「……さて、それじゃ行きますか」
「あぁ。こんな奴等に構ってる暇はねぇからな」
幻想郷でも見かけた異形の化け物達が月の大地を跋扈する中、俺達は顔を見て頷きあい、全てを終わらせる為に前へと突き進む。
化け物達に蹂躙された都はもはや見る影もなく、紅い水溜りと瓦礫の山だけが残されていた。
その悲惨な街を化け物どもは我が物顔で歩き回り、まるで支配者の様に君臨し、瓦礫の街に侵入した俺達を見つけると雄叫びを挙げて襲い掛かってきた。
牙や爪をむき出しにし躊躇なく襲い掛かってくる化け物の群れ。その数は十や二十ではなく、遠くまで響く雄叫びを聞いたもの全てだった。
数えるのも面倒なほどの数を前に俺達は怯む事無く、武器を取り出して臆せずに前へと進む。
青い馬に乗り突出してきた骸骨騎士を一撃で斬り捨て、その後に続く化け物達を薙ぎ払う。
俺の動きが止まったところに長柄の斧を持った悪魔達が襲い掛かってくるが、霊夢が瞬時に札を投げ付けて動きを止める。
邪魔になる悪魔達も斬り捨て、道が開けたのを見計らって先へと進むと、今度は地面から幻想郷でも見たキメラが現れる。
突然の出現に剣を構える間もなく、キメラはその巨大な爪を俺に向かって振り下ろそうとしてくるが、俺の前に飛び出した霊夢が奴の胸部に陰陽玉を叩き込み、体勢を崩した。
キメラは後ろに大きく仰け反って出来た隙に俺が奴の横を通りぬけ、キメラの身体を十字に斬り裂く。
高速で斬り抜けた反動で動きが止まったところを馬面の獣人が襲いかかってくるが、霊夢が放った夢想封印の前に軽々と消し飛ばされる。
空中にいる霊夢を狙ってか、紅い魔人が姿を現し彼女に向かって紅蓮の炎を放つ。
俺は即座に空に飛び上がって炎の前に立ち、叢雲に力を込めて巨大な光の刃を作り、目の前に迫る紅蓮の炎ごと紅い魔人を斬り捨てた。
斬り裂かれた炎はそのまま霧散するが、空中にいる俺達を狙って白い悪魔達が一斉に襲い掛かってくる。
悪魔達は全方位から同時に襲い掛かってくるが、霊夢が張った結界の中に囚われ、下から立ち昇る霊力の光に飲み込まれ消滅する。
悪魔達が消滅しても敵の数はまだまだ多く、襲い掛かってくるものを一々蹴散らしていてもきりが無い。
眼下に写る敵を見てそう判断した俺は、地面に降りて左手の中に光の剣を作り出し、正面に向かって斬撃の乱舞を放ち、双剣の太刀筋に入る化け物どもを悉く斬り裂いた。
繰り出した無数の斬撃の弾は触れる物全てを斬り裂いていき、化け物の群れが二つに割れ道が出来る。
その出来た道を俺と霊夢は脇目も刳らず突き進み、無残な姿となった月の城の奥、化け物達が湧いて出る孔の前へと辿り着いた。
「やっと着いたわね。まったく、数が多すぎてウザいったらありゃしない」
「今から愚痴ってたら身が持たないぞ。この孔の中にもアイツ等がまだまだ居るんだからな」
「分かってるわよ。……さって、鬼が出るか蛇が出るか」
「出てくるのは化け物だけだと思うぞ」
「あら、上手いこと言うわね」
「茶化すな。……行くぞ」
一息ついた後、俺は霊夢と共に月に出来た孔の中へと飛び込む。
孔の中は暗く、一体何処まで続いているのかも分からない程に深い。
先の見えない孔の奥から化け物共が上に出てこようとしている姿が見える。
周りを見てもアイツ等をやり過ごせるような場所もなく、奴等ともう一戦交えなければならないと剣を構えた瞬間―――
「キャアッ!?」
「霊夢!?」
―――隣に居る霊夢から悲鳴が聞こえてきた。
慌てて隣を見てみると霊夢の身体が徐々に闇の中に引きずり込まれている。
俺は霊夢を助け出そうと彼女の手を掴もうとするが、下からやってきた化け物どもに邪魔をされ、霊夢の手を掴む事ができなかった。
その間に霊夢は闇の中へと完全に引きずり込まれてしまい、その姿を完全に見失ってしまう。
「くっそ! テメェ等邪魔だッ!!」
俺は怒り任せに目の前の化け物共を斬り捨て、霊夢を飲み込んだ闇の中に飛び込もうとするが一足遅く、闇の孔は完全に消え去り、彼女の後を追うことが出来なくなってしまった。
あの闇の先は見る事が出来なかったが、漠然と闇の向こうにデスエバンが居る様な気がしてならない。
なんで霊夢だけを引きずり込んだのか見当も付かないが、あの邪神のいる所に霊夢がいるのなら引きずり込んだ理由を考える必要なんて無い。今は只、この深い孔の奥へと向かって突き進むだけだ。
霊夢が連れ去られた事への後悔を振り払い、俺は一人孔の奥へと向かって先を急いだ。
霊夢Side
「アイッタッ!? ……こ、腰打った。まったく、何処よ此処」
闇の孔に引きずり込まれた先にあったのはまた闇だった。
足元には石造りの橋の様な物が在るけど、それ以外には何もなく、何処を見ても闇だけが広がっている。
一体此処が何処なのか分からないし、逸れてしまったリュウの事も心配だけど、アイツならその内迎えに来てくれるでしょうし大丈夫でしょ。
「それにしても随分と殺風景な所に引きずりこまれたわね」
「確かに何もありませんが、この静寂がいいのです。貴女には分かりませんかな」
「ッ?!」
突然聞こえてきた聞き覚えのある声に私は反射的に後ろに下がり、懐に仕舞っていた札を取り出す。
「その声は……デスエバンね。何処に居るの、隠れてないで出てきなさい」
「おやおや、これは異な事を。私は最初から隠れてなど居ませんよ」
呆れた様な声が辺りから聞こえたかと思ったら、突然私の目の前に白髪の老人が現れた。
私は驚きの余り後ろに大きく下がるけど、老人は気分を害した様子は見せなかった。
「お久し振りですね、幻想の巫女。貴女も来てくれて非常に助かりました」
「あら、私が来てアンタに一体何の得があるのかしら。私はリュウと一緒にアンタを滅ぼしに来たのよ」
親しげに話しかけてくるデスエバンに普段通りの対応をするけど、内心は焦りで一杯になっている。
リュウと一緒にアイツを滅ぼしに来たのは間違ってないけど、問題なのは肝心要のリュウが今この場に居ないと言うこと。
アイツを封印するだけなら出来るかもしれないけど、滅ぼすとなると私の力じゃ如何する事も出来ない。
デスエバンとの戦いはリュウが居る事が大前提だし、私一人で一体何処までやれるか……。
「なにやら焦っているようですが安心なさい。貴女はまだ救いませんから」
「ハッ。全ての生物を殺そうとしているアンタが私を殺さないですって? 冗談にしては笑えないわね」
「冗談ではありませんよ、私はまだ貴女を救わない。何故なら貴女には生きていて貰わないといけないから」
「……随分と余裕ね。そんな風に余裕ぶってると直ぐにリュウがやって来るわよ」
「いいえ、来れませんよ。そのために貴方達を引き離したのだから」
「なんですって?」
アイツの言葉の意味を理解する事が出来ず、思わず問い返してしまうけど、デスエバンは何も答えず、何も無い闇に向かって示すように手を向けた。
その手の動きにつられて視線をソッチに向けると、闇の中に動く一枚の絵が写し出される。
写し出された絵に描かれていたのはリュウと化け物達が戦っている姿。まるで今戦っているかのような真剣な表情と緊迫感が描かれていた。
「……なによ、これ」
「これは今無限の中で戦っている彼の姿。つまり、現実の光景です」
「現実の光景って……まさか、此処とは違う空間を映し出してるって言うの?」
「その通り。理解が早くて助かります」
嬉しそうに笑うデスエバンに腹を立てながらも、映し出されているリュウの映像から目を離す事が出来ない。
下に向かって降りていくリュウに化け物達が次々と襲い掛かり、そいつ等をリュウは次々に返り討ちにしている。
どれだけ化け物が束になろうともリュウの足を止める事すら出来ず、無残に切り刻まれて肉塊となり消滅していく。昔からの因縁があるデスエバンがこうなる事を予測できなかったとは思えない。
最初から分かっていた上で化け物達をけし掛けているんでしょうけど、コイツの目的は一体なに?
「……ふむ、概ねこちらの予想通りに事が進んでいますね。これならば全ての命を救うだけの時間は稼げるでしょう」
「アンタまさか、最初から時間稼ぎをする為に私を連れ去ったの? 一体何の為に」
「何の為とはおかしな事を聞きますね。私の目的は全ての命を救うこと。その為にはどうしても彼の存在が邪魔になる。彼と正面から戦えば私も只では済まず、目的を果たす事が出来ない。だからこうして彼を一つの場所に留めなければならない。その為の貴女であり、その為に作った果ての無い穴なのですよ」
「……つまり私は人質って訳ね」
「その通りです。もし彼が一人だったら如何しようかとも思いましたが、貴女が一緒で助かりました。ありがとう」
「ッ! ふざけてんじゃないわよッ!!」
私は沸きあがる激情に身を任せ、デスエバンに向かって札を投げつける。
投げた札は真っ直ぐデスエバンに向かって飛んでいき、命中するけど私の札を受けても全く堪えなかった。
「……いま、何かしましたかな?」
「ほんっとに腹立たしいわね、アンタ!!」
数枚の札では意味がない事を認識し、今度は大量の札を展開して一斉に放つ。
先ほどの比ではない量の札の弾幕を前にしても、デスエバンは逃げ出すような素振りを見せず、防ぐような真似もせず棒立ちで突っ立っていた。
大量の札がデスエバンに中り、全身に札が張り付いて動きを拘束するけど……それも一瞬の事。張り付いていた札は直ぐに効力をなくし、ただの紙に戻ってデスエバンの足元に散らばる。
霊力の消費を抑えようと札を使って攻撃したけど、どう言う訳かアイツには殆ど効果が無いらしい。
一体どんな手を使っているのか皆目見当も付かないけど、少なくとも札を使ってチマチマと攻撃しても意味がない事は分かった。
私は札には頼らず、霊力をそのまま弾に変化させたのをデスエバンに向かって放つ。
大量に放たれる霊力の弾に石の橋を砕き、埃を舞い上げて視界を遮ってしまう。
埃の向こうに見えたデスエバンの微かな影を捉え、そこに向かって弾幕を放ち続けながら私も前に出る。
弾幕が命中しながらも未だに棒立ちを続けるデスエバンに、私は埃の中を突っ切って奴の腹部に陰陽鬼神玉を叩き込む。
鬼神玉をまともに受けてデスエバンは吹っ飛ぶけど、私は攻撃の手を緩めたりはしない。
吹き飛ばされ浮いたデスエバンに弾幕を放ち続け、空中に固定されている内に特大の霊力の塊を作り出す。
「受けなさい。神霊『夢想封印』」
放たれた霊力の塊はデスエバンへと向かって飛んでいき、一つも外れる事無く全て命中する。
私が攻撃をしている間、アイツは逃げる事も防ぐこともなく全て受けきった事になるけど、アイツには全く効いていなかった。
その証拠に夢想封印まで叩き込んだにも拘らず、デスエバンは全くの無傷で私の前に再び立った。
まともに受ければ神様にだって通用する筈なのに、一切怪我をしていないだなんてどんな身体してんのよ。
「……この化け物め」
「化け物ではありません。私は貴女たちを救う神です」
私の前に立ちはだかったデスエバンがその手を私に向けると、何の前触れもなく私の身体が空中で張り付けにされる。
身体を動かそうにも全く身動きが取れず、私は奥歯を噛み締めることしか出来なかった。
「先ほどの攻撃は中々に良いものでしたが、私の身体を傷付けるほどの物では在りませんね」
「本当にふざけた存在ね、アンタ。アレだけの攻撃を受けて無傷なんて如何いう事よ」
「私も彼と戦うために色々と準備していましたからね。彼と戦うために太陽と月の力を吸収した甲斐がありました」
「天照と月夜見の力……。あの二柱の力がアンタの力を増大させているわけか」
「そう言う事です。さて、貴女を捕らえる事が出来ましたし、下界の方はどうなっていますかな」
私を捉えて生意気にも安心したのか、デスエバンはリュウを映し出しているのとは反対側にまた別の絵を闇の中に映し出す。
それはとても見覚えのある景色だった。私がリュウと共に駆け抜けた幻想郷の景色。
今の時期なら緑が生い茂った自然豊かな景観が見られるはずなのに、闇に映し出された幻想郷の景色は炎の赤と黒煙で彩られていた。
幻想郷のアチコチで火の手が上がり、豊かな自然を化け物たちが蹂躙し、あの世界を破壊していく。
皆が力を合わせて戦っているみたいだけど、予想していた通り化け物の数が余りにも多く、戦局はあまり芳しくない。
敵に捕まり、何も出来ないでいる事に申し訳なく感じていると、急に景色が切り替わり私の神社が映し出される。
神社でも激しい戦いが繰り広げられており、綺麗に整備されていた境内が見る影も無く、母さんと衣玖は化け物達に取り囲まれていた。
《これはあまりよく有りませんね。まったく、あの二人は何を手間取っているのか》
《あのお二人なら大丈夫ですよ。きっと直ぐにでも倒してくださいます》
《そうであると信じたいですね。……でなければ、こちらが先に倒れてしまう》
母さんが珍しく吐いた弱音。普段の母さんならあんな事絶対に言わないけど、弱音を吐いてしまうくらいに追い詰められているのが分かる。
手を伸ばせば助けられそうなくらいに近くを映し出されているのに、デスエバンに捕まった私には何もする事が出来ない。
その事が悔しくて唇を噛み締めていると、また急に景色が切り替わり、今度は紅魔館が映し出される。
紅魔館でも激しい戦いが繰り広げられ、アリスも協力しているみたいだけど完全に手が足りていない。
《不味いわね、このままじゃ人形が底をついちゃう。ちょっとパチュリー何とかならない?》
《無理ね、あの二人を信じるしかないわ。……せめて夜だったらもう少しマシになったでしょうに》
二人は弱音を吐きながらも魔法を駆使して化け物を撃退し続けている。
レミリアも前線に立ち、フランと一緒に化け物を駆逐して行ってるけど夜に比べれば技に切れがない。
そういった感じに次々と景色が切り替わり、幻想郷中の戦局を知る事が出来たけど……私の思っていた以上に危ない状態だった。
アイツ等ならなんとか持ち堪えられると思っていたけど、流石に月の都を壊滅させただけの事はある。このままじゃ一日と持たずに幻想郷が蹂躙されてしまう。
なんとかしてこの戒めを解いて、デスエバンを滅ぼさないといけないんだけど、私の力じゃ如何する事も出来ない。
こんな時にリュウが居てくれればと思い、リュウを映し出している絵に目を向けると、何故かリュウは化け物にではなくこっちに向かって剣を振るっている姿が眼に入った。
それが何を意味するのか分からず、ただ呆然とその様子を窺っていると―――
「……ふむ、やはり最大の障害となるのはリュウだけと言う事ですか。このまま無限に戦い続けてくれればよいのですが」
―――デスエバンの過剰なまでの警戒が何故か引っ掛かり、意識がそっちに向いてしまう。
「アンタ、随分とリュウを警戒しているのね。どんな因縁があるのか知らないけど、怖がりすぎじゃない?」
「それは当然ですよ。なにせ一度は彼に倒されている身ですからね、過剰なまでに警戒もしますよ」
「リュウに一度倒されたですって?」
「えぇ。……アレは一体いつの事だったか。私と彼は前にも戦っているのですよ。これでも私達は同じ星の出身でしてね、私はその星も救おうとしたのですよ。……ですが、私の救いを拒絶し、あまつさえ私を滅ぼそうと画策したのが彼を生み出した竜の一族です。彼はその一族によって生み出された存在なのですよ」
「………………」
リュウの出身がデスエバンが元々いた星に存在していた一族だってのは別に驚かない。
この二人の因縁を考えれば同郷であっても何の不思議では無いんだけど、デスエバンの語りにはどこか引っ掛かるものを感じる。
リュウはその一族で生まれたんじゃなくて、その一族によって生み出された存在? あまり違いのない様な気もするけど、どうしても拭い切る事の出来ない違和感を感じる。
「竜の一族によって生み出された彼はその一族の少年に宿り、私を倒してしまった。しかし、私を滅ぼすことまでは出来ず、私は永い眠りについた。そして次に目を覚ましたときには竜の一族の血は途絶え、私の救いを阻むものは存在も途絶えたと思っていたのですが、彼もまた消滅せずに存在し続けていた。私の復活に気付き、彼も目を覚ましたが一族の血が途絶え、宿る器がなければ如何する事も出来ないと思っていたのですが、在りし日の少年の姿に似せた器を自ら作り出すとは思いませんでしたよ」
「……ちょっと待ちなさいよ。一族の少年に似せた器を作ったって、それじゃまるで昔のアイツは実体が無かったみたいじゃないの」
「えぇ、その通りですよ。もしかしてご存じないのでか? 彼は生物ではなく、竜の力の結晶だと言う事を」
「なッ!?」
「彼は私を滅ぼしたいが為に竜の一族が生み出した究極の力。それが『アンフィニ』なんですよ」
デスエバンが語った内容は私には余りにも衝撃が大きすぎた。
アイツが龍族とは何処か違うことは察していたけど、まさか根本的なところから違うとは思いもしなかった。
アレだけの力を内包している奴が普通な訳が無いとは思っていたけど、まさか一族の力の結晶体だなんて私の想像の範疇を越えてるわよ。
「驚きましたかな? 貴女が恋した相手は生き物ですらないのですよ。その様なものに恋焦がれ生きていてもその先にあるのは苦悩だけ。巫女の跡取りとして生まれたがゆえに過酷な日々だったでしょう。その所為であの者の言葉に心動かされ安らぎの日々を得たと思ったのでしょうが、その安らぎは偽りです。真の安らぎを与えられるのは私だけ。今すぐには与えて上げられませんが、私の救いを受け入れなさい」
そう言いながらデスエバンは私に触れようと手を伸ばしてくる。
間近にあるアイツの表情から自分のやっている事の正しさと、本気で私を救おうとしているのが分かった。
自分の正しさを信じて疑わない奴ほど厄介なのもいないけど、コイツの言葉の節々から感じられるのは狂気しかない。
一体何がコイツを此処まで駆り立てるのか分からないけど、そんな狂気じみた救いなんて受け入れる気は無いし、私はとっくの昔に救われている。だからこそ私はコイツの言葉なんかに惑わされたりはしない。
「…………言いたい事はそれだけかしら」
「なんですって?」
「言いたい事はそれだけなのかって言ったのよ。あの安らぎが偽り? 真の安らぎを与えられるのは自分だけ? 笑わせないで。アンタなんかに私を救う事なんて出来やしないわ」
「私はすべての物を救うために存在している。その私に掛かれば貴女一人を救うなど造作も無いのですよ」
「アンタは誰も救っちゃいないわ。アンタはただ命を否定し、滅ぼしているだけよ。大体ね、救いってのは人によって様々なのよ。誰かの手で施されるものもあれば、自分の手で掴み取るものだってある。一人一人違うはずの物を全て同じ様に救えるはずが無いのよ」
「これはまた異な事を。私の手によって月の住民たちは生の苦しみから解放され、救われたではありませんか」
「それは違う。アンタはただ自分の都合の良いように心を作り変えて、救ったように思い込んでいるだけよ。現に見てみなさいよ、幻想郷の住人はアンタの施しを真っ向から拒絶してるじゃない」
「それは貴女達が私の使者を滅ぼしてしまうから―――」
「私達がなにかしなくてもあそこの連中は皆拒絶してたわよ。それにアンタ自分で言ってたでしょ。人間に神の心は分からないって。それと同じで神に人間の心は分からないのよ。アンタのやろうとしている事は救済ではなく只の殺戮。だから何度でも言ってあげるわ、デスエバン。アンタに生命は救えない」
救済を謳いながら殺戮を施す神を私は真っ向から否定した。
どれだけコイツが全ての存在を救いたいと言っても、取る手段が変わらなければ未来永劫なにかを救うことは出来ない。
なのにコイツが手段を変えようとしなかったのは、恐らくデスエバンはそれ以外の方法を知らないから。
これが最善だと、これが正しいのだと信じて疑わなかったからコイツはこれだけの事を仕出かした。……もしかしたらデスエバンには何かを考えるという機能すらないのかもしれない。
もしそうだとしてもコイツには同情や哀れみをする必要なんて無いし、私達が此処に来た理由も変わらない。
この酷く歪んだ独善的な救いを施そうとする神を滅ぼす。そうしなければ明日の朝日も拝めない。
「……それが貴女の答えですか、幻想の巫女。残念だ、非常に残念だ」
「アンタの勝手な価値観で哀れんでんじゃないわよ。大体私はリュウと出逢った事でとっくの昔に救われてるのよ。今更アンタなんかお呼びじゃないっての」
「そこまで彼に毒されているとは、これではもう貴女を導く事が出来ない。予定とは違いますがこの場で貴女を殺しましょう。彼がまだ月に残っている間に私があの星に降り立てば全てが救える」
「それは無理な話ね。アンタは此処から出られずに滅びるのよ」
「随分と強気な発言ですね。彼も居らず、身動き一つ出来ない貴女に何が出来ると?」
「確かに今の状態じゃ何も出来ないわね。……でも、アイツは必ず来るわ。どんな時だってリュウは必ず来てくれた。今回だってきっと来るわ」
「随分と信じているようですが、彼がやって来る前に貴女を殺すくらい造作も無いのですよ」
そう言ってデスエバンは私の首に手を掛けてくる。
このまま首を絞めて殺すつもりなんでしょうけど、そんな事をする暇も無くこの闇の世界に異変が起こる。
リュウの事を映し出していた空間、そこに出来る筈の無い皹が走り、亀裂となって広がっていく。
映し出されている風景にはリュウが紅い光の柱に包まれている光景が映し出されていた。
その光景に反応するかのように、リュウがくれたペンダントが虹色に光り輝き、闇の世界を照らし出す。
光り輝くペンダントからはアイツの存在を強く感じることが出来て、凄く安心できる。
強烈な光を受けたデスエバンは目が眩んだのか、その手を私の首から離し後ろに大きく下がった。
視界が利かないのか、デスエバンはよろけながら後ろに下がっていると、リュウを映し出していた空間が音を立てて割れた。
割れた空間の先からは竜人の姿になったリュウが現れ、力を込められて光り輝く叢雲を握り締めていた。
デスエバンはリュウが現れた事に慌てふためくが、何処に居るのか確認できないのかかなり落ち着きがない。
そんな見苦しい姿を前にリュウは何も言わず、一瞬の内に間合いを詰めてデスエバンを斬り裂いた。
「が……。に、かえる……しめいの…こ……」
「失せろ、目障りだ」
リュウは冷徹に言い捨て、よろめくデスエバンにもう一撃叩き込み、橋の下に広がる闇の中へと落とした。
闇の中へと落ちたのを確認したリュウは、私の方を振り向くと軽く叢雲を振るい私の拘束を解いてくれた。
「ふぅ……。助かったわ、リュウ。ありがとう」
「いや、気にするな。それよりもスマン、遅れた」
「それこと気にしてないわよ。リュウなら必ず来てくれるって信じてたから」
笑いながらそう言って返事をすると、リュウは若干呆れながらも笑顔を見ててくれる。
若干呆れているのが気に入らないけど、ちゃんと助けに来てくれたんだし今日は大目に見てあげますか。
そう思いながら一息つこうとした時、周囲の空間が脈打ち、橋の下の方からおぞましい気配を感じた。
言葉に出来ない様な気配に身構えながら辺りを警戒していると、闇の中から巨大な手が現れよじ登ってきた。
そして闇の中から現れたソレは、もはや人間の言葉では説明出来ない様な容姿をしており、おぞましさと醜悪さの権化の様な姿をしていた。
「にがえる~……。ぎざまらば、いぎでばがえざ~ん……!」
「ハッ。それはコッチの台詞だ。まだ生きているとは思っていたが随分と醜悪な姿になったな、デスエバン」
「え、なに? あの醜いのがデスエバンの本体だっていうの?」
「どうやらそうらしい。薄っすらとだが見覚えがある」
「け、化身体の時は普通の老人と同じ姿だったのに……分かんないものね」
「化け物の親玉に相応しい姿だと思うぞ。それに人間から懸け離れていてくれた方が遠慮なくやれる」
「……ま、それもそうね」
リュウの言葉に気軽に応えながら、私は天照から貰った鏡を懐から取り出し、足元に陣を描く。
取り出した鏡に霊力を注ぎこみ、此処とは違う神界……高天原にいる天照と交信する。
「天照大御神よ、鏡を通じてこの声が届いているのなら今再び力を貸してちょうだい。……リュウの力に為りたいの、だからお願い」
鏡を通して天照に話しかけるけど、返事は無く膨大な霊力が鏡に吸われていくのが分かる。
このまま悪戯に霊力を消費するわけにはいかないけど、月に来る前に言ってくれた天照の言葉を信じてみたい。
その気持ちはリュウも一緒なのか、私のする事に口出しもせず、ただジッとデスエバンの事を睨みつけている。
こっちが何も出来ずにいると、デスエバンはその巨大な腕を私達に向かって振り下ろしてくる。
リュウは即座に剣を構え直し、振り下ろされる巨大な腕を払い除けようとした瞬間、鏡から眩いまでの光が放たれ、その光が壁となり私達の事守ってくれた。
そして鏡の上には天照の分霊が光臨し、この闇の中を明るく照らし出した。
「時間が掛かってたな、天照。何か遭ったのか」
《他の者達に見つかってしまいまして。少々手間取りました》
「そうだったの。……だったら次からこう言ってやりなさいよ。あまりしつこいとリュウをけし掛けるぞって」
「おい、こら」
《なるほど。それは良い案ですね》
「天照まで何言ってるんだよ……」
《中々に良い案ですが、今はその様な話をしているときではありませんね》
「その通りね。…だからお願い、あの時みたいに私に力を貸して」
《えぇ、私の力の全てを貴女にお貸しします。それでは行きましょう、私の最も新しき友よ》
そう言うと天照が私の中に入ってきて、全身に膨大な力が湧き上がるのを感じる。
さっきまで馬鹿みたいに霊力を喰っていた鏡も今はなんて事も無く、まるで手足の様に私の言う通りに動く。
これだけの力が有ればアイツに攻撃を与えることが出来る。これならあのリュウの隣りで戦う事が出来る。
ずっと後ろ姿ばかり見ていたけど、これで本当の意味でリュウと肩を並べられる。
私は全てを焼き尽くしてしまいかねない力を感じながら、リュウの隣りに立ってデスエバンを見据える。
筆舌しがたいその醜悪な姿に目を背けたくなるけど、今の私ならきっと大丈夫よね。
天照が力を貸してくれているし、何よりも隣にはリュウが居てくれる。博麗の巫女としての使命とか、世界の命運だとか色んなモノを背負っているけど、私は一人じゃないからこんな化け物にだって立ち向かえる。
「……さってそれじゃ始めましょうか。これがアンタの描いた歪な夢想の果てよ」
「いい加減過去に縛られて生きるのは止めにしたいんだ。……だから終わらせるぞ、お前との因縁を!」
「おあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
デスエバンは不気味な雄叫びを挙げるけど私達は臆する事は無い。
傍に居て支えてくれる人が居るから、どんな化け物にだって私達は立ち向かっていける。
さぁ行きましょうかリュウ。年の初めから起こったこの異変にケリを付けましょうッ!
霊夢Side out