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「あ、あのさ…リュウ。ちょっと頼みがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「え、えっと……」
木々についていた枯れ落ち、山の景色も寂しくなり始めた十一月。
神社の倉庫から冬対策の防寒具を取り出していたら、突然霊夢から頼み事を頼まれた。
両手をモジモジさせて少し落ち着きがないように見えるが、正直なところコレでもまだマシになったほうだ。
霊夢は猫の変わった一件で、俺の本音を聞いてしまい、顔を合わせる度に真っ赤にして逃げ出されてたからな。
なんで逃げるのかイマイチ理解できなかったが、霊夢もこのままではいけないと思ったのか、今ではこうして話が出来るくらいにまで回復した。
……それでもまだ恥かしそうにしてるけど、この調子ならその内何時もの霊夢に戻ってくれるだろ。
「それで頼みってのはなんだ」
「……リュウは肉料理って嫌い?」
「いや好きだけど……今晩の夕食か?」
「その心算なんだけど、ちょっとお肉がなくて」
「なら今から買いに行くか」
「……お金あるの?」
「……ないな」
此処まで来て漸く霊夢が何を頼みたいのか理解する事が出来た。
要するに、今晩の夕食に肉料理を出したいが、お金が無いから今から動物を狩って来て欲しいんだな。
前の道具蒐集で得たお金は、野菜やら調味料やら米なんかを買ったら直ぐになくなるし、年末の準備の為に貯蓄は残しておかないといけないだったか。
「もうお昼回ってるけど、今から狩りに行ってくれないかしら?」
「別に良いけど、狩る動物はなんでも良いのか」
「本には牛か豚って書いてあったけど……この際だから贅沢は言わないわ」
「なら夕方までには戻る。留守番よろしくな、霊夢」
「えぇ。……気をつけてね、リュウ」
「おう」
留守を霊夢に頼んだ俺は、部屋に置いてある二つの剣を手にして、湖周辺から動物を探すことにした。
あそこは『妖怪の山』に近いから、たまに猪や狼なんかの姿を見かけることがある。
狼があそこに現われるって事は、猪以外の動物も生息してるだろうし、そいつ等を見つけて狩るとしるかな。
………
……
…
そんなこんなで『霧の湖』近くにある森へとやってきた。
地面には枯葉が沢山落ちていて、俺が歩くたびにクシャっクシャって音が足元から聞こえてくる。
足元の音を楽しみながら森の中を散策していると、前方に十数頭ほど居る鹿の群れの姿を見つけた。
俺は直ぐに木の陰に隠れて、自分と鹿の群れとの距離を目測で測る。
此処から鹿たちまでの距離は……大よそ20mはあるが、コッチはちょうど風下に居るお陰で、奴等に気取られる心配もない。
「……よし、やるか」
鹿たちとの距離を測った俺は、愛刀の鞘を握り締め、何時でも駆け出せるように体勢を整える。
のんびりと木の皮を毟り、こっちに気付く気配のない鹿へと向かって駆け出そうとしたその時、突如として発生した真っ暗な闇に飲み込まれ、視界が利かなくなってしまった。
確かに正午は既に回っていたが、夜に為るまでにはまだ時間があるし、この暗闇は幾らなんでも不自然すぎる。
何処に何があるのか分からない暗闇の中、俺はジッと動かず、この闇の正体を見定めようとする。
視界を黒一色に覆われて眼が殆ど機能しないけど、何者かが近付いてくる気配だけは、はっきりと分かった。
俺はその気配を頼りに、近付いてくる奴にタイミングを合わせて愛刀を抜き、思いっきり力を込めてそいつを斬り飛ばす!
「うぎゃッ!?」
「……うぎゃ?」
何かを吹き飛ばした手応えはあるが、聞こえてきた声は何処となくマヌケな印象を受けた。
人間の子供がこんな所に来るわけないし、妖精か妖怪なのは間違いないが……コッチのやる気がそがれる様な声だったな。
そんな事を考えていると、周囲を覆っていた暗闇が綺麗に消え去った代わりに、俺の目の前には黒い服に金髪に赤いリボンを着けた子供が倒れていた。
前にも何処かで見たような気がするけど……何処で見かけたのかイマイチ思い出せないな。
俺は頭を捻り、忘却の彼方に消えた記憶を掘り起こそうとすると、目の前に居る女の子が起き上がった。
「う~痛いのだ~……」
「あ、悪い。でも、いきなり襲ってくる君も悪いと思うぞ」
「お腹が減ってたからつい」
「ついで襲うんじゃない」
「へぅ……」
女の子は俺に怒られてションボリしするが、此処でちゃんと言っておかないと出会う度に襲われてしまいそうだ。
そんな事を考えながら鹿たちが居た方に眼をやると、案の定今の騒ぎの所為で逃げられたらしく、さっきまで居た場所に群れの姿はなかった。
なんとなく予想は出来ていたとは言え、折角の獲物に逃げられたというのは流石にショックだ。
新しい得物を探さないと……って思うものの、チャンスを棒に振ったことから溜息が零れてしまう。
「はぁ……。速いとこ次のを探さないとな」
「何を探しているの?」
「夕食で食べる動物だよ」
「わたしも食べたい」
「だったら鹿か猪でも探してくれ」
「猪だったらアッチにいるよ」
「……へっ?」
自分でもマヌケだと思うような声を出しながらも、俺は少女が指を指すほうに眼を向ける。
ソッチの方向には葉の落ちた木々が生えているだけで、この子が言うに猪の姿は何処にも見当たらなかった。
もしかしたら嘘を吐いているかもしれないが、簡単に嘘を吐く様な子には如何しても見えない。
本当の事を言っているとしても、猪の姿が見えないんじゃ素直に信じるのもちょっとな……。
「……一つ聞くけど、本当にアッチの方向にいるのか?」
「うん」
「……………」
俺の質問に満面の笑みで答える少女を見ると、何故だが申し訳ない気持ちで一杯になってくる。
此処は一つ、この子の言葉を信じて、指差した方向に向かってみるとするか。
居なかったらいなかったで別の得物を探せば良いんだし、宛もなく森を彷徨うよりはずっとマシだろ。
そう判断した俺は剣を鞘に仕舞い、少女が指を指した方に向かって歩き始める。
何故か少女も浮びながら一緒についてくるが、お腹がすいたと言っていたし、俺と一緒に来て肉を分けてもらおうって考えなのかな。
そんな事を思いながら少女と二人、歩く事約……十五分くらいか。
俺達の進行方向の先には、枯れた木々の間に隠れてはいるが確かに大きな猪の姿があった。
大きさは……大体五mくらいはありそうなだ。此処最近で見たサイズなら一番の大きさかもな。
「何を食べたらあんなにデカく育つのやら……」
「アレは食べても良いの?」
「欲しいのは二人分の肉だからな。必要な量を取ったら、残りはあげるよ」
「おぉー、それなら頑張る」
肉を食べられると聞いてやる気を出したのか、少女は闇を纏って猪へと近付いていこうとする。
だが闇を纏った少女は、この森の中ではあまりにも異様な光景で、これでは直ぐに猪にバレてしまう。
折角見つけた大型の猪を逃がす訳にもいかないので、俺は闇に包まれている少女の首根っこをなんとか掴んで、見付からないように木の陰の中に隠れた。
「なんで止めるのさぁー」
「あのまま行ったらバレるからに決まってるだろ」
「わたしは何時もこの方法だよ」
「……それで成功した回数は?」
「えっとねぇ……」
自信のある方法なのかと思いきや、少女は昔を思い出しながら指折り数え始める。
その姿を見た俺は、なんとなく成功数を察してしまい、回数を数える少女の手を止めてしまった。
「どうかした?」
「やっぱり教えなくて良いから。それよりも、あの猪だけを覆うように闇を展開出来るか?」
「…? てんかいってどう言う意味?」
「……あの猪の周りを闇で覆えるか」
「うん、出来るよー」
「なら、早速頼む」
「わかったー」
俺が頼むと少女は言われた通りに猪の周りを闇で覆い隠した。
闇の中から驚いた様な鳴き声が聞こえてくるが、その中から猪が出てくると言う事はなかった。
恐らく、あまりにも突然の出来事に驚いて、自分の周囲を見回して警戒でもしているのだろう。
まぁなんにせよ、あそこから動かないで居てくれるのなら、こっちの思惑通りなんだけどな。
闇に覆われた事を確認した俺は、木の陰から出て愛刀を鞘から抜いて剣に力を込める。
力を込めると、刀身からは何時もの様に鈍い光が放たれ始めた。
俺はその状態のまま剣を闇に向かって振り下ろし、普段よりも大き目の斬撃を飛ばして中にいる猪を斬り付けた。
斬撃を飲み込んだ闇の中からは、猪の悲鳴が聞こえてきてソレが森中に響き渡った。
………
……
…
仕留めた猪の血抜きを済ませ、必要な分の肉を切り出した俺は、約束どおり少女に余った肉をあげる事にした。
少女は余程お腹をすかせていたのか、すぐさま猪に飛びつき、夢中になって食べ始める。
その時の様子は…………うん、忘却の彼方においやって、直ぐにでも忘れたいと思う。
俺みたいに切り出して食べるのかと思ったけど、流石にあの光景はちょっとな……。
「あーお腹いっぱーい」
「そ、そうか…良かったな」
「うん。お兄さんありがとー」
「どういたしまして……」
お腹が膨れてご満悦の少女と比べて、俺はさっきの食事風景の所為で少し具合が悪い。
別に危険な状態って訳でもないが、肉を切り出したら直ぐに帰ればよかったと後悔してる。
「お腹一杯になったし、わたしはもう行くねー」
「ああ。あまり人間を襲うんじゃないぞ」
「わたし妖怪だからソレは無理。……でも、お兄さんは良い人だから襲わないであげる」
「……まぁ、それでも良いか。兎に角、気をつけてな」
「じゃあねー」
少女はそう言うと、自分を闇で包み込んで何処かへと飛んでいってしまう。
森の中で共に行動していたけど、凄い能力を持っている割に大して恐くない妖怪に感じたな。
あの性格の所為なのか、変な感じがするリボンの所為か知らないけど、能力が覚醒したらそこらの妖怪よりも強く為りそうだ。
彼女の後姿を見てそう思いつつも、俺は今晩の夕食をちゃんと食べられるのかと、不安を募らせるのであった。