竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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第六十二話 アリスの人形工房

 

十月に入り秋も深まってきた今日この頃、俺は家の縁側で叢雲と愛刀の二つの手入れをしていた。

愛刀を創った龍神の話だと、二つとも緋々色金(ヒヒイロカネ)とか言う、途轍もなく頑丈な金属で出来ているらしいが……それと手入れしないのとは話が違う。

どんなに刀身が頑丈に出来ていても、使っていけば土汚れや埃なんかで汚れてきたりもする。

それに俺の為に創ってくれた剣を手入れもせず放置するなんて、一人の剣士としてとても出来る様な事じゃない。

……まぁ、埃なんて滅多に付着する事はないし、折角の貰い物を汚したままにしておくのも気分が悪いだけだがな。

 

「こんな所…かな」

 

刀身に塗った油のチェックし、薄くムラなく塗れたことを確認した俺は、分解していた刀身と柄を元通り組み合わせた。

組み上がった剣を太陽の光に翳してみると、鉄が光を反射してギラリと輝いたように見える。

特別おかしな箇所も見付からないし、後は軽く素振りでもして感触でも確かめれば良いかな。

俺は刀身を見ながらそんな事を考えていると―――

 

「ちょっとリュウ。眩しいんだけど」

「あ、悪い」

 

―――刀身が反射した光が眩しいと、居間で読書をしている霊夢に怒られてしまった。

俺は直ぐに剣を鞘に仕舞うと、霊夢はまた本に眼を落とし、読書の続きを始める。

読書と言ってもこの間買った本に眼を通しているだけだから、一般的な読書とはまた違う様な気がするな。

そんな事を思いながら俺は、手入れをした二つの剣を持って素振りでもしようと立ち上がると、境内の方から裏庭にアリスがやって来るのが見えた。

また上海に幻想郷を教える為に連れて来たのかと思ったら、意外にも今回は彼女一人で上海の姿は何処にも見えなかった。

 

「いらっしゃい、アリス。今日は一人か?」

「えぇ。今日はリュウに相談したい事があって」

「別に良いけど珍しいな。今回はなんの相談だ?」

「此処だと説明しづらいから、ウチに来て欲しいのだけど良いかしら?」

「アリスの家か……」

 

アリスの家に招待された俺は、何か予定が入ってないか思い返してみる。

……思い返してみるが今日は特に予定もなく、彼女が来なかったら素振りでもして、その後に昼寝でもしようかと思ってたくらいだ。

特に用事も思い当たらないし、俺に相談があるってとこを考えると、十中八九あの自立型上海に関しての事だろう。

素振りくらいなら何時でも出来る事だし、昼寝をするならアリスの相談に乗った方が有意義かな。

そう考えた俺は、アリスに了承する前に霊夢に一言掛けておく事にした。

 

「霊夢、ちょっとアリスの家に行ってくるわ」

「別に良いけど、夕食前には帰ってきなさいよ」

「分かってる。……それじゃ、行くか」

「悪いわね」

「気にすんなって」

 

アリスにそう告げた俺は、彼女と一緒に『魔法の森』に向かって飛んでいくことにした。

此処から森の中にあるアリスの家まで……一時間もあれば辿り着けるか。

そんな事を考えながら神社を後にすると、隣りにいるアリスに声を掛けられた。

 

「ところで、リュウ。霊夢は一体なんの本を読んでいたの?」

「料理本。多分、夕食の献立でも考えてたんじゃないのか」

「……彼女がそう言う本を読むなんて、何か意外ね」

「最近はちょくちょく読んでるけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

アリスと他愛のない話しをしながら空を飛んでいると、漸く目的のアリスの家に辿り着いた。

森の中は茸の胞子で若干呼吸がし辛いけど、コレと言って身体に害はないみたいだし、気にしないでおこう。

 

「それじゃ入って」

「お邪魔しま~す」

 

俺はアリスに誘われるままに彼女の家の中に入る。此処に来るのは二度目だが、実際に中に入るのは今回が初めてだ。

普段暮らしている神社の母屋とは家の作りが違うから、どんなモノかと思っていたら……前の世界でも見た事のある作りだった。

確か……仲間の故郷の『ウィンディア』にある民家がこんな感じの作りだったか。

家のアチコチに置かれている人形は別にしても、建物の作り自体はあの街で見た家々に本当に良く似ている。

そう考えると、一緒に旅をした皆の事を思い出して、つい感傷に浸ってしまう。

まだこの世界に来て二年も経ってないのに、こんな風に思い出してしまうなんて……それだけ、この幻想郷での生活が向こうよりも濃いって事なのかな。

 

「……………」

「…? リュウ、如何かしたの?」

「……えっ?」

「えっ…じゃないわよ。私の家に上がるなり、何かを懐かしむ様に中を見てたでしょ」

「あぁ…ちょっとな」

「別に良いけど、あまりジロジロと見ないで欲しいわね」

「すまん」

 

俺は彼女に一言謝罪した後、アリスの案内で家の隣りにくっ付いている塔の上へと続く階段を上がる。

階段を上がる途中で俺を呼んだ理由を聞いてみると、やっぱり自立型上海の事で相談があるようだ。

なんでもアリスの話だと、この間の上海のパワー不足の原因が分かったから、それの相談に乗って欲しいとか。

只のパワー不足なら、素体に使っている人形を弄れば良いだけだと思うんだが…………如何やらそうする心算はないらしい。

 

「人形自体を弄ったほうが速いと思うぞ」

「そんな事をしたら上海に組み込んでる術式が崩壊するわ。……私はあの子を壊す様な事はしたくないの」

「まぁ、気持ちは分からなくも無いが……」

「分かってくれるならちゃんと考えて」

 

一番手っ取り早い方法だと思うんだが、アリスはお気に召さなかったらしい。

まぁ、あの上海はアリスにとって、自分の夢を実現させる為の大切な人形だ。変なところを弄って壊したくないと思うのは当然だろうな。

そんな事を考えながら塔を昇り切ると、アリスの作業場と思われる部屋に辿り着いた。

部屋の本棚には魔導書か、或いは人形のレシピと思われる本がギッシリと仕舞われていて、中央にある作業台には人形を作るための小道具なんかが置かれている。

そんな作業台の真ん中には、魔法陣が描かれた紙が置いてあり、その上に例の上海人形が眠っているように横たわっていた。

パッと見ただけじゃ何をしてるのか分からないが、恐らくは上海を調整するための準備をしてたんだろうな。

 

「そういや、結局は何が原因でパワー不足になったんだ?」

「大した問題じゃないわ。只の魔力不足だから」

「……アリスって意外と魔力が低いのか」

「違うわよ」

 

ちょっとしたボケの心算で言ってみたら、物凄い剣幕で怒られてしまった。

別にウケると思ってなかったけど、そんな恐い顔で睨まなくても良いじゃないか……。

 

「……如何やらこの子は、私からある程度離れてしまうと魔力が受給出来なくなって、性能が落ちるらしいのよ」

「それって、魔力を送る側にも問題があるんじゃないのか?」

「私もそう思って調べたわ。……でも、私自身にはコレと言った問題は見付からなかったの」

「と言う事は……上海に組み込んだ術式に問題ありか。恐らく、魔力を受け取る仕組みのツメが甘かったんだろ」

「恐らくはね。本当に話が早くて助かるわ」

 

俺が欠陥を指摘してもアリスは怒る事はなく、術式の欠陥を認めて小さな溜息を吐いた。

大概の術者はこういう指摘を否定するものだと思ってけど、全員がそう言う訳でもないんだな。

(フォウル)に仕えていた術者達を思い出したが、上海の問題とは全く関係のない事なので頭の片隅に追いやっておこう。

 

「上海の術式に問題があるとなると、やっぱり式を弄ったほうが速いと思うぞ」

「この子を構成している術式は絶妙なバランスで成り立っているのよ。それを弄ったりしたら、今いる上海が消滅してしまうわ」

「……まぁそうだろうけどな。ようは俺に術式を弄らずに、魔力の受給率を上げるアイディアの相談がしたいと?」

「えぇ」

「……………」

 

あっさりと難題を突き付けてくるアリスに軽い頭痛を覚えつつ、俺は腕を組んで何か良い案はないかと思案することにした。

……正直な話、術式をまったく弄らずに魔力の受給率を上げるのは無理だと思う。

上海がどんな仕組みで動いているのか大体は把握してるけど、その構成上どう考えても式を弄るしか方法は無い。

魔力を受け取るアイテムを創って、それを上海に身に着けるとしても身体を動かす術式に干渉する。

アリスもその事は分かっているだろうけど、彼女の言っている事は無理難題以外のなにものでも無い。

……とは言っても、アリスが言っているように下手に弄ったら術式が崩壊するし、如何したもんかな。

 

「……………」

「やっぱり貴方でも難しい問題かしら?」

「……全く弄らずってのはな。やっぱり術式に干渉する方向で考えたほうが良いぞ」

「そんな事をしたら上海が壊れるって貴方も認めたじゃないの」

「嗚呼。…だから、今在る術式は弄らずに新たな術式を書き上げる」

「……如何言う事?」

 

アリスは怪訝そうに聞いて来るが、俺も今思いついたから上手く説明出来るか不安だったりする。

まぁ、ちゃんと説明出来なくてもソレを元に、アリスが別の方法を思いつくかも知れないし、話すだけ話すとするか。

 

「つまりだ、今在る式の外側に別の魔法陣を描いて干渉させ、魔力受給率を上げれば良いんだ。術式を弄るのは新たに描いた奴を干渉させる時だけで済む」

「……確かに後述詠唱で精度を上げる魔法もあるけど、それとこれとは話が違ってくるわ」

「う~ん……其処の発想がちょいと違うかな」

「違う?」

「新たに書き加えるのは、飽く迄も今在る術式の延長。今の上海に必要なのは魔力受給の改善だから、其処の部分を補う魔法陣さえ描ければそれで良い」

「……………」

「それにこの方法が完成すれば、上海に新たな術式を描き加えて性能の強化も可能だ。……もっとも、人形って事を考えると複雑に描き過ぎたら身体がもたないと思うがな」

「……………」

 

俺が彼女の返答を待っていると、アリスは自分の顎に手を当てて何かを考え込み始めた。

アリスも俺に相談する前に、今の術式に干渉させる方法は思い付いたと思うが……最初から魔法陣に組み込む事を前提とした魔法陣の発想は無かったのか。

霊夢の『二重結界』だって内側と外側で別の役割を持たせてるんだし、魔法陣にだって同じ様なことが可能だと思うんだがな……。

そんな事を考えながら彼女の返事を待っていると、アリスは顎から手を離して漸く返答をくれた。

 

「……正直なところ、絵空事にしか聞こえないわ」

「確かにそうかもしれないが、絶対に不可能だって方法でもないと思うぞ」

「そうね。私も前に紅魔館の図書館で二重魔法陣に付いての記述を読んだし、不可能だとは思わないわ」

「それじゃあ―――」

「えぇ、貴方のアイディアを使わせて貰うわ。……それに、私はもう手詰まりで困ってたからリュウに相談したんだしね」

「そっか……頑張れよ、アリス」

「其処は〝俺も手伝う〟って言う所だろ思うけど?」

「人形制作の口出しは出来るけど、魔法陣は専門外だから無理だぞ」

「……そう言えば、私と貴方じゃ使ってる術式が違い過ぎるんだったわね。すっかり忘れてたわ」

 

アリスが俺の魔法の事を思い出して独りで納得していると、玄関の方から誰かがドアをノックする音が聞こえてきた。

一体誰だろうと近くにある窓から外を見てみると、玄関の所に箒を担いだ魔理沙が独りで立っているのが眼に入る。

その姿を確認したアリスは、窓から顔を出して下にいる魔理沙に声を掛けた。

 

「何の用よ魔理沙」

「おうアリス! 悪いんだけど紅茶の茶葉を分けてくれねぇか?」

「紅茶なら紅魔館に行きなさいよ。私の家よりも種類が豊富よ」

「あそこがわたしに茶葉を分けてくれる訳ないだろ」

「……笑いながら言う事じゃないでしょう」

 

アリスは魔理沙の言い分に呆れて肩を落とすが、俺は心の中で〝自業自得だろ〟って思ってしまう。

窓から顔を引っ込めたアリスは、溜息を吐きながら魔理沙の所に向かうために階段へと近付いていく。

 

「私は魔理沙に茶葉を渡してくるから、貴方は其処で大人しくしてて」

「分かった」

 

俺が返事をすると、アリスはそのまま階段を降りて下へ向かった。

少しすると下から二人の話し声が聞こえてくるが、魔理沙の事だから直ぐに帰る事はないだろう。

アリスが帰ってくる前に、俺は今狸寝入りしている子の話を聞いておくとしよう。

 

「……ところで上海は、何時まで其処で寝てる心算だ」

「気付イテイタノ?」

「なんとなくだけどな」

 

俺がそう言うと、上海は眠っていた身体を起こし、此方を見てくる。

前に会った時は少ししか喋れなかったが、今は大分成長したのか片言だけど話せる様になったみたいだ。

最後にあったのが一月前だから、それから考えると大した成長速度だな。……これも偏にアリスの頑張りの成果ってわけか。

 

「それで、さっきから俺達の様子を窺ってたけど……何か用か?」

「マスターハ、ワタシノ事ヲ如何スル心算ナノ?」

「……はい?」

 

上海は無機質な表情のまま、アリスが如何して自分を調べるのか尋ねてきた。

正直な話、いきなりそんな事を聞かれても俺も困るんだが……なんでこんな事を俺に聞くんだ? もしかして、アリスの奴上海に事情を説明してないのか?

 

「最近ハズットワタシノ事ヲ調ベテイル。如何シテソンナ事ヲスルノ?」

「……そりゃ上海の事が心配だからだろ」

「心配?」

「あぁ。今のまま放置してたら上海の身に何か起こってしまうかも知れない。だからそうなる前に、原因を解明して改善しようとしてるんだよ」

「何デソンナ事ヲスルノ?」

「それは勿論、上海が大切だからだ」

「大切……」

「嗚呼。……そうでなかったら、こんなにも頑張らないだろうしな」

「……良ク分カラナイ」

「分からないのならコレから分かれば良いさ」

「……………」

 

俺がそう言うと、起きているのが疲れたのか上海は横になってまた眠りに付いた。

人見知りの上海が何かを知ろうとするのは良い傾向だと思うが、今回の事はちゃんと説明してやるべきだったと思うけどな。

……流石にそれは無いと思うが、アリスの奴上海が喋れるのを知らないんじゃないだろうな。

それだったら事情を説明していないのも納得出来るが、自分が作った人形の成長具合くらいちゃんと調べているだろ。

自分の中でそう考えて疑問を振り払うと、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。

一体誰が上がってくるのか気になり、音がする階段の方を注目していると―――

 

「おっいたいた。リュウ、わたし達と一緒にお茶でも飲まないか?」

「……なんだ、魔理沙か」

「だからそう言う反応は止めろって」

 

―――階段を上がってこの部屋にやって来たのは魔理沙だけだった。

お茶でもしないかと誘いに来たってことは、アリスは下で茶会の準備中って所か。

アリスの事だからきっと紅茶だと思うけど……偶には何時もと違う茶を飲むのも良いかもな。

 

「ほら、早く行くぞリュウ」

「分かったから急かすなって」

 

急かして来る魔理沙を適当にあしらいつつ、俺達は下に居るアリスの元へと向かった。

上海が喋れる事については今は触れないで置くとするか。

今この事を伝えたら、変なところで二の足を踏んで作業が先に進まなさそうだしな。

 

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