょっと汚いけど、それでも構わないならいいぞ」
「こんな時間に一体何をやってるのよ」
「叢雲の手入れを少々」
「全く何やってるんだか。……それじゃお邪魔するわね」
珍しく遠慮しがちに障子を開けて、霊夢が部屋の中に入ってきた。
寝巻きの白装束を着て髪を降ろしているが、こんな時間に一体何をしに来たんだかな。
「それでなんの用だ霊夢。明日早いんだからもう寝た方が良いぞ」
「ちょっと寝付けなくてね。アンタの顔を見たくなったのよ」
「霊夢が寝付けないなんて珍しいな。明日の事で緊張してるのか」
「……そうかもしれないけど、それだけじゃないかな」
珍しく強がりを見せない霊夢が気になり、思わず手を止めてしまう。
顔を上げて霊夢を見てみると何処か思い詰めたような表情をしていた。
「……ねぇリュウ。アンタが最初にこの星に来た理由ってさ、確か〝神〟を探しに来たのよね」
「昔の事は覚えてないが、龍神の話からするとそうらしい」
「それじゃあ……リュウが探していた神ってもしかして―――」
「アイツ、デスエバンの事だろうな」
「……やっぱりそうよね」
霊夢が考えていた事を肯定すると彼女の声のトーンは明らかに沈む。
霊夢は勘がいいから俺と奴の関係に気付いても不思議じゃないが、どうしてそんなにも気落ちするのかが分からない。
俺と奴の因縁がなんであろうとも俺達のするべきことは変わらない。あんな奴との因縁なんてさっさと切ってしまった方が良いに決まっているのに如何して。
「如何したんだ霊夢。なんからしくないぞ」
「私だってこういう時くらいあるし、不安になったりもするのよ」
「不安って一体何が不安だっていうんだよ」
「……アイツを倒したらリュウがどっかに行っちゃうんじゃないかって不安」
「………………」
「月でアイツと対峙した時に分かったのよ、あの神がリュウが追いかけてきた神なんだって。アンタ等の間にどんな因縁があるのか分からないけど、そうとう根深い因縁がある事だけは分かる。何万年も前から続いているみたいだし、私の想像も出来ない様なものがあるに違いないわ。……でも、ふと思っちゃったのよ。アイツを倒したらリュウは何処かに行っちゃうんじゃないかって」
「随分と激しい思い込みだな。幾らなんでもそれはねぇって」
「私だってそう思いたいわよ! でも、一度そう考えちゃったら頭から離れてくれないのよ。アンタは元々違う星の住人なんだし、もしかしたら帰るべき家が他にあるのかもしれない。そんな風に考えたら不安で胸が一杯になって寝付けなくて。……リュウが居なくなる事なんて考えたこともなかった」
霊夢は募っていた不安を吐き出して、俺の前で泣き始めた。
普段から勝気で、人に弱みを見せることなんて滅多に無いあの霊夢が、俺が居なくなるんじゃないかって勝手に思い込んで泣き出した。
恐らくは俺が居なくなるっていう思い込みも不安の一部でしかないんだ。普段の異変とは違う世界の命運なんて物を託されて、如何して良いのか分からなくて噴出したんだ。何時もの霊夢だったらそんな思い込みするわけ無いからな。
俺とデスエバンの因縁、託された物の重さ、博麗の巫女としての使命、色んなモノが募りに募って自分の中で処理できなくなっちまったんだな。まったく、俺と奴との因縁なんて気にしなくても良いだろうに。
勝手な思い込みで一人泣き崩れる霊夢に若干呆れつつ、俺は剣を置いて霊夢の事をそっと抱き締めてやった。
「……なにしてんのよ」
「いや、こうしたら落ち着くかなぁ~って。もしかして駄目だったか?」
「そんな事ないけど、リュウの方から抱き締めてくれるなんて久し振りだったから」
「そうだな。前に抱き締めたときは霊夢気絶しちまったもんな」
「あ、あの時はリュウが口付けしてくるからでしょ!」
「まぁな。……もう一回してやろうか?」
「な、何言ってるのよ、この馬鹿ッ!!」
「お、少しは元気出て来たみたいだな」
「むぅ……」
俺に弄ばれているのが気に入らないのか、霊夢は口を尖らせて拗ねてくる。
その表情も可愛いとは思うが、今はそんな事をいっている場合じゃないか。
「それで如何だ、霊夢。気持ちは落ち着いたか?」
「うん。大分落ち着いてきた」
「そりゃ良かった。……全く、色々背負い込んで不安なのは分かるけどな、幾らなんでもそれはねぇだろ」
「だって仕方が無いじゃない。今まで世界の存亡に関わるような事件に関わった事なんて無いし、アイツを倒したらリュウがこの星に要る理由がなくなるんじゃないかって」
「まぁ確かにアイツを滅ぼしたいって衝動が今も燻っている。アイツを滅ぼす為にこの星に来たのなら、それを果してしまえばこの星に留まる意味なんて無いのかもしれない。……でもそれは俺が着たばかりの頃の話だろ。今の俺にはこの星に留まる理由がある、此処に居たいと強く願う自分がいる。だからそんな心配をする必要なんて無い。あの時約束しただろ、ずっと一緒に居るって。忘れちまったのか?」
「……忘れてなんかない。あの日の出来事を、あの時の約束を忘れた事なんて一度も無い」
「だったら不安がる必要なんて無いだろ。お前が一人で背負いきれない重圧も俺が一緒に背負ってやる。この戦いが終わっても俺はお前の傍に居る。だから大丈夫だ」
「うん、そうだね。一緒に居るって約束してくれたもんね」
俺の言葉に安心してくれたのか、霊夢は漸く泣き止み安心したような笑顔を見せてくれる。
あぁ、これならきっと明日は大丈夫だ。デスエバンとの戦いがどれだけ苛烈な物になってもコイツとならきっと乗り越えていける。
霊夢が見せてくれた笑顔に俺の胸にあった靄が晴れ、自分の心が次第に落ち着いていくのを感じた。
心の中で霊夢に感謝と明日への決意を固めていると、霊夢はすっと俺の腕を離れた。
「少し名残惜しいけど、そろそろ部屋に戻るわ。これ以上は明日に差し支えそうだし」
「そっか。部屋まで送って行こうか?」
「家の中なんだから大丈夫よ。でも、ありがとうね」
「別に礼を言われる程の事じゃない。霊夢のお陰で胸のモヤモヤが晴れたからな」
「ならお互い様って事で一つ」
「確かにお互い様だな」
そう言いながらお互いの顔を見合って笑い合う。ただそれだけで心が凄く軽くなる様な気がした。
「……リュウ。アンタが私の重荷を背負ってくれたみたいに、私もアンタの使命を背負うわ。あんな化け物共を生み出すような相手に何処まで出来るか分からないけど、リュウ一人に背負わせたりはしない」
「あぁ、期待してるぞ霊夢」
「えぇ任せておきなさい! ……だからこれは、その駄賃ってことで」
「……へっ?」
霊夢がいった言葉の意味が分からず呆然としていると、俺の頬に霊夢の唇が触れた。
「それじゃお休み! リュウも夜更かししてないで早く寝なさいよ!」
余りにも突然の出来事に反応しきる事が出来ず、ただ呆然としていると顔を真っ赤にした霊夢が立ち上がって物凄い勢いで部屋から出て行った。
その様子に碌な返事も出来ず、ただ霊夢が部屋を出て行くのを眺めている事しか出来なかった。
霊夢が部屋を出て行って少ししてから漸く我に返り、頭を切り替えてから中途半端なままにしていた剣の手入れを再開した。
………
……
…
それから一夜が過ぎ、まだ日が昇ってすらいない時刻。準備を終えた俺は境内で霊夢が来るのを待っていた。
見送りの為、この時間から衣玖と先代も境内に出てくれているにも拘らず、霊夢は大慌てで準備をしている。
「……全くあの子は前もって準備が出来ていないのかしら。早朝には発つと知っている筈なのに」
「まぁまぁ落ち着いてくださいまし、先代様。霊夢さんも色々と用意するものがあるんですよ」
「それならばなおの事昨晩の内に用意しておくべきです。全く夜遅くまで何をしていたのかしら」
時間ギリギリになっても現れない霊夢に先代は怒り心頭と言った感じだが、昨晩の出来事を先代に話したらきっと俺の命が危ない気がする……。
触らぬ神に祟りなし。とりあえず先代の相手は衣玖に任せておいて、霊夢がやって来るのを気長に待つ。
鳥居にもたれ掛かって地平線の彼方が少しずつ明るくなっていくのを眺めていると―――
「ごめん、お待たせ!」
―――準備を終えた霊夢が漸く境内にやって来た。
格好は何時も通りで特別何かが変わったと言う事は無いが、強いてあげるなら今回は普段よりも気合が入っているってところくらいか。……それだけで一体何に時間が掛かったんだろ?
「遅いですよ霊夢。一体今まで何をしていたのですか」
「だからごめんってば」
「ごめんではないでしょう。全く貴女という子は時間ギリギリまで眠っているからそうなるのです。沢山眠りたいというのならもっと早く床に付いてですね―――」
「あ~はいはい。そう言う説教、今は良いから」
「……確かに今はそう言うときではないですね。どうも貴女のだらしない生活を見ていると説教したくなる」
「流石にそこまで酷くはないと思うけど……まぁいいわ」
先代の言葉に苦笑いを浮かべたあと、霊夢は俺の傍にやって来て笑顔を見せる。
「おはよう、リュウ。今日は頑張りましょう」
「あぁ、頼りにしてるぞ霊夢」
「任せてちょうだい」
霊夢の言葉に笑顔で答えると丁度時間になったのか、空を覆っていた暗雲が綺麗に消え去った。
それと同時に東の空から朝日が立ち昇り、世界を光で照らしていく。
眩いまでの光が世界を照らしていく中、龍神の結界が消えた事で再び幻想郷に化け物共が出現する。
神の救済の名の下に殺戮を繰り返す異形の者達。奴等が世界の全てを蹂躙してしまう前に奴を討つ。
俺は自分と霊夢の足元に魔法陣を展開し、奴が根城にしている月へと転移するための準備に入る。
異形の者達はまだ俺達の事に気付いておらず、此方へと向かって来る様子はない。
今の内にさっさと飛んでしまおうと準備を進めていると、東の空に昇った太陽がより強く俺達の事を照らし出す。その眩い光に目が眩み、思わず眼を瞑ってしまう。
少しして視力が回復し、辺りの物が見えるようになってくると神社の境内に天照と龍神の姿を見つけた。
何をしに来たのかは知らないが、何故か天照が方で大きく息をしているのが目に付いた。
「如何にか間に合ったか。全くあそこ連中は頭が固すぎて困る」
「そ、それは言わないで下さい……。か、彼らも今が非常事態だと分かっていますので……」
「ならばもうちょい融通が効いてくれても良いと思うのじゃがのぉ。……ところで天照よ、お主なぜ肩で息をして居るのじゃ? 軽く走った程度でそれとは、運動不足にも程があろう」
「あまり運動には縁がないものですから」
「そんなんでは太るぞ」
「私、幾ら食べても太らない体質なので」
「……さらっと喧嘩売りおったなこやつ」
「いや、喧嘩なら他所でやれよ。てか、天照が分霊じゃなくて本体で来るなんて珍しいな」
「分霊を作る時間がありませんでしたし、どうしても霊夢に渡したいものがありましたから」
「天照が私に?」
「はい、こちらです」
そういって天照が霊夢に手渡したのは一枚の円形の鏡だった。
端から見れば何の変哲も無い鏡なのだが、内包されている力は並みの術具とは比べ物に為らない程の力を感じさせる。
「ちょっと何よこの鏡。どう見ても普通の鏡じゃないでしょ」
「邪神へ挑む貴女へ私からのせめてもの贈り物です。それがあれば例えどのような場所であっても貴女の声が私に届くでしょう」
「……もしかしてコレ、天照のご神体?」
「はい、その通りです」
「そんな、受け取れないわよこんなの! てか、なんでいきなりそんな大事なものを渡すのよ!?」
「今回の戦い、我ら天津神は手を引く事になりました。竜があの邪神と戦う、ただそれだけの理由で。確かに竜に任せておけば安心だとのも分かりますが、何もせず傍観しているなんて私の気が収まらない。だから、せめてこの鏡だけでも持っていってください。そして呼んでください、必ず力と為りにいきます」
「天照……。分かったわ、そこまで言うんだったらありがたく頂戴するわ」
「はいっ」
霊夢は天照の鏡を受け取り懐に仕舞うが、流石にのんびりし過ぎた為か、奴等に気取られてしまう。
俺達の姿を認識し、異形の者達は雄叫びを挙げながら神社へとなだれ込んで来る。
流石にこれ以上此処に留まって入られないと判断し、俺は足元の魔法陣を起動させ転移に入る。
「大分慌しくなってきたから俺達はもう行く。後の事は任せたぞ」
「うむ。幻想郷の事は妾たちに任せてお主達は安心して月で暴れて来い!」
「竜、それに霊夢。貴方達の武運を高天原から祈っています」
「気をつけて行ってきなさい。神社の事はこちらで何とかします」
「リュウ様、霊夢さん……。必ず帰って来てくださいね」
「大丈夫だって。何時もの様にちゃちゃっと終わらせて帰ってくるわよ」
「そんじゃ行くぜ。……『ヒュール』ッ」
足元の魔法陣を完全に起動させ、足元から立ち昇る光に俺達の視界は完全に塞がれる。
そして司会を覆っていた光が消え去り、俺達が次に目にした物は完全に荒れ果ててしまった月の大地だった。
幻想郷でも見かけた異形の化け物達が月の大地を跋扈する中、俺達は顔を見て頷きあい、全てを終わらせる為に前へと突き進む。