梅雨が明け、夏が本格的に始まった七月の始めごろ。
此処最近の博麗神社は、三日おきに境内で宴会が開かれるようになっていた。
「さぁ、今宵も騒ぐぜ!!」
「「「「おぉーッ!!」」」」
「……テンション高いな」
この宴会の幹事である魔理沙を筆頭に、皆がお酒の入ったコップを高々と掲げる。
俺もその礼に習って手持ちのコップを掲げるが、周りのテンションに圧倒されてしまう。
別に騒ぐのが嫌いと言う訳じゃないけど、流石にこうも回数が多いと嫌気が差してくる。
それに……宴会が終わった後の片付けの事を考えると、素直に楽しむ気もおきやしない。
「……はぁ。なんでこんなにも宴会が多いんだよ」
「それは誰かが皆を集めておるからに決まってるじゃろ」
「そりゃそうだろうけど……って、龍神?!」
何時の間に来たのか知らないが、龍神が俺の隣りで酒を飲んでいた。
気配を全く感じなかったから、彼女が隣りに居ることに驚かされる。
「えぇい! 此処でその名を呼ぶな!」
「アイダッ!?」
俺が本名……か如何か知らないが、名前を呼んだら何故か怒られ、頭を小突かれてしまう。
その名で呼ぶなって言うけど、それ以外の呼び方を知らないんだからしょうがないだろ。
幾ら初対面じゃないとは言え、幻想郷の最高神に向かって〝お前〟なんて呼ぶ訳にも行かないっての。
俺は小突かれた部分をさすりながら、彼女の呼び名を尋ねる事にした。
「それじゃ、なんて呼べば良いんだよ」
「本来の姿ならその呼び名でも問題はないが、この姿の時は親しみを込めて『たっちゃん』と呼ぶが良い」
「……何故にたっちゃん?」
「〝龍〟は“たつ”とも読むからな。それに……こっちの方が可愛らしいじゃろ?」
「アーソウダネー」
「その棒読みはなんじゃーッ!!」
龍神……もといたっちゃんは、俺の棒読みの返事が気に入らないのか、胸倉を掴み、物凄い勢いで前後に揺らしてくる。
一方俺は、彼女に反論も胸倉から引き剥がす気も起きず、そのまま放置する事にした。
しかしたっちゃんは、遠慮や加減と言うものを一切せずに揺らしてくるもんだから、俺は段々と気分が悪くなって来る。
「ちょ…そろそろやめ……」
「お主が認めるまで、揺らすのを止めん!!」
彼女に俺の声が届いていないのか、こっちの様子に気が付く事無く全力で揺らし続ける。
思いっきり揺らされて気分が本格的に悪くなり、少しずつ意識が遠のき始めた。
いっその事、このまま意識を手放せればどれだけ楽なんだろうか……。
朦朧とする意識の中、俺がそんな事を考え始めたら―――
「いい加減にリュウを離しなさいッ!!」
「ぬわーッ!?!?」
―――遠くの方から霊夢の怒声と、たっちゃんの叫び声が聞こえてきた。
俺がその声を意味を理解する前に、意識がぷっつりと途切れ……そのまま意識を失った。
………
……
…
……激しく揺さぶられて気絶した俺は、少しずつ意識を取り戻し始めた。
眼が覚めていくに連れて、さっきの後遺症からか激しい頭痛に襲われる。
一体どの位寝ていたのか分からないけど、どうやらまだ体調は完全には治っていないらしい。
俺は頭痛に頭を悩ませながらも、ゆっくりと眼を覚ます事にした。
「あ、やっと起きた。まったく、寝すぎよリュウ」
「……れい…む?」
ゆっくりと眼を覚ますと宴会特有の騒がしい声と、すぐ目の前に心配そう見てくる霊夢の姿があった。
若干顔が赤くなっているみたいだけど、恐らくは酒を飲んでいたからだろう。
なんで霊夢の顔が直ぐ近くにあるのかと思い周りを見てみると、どうやら俺は彼女の膝を枕にして眠っていたようだ。
「随分寝てたけど、もう大丈夫なの?」
霊夢は不安そうな顔をしながら、目覚めたばかりの俺の体調を気遣ってくれる。
口調は何時もと大して変わりないが、霊夢の表情を見る限りだと、結構心配させたみたいだ。
「わりぃ、心配かけた…」
俺はコレ以上心配を掛けまいと、酷い頭痛が続くなか、無理して体を起そうとする。
体は中々言う事を聞いてくれないが、それでも起きようとすると……霊夢に肩を掴まれ、そのまま元の体勢に戻されてしまう。
「…れいむ?」
「まだ顔色が悪いわ。もう少し横になってなさい」
「だけど……」
「けども無いわよ。良いからアンタは安静にしてなさいって」
「………分かったよ」
霊夢の言う通りまだ体調は戻ってないし、此処は彼女の言葉に甘えさせてもらう事にしよう。
そう考えた俺は、全身の力を抜いて、霊夢の膝を枕にもうちょっとだけ横にしてる事にした。
霊夢の膝を枕にして、宴会の喧騒に耳を傾けていると、誰かが俺達の方に近付いてくる気配がする。
一体誰が来たのかと気配の方に眼を向けると、気配がした方には一升瓶を手に持った龍神の姿があった。
「いや~、先ほどはスマンかった。許せ」
「……別に怒っちゃいないけど、少しは加減してくれ」
「善処する」
俺の言葉に頷いた龍神は、俺と霊夢の傍に座り込み、持って来た一升瓶をラッパ飲みし始めた。
少女が一升瓶を片手にラッパ飲みってのも、かなりシュールな光景だな。
……まぁ、少女なのは見た目だけだし、この幻想郷でそんな事を気にして居ても仕方が無いか。
「ところで龍神……じゃなくてたっちゃん。アンタ、何しに神社に来たのよ。まさか、宴会に招待された訳じゃないでしょ?」
「なに、ちょっと竜に尋ねたい事があってな」
「……俺に?」
龍神は霊夢の質問に答え、此処に来た目的を打ち明けた。
なんでも俺に用があって来たらしいが、一体何をしに来たのか皆目見当も付かない。
彼女の雰囲気からして、何か文句があって来た訳じゃないだろうし、何か重要な話があって来たって訳でも無さそうだ。
そうなると…………本当に何をしに来たんだ?
「竜よ、此処最近になって妾の使いを名乗る者に出会わなかったか?」
「龍神の使い? ……いや、そんな奴には会った覚えは無いな」
「そうか。……だとすると、何処で油を売っておるんじゃ?」
「…? 本当に何の話だよ?」
「いや、少し前にお主にある物を渡す為に使いを出したのじゃが……未だに渡したとの報告を受けて無くてな。生真面目な奴じゃからサボるとは思えんが、一体何処で何をしているのやら」
龍神は俺に渡したい物があるらしいが、此処一月の間に龍神の使いになんて会った覚えはない。
彼女が何を渡したかったのか知らないけど、余りにも変な物だったら送り返そうかな。
「まぁ、来ておらんなら後でアヤツ等に問うてみるか」
「そうしてくれ」
「うむ。……それにしても、ここ最近の神社は何時にも増して騒がしいのぉ」
龍神は輪を作って騒いでいる連中を見ながら一言呟く。
輪を作ってはいるけど、それぞれが勝手に酒を飲んだり料理を食べたりしていて、何かとまとまりがない。
宴会と言うのはそう言うものだとするなら、あのまとまりの無さが正常なのかもしれないな。
「まぁ、こうも宴会が続けば騒がしくも為るわよ」
「……だからってコレは騒ぎすぎだろ」
霊夢は龍神の言葉に同意し、俺はあの騒がしい連中に呆れ果てる。
正直な所、騒ぐのなら何処か別の場所で騒いで欲しい。俺は参加しないで神社でノンビリしてるから。
「なんじゃ竜? お主は宴会が嫌いなのか?」
「嫌いじゃないが、こうも回数が多いと嫌にもなる」
俺は龍神の質問に隠す事無く、素直に自分の気持ちを打ち明けた。
「まぁ、リュウの気持ちも分からなくは無いわね。流石にこの回数は異常よ」
「だろ? 全く、この人数を集めてる奴は一体何を考えているのやら?」
「あっはっはっは! 恐らくアレは何も考えておらんよ。ただ騒ぎたいから集めてるだけじゃ」
「……余計に性質がわりぃな」
龍神はこの騒ぎの犯人に心当たりがあるのか、大笑いしながら物凄く性質の悪い事を言う。
俺はその一言に頭を抱えたくなったが、珍しい事に霊夢がキョトンとした顔をしている。
「え、なに? アンタ等はこの騒ぎが異変だって言うの?」
「其処まで大事とは言わぬが、アヤツの仕業である事は間違いないな」
「俺には犯人の心当たりはないけど、特に悪意や害意は感じないから放置してた」
「……この宴会が異変だって気が付いてたなら教えなさいよ」
霊夢は、幻想郷を包んでいる者に気が付いてなかったのか、若干怒ったような口調でそう呟いた。
俺としては、霊夢があの霧みたいなのに気が付いてないのに驚いたけどな。
正体がなんなのか知らないけど、霧は結構分かりやすいと思ったんだが……そうでもないのか?
「まぁなんにせよ、コレが異変だと分かれば私達の出番ね。早速明日から調査するわよ」
「あ、悪い。今回はパスするわ」
「…………はぁ?! なんでよ!?」
俺が今回の異変解決を辞退すると、霊夢はありえないと言いたげな顔で驚きを顕わにした。
どうも霊夢の中では、俺と一緒に行動するのが当たり前になってるみたいだけど、流石に毎回は無理があると思うぞ。
「……二人して出かけたら、この宴会の片付けは如何するんだよ」
「……あ」
「アイツ等、騒ぐだけ騒いで帰るから、二人して神社を空ける訳にはいかないだろ」
「ぐぬぬ……」
俺は霊夢に不参加の訳を説明したが、眉を顰めイマイチ納得がいかないと言った顔をする
だけど、頭では宴会の後片付けをしないといけないって分かっているんだろ。
分かってはいるからこそ、霊夢は顔を顰めるだけで何も言ってこないんだと思う。
まぁ、一緒に行って暴れるのも悪くないんだけど……今回は諦めてもらうしかないかな。
「……仕方が無いわね。その代わり、ちゃんと綺麗に片付けるのよ」
「何時も片付けてるのは俺だけどな」
「うっさいわね」
俺が本当の事を言っただけなのに、霊夢が俺の頬を思いっきり引っ張ってくる。
「ひゃめろいひゃい」
「ふふん。生意気な事を言う口はこうしてやる」
「ひゃからひゃめろっふぇ」
「ん~? 何を言ってるのか分からないな~?」
霊夢は俺の言葉を無視して、俺の頬を好きなように弄くってくる。
なんとかして彼女の手を退けようとするが……自分の頬を余計に引っ張るだけに終わった。
その所為で益々調子に乗った霊夢は、さっきよりも遠慮無しに俺の頬で遊び始めた。
このままだと不味いと思った俺は、霊夢の脇腹に手を当てて、思いっきりくすぐる事にした。
「ちょ、まっ………あははははははははッ! ごめん、私がわるかった。だからそれは止めて」
「しょれふぁら、ふぇをはなふぇ」
「離す! 離すから……あはははははははははッ!」
俺のくすぐりに参った霊夢は、やっと頬から手を離してくれた。
もう一度弄られても堪ったもんじゃないので、俺が体を起そうとした瞬間。
「宴会でイチャついてんじゃねぇ! このバカップルが!!」
「ぬがッ?!」
何処からか投げられた酒瓶が顔面に命中し、俺の意識がまた遠のき始めた。
視界が暗くなっていく中、俺が最後に聞いた言葉が―――
「今のはお主らが悪い」
―――龍神の余りにも冷やかな一言だった。
俺が一体何をしたってんだよ、誰か説明してくれ……。