只今夏真っ盛りの幻想郷。今日も朝から気温が高く、何もしてなくても汗が噴き出してくる。
去年は紅い霧の影響で分からなかったが、この暑さは絶対に不味い。てか死ねる。
俺と霊夢は室内の日陰に寝そべり、何もせず、ただ夜になって涼しくなるのを待っていた。
「あつい……」
「リュウ、氷おかわり」
「はいよ。……
俺は暑さにうなされながらも竜言語魔法を使い、掌の上に小さな氷の塊を作って霊夢に投げ渡した。
霊夢はそれを見事キャッチすると、そのまま無造作に自分の口の中に放り込んだ。
俺も自分用の氷を作り、口の中に放り込んで、氷の冷たさを堪能する。
「あ~、氷美味いわ~」
「だな~。幾ら俺でもこの暑さは辛い」
俺達は氷を口に含んだまま、その冷たさを甘受しながら全身の力を抜いてダラける。
一応、暑さ対策として大きめの桶に氷塊を置いて、部屋の四方の隅に置いてはいる。
氷の放つ冷気が、多少なりに暑さを和らげてくれるものの、完全に溶けたらまた氷塊を作らないといけないのが結構手間だったりするんだよ。
それでも何もしないよりはマシだから、手間でも溶けきる度に作り直しておかないと。
「お邪魔するわよ……って、随分とダラけてるわね」
家の裏庭に誰か来たらしく、身体を起こしてソッチの方を見てみると、其処には大きな袋を抱えたアリスが立っていた。
袋の大きさは大体30cmくらいって所か? 何を持って来たのか知らないけど、アリスの事だから人形か何かでも持って来たんだろう。
「いらっしゃいアリス。今日は如何したんだ?」
「霊夢に渡したい物が有って持って来たのと、貴方たちに紹介したい子がいるから連れて来たのよ」
「俺達に紹介したい子?」
アリスはそう言うのだけど、彼女のほかに人影らしきものは全然見えない。
独りで居る事の多いアリスだから、遂に他の人には見えないお友達でも召喚してしまったのかと、本気で心配になってしまう。
俺と霊夢は、通常では視覚出来ない存在を見る事は出来るけど、流石に自分の心が生み出した存在を見る事は出来ないって。
「そこはかとなく馬鹿にされた気がするのは、私の気のせいで良いのよね?」
「ウン、気ノセイダヨ」
「……まぁいいわ。それじゃ、上がらせて貰うわね」
「ど~ぞ~」
霊夢がダルそうに返事をすると、アリスは呆れた様な溜息を一つ吐いた。
アリスは縁側に腰掛けて靴を脱ぎ始めると、彼女の傍に一体の人形が浮んでいるのに気が付く。
その人形は前に見たのと同じく、金髪でシックなエプロンドレスを着ているのだが、何処となく他の人形達とは違う様な気がした。
なんて説明すれば良いのか分からないけど、他の人形よりも眼に力があるような感じがする。
「なぁ、アリス。その人形は如何したんだ?」
「ん? この子の事?」
「嗚呼…ってか、今回はそれ以外の人形を連れてきてないだろ」
「それもそうね」
靴を脱ぎ終わったアリスは、居間に上がり、ちゃぶ台の前に腰を下ろした。
アリスが連れて来た人形も、自分の主人に習うように彼女の隣りに座り込む。
だが、全長が30cmくらいしかない人形では、ちゃぶ台の影に隠れてしまってその姿が見えなくなる。
「其処に居たら二人に見えないから、私の膝に座りなさい」
アリスが人形にそう言うと、人形は何も言わずに頷いてから、彼女の膝の上に移動した。
普段ならそんな事をせずとも自分で糸を操るのに、今回は一体如何したって言うんだ?
不思議に思った俺は、首を傾げて悩み、ダラけていた霊夢も身体を起こして、ちゃぶ台の前に座る。
霊夢がちゃんと座ったのを見て、アリスが一度咳払いをしてから、膝に座っている人形を俺達に見える様に持ち上げて紹介をしてくれた。
「この子は『上海人形』。前にリュウに聞いたのを、更に自己流にアレンジして誕生した思考する人形よ」
「「へぇ~」」
俺と霊夢は物珍しさから上海人形を見回していると、人形は恥かしいのか、アリスの手を離れて彼女の背中に隠れてしまう。
上海人形は、アリスの肩からコッチの様子を窺ってくるので、俺は何となく人形に笑い掛けてみた。
「ッ!?」
俺の笑顔を見た上海人形は、表情に変化は無いものの、驚いたのかまた直ぐにアリスの背中に隠れてしまう。
その様子にどんな反応を返せば良いのか分からず、とりあえず苦笑いを零すくらいしか出来なかった。
「…思考するって言うよりも、人見知りするって感じね」
「この子を外に出したのは今日が初めてなのよ。だから、私以外の人に会って驚いてるんでしょ」
「それならもっと外に出したりして、経験を積ませたら如何だ?」
「それは分かってるんだけどね。……此処と人里以外に連れて行ったら、どうなるのか分かったもんじゃないわ」
「「あ~納得」」
アリスのとんでもない一言に、俺と霊夢は思わず納得してしまった。
人と妖怪が暮らす幻想郷だが、全ての妖怪がアリスみたいに友好的な訳じゃない。
この幻想郷にはアリスみたいに友好的な奴も居れば、問答無用で襲って来る危険な妖怪だって存在している。
そんな少々物騒な世界で、生まれたばかりの上海人形をアチコチ連れ回すのはそれなりのリスクがあるな。
「やっと出来たこの子を壊されたくないし、強い刺激を与えてどんな反応をするのか分からないから、まだアチコチ連れ回すのは早いのよ」
「それで比較的人の少ない此処に連れて来たと」
「あと、霊夢に頼まれていた物を渡しにね」
「……私、何頼んでたっけ?」
「頼んでおいてそれはないでしょ……」
アリスは小さな溜息を吐いた後、隣りに置いておいた袋を開け、中から何かを取り出そうとする。
一体何を頼んだのか知らないけど、アリスに頼むって事は恐らく人形かなにかだろう。
霊夢もそう言うのを欲しがるんだな~っと思いつつ、アリスが何を取り出すのか見ていると―――
「あーッ!!」
「ゲッ」
―――中から取り出されたのは、小さな白い羽を持った薄紅色の竜の人形だった。
竜の人形を作るのは別に良いんだけど、問題なのはその見た目の方だ。
アリスが取り出した人形の見た目が、そのまんま『パンク』の姿をしているんだよ。
確かに前にスケッチされた記憶はあるけど、それだけで人形を作る事なんて出来るのかよ。
……人形遣いアリス・マーガトロイド、恐るべしだな。
「そういえば、アンタに制作依頼だしてたわね。すっかり忘れたわ」
「……作るの結構苦労したのよ、コレ」
「そんな不貞腐れないでよ、一応は感謝してるんだから」
「その言い方に物凄く文句を言いたい」
「俺はお前ら二人に文句を言いたいんだが……」
「「なんでよ?」」
二人は俺がなんで怒っているのか検討がつかないらしく、すっ呆けた顔で首を傾げてくる。
そんな二人の様子に、怒りを通り越して呆れ果ててしまい、俺は深い溜息を吐くしかなかった。
………
……
…
アリスが人形を渡してから時間は流れて今はお昼時。
この前買い物に行った時に、大量の素麺を貰ったので、アリスにも食べるのに協力して貰う事に。
俺は台所で大量のお湯を沸かし、独り寂しく素麺を茹で上げていた。
霊夢は貰った人形を膝の上に乗せて、上機嫌にアリスと談笑している。
時折り『パンク』の人形を嬉しそうに撫で回すが、正直なところソレはマジでやめて欲しい。
幾ら人形とは言え、あの竜も俺の一部だからなんとなく間接的に霊夢に撫でられている気するんだよ。
……まぁ、それを本人に幾ら言ったところで、霊夢が聞いてくれる訳がないんだけどな。
「…っと、素麺が茹で上がったか。笊は何処に置いてたっけか?」
麺を盛り付ける笊を出し忘れていた俺は、鍋を火から離して笊を探し始める。
のびる前にお湯から上げたいんだが、肝心の笊が何処にも見当たらない。
俺が焦ってアチコチを見回していると、上海人形が何処からか見つけた笊を手渡してくれた。
「お、有った有った。ありがとな、上海」
「……………」
俺がお礼を言って笊を受け取ると、上海人形は何も言わず主人の元へ帰って行った。
アリスの話だと、糸が無くても自由に動ける上に、物事を考える事が出来るそうだが、まだ話すことは出来ないらしい。
それに付いては感情の発露と一緒に、時間を掛けて学習させていくと本人は言っていたか。
感情もそうだが、ちゃんと喋れるのが何時になるのか分からないそうだし、随分と気の長い話だよな……。
「……って考えてる暇はなかった。早く素麺を上げないと」
俺は若干慌てつつ、鍋に入ったままの素麺を引き上げ、手早く笊に盛り付けた。
後はちょっとした薬味を用意して、人数分の硝子の器にめんつゆと氷を入れれば準備完了だ。
今回はアリスが来ていると言うことで少々多めに茹でたが、まぁ三人だしなんとか食いきれるだろう。
そんな事を考えながら、大き目のお盆に素麺やめんつゆなんかを乗せて、二人が待つ居間へと運び入れた。
「お~い、二人とも~。飯が出来たぞ~」
「あ、ご苦労様、リュウ」
「悪いわね、私の分も用意してもらっちゃって」
「気にすんなって。一人増えた程度なら大して変わらんしな」
申し訳無さそうにするアリスにそう言いながら、ちゃぶ台の真ん中にお盆を置いて二人に硝子の器を渡す。後は三人分の端を用意して渡してやればOKだな。
「そんじゃ頂きますか」
「いただきます」
「頂きます。……私、素麺って食べるの始めてかも」
「アリスは〝自称〟都会派魔法使いだものね。こんなの食べる機会も早々無いでしょ」
「自称じゃないわよ。それに私は洋食派で、麺類は基本的にパスタくらいしか食べないのよ」
「俺はアリスとは逆でパスタなんて物は喰った事が無いな。美味いのか?」
「えぇ美味しいわよ。今度霊夢に……作ってもらえないでしょうね」
「それ以前に作り方を知らないわよ。普通に麺を茹でるだけで良いなら素麺でも良いじゃない」
「それじゃ何の味も付いて無いじゃないの……」
霊夢の発言にアリスは呆れたように呟くが、俺は二人が何を言っているのか良く分からなかった。
とりあえず素麺みたいに乾麺を茹でて調理する料理らしいが、ただ茹でて終わらない辺りはうどんや蕎麦と同じと言う事なんだろうか?
でも、うどんも蕎麦も洋食とは言えないだろうし、アレ等とはまた別の食いもんなんだろう。
此処まで来るとどんな食べ物なのか気に為ってくるが、霊夢は作り方を知らないって言うし、今度アリスの家にお邪魔したときにでもご馳走に為ろうかな。
……あ、でも、アリスの家の場所を知らないから、遊びに行く事自体が無理だ。
「………………」
「ん? 如何かしたのか上海」
「ッ!?」
素麺をジッと見ていた上海に声を掛けてると、何故か知らないけどまたしても逃げられてしまった。
驚かせた心算は無いんだけど、上海はアリスの背中に隠れて、コッチの様子を窺うように彼女の肩かた覗き込んでくる。
また驚かせても悪いから今回は何もしないけど、此処まで逃げられると流石に物悲しくなってくるな。
「ふふっ。アンタにしては随分と嫌われたみたいね、リュウ」
「ほっとけ。…しっかし、なんでこんなに逃げられるのかね?」
「……別に逃げてるんじゃなくて戸惑ってるだけよ。この子を外に連れ出したのは今日が初めてだから、眼にするもの全てが珍しくて如何したら良いか分からなくなってるの」
「へぇ~ただの人形に其処までの感情を持たせるなんてね。アリス、アンタの魔法はもう完成したってわけ」
「いいえ、まだまだこれからよ。この子を雛形に研鑽を重ねて、何時の日か完全な自立人形を生み出す心算よ」
「それはまた時間の掛かりそうな話だな……。完成は何時に為るのか分からんぞ」
「別に何年掛かっても構わないわ。私はただ私の夢に向かって頑張るだけよ」
アリスは何時もと代わらない口調で言うが、彼女の声音からは確かなやる気を感じ取る事ができた。
夢の為に努力を惜しまず研鑽し続けるその姿勢、霊夢にも見習って欲しいところではあるが……まぁ無理か。
「……そっか。俺、お前のそう言うところ好きだぞ」
「「ブッ!?」」
何の気なしにアリスの事を褒めると、霊夢と一緒に咽こむように噴出してきた。
「な、なんだよ突然。麺でも詰まったのか?」
「…そう…じゃないけど、突然貴方がおかしな事を言い出すから驚いたのよ」
「おかしな事? 特にそんな事を言った覚えは無いんだが……」
アリスの言っている意味が分からず首を傾げていると、突然背筋が凍りつくような寒気に襲われる。
驚いた俺が周囲を見渡してみると、直ぐそばに額に青筋を浮かべている霊夢の姿が在った。
青筋を浮かべている理由は良く分からないが、とりあえず今の霊夢は物凄く怒っていると言う事だけは分かる。
「…ちょっとリュウ、アリスの事が好きって如何言う事よ」
「へっ? いや、あの…その……」
「アンタ、私の事は遊びだったって言うの!? こっちは…その……真剣だったんだから!!」
「ちょっと落ち着け霊夢! 一体何の話をしているのかさっぱり分からんぞ!」
「うっさいバカ! つべこべ言ってないで本当の事をさっさと話なさい! やっぱり胸なの? 胸だって言うの!? 女の価値は胸なんかじゃ決まらないわよ!!」
霊夢は一種の錯乱状態に陥ってるのか、俺の服の襟首を掴んで思いっきり揺さぶりながら、大声でよく分からん事を喚きだした。
状況として俺が霊夢を怒らせたと言う事は分かるけど、さっきから何の話をしているのかさっぱり分からん。
それとさっさと話せとか良いながら揺さぶるのは止めてもらいたい。ガクガク揺さぶられると気分が悪くなってくる。
「と、とりあえず一度落ち着け霊夢。これじゃ話も出来ない」
「そんな事言って、本当は言い逃れる心算じゃないでしょうね」
「だから違うっての。それに俺はアリスの努力する姿勢を褒めたのであって、彼女自身の事を好きだと言った訳じゃないぞ」
「…………へっ?」
「まぁ、そんな事だろうとは思っていたわよ。うん」
俺の言葉にアリスは分かっていたと言わんばかりに頷くが、逆に霊夢は理解出来ないといった感じで呆然としている。
一体何を勘違いしていたのか分からないが、次の霊夢の行動はなんとなく予想が出来た。
出来るくらいに一緒にいたのかと思うと感慨深いものがあるが、出来る事なら外れて欲しい予想だったりする。
「………しい」
「ん? 今なんて言ったんだ?」
「紛らわしいって言ったのよ、この大馬鹿!!」
そんな罵声と共に霊夢は顔を赤くして俺の腹を殴ってきた。
こうなるだろうとは予想していたが、腹から伝わる激痛は予想以上の痛さだった。
……なんか最近こんな目にばっかり遭ってる気がするが、流石にソレは気のせいだろうと思いたい。
「ごふ…ッ。れ、れいむ…おまえ、ほんきでなぐっただろ……」
「うっさい。大体はアンタが紛らわしい事を言うのが悪い」
「そんなこといったつもりはないのに……」
「…ご愁傷様、リュウ」
余りの痛さからちゃぶ台に伏してしまうが、霊夢とアリスから俺の事を心配するような言葉は無い。
世間ってのは冷たいなぁ~っと思っていると、何時の間にか傍にきていた上海に同情する様な眼差しを向けられる。
生まれたばかりの人形に同情されるとか、地味にこっちの方が心配されないよりも辛いものがあるな……。