そろそろ梅雨入りしそうな五月の終わり頃、私はちょっとした野暮用で香霖堂にまで一人でやって来た。
野暮用と言うのは、リュウがフランと全力で遊んでも大丈夫な作りの剣捜し。
剣を買うだけなら里の鍛冶屋に頼めば良いんだけど、思っていた以上に値段が張る上に、形状が前のと似たような奴だから耐久面で不安が残る。
あの形状は日本独自の物だから、打てる形状が似てるのは仕方のない事だけど……フランと遊ぶには脆すぎるのよね。
もっと頑丈な作りの剣を打って貰えば良いんだけど、そう言う特注品は値段が倍近くするから金銭的に無理。
「―――と言う訳で、頑丈な剣を数本見繕って頂戴」
「……話は分かったが、またツケかい?」
「当然でしょ」
「…やれやれ。まぁ、彼には道具調達で世話に為ってるから構わないけどね。でも売るのは一本までだよ」
「ケチ」
霖之助さんは、私の文句を聞き流してカウンター席から立ち上がり、店の中に置いてある剣を何本か集めて並べてくれた。
私の前に並べられた剣は、70cmくらいの長さをした幅広の刀身をした両刃の剣に、ゆらゆらと波状に震える刀身の長剣。
後は刀身に木目状の模様を持つ両刃の長剣に、広めの鍔の両端に環飾りが付いた両刃の大剣の四本。
剣の種類なんてどれも似た様なものだと思っていたけど、こうして見ると結構色んな種類があるのね。
「僕の店にある丈夫そうな剣はこれで全部だよ」
「……どれが如何言う剣なのかさっぱり分からないわね」
私はカウンターの上に並べられた剣を見詰めながらぼやいた。
此処にリュウが居れば剣の良し悪しを見極めてくれるけど、今回はアイツへのプレゼントとして捜しに来たから、アイツには買い物に言ってくるとしか伝えていない。
そろそろアイツがウチに来て一年が経つから、そのお祝いも兼ねてと思ったんだけど……さっぱり分からないわね。
「霖之助さん。悪いんだけど、剣の説明をしてくれない?」
「ああ、構わないよ。……それじゃ、最初はこの剣からだ」
そう言って霖之助さんが手にしたのは、四本の中で一番短い剣。
刀身の長さが70cmもあれば、剣としては十分に長いような気もするけど……残りの剣が長すぎて、この剣だけ貧相な感じがするのよね。
「この剣は『ブロードソード』と言ってね。見ての通り、幅の広さが特徴の片手剣だ」
「……それだけ?」
「そうだよ。それじゃ次ぎの剣だ。……これは『フランベルジュ』。少し変わった刀身をしているが、この形状にはちゃんと意味がある」
「この変わった形状に?」
「ああ」
今、霖之助さんが説明してくれているのは、ゆらゆらと波の様な形状の刀身をした剣。
彼が言うには、この形状がデザイン重視で作られたのではなく、ちゃんと意味を持たせて作られたそうだけど……ただの見掛け倒しにしか見えない。
こんな刀身をしていると、ちゃんと相手を切れるのか分かったもんじゃないわね。
「……駄目、全然分からないわ。この形にどんな意味があるの?」
「この特殊の形状が相手の肉を引き裂き、治りづらい裂傷を負わせるんだ」
「……エグイわね」
「ああ。しかも、この幻想郷の衛生環境を考えると、この剣で斬られたら破風傷に掛かって命を落とす事もあるだろう」
霖之助さんの説明を聞いて、私の予想以上に物騒な品物と知って知らない内に生唾を飲み込んでいた。
見た目だけなら変わった刀身の剣で済ませられるけど、実際にコレに斬られたら堪ったもんじゃないわね。
基本的に戦うのは妖怪相手だけど、魔理沙や咲夜みたいな奴もこの幻想郷には居るんだし、この剣をプレゼントするのは止めておこう。
それに……この剣、見た目が細いから直ぐに折られそうな気がするのよね。
「それじゃ次ぎだ。…この剣は『ダマスカスソード』。鉄の所為か製法が特殊なのか分からないが、刀身に現われた木目が特徴の剣だ」
霖之助さんが三本目に説明してくれたのは、さっきの剣に負けず劣らず変わった見た目をしている剣。
他の剣の刀身は綺麗な鉄の色をしているのに、この剣だけ錆びたように黒っぽくなっている。
商品として出した以上は何の問題もないと思うけど、本当に錆びていないのか気に為るわね。
「…霖之助さん、この刀身の色はサビじゃないの?」
「其処までは分からないけど、刀剣としては何の問題なく扱える筈だよ」
「ふ~ん……」
分からないのならコレ以上聞いても仕方が無いわね。
先の二本に比べれば、この剣は十分に耐えられそうだけど……見た目がアレよね。
「それじゃ最後の剣の説明だ。…この剣は『クレイモア』と言って、この大きな見た目とは異なり、剣の切れ味で勝負する剣なんだ」
「へぇ~」
一番最後に説明してくれたのは、四本の中で一番大きな剣。全長は……恐らく200cm位は有るんじゃないかしら?
紹介してくれた四本の中で一番ガッシリとした作りだし、私の中では最有力候補ね。
見た目さえ気にしなければ『ダマスカスソード』でも良さそうだけど、やっぱりプレゼントするからには見た目が綺麗なモノを贈ってあげたい。
「ところで霖之助さん。この中で一番頑丈な剣ってどれ?」
「さぁ? 僕は古道具屋であって武器屋じゃないからね。どの剣が一番良いかなんて分からないね」
「……最後の最後でそれなの」
「僕の能力は名前と用途を知るだけであって、剣の丈夫さまでは知る事は出来ないよ」
「あっそう」
私は素っ気無い態度で言ったけど、内心では物凄く困っていた。
さっきの説明と剣の見た目で、『ダマスカスソード』か『クレイモア』の二択にまで絞れたけど……最も重要な頑丈さが分からないんじゃ意味がない。
剣の見た目だけを言うなら、この『クレイモア』が良さそうなんだけど……コッチの『ダマスカスソード』と言う剣も捨て難い。
面倒だから二本ともツケ払いで持って帰りたいけど、リュウにバレたらどちらかの料金を支払いに行くわね。
そんな事になったら、来月の食費が儘ならなくなっちゃうし、なんとしても一本に絞らないと……。
「むむむ……」
私はドッチの剣にしようか二つの剣を見比べていると、店の扉が開き誰かが香霖堂に来店してきた。
「お~っす香霖。今日は変な物を持ってきた……って、何してんだ霊夢?」
「ほっといて」
店にやって来たのはどうやら魔理沙のようだ。
魔理沙も私と同じか、それ以上にこの店に遊びに来るから別に来ても不思議じゃない。
それよりも今問題なのは、この二本の内ドッチの剣を買うかと言う事。
ただ見てるだけじゃ剣の良し悪しなんて分からないし、此処はもう勘で買うしか無い訳だけど……イマイチその勘が働いてくれない。
異変解決の時は不気味なくらいに働くのに、こう言う時に働いてくれないのは物凄く困るわね。
「うぬぬ……」
「……なぁ香霖。霊夢の奴は何をしてるんだ?」
「リュウの為の剣選びだそうだ」
「なんだ、何時も通りで安心したぜ。……それよりもだ香霖! 今日はコレを買い取れ!!」
「相変わらずだね君は」
妙なハイテンションのまま、魔理沙が霖之助さんに渡したのは、古びた鞘に収まった古びた剣だった。
鞘に収まってるからはっきりとした長さは分からないけど、大よそ150cmと言った所かしら。
長さは『クレイモア』程じゃないけど、『ダマスカスソード』よりは長いわね。
「今回はなんと! 何故か鞘から抜く事の出来ない剣だぜ!!」
「ガラクタね」
「間違いなくガラクタだろうね」
「ところがどっこい! この剣には何らかの封印が施されていて、その所為で鞘から抜けないんだぜ」
「封印された剣か。確かにそれは珍品だね」
「だろ?」
魔理沙から剣を受け取った霖之助さんは、その剣を色々と調べ始めた。
剣を色んな角度から見てみたり、鞘から抜いてみたりしてるけど……魔理沙の話通り本当に抜けないみたい。
中で錆び付いているって可能性も有るけど、霖之助さんが難しそうな顔をしてるから、魔理沙の言う通り何かが施されているのかも。
「う~ん……これは封印されていると言うよりも、抜く相手を選んでいるみたいにみえるね」
「相手を選ぶ剣? そんなものがあるのか?」
「剣じゃないけど霊夢が使う陰陽玉。アレは博麗の血を引く者でなければ使えないよ。……多分だけど、この剣にも似たような仕掛けが施されているんだと思う」
「へぇ~。……よし、霊夢。お前この剣を抜いてみろ」
「何で私が」
何を思ったのか知らないけど、魔理沙が急に剣を抜くように命令してきた。
ウチの家系にあんな剣はないから、私に抜けるはずないんだけど……コイツにそれが分かる訳ないか。
「良いからいいから。もし剣が抜けたらお前に売ってやるよ」
「そこはタダで譲りなさいよ」
「それは断るぜ」
「ったく」
私は剣選びを一度中断して、霖之助さんから剣を貸してもらった。
私は柄を握り、剣を鞘から引き抜こうとしたけど……予想通り剣を抜くことは出来なかった。
……だけど、握った柄からなんらかの気配みたいなものを感じた。
物である筈の剣から気配なんて可笑しな話だけど、この剣からは何時も傍に居てくれる奴に似た感じがする。
これは感覚的なものだから、口では上手く説明する事が出来そうにないけど、私は確かにアイツと似た気配を感じとった。
「……………」
「霊夢でも抜けないとなると、この剣は妖怪用の剣なのか。…んじゃ香霖、買取よろしく」
魔理沙は私から剣を奪い取り、そのまま霖之助さんに渡した。
「中身が分からないから千円で良いね」
「もう一声頼む!」
「駄目だ」
金欠なのか切羽詰ったような声で魔理沙は懇願するけど、霖之助さんはそれを突っ撥ねる。
霖之助さんは、何事も無かったかのようにカウンターに置いてあるレジから千円札を取り出し、そのお金を魔理沙に手渡した。
膨れっ面の魔理沙がお金を受け取るのを見た私は、霖之助さんの手元にある剣を少々強引に奪い取った。
「霖之助さん、この剣頂くわね」
「ん? それで良いのかい? 武器として使うなら他の剣の方が……」
「良いのよコレで。それじゃまたね二人共」
謎の剣を買い取った私は、二人に別れを告げそそくさと店を後にする。
確か今日は……神社周辺の森で、幻想入りした道具を拾うとか言ってたわね。
この時間帯ならアイツも帰って来てる筈だし、さっさとこの剣を渡しに行こう。
そう考えた私は、飛ぶ速度上げ急いで神社へ帰る事にした。
………
……
…
私が神社に着くと、リュウは裏庭で今回集めたと思われる道具の山の整理をしていた。
一体何時間掛けたのか分からないけど、今回もかなりの量のガラクタが集っている。
本や食器は兎も角、どうやって使うのか分からない様な物も沢山ある。
相変わらずリュウは、目に付いたものを片っ端から拾い集めているらしく、売れるかどうかは考えていないらしい。
私は何でも拾ってくるリュウに心の中で呆れながら、リュウの邪魔にならない場所に降り立った。
「リュウ、今帰ったわよ」
「お帰り霊夢……って、その剣どうしたんだ? 拾ったのか?」
「拾ったんじゃなくて、香霖堂で買ったのよ」
「へぇ~」
リュウは私が剣を持っているのが珍しいのか、ジロジロと私の手の中にある剣を見てくる。
その視線に耐えかねた私は、持っていた剣をリュウの目の前に突き出した。
「この剣、アンタにあげるわ」
「良いのか? 結構な業物みたいだけど……」
「良いも何も、この剣はアンタの為に買って来たの。感謝しなさいよね」
自分でも、もう少し言い方があったとは思うのだけど、気恥ずかしさが前に出るのか、どうしてもこんな口調になってしまう。
その辺りは直しておきたいと思うけど、性格を変えるのって結構難しいのよね。
そんな私の気持ちとは裏腹に、リュウは私が差し出した剣を受け取ってくれた。
「ありがとな、霊夢。この剣、大切にさせてもらうよ」
リュウはそう言って本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
喜んでくれたのは嬉しいけど、彼の笑顔が眩しくてついつい顔を赤くなってしまう。
「え、えぇ! 前の剣みたいに簡単に壊したら承知しないわよ!」
「分かってるって。……それじゃ早速拝見させてもらうかな」
そう言ってリュウは剣の柄に手を掛け、楽々と鞘から剣を抜いてみせた。
最初はコイツでも抜けないんじゃないかと心配してたけど、如何やらその心配は杞憂だったみたい。
リュウの手で鞘から抜かれた刀身は、香霖堂で見た『ダマスカスソード』の様に木目状の模様が刻まれていた。
だけど、刀身は両刃ではなく片刃になっていて、刀とは違いガッシリとした作りになっている。
他に違いが有るとしたら、刀身が日本刀の様に反り返っているわけでもなく、反りが一切無い直刀の刀身をしているってところかしら。
店で見たときは一体どんな剣か疑問に思っていたけど、これならそれなりに使えそうね。
「如何リュウ? この剣ならフランと全力で遊べそう?」
「……………」
私はこの剣の具合をリュウに聞いてみたけど、彼はただ呆然と剣を眺めているだけだった。
リュウの表情は驚いていると言うよりも、困惑しているといった感じで、あの剣から何かを感じ取ったのかもしれない。
その様子に私は、何処か不味いところでもあるんじゃないかと不安に為ってくる。
折角プレゼントするんだから、ちゃんとリュウに喜んでもらえる物を買いたい……そう思って香霖堂に足を運んだのに。
「ドラゴンブレード……じゃないよな。あの剣は向こうに置いてきたし、なにより形状が違う。それじゃこの剣は一体……」
呆然と剣を見ていたリュウは、何処か信じられない物を見たような口調で小さく呟いた。
「…リュウ?」
なんとなく気に為った私は、リュウにもう一度声を掛けてみた。
すると、リュウは漸く私の声に気が付いてくれたのか、ハッと驚いてコッチを見てくれた。
「如何した霊夢?」
「それはコッチの台詞よ。如何したのよ、その剣を見ていきなり呆然としちゃって。…何か気になる事でもあったの?」
「……ちょっとな。そんなに大した事じゃないから気にしなくて良いよ」
「そう? なら良いんだけど……」
イマイチ釈然としない私を他所に、リュウは剣を鞘に仕舞い、またガラクタの整理をし始めた。
リュウがあの剣に何を感じたのか分からないけど、あの剣がコイツにしか抜けなかった事を考えると、きっと竜に関する何かって事ね。
何を気にしてるのか知らないけど、一人で悩むようなら私に相談してくれたって良いじゃない。
一人で何かを抱え込むリュウに、私は少しだけ寂しさを覚えた……。