竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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この回はリュウ視点ですが、物凄く短いですのでご了承ください


第八十四話 色褪せた日常

 

余り人が寄り付かない『霧の湖』の岸辺の一角。

俺はその場所に寝転がり、何かをするわけでもなくただ空を見上げていた。

霧の隙間から見える空はどんよりとした雲に覆われていて、その内雨が降り出しそうな予感がする。

……でも、ただそれだけの事。自然の摂理を考えれば、ごく当たり前の事だ。

 

「……………」

 

俺は暗い雲に覆われた空を見上げたまま、自分自身の心を見詰めなおしてみる。

あの閻魔に言われてからずっと考えていた〝俺〟と言う存在。

俺の趣味や性格、それに好物だって『リュウ』の記憶に引っ張られているに過ぎない。

それなら〝俺〟と言う存在は、ただ彼の行動を猿真似しているだけなんじゃないのか?

そう考えると堪らなく恐くなるが、それ以外の答えを幾ら探しても見当たらない。

……だったら、俺は一体何なんだ? アイツの言うように只の力でしかないのか?

答えの出ない疑問ばかりが浮かび上がって、考えが纏まりそうにない。

それ以前に、本当に考えを纏める気があるのかも疑問だ。

自分の心すら分からなくなっているのに、一体何が分かるって言うんだ……。

 

「……………」

「あ、そこに居るのは変なの! あたしのなあばりで何してるのさ!」

「いきなり失礼だよ、チルノちゃん。あと、『なあばり』じゃなくて『なわばり』だよ」

「も、もちろん知ってたよ! ちょっと大ちゃんをためしたのさ!」

「なら、そう言う事にしておくね」

 

俺が独り空を見上げていたら、何時かの氷精と大ちゃんがやって来た。

あの子達がやって来た所で、二人はこの辺りに住んでいる妖精だと言う事を思い出した。

……だからと言って何か行動を起こす気も無く、俺はただ空を見上げ続ける。

 

「ちょっと変なの、返事くらいしなさいよ」

「……………」

「むしするなーッ!」

「落ち着きなよ、チルノちゃん」

 

相変わらず氷精は騒がしいようだが、それも何時もの事か……。

 

「そっちがその気なら……これでもくらえ!」

「チルノちゃん?!」

 

気の短い氷精は、氷の塊を瞬時に作り上げて、俺に向かって振り下ろして来た。

普通の人間なら致命傷は確実だろうと言う位の氷塊。

何時もなら避けるか、愛刀を取り出して斬り捨てるかのどっちかだが、今回はそのどちらをするのも面倒だ。

 

「…(エン)

 

俺は空を見上げたまま小さな声で一言呟くと、何も無い空間に炎が発生し、目の前に迫っていた氷を蒸発させた。

この時に生じた水蒸気はかなりの高温だったが、今の俺にとっては些細な事でしかなかった。

高温の水蒸気を身体で受けながら、俺は風が煙を運んでくれるのをただ待つことにした。

 

「あつッ?! なんか煙が熱いよ大ちゃん!?」

「お、落ち着いてチルノちゃん。ただの水蒸気だから」

「……あ~熱かった。ちょっと変なの、いきなり何するのさ!」

「今のはいきなり攻撃したチルノちゃんが悪いよ」

「だって……なんか調子がくるうんだもん」

「気持ちは分かるけど、もう少し考えて行動しようよ」

「むぅ~……」

 

何かと五月蝿い氷精を大ちゃんが抑える何時もの光景。

氷精が騒ぐ度に見られる光景だが、今の俺には何の感慨も浮んでこない。

何時もならもっと別の感情が浮んでくる筈だが、それが何の感情なのかさえも分からなくなった。

俺は疲れたような溜息を吐いて瞼を閉じ、そのまま不貞寝する事にした。

 

「あの、リュウさん。何時もの様子が違いますけど、何か遭ったんですか?」

「悪いが放っておいてくれ」

「何よそのたいど! もう少し言い方があるでしょ!」

「良いよチルノちゃん。……それじゃ、私たちはこれで失礼しますね」

「あ、大ちゃん!?」

 

二人の妖精がこの場から居なくなると、漸く此処も静かに為ってくれた。

時折り拭く風に煽られて木々がざわめくが、二人が居たときに比べれば静かなほうだ。

木々のざわめきに耳を傾けながら眠ろうとすると、今度は誰かに顔を覗き込まれているような気がした。

誰が覗いているのか確認するのも面倒に感じ、このまま無視し続けることにした。

俺が不貞寝をしていると、覗き込んでいた誰かは興味をなくしたのか、何処かへと遠ざかっていった。

 

これ幸いと眠りについていると、今度は近くの森から物音が聞こえてきた。

物音に反応してか、木に止まっていた鳥達が一斉に飛び去る音が聞こえてくる。

流石にこれだけ騒がれては眠る事も出来ず、身体を起こして森の方を見てみると……森が闇の覆われている光景が眼に入った。

こんな事が出来る奴を俺は知ってるが、何も今こんな大騒ぎを引き起こさなくても良いだろう。

俺が疲れた様な、呆れた様な溜息を吐くと、森を包んでいた闇がドンドン小さくなっていく。

闇がドンドン小さくなり、森が元の姿へと戻っていくと、中の方から小さな闇の球体が木々にぶつかりながらコッチに飛んで来た。

木にぶつかりながら飛んで来た球体は、森を抜けて俺の前にまでやって来ると、闇を解除してその正体を顕わにした。

 

「……何してるんだ、ルーミア」

「さし入れ持ってきた」

 

俺の前にやって来たのは、仕留めたばかり思われる小鹿を抱えたルーミアだった。

彼女は俺に小鹿を差し出してくるが、如何やら倒れている俺を見て腹を空かせているんだと思ったんだろう。

さっきの物音は、この小鹿を仕留める為に生じた音だったみたいだ。

ルーミアなりの心配をしている様だが、別に俺は腹を空かせて此処に倒れていた訳じゃない。

ただ神社に居辛くなったから、独りになれる場所を求めて此処にやって来ただけなんだがな……。

 

「…? いらないの?」

「嗚呼、別に腹は減って無いからな。それはお前が食べて良いぞ」

「そうなのか……」

 

俺がはっきりと断ると、ルーミアは残念そうな顔をしながら小鹿を地面に置いた。

食べるなら他所で食べて欲しいものだが、其処まで言い聞かせるのも面倒だな。

そう思った俺はもう一度地面に寝転がって、瞼を閉じてまた不貞寝する事にした。

直ぐにでも物騒な音が聞こえてくると思ったが、どれだけ経ってもそんな音が聞こえてくる事は無かった。

不思議に思った俺は眼を開けてみると、何故かルーミアは俺の横に座り込んで湖を眺めていた。

 

「…鹿、食べないのか」

「わたしもお腹へって無いから」

「そうか」

 

合点の行った俺は一言呟いた後、また瞼を閉じて眠る事にした。

隣りに座っているルーミアに動く気配は無く、座り込んだままジッとしている様だった。

普段と様子の違う俺の事を、彼女なりに心配しているのかもしれないが、こんな事をされても今の俺の心に響きはしない。

誰かが隣に居ても、話し掛けたりして来ても、俺の心は空虚なまま……。

……いや、ただ『リュウ』の真似をして生きてきた奴の心に空虚も何も無いか。

そんな風に考えると、俺の心に出来た暗い影がより深く濃くなった様な気がした。

俺はその影を掃う事が出来ないまま、ただ時間だけだ静かに流れていった……。

 

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