アリスSide
今年は暑かった八月も過ぎ、少しずつ季節が移り始めて少しずつ暑さも和らいできた九月のある日。
今日は魔界からお母さんと夢子が私の家に遊びに来る事になってる。
本当なら上海が出来た時に呼んでいたのだけど、お母さんが〝暑いからいや〟とか言って、あの子のお披露目が今日までずれてしまった。
お母さんの暮らしている魔界に比べれば、確かにコッチは暑いけど……その位我慢してくれても良いじゃない。
私は二人を迎えるための準備をしながら、心の中で思いっきりお母さんへの愚痴を言い続けた。
本人に直接文句を言っても良いんだけど……あの人の事だから軽く無視しそうなのよね。
「まぁ、それは何時もの事だから良いとして……随分と遅いわね」
私は壁に立てかけてある時計を見ながら、お使いから未だに戻らない上海を心配する。
お使いと言っても香霖堂まで買い物を頼んだ程度だし、距離もそんなに離れている訳でもないから直ぐに帰ってくると思ったんだけど……何か遭ったのかしら?
私が暮らしているこの森は、大量に生えている化け物茸の影響で人妖問わず生き物があまり寄り付かない環境だし、あの子が妖怪に襲われたとは考えにくい。
渡したお金を落としたとしても、そうなった場合は直ぐに戻るように言い聞かせてるし……本当に何が遭ったのかしら。
あの子の事が心配になり、森の中を捜しに行こうかと考え始めていたら―――
―コンコン―
「アリスちゃ~ん、遊びに来たわよ~」
―――タイミング悪く、お母さん達が家に到着してしまった。
二人と一緒に帰って来てくれれば良いけど、もしそうでなかったら如何しよう……。
お母さん達を家に残したまま探しに行く訳にもいかないし、なんとか無事に帰って来て欲しいわね。
……でもあの子が心配だし、やっぱり二人を残して探しに行った方が良いのかしら。
―コンコン―
「アリスちゃ~ん、居ないの~?」
「神崎様、お嬢様にも色々と準備があるのですよ」
「む~……。それなら勝手に入るわよ~」
「だぁーッ! 人の家に勝手に入ろうとしないで!!」
上海を捜しに行こうとか考えていたのに、つい何時ものノリで返事をしてしまった。
こうなったら居留守を使うわけにも行かないし、なんとかあの子が無事に戻ってくる事を願うしかないわね。
アリスSide out
リュウSide
未だに残暑が続く今日この頃、俺は溜まっていた道具を香霖堂に売りに来ていた。
一回の売却でどの程度の収入になるかによって、食料がどの位買えるのか変わって来るからある程度は道具を集めてから売りに来ている。
だからと言って、あまり溜め過ぎると霊夢に邪魔だって怒られるし、最近は衣玖さんがゴミと勘違いして捨てようとするから苦労が耐えないんだよ。
……まぁ、実際にゴミも混じってるから衣玖さんが勘違いするのも当然なんだけどな。
「さて、今日はどの位稼げるかなっと」
俺が何時もの様に香霖堂の前に着くと、何故か扉の前でアリスの上海人形が呆然と突っ立ていた。
単独で行動しているところを見ると、この子は前アリスが紹介して来た自動人形の方の上海のようだ。
なんでこんな所に居るのかしらないけど、そんなところで立ってられても邪魔になるんだが……退いて貰うにしても無理矢理は不味いか。
そう考えた俺は、扉の前にいる上海に声を掛けて見る事にした。
「上海、そんな所で何をしてるんだ?」
「ッ?!」
後ろから声を掛けたのが不味かったのか、俺が声を掛けると上海は直ぐ近くの物影に隠れてしまう。
初めて会った時もそうだったが、滅茶苦茶人見知りする子に仕上がってるな……。
いきなり後ろから声を掛けた俺も悪いが、直ぐに物陰に隠れるのは直した方が良いぞ。
「それで、店の前に立って如何したんだ?」
「……………」
俺は物陰に隠れたままの上海に声を掛けると、彼女は店の方を見ながら扉を指差す。
香霖堂に用があるのは分かるんだが、なんで店に入ろうとしなかったんだ? ……もしかして、店の扉が重くて中に入れなかったとか?
なんとなくそう思えた俺は、店の扉の取っ手に手を掛けて上海の為に開けたやった。
扉が開くと上の方についている鈴がカランコロンと音をたてる。
「いらっしゃい。今日は独りかい?」
店の奥のカウンターから霖之助さんが声を掛けてくれるが、俺はそれよりも上海の様子が気に為った。
上海は店に入らない俺を不思議そうにしながら、中に入りたそうにチラチラを店内を見ている。
扉を開けたのに何時までも入ろうとしない上海に業を煮やした俺は、彼女の襟首を掴んで一緒に店の中に入ることにした。
普段と様子の違う俺を不審に思ったのか、店に入ると直ぐに霖之助さんが声を掛けてきた。
「何時もの君らしくないが、如何したんだい?」
「いや、この子が店に入ろうとしなかったので」
「……その人形は?」
「アリスが作った上海人形です」
「ほう…」
俺が霖之助さんにこの子を紹介すると、彼は品定めをするように上海の事をジロジロと見てくる。
彼の能力と商売を考えたら仕方が無いけど、そう言う眼で見られるのはいい気がしないな。
俺は上海の襟首を離してやり、カウンターの前に持って来た大量のガラクタをドカっと置いた。
「それじゃ、今回の鑑定をお願いします」
「ん? あぁ、了解」
ガラクタの鑑定をお願いすると、霖之助さんはカウンターの荷物を持って奥へと引っ込んでいく。
鑑定が終わるまで暇だから、何か暇潰しはないかと店の中を見渡してみると……上海が何かを探すように店の中を物色している。
何を探しているのか分からないけど、あの子の様子がなんとなく気になり、このまま見守る事にした。
店の中をアチコチ飛び回る上海は、食器類が置かれている棚を見つけると其処で止まった。
そして棚に置かれている道具を一段ずつ見ていたが、最後までみて欲しいものが無かったのか直ぐに別の所を探しにいく。
今度はやかんなんかが置かれている棚を見始め、その一段にある縦長のやかんの様なモノを取り出そうとする。
アレは確か……ティーポットとか言う道具で、咲夜の奴が紅茶を入れるのに良く使ってる奴だな。
どうも上海の目当てはアレらしく、小さい身体を使って邪魔に為るほかの道具をせっせと退かす。
なんとか他の道具を退かし終わり、お目当てのポットを棚から取り出したが……上海には重すぎたのか、ポットごと落下しそうになる。
「よっと」
俺は上海が落ちる前に襟首を掴んで助けてやり、なんとか大事にはならずに済んだ。
そのまま安全なところで離した俺は、出しっぱなしに為っている他の道具を片付ける。
幾つかの道具を棚の中に片付けると、何時の間にか上海も出した道具を一緒になって片付け始めた。
何を考えているのかイマイチ分からないが、手伝ってくれているところを見る限りだと、少なくとも嫌われたりはしていないようだ。
俺達が棚から出した道具を片付け終わった頃、霖之助さんが丁度良いタイミングでカウンターに戻って来た。
「リュウ、鑑定終わったよ」
「今回は幾らになりますか?」
「大体5000円って所かな」
「……籠いっぱいに持ってきて5000円は高いとみるか安いとみるか、微妙なところですね」
「常に掘り出し物が見付かる訳じゃないから、そんなもんだと思うよ」
「それもそうですね」
霖之助さんとそんな話をしていると、上海が申し訳無さそうに俺のズボンを引っ張る。
最初は何事かと思ったけど、直ぐ傍に置いてあるティーポットを見て察しが付いた。
俺は上海の代わりに棚から取り出したポットを霖之助さんの前に置いてあげる。
「リュウ、これは君が買うのかい?」
「いえ、上海が買いたいそうです」
「なら人形君はお金を持っているのか? お代は500円になるけど」
霖之助さんが値段を言うと、上海は服にある小さなポケットから、これまた小さなガマ口の財布を取り出し、中から500円硬貨をカウンターに置いた。
「…確かに。それじゃ、今から包むから少し待っててくれ」
そう言うと霖之助さんは置かれたポットを手に取り、下に置いてあった箱の中に入れる。
箱の口には透明なテープが張られ、その状態で少し大きめの紙袋の中に入れられた。
「はい。壊れ易いから気をつけて」
ティーポットの入った紙袋を差し出すと、上海はそれを掴んで浮び上がろうとしたが……やはり力が足りないのか上がる事が出来なかった。
袋の持ち手を持って何度も挑戦するけど、幾ら試してみても結果は同じ。
流石に見るに見かねた俺は、上海を掴んで肩に乗せ、箱の入った紙袋を代わりに持つ事にした。
「その子と一緒に送り届けてあげるのかい?」
「えぇ。……霖之助さんは動く心算はないんでしょ?」
「僕には店番があるからね」
「さいですか」
俺は代金の5000円をポケットに仕舞い、上海を肩に乗せたまま香霖堂を後にする。
乗せたときは嫌がるかと思ったが、上海は俺の肩にチョコンと座って大人しくしてくれてる。
下手に暴れられても困るし、こうして大人しくしてくれるのはありがたいな。
……それにしても、上海ってこんなにも力が弱かったけか?
リュウSide out
アリスSide
上海をお使いに出してから早一時間。いい加減帰って来ても良い頃合なんだけど、あの子の帰宅を知らせるノックはまだない。
お母さん達から落ち着きが無いって何度か言われるけど、上海の身に何か遭ったと考えると落ち着くなんて出来そうにない。
……折角きてもらった二人には悪いけど、此処はあの子を探しに言った方が良いんじゃないかしら。
そんな事を考え始めていると、誰かが玄関のドアをノックして来た。
「あら? お客さんかしら?」
「わたしが見て来ます」
「私が行くから、夢子は大人しくしてて」
席を立とうとした夢子を止めて、私は若干駆け足になって玄関に向かう。
もしかしたら上海が帰ってきたのかもしれない……そんな期待を込めて扉を開けると―――
「よう、お届けモノを持って来たぞ」
―――何故か知らないけどリュウが玄関の前に立っていた。
如何してリュウがウチに来たのか知らないけど、コイツの顔を見た途端、急に肩が重くなった気がした。
私は肩をがっくりを落として深い溜息を吐くと、誰かにケープの裾を引っ張られる。
リュウなら普通に声を掛けるし、一体誰だと思って顔をあげると……直ぐ目の前に上海の姿が眼に入る。
「しゃ、上海?! 貴女、今まで何をしてたの!?」
まさかリュウと一緒に居ると思わなかった私は、この子の姿を見た瞬間、お母さん達が居るのも忘れて大声を出してしまった。
「上海なら香霖堂に入れずに困ってたぞ」
「店に入れなかったって……この子の力は剣や槍を持てるのよ? 扉くらい簡単に開けられるわ」
「そう言われてもな。ティーポットも落としそうになってたぞ」
「そんなまさか……」
彼の言っている事がイマイチ信じられず、私は疑うように一言呟く。
リュウが冗談を言う様な奴じゃないのは知ってるけど、私の作った上海がポット一つ持てないなんて信じられない。
でも、彼の言っている事を信じるなら、この子の帰りが遅かったのも頷ける。
……だとしたら、一体何が原因で力不足に陥ったのかしら?
幾つか思い当たる要因はあるけど、どれもこれも決定的な確証がないからなんとも言えないわね。
「……まぁ、何にしても上海が無事に帰って来てよかった」
「そっか。……それじゃ、はいコレ」
リュウは手に持っていた紙袋を無造作に渡して来た。
「ん? 何かしら?」
「何って……上海に頼んでたポットだけど」
「……この子の事が気掛かりで、すっかり忘れてたわ」
「おいおい」
私はリュウから袋を受け取って、中に入っている箱の中身を確認する。
中に入っていたポットは、厳密に言うと私が欲しかったタイプじゃないんだけど……コレはコレで使えるし、とりあえず良しとしましょう。
「ありがとね、リュウ。今回は色々と助かったわ」
「気にするなって。…それじゃ、俺はもう帰るから」
「えぇ、気をつけてね」
「……サヨウ…ナラ……」
「またな」
そう言ってリュウは来た道を帰っていくけど……最後の〝サヨナラ〟って一体誰が言ったの?
此処に居たのは私とリュウと上海だけの筈なのに、本当に誰が言ったのかしら?
「……もしかして上海?」
「…?」
私はなんとなくこの子を見てみるが、普段と何ら変わらず無表情のまま。
この上海を作ってから一月近く経ったけど、この子が喋った事なんて一度もない。
今のタイミングで言葉が喋れるように為るとは思えないし、きっと幻聴か何かよね。
そう思う事にした私は、帰って来たこの子を連れてお母さん達の下に戻る事にした。
アリスSide out