輝夜と永琳に相談……と言う名の説教から逃げてきた俺は、知り合いの妖精が住んでいる『霧の湖』を目指して空を飛んでいた。
永琳から情報を得られたものの、今回の異変を解決するにはまだ足りない。
彼女からはアレ以上の事は知らないみたいだし、アチコチで騒いでいる妖精から何か聞ければ良いんだが……。
そんな事を考えながら飛んでいると、前方から白い服に白い帽子を被った妖精が、誰に言う訳でもなく何かを呼びかけながら飛んで来た。
誰に言っているのか知らないけど、ちゃんと前も見ないで飛ぶのは危険だな。……近付いたら注意してやるか。
「春ですよー。春なんですよー」
「其処の妖精、ちゃんと前を見ながら飛ばないと危ないぞ」
「ご忠告どうもですー……って、お兄さんはあの時の人!」
「……何処かであったけか?」
俺の顔を見た白い妖精は、如何やらコッチの事を知っているらしく、目を見開いた驚きを顕わにした。
一方で俺は、この子の事をイマイチ覚えておらず、一体何処の誰なのか分からず首を傾げる。
その様子を見た妖精は、少し残念そうな顔をするが直ぐに持ち直し、満面の笑みを浮かべて頭を下げてきた。
「『春雪異変』の時はお世話に為りましたー。お陰で役目を果せずに夏を迎えるところでしたー」
「……あの異変の時? …………もしかして、あの時の春を告げる妖精か?」
「はいですー。名前は『リリーホワイト』って言いますー、覚えておいて下さいねー」
「俺の名前は『リュウ』だ。大体…一年ぶりなるのか」
「はいー。…それにしても、そのまんまの名前なんですねー」
「……君は俺の存在が何なのか分かるのか?」
「分かりますよー。〝龍〟は妖怪よりも妖精や精霊に近い存在ですからー」
「……そっか」
俺は彼女の話を聞いて、なんとなく前の世界で会った妖精達の事を思い出していた。
あの子達も俺を〝竜の人〟だなんて呼んでいたっけか。
アレは片目が『竜眼』だったからかもしれないが、今はあの頃よりも純粋な竜に近い存在だからな。眼の事を話さなくても、妖精には俺が人じゃないって分かるのかもしれないな。
「……………」
「如何かしたんですかー?」
「……いや、なんでもないよ。それよりも、今起こっている異変に付いて何か知らないか?」
「花が勝手に咲いてる異変ですかー? 季節を告げる妖精としては困りますけど、色鮮やかで楽しいですよねー」
「た、楽しいって……。俺はこの異変を解決したくて動いてるんだが……」
「リリーは何も知りませんよー? 気が付いたら花が咲いてたんですからー」
「気が付いたら? 誰かが何かした痕跡も無くか?」
「はいー」
妖精に気付かれる事無く花を咲かせるっか。
皆が寝静まってる夜遅くにするってのなら兎も角、一夜にして幻想郷中の花を一斉に咲かせるってのは無理だよな。
力のある妖怪なら出来るかもしれないけど、そんな事をする意味なんてあるとは思えないし、そこら中に漂っている人魂の意味が分からない。
人魂と花の異変は別々に考えるべきかもしれないが、全くの同時期に現われた事を考えると何らかの関係があるのかもしれない。
魂と花なんて余り縁が無いように思えるけど、意外なところで繋がっている……わけないか。
幾らなんでもこの二つに隠された関係が有るってのは考えにくいし、やっぱり花か人魂の原因が有ると考えるべきだろう。
人魂に関しては亡霊姫が何か知ってそうだが、花に詳しそうな奴ってのも余り心当たりが無いな。
人間でこの異変について知っている奴が居るとは思えないし、聞きに行くのなら妖怪の方が良いんだけど……そんな奴居るのか?
幾ら考えても思い当たらない俺は、思い切ってリリーホワイトに聞いてみようとしたその時、複数の氷のつぶてがそれなりの速度で飛んでくるのが視界の隅に映った。
つぶてが飛んで来るのを認識した俺は反射的に剣を抜き、飛来してくる氷のつぶてを次々と斬り捨てた。
氷は全て俺に狙いを定めていた事から、標的はあくまでも俺であって傍にいるリリーは関係無いみたいだ。
……だからと言って、周りに人が居るのもお構い無しに攻撃してくるのは如何かと思うがな。
「ったく、人が話してる最中だってのに何するんだよ氷精」
俺は愛刀の峰の部分を肩に乗せながら、氷が飛んで来た方にいる妖精を睨む。
氷精は俺の睨みに畏れる事無く胸を張り、声高々にいきなり名乗りを上げてきた。
「やぁやぁアタイこそは、さいきょうの妖精『チルノ』! 今日こそはアタイのかれいな技でお前をうち取ってくれる!!」
「……アイツ、変な物でも食ったのか?」
「あの子は昔からあんなんですよー。全く学習しませんよねー」
「い、意外と辛辣な事を言うな」
「そうでもないですよー」
「それにしても、氷精の奴いつもとテンションが違うが如何したんだ?」
「きっと今回の異変で浮かれてるんですよー。あの子は他の子よりも頭が悪いですから、おかしな方向に突っ走ってますねー」
「……………」
若干黒いものを感じるリリーから引きつつ、何時なにが来ても良いように剣を握っておく。
氷精は攻撃の準備なのか、自分の周りに幾つもの氷柱を作って、空中に待機させ始める。
……空中にある氷柱の数は、全部で20と言ったところだろうか。
あの程度の数なら、全部の氷柱を一斉に放たれたとしても、難なく防ぎきる事が出来るな。
「チルノちゃん、こんな事やめようよ~。チルノちゃんじゃリュウさんに勝てないって」
「大ちゃん……。アタイはそのまちがった考えを正すために戦うんだ。大丈夫、アタイは負けないから」
「チルノちゃ~ん……」
「あれが死亡フラグって言う奴ですねー。分かりますー」
「……なんなんだろう、この空気」
大ちゃんが氷精を止めに来たのは良いが、聞こえてくる会話の所為で緊張感がなくなってくるな。
弾幕ごっこは遊びの様なものだし、別になくなっても困るわけじゃないけど……遊びでも緊張感は欲しいよな。
「やれやれ。…リリーホワイトは危ないから下がっててくれ、巻き込まれるぞ」
「分かりましたー、頑張って下さいねー」
「さぁ行くぞへんなの! 今日こそお前に勝って、アタイはさいきょうの座を取り戻す!!」
「……(コレは俺のやる気を削ぐのも作戦なんだろうか?)」
俺のやる気が削がれた所に、氷精は待機させておいた氷柱を打ち込んできた。
氷柱は真っ直ぐに飛んでくるが、ただ飛んでくるだけで何の仕掛けも施されていない。
この程度なら態々斬り捨てる必要もないと踏んだ俺は、飛んでくる全ての氷柱の間を通り抜け、あの子に向かって斬撃形の弾を飛ばした。
氷精は斬撃を防ごうと、幾つもの氷柱を飛ばし始めるけど、俺の弾はその程度物ともせず突き進んでいく。
あと少しで一撃叩き込めると言う所で、氷精は斬撃の上を飛び越え、俺の一撃を避けてみせた。
「へっへ~ん、どんなもんだ!」
「やっぱり躱されたか」
一撃で決まるとは思っていなかったから、あの氷精に躱されても特に驚きは無かった。
地上とは違って空中は、三次元の空間を使っての戦いになるから、回避スペースは多く取れる。
幾ら相手の弾幕を斬れても、一発一発しか放てない斬撃じゃあ如何しても手数が足りなくなる。
その手数を補うのが霊夢の役目になってたんだが、アイツと別れる原因を作ったのは俺なんだよな……。
「はぁ~……」
「なんでため息を付いてるのかしらないけど、アタイはどんどん行くよ!!」
宣言通りに氷精は新しく作った氷を弾にして次々と放ってくる。
俺は迫って来る弾を剣で斬りつつ、なんとかあの氷精に近づくタイミングを窺う。
手数が足りないのなら、間合いを詰めて強力な一撃を叩き込めば良いんだが……話は簡単にはいかなそうだ。
「まだまだ行くよ!」
「チッ」
氷精は俺がタイミングを窺っているのを分かっているのか、俺が近付けないように弾幕を厚くして応戦してくる。
弾幕が厚いと言っても、剣で捌き切れないほどの量でもなく、この程度なら後数時間は戦えそうだ。
……とは言え、何時までもあの子と遊んでいるわけにも行かないし、早々にケリを付けたいんだが……決め手を放てる距離に辿り着けない。
要するに、お互いに決めても無く、こう着状態に入ったのと同じってわけだ。
既に斬った氷の数も50を超えるが、向こうは手を緩める気配も無い。
頭の片隅では、別に負けても良いんじゃないなのかと考える自分がいるが、わざと負けるというのもなんか癪だな。
俺は迫り来る氷を斬り裂きながら、斬撃を飛ばして突破口を開こうとするけど、氷精に簡単に避けられ、出来た道は直ぐに氷で埋め尽くされる。
氷を斬り裂いて、少しずつ前に進んでいくけど、ある程度進んだろところで手数が足りなくなって前にいけなくなる。
スペカ使って道を切り開くって手段も残ってるけど、慌てて出て来たからあんまり持って来てないんだよな。
「……さて、如何したもんかな」
俺は氷を斬ったり躱したりしながら、この状況を打破する方法を模索し始める。
特大の斬撃を飛ばす……と言っても、結果は大差ないだろうから使えないな。
斬撃の檻でも作って封殺……ってのは駄目か、アレはスペカにしてないから今の戦いじゃ使えない。
後は単純に手数を増やす方法だが、手段はあってもカード持って来てたか分からないんだよなぁ……。
こんな事なら、輝夜の所でちゃんとスペカを確認してから屋敷を出ればよかった。
そう後悔をしながらも、一旦氷精を距離をとり、ポケットに入っているカードを確認する。
隠さずにスペカを確認していたから、氷精に俺がカードを取り出そうとしてる所を目撃された。
「スペカ宣言なんてさせない! くらえ、凍符『コールドディヴィ二ティー』!」
氷精が先にカードを宣言すると、放たれる氷柱の大きさが今までの二倍以上になった。
氷柱の大きさが変わったじゃなく、一緒に小さな氷のつぶても飛んでくる様になり、弾幕の厚さが一層増してしまった。
別に防ぎ切れないって訳じゃないけど、剣一本で防ぎ続けるのは少々面倒に為ってくる。
この状況をなんとかする為に、俺は飛んでくる氷柱を避け、迫り来る氷のつぶてを切り裂きながら、目的のカードを探し続ける。
「……見つけた!」
「な、なによ?」
「悪いな氷精、これで終いにさせてもらう! 剣舞『双刃乱舞』!」
俺は取り出したカードを宣言して、左手の中に天叢雲剣を呼び出す。
二つの剣を握り締めた俺は、それぞれの剣に力を込めて光の刃を形成した。
その状態のまま、愛刀を力いっぱい剣を振るい、さっきよりも強力な斬撃を氷精に向かって飛ばす。
「ふん! このくらい楽によけれるわよ!」
得意げに言いながら氷精は斬撃を躱そうとするが、俺は直ぐに叢雲を振るい、新たに斬撃を飛ばした。
「うわっと?!」
「まだまだ行くぞ、氷精!」
そう言いながら叢雲を振るった勢いで回転し、もう一度愛刀を振るって更に斬撃を追加で放ち、叢雲を逆手に構えて更に追撃する。
追撃は一度や二度ではなく、絶え間なく行う事で刃が乱れ飛んでいるように見える。
氷精は、乱れ飛ぶ刃の中を必至になって避け続けるが、俺の手数が急に増えた事で戸惑っている様だ。
二つの剣を交互に振るうことで、発射間隔の長さと言う弱点を補い、同時に手数を増やす。
手数を増やした分、一撃の威力は落ちたが……それでも『せんぎり』よりは使い易い技になった。
幾つかの技を作る時に、妖夢には実験体になってもらったが……今は関係ないし忘れておこう。
「なんの……これしきッ!」
刃の中を避け続けていた氷精は、刃と刃の間に大きな氷塊を置いて、俺の弾幕を防ごうとする。
置かれた氷塊の厚さはかなりのもので、一つの刃ではあの塊を突破する事は出来なかった。
それに味を占めた氷精は、氷塊の後ろに隠れて再度弾幕を展開しようとしてくる。
……だけど、氷塊が防ぐ事のできたのは一撃だけであって、絶え間なく続く刃を防げた訳じゃない。
何度も何度も刃を受けた氷塊は、まず初めに小さな皹が入り、次第に大きな亀裂が走った。
亀裂は氷塊全体にまで走り、何時崩れても可笑しくいないほどになる。
氷精は慌てて直そうとするけど、修復が完了する前に俺が渾身の力を込めた斬撃を飛ばし、氷塊を粉々に打ち砕き、序でに氷精も斬り飛ばした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ?!」
「チルノちゃーんッ?!」
斬り飛ばされた氷精は、重力に従って地面へと落下していき、大ちゃんはその後を追いかけた。
俺は叢雲を片付け、愛刀を一振りしてから鞘の中に納めた。
すると、戦い始めた頃に避難していたはずのリリーホワイトが近付いてきた。
「リュウさんって強いですねー。リリー驚いちゃいましたー」
「そんな事も無いと思うが……避難してなかったのか?」
「してましたよー。ただ、リュウさんがあの子の弾幕を斬ってくれたお陰で、そう遠くまで逃げずに済みましたー」
「そっか。…まぁ、何時もは後ろに弾が行かないように戦ってるからな。何時の間にか癖になってたんだろ」
「癖ですかー?」
「嗚呼。……そんな事より、君にちょっと聞きたい事があるんだけど」
「なんですかー?」
「この辺りに花の妖怪って居ないか?」
俺がリリーホワイトにそう尋ねると、いきなり引き攣った笑顔になって視線を逸らし出した。
一瞬、変な質問をしたのかと思ったけど、妖怪の居所を聞く位大して珍しい事でもないだろう。
だとしたら……如何して彼女はこんなにも嫌そうな顔をしているんだ?
「……そんな事を聞いて如何するんですかー?」
「直接あって少し話を聞きたくてね」
「……如何しても訪ねるんですかー?」
「そうだけど……もしかして、幻想郷にいないのか?」
「居るには居るんですが……結構恐い人なので、近寄らない方が良いですよー」
「この幻想郷に恐い妖怪なんて幾らでもいるんだ。今更一人や二人知り合ったところで大差ないって」
「……其処まで言うんでしたら、『太陽の畑』と言う向日葵畑に行くと良いですよー」
「そこに花の妖怪がいるのか?」
「恐らくですけどー。……あのリュウさん」
「ん? なんだ?」
「……死なないで下さいね?」
「えっ?」
最後に物騒な事を言い残したリリーホワイトは、俺が尋ね返す間もなく何処かへと飛んでいった。
彼女が如何してそんな事を言ったのか分からないが、花の妖怪が物凄くヤバイ奴だと言う事は分かった。
……聞いておいてなんだけど、物凄く行きたくなくなって来たぞ……。