竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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第八十九話 寄り添う二人

 

扉を抜けた先に広がっていたの悠久を思わせる青い空と綺麗な草原。

表層の荒れ果てた様子とは違い、深層はお穏やかな空間が広がっている。

コッチの方が荒れているんだと思っていたけど、此処はそう言う事とは無縁の様子だった。

……でも、逆に言ってしまえばそれしか無い寂しい空間でもある。

此処には風が吹き抜ける音や、水のせせらぎ、小鳥の囀りや里の活気なんかの音が無い。

ただ、頭上には雲一つ無い空が広がり、足元には高さの揃った草が生い茂っているだけ。

表層には感情が姿を変えた竜が住んでいたけど、この空間には彼等のような存在は住んでいない。

 

「……これがリュウの深層か」

 

この空間を眺めていた私は小さな声で一言呟いた。

入った時は綺麗な世界だと思ったけど、こうして眺めていると何処と無く寂しく思えてくる。

表層はあれだけ騒がしかったのに、深層では如何してこんなにも静かなんだろう。

一切の音がない無音の空間なのは、今のリュウの心が暗くなっているからだと信じたい。

 

「……………」

 

少しの間この空間を眺めていた私は、意を決して草原の奥へと足を踏み入れた。

この中にいるリュウを見つけて、伝えたい言葉を彼に伝えるために……。

 

 

 

 

………

……

 

無音の世界に私が草を踏み締める音だけが響く。

それほど大きな音じゃないけれど、他の音が存在してないから余計に響いている気がする。

何処を見ても変わらない風景の中を歩いていると、前方に青髪の少年が草原に寝転がっている所を見つけた。

他の竜たちとは違い普段と同じ姿でいるけど、此処からでも分かるくらいに彼の表情は浮かないものだった。

沈んでいるんだから表情が浮かないのは当然だけど、私は漸くを彼の元に辿り着く事ができて内心では凄く喜んでいた。

彼を見つけたことが嬉しくて、今すぐにでも駆け出したい気持ちに駆られるけど、グッと堪えて一歩ずつ確実に彼との距離を縮めて行く。

はやる気持ちを抑えて歩み寄った私は、やっと彼の……リュウの隣りにまで立つ事が出来た。

 

「此処まで来たわよ、リュウ」

「……よう。こんな所に来るなんて物好きにも程があるぞ。ったく、そんなにボロボロに為ってまで来る事もなかっただろ」

「うっさいわね。私が物好きなのは今に始まったことじゃ無いでしょ」

「確かにそうだな」

 

リュウの表情は憂いを帯びたままだけど、でも少しだけ嬉しそうに微笑んでくれた。

彼が微笑んでくれたのが嬉しくて、思わず私も同じ様に微笑み返した。

嫌そうな顔をされたら如何しようって思ってたけど、この様子ならそんな心配も要らないみたい。

リュウの様子に安心した私は、何も言わず何時もの様に彼の隣りの場所に腰を下ろした。

するとリュウは自分の掌に優しい光の球を作ると、徐にそれを私に向かって放り投げる。

私はその球を避ける事無く接触すると、光の球は弾けて、さっきの戦いで出来た傷を癒してくれた。

 

「ありがとう、リュウ」

「まぁ、其処までしたのは俺の責任だからな」

「あまり気にしなくても良いのに」

「流石にそれは無理な相談だろ」

「それもそうね…」

「「……………」」

 

伝えたい言葉は沢山ある筈なのに、如何切り出せば良いのか分からず、つい押し黙ってしまう。

誰にも邪魔される事のないこの空間でなら、今まで言えなかったことが素直に言えると思ってたけど、いざ口に出そうとすると何から言えば良いのか分からなくなる。

それはリュウも一緒なのか、私の様子を窺っているものの何も語らないでいた。

私が隣に座るのを嫌がっている訳じゃ無さそうだけど、何処か渋そうな顔をしている。

何時までも二人して黙っている訳にもいかないし、私は思い切って聞きたい事から聞いてみる事にした。

 

「あのさ…リュウ。悩みの答えは見つかった?」

 

私はリュウの顔を見ないまま、此処に来る事になった最大の原因を尋ねた。

本当はもっと雰囲気が良くなってから聞く心算だったけど、その雰囲気も良くなる気配もないし、私も何時まで此処にいられるのか分からない。

もしかしたら教えてくれないかも知れないけど、此処は思い切って尋ねて見る事にした。

 

「ねぇ如何なの?」

「……認めたくない答えなら見つけたよ」

「…? それはどんな答え?」

「俺は『リュウ』の真似をしてるだけなんじゃないかって答え」

「……………」

 

感情の篭らない声でリュウは、本当に寂しい答えを私に告げてきた。

 

「今の俺を形作っているモノの大部分が、彼の記憶から来ているモノばかりだ。それなら俺はただ彼の真似をしているだけなんじゃないかって」

「……リュウ」

「霊夢に怒られてる時や周りに心配されてる時も、ずっと他の答えを探そうと考え続けた。……けど、俺には他の答えは見出せなかった。認めたくなくてずっと探していたのに、それ以外の答えが見付からないんだ……」

 

話してくれたリュウの声音はさっきと変わらないけど、彼の表情は今にも泣き出しそうな位に悲しそうな顔をしている。

あの閻魔に指摘されてからずっと考えていたのに、それ以外の答えが見付からなくて途方に暮れていたリュウの悩み。

私はリュウじゃないから、それがどんなに辛い事なのかは良く分からないけど、それ以外の答えなら用意して上げられると思う。

 

「……一つ聞きたいんだけどさ。アンタが言う『リュウ』ってどんな奴なの?」

「なんだよいきなり」

「良いから答えて」

「……明瞭とした明るい奴だったかな。記憶の大部分を失ってても明るく生きてたよ」

「なんだ。それならアンタとは別人じゃない」

「俺と『リュウ』が別人?」

 

リュウは私の方を見ながら不思議そうにそう聞き返してきた。

 

「そうよ。…私の知ってるアンタは、普段明るいのに変な所で悩む癖があって、自分は無茶ばかりするくせに他人の心配ばかりして、子供みたいにはしゃいだと思ったら、急に冷めた様に冷静に為る奴だもん。明るいだけの奴とは違うわよ」

「そんな性格か、俺?」

「大体はこんなんよ。無自覚なのも大概にしなさいね」

「う~む……」

 

私の言っている事がイマイチ納得出来ないのか、リュウは難しそうな顔をして悩み始める。

そんな彼を見ていた私は、此処まで無自覚なのかと思い、流石に呆れてしまった。

自覚がないのは今に始まった事じゃないけど、自分の性格くらいはちゃんと把握しておきなさいよ。

……それが出来なかったからこそ、今回の事でこんなにも思い詰めていたのか。

普段から気を遣って貰ってるんだから、私もリュウの心を気に掛けてあげればよかったけど、それは今からでも遅くは無いわよね。

 

「今のアンタの元になった奴がいるとしても、そいつとアンタはもう別人じゃない」

「……そんな事で簡単に割り切れるもんじゃねぇよ」

「だったら、アンタの言う『リュウ』は私の事好きになってくれたの?」

「それは……」

 

リュウは私の言葉に言い返すことが出来ず、口淀んで黙り込んでしまった。

少し意地悪な言い方かもしれないけど、これが二人は別人だって言う私の最大の根拠。

私と彼の言う『リュウ』が全く同じ出会い方をしたとして、本当にその『リュウ』が私の事を好きに為ってくれた保障なんて何処にもない。

私とずっと一緒に居てくれると約束してくれたのは、紛れも無くこのリュウだから……その想いはきっと、一緒に暮らしてきた中で生まれた彼の本当の気持ち。

ただの仮定の話だって思うかもしれないけど、私の中では確かな確証のある話よ。

 

「私の事を好きになってくれたのは、紛れも無くリュウ自身じゃない。その気持ちが本物なら、私は貴方が何者でもあろうとも構わないわ」

 

言いたい事を言い終えると、ずっと空を眺めていたリュウは身体を起こし、私の隣に座った。

こうして二人隣同士に座るのは、なんだか凄く久し振りな気がする。

あんな事が遭っても一緒に暮らしていたのに、隣りにいるのが久し振りに感じるのはやっぱり私達の心が離れていたからかな。

今までは隣りにいても寂しく感じてたけど、今は隣に居られることが凄く嬉しい……。

 

「霊夢の事を好きになったのは俺自身か……。確かに、あの二人にはなかった気持ちだな」

「そうよ。……誰かを想う事が出来るなら、貴方の中には確かな〝心〟が在るって事じゃない」

「ああ、その通りだな。……そんな簡単な答え、如何して見つけられなかったんだろう」

「何時もの様に考えすぎただけじゃないの」

「……それは否定出来ないな」

「今度からは一人で抱え込まないで私に相談しなさいよ」

「善処してみる」

 

リュウは困ったように笑いながらも、一応の約束をしてくれた。

本当は確約して欲しいところだけど……女の私には言えない事もあるだろうし、無理に約束して欲しいとは思わない。

ただ一人で抱え込まないでくれるなら、私はそれだけでも十分だから……。

そんな事を想っていると、リュウが突然昔を懐かしむような口調で語り始めた。

 

「……俺さ、最初の頃はお前の事、自分の拠り所にしか考えてなかったんだ。身体から抜け出た俺には自分の居られる場所が欲しかったから。だから、過度に心配なんかして余計なお節介を焼いていたんだ」

「……そっか」

「でも、今は違う。今は霊夢の傍にいられるの嬉しくて、一緒に笑い合えるのが嬉しくて、同じ時間を共に過ごせるのが嬉しいんだ……」

「私もリュウと一緒に居られるだけで嬉しいよ」

 

私は隣りに座るリュウの顔を見詰めてはっきりとそう告げた。

来た頃は憂いを帯びた表情だったけど、今のリュウは本当に嬉しそうな顔をしている。

私が来た事で、彼の悩みが解決で来たのだとしたら、これほど嬉しい事も無い。

そんな風に考えると、私も嬉しさのあまり顔も自然と笑顔になってしまう。

 

「……あのさ、霊夢」

「ん?」

「俺、お前の事が好きだ。この気持ちは本物だって、胸を張って言えるよ」

「私もリュウが大好きよ。この想いは誰にも負けないって言い切れる」

「そっか。……ありがとうな、霊夢」

「バカ。礼を言うほどの事じゃないでしょ」

 

何時もと変わらない声音でお互いに想いを告げると、二人して自然と笑顔になっていた。

私は何時もの様に軽口を叩くけど、告白できた事で私達の中で何かが変わった様な気がした。

リュウの態度が変わる訳でも、私の口調が治った訳でもない。

きっと私達は今までと変わらずに、お互いに軽口を言い合ったりからかったりするんだろうけど、心の距離は以前よりもずっと近くなった気がする。

そんな風に思いながら彼の顔を見詰めていると、二人して自然と顔を少しずつ近づけていく。

リュウの顔が近付いてくるに連れて、私の胸の高鳴りはドンドン早くなり、頬も熱くなっていくのが分かる。

私達がこれからしようとしてる事を考えると、気恥ずかしさは如何しても出てしまうけど、此処まで来たら止められないし……止めたくもない。

でも、お互いに見詰めあったままは恥かしいから、私は眼を瞑ってリュウがキスしてくれるのをジッと待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

………

……

 

 

「…すぅ…すぅ」

「……れ…む」

「…すぅ…すぅ」

「おき…れい…」

「………う~ん」

「おきろ、れいむ」

「……ふぇ?」

 

ぐっすり眠っていた私は、誰かに声を掛けられて揺さぶり起こされてた。

もう少し眠っていたかったけど、一度起こされてしまうと中々二度寝する気には為らない。

私は寝惚けた頭のまま瞼を少しだけ開けてみると、直ぐ其処にリュウがいて私の事を見ていた。

 

「あ、やっと起きたのか。ったく、なんでお前が俺の布団の中で寝てるんだ?」

「……………」

「ん? お~い、霊夢~?」

「……き、キャアァァァァァァァァァァァァァァァッ?!?!?!」

「ぬがッ?!」

 

余りにも予想外の出来事に、私は叫び声を上げて思わずリュウを押し飛ばしてしまった。

慌てて部屋の状況を確認してみると、私は自分の部屋ではなく、何故かリュウの部屋にいた。

何が如何なっているのか分からず、私は近くにあった枕を抱き寄せて後ろの壁際まで下がった。

 

「いって~……。朝っぱらから何するんだよ!」

「うっさい! 寝起きにアンタの顔があるのは、心臓に悪いのよ!!」

「酷いなおい。……やれやれ、夢の中の霊夢はあんなに素直で可愛かったのに」

「夢の中の私?」

「嗚呼。夢の中で霊夢が出て来たんだよ。あの時は素直だったのになぁ……」

「……………」

 

リュウの話を聞いて、私が如何して彼の布団で寝てたのかを思い出した。

向こうは只の夢だと思い込んでるけど、私にとってはアレは現実に起こった事。

その事を思うと、自分でも分かる位に顔が真っ赤になって、恥かしさからリュウの顔を見る事が出来ず、思わず枕で顔を隠してしまう。

自分でも中々に恥かしい事を言っていたから、どんな顔をしてリュウと話せば良いのか分からない。

本人は夢だと思ってるみたいだし、此処は何事も無かったかのように振舞えば良いのかしら?

……そんな風に振舞える自信がないから困ってるんじゃないの……。

 

「うわぁ~……何してんのよ私……」

「なんでお前が恥かしがってるんだよ」

「別に良いでしょ! それよりもアンタ、夢の中ではちゃんと本音を言えたの?」

「なんで言わないといけないんだよ?!」

「良いから答えなさい!」

「………夢の中で嘘を言えるわけ無いだろ」

 

リュウは恥かしそうにそっぽ向きながら、答えにならない返事を言って来た。

普段の私なら確実に文句を言うでしょうけど、あの夢の出来事を全て覚えているからそれだけで十分だった。

私の気持ちも夢の中で告げているから、これで両思いって事になるんだけど……そう考えると余計に恥かしくなってくる。

せめてもの救いは、リュウがアレをただの夢だと思っていることかしらね。

……でもそれだと、私の告白も夢と思われてるから、また告白しないといけないのよね。

もう一回告白しなきゃならないとか、そんなの出来る自信がないわよ! なんだって夢として捉えちゃうのよ、現実として受け止めなさいよねバカ!!

 

「なんで融通が利かないのよ……。そこら辺は大目に見てくれても良いじゃない……」

「(…なんで落ち込んでるんだ?) …まぁ、霊夢も起きた事だし朝飯の用意でもするか」

 

そう言うとリュウは、立ち上がって私服に着替える事無く部屋を出て行こうとする。

恐らく着替えないのは、私が此処に居るのを考慮しての事だと思うけど、なんだか雰囲気が前みたいに明るくなった気がする。

このままだと聞く機会を逃すと思った私は、思い切ってリュウに尋ねて見る事にした。

 

「……ねぇリュウ、雰囲気が良くなったけど悩みは解決したの?」

「嗚呼、どっかの誰かさんのお陰でな」

「何よその言い方。気に為るじゃない」

「さぁって、早く朝飯でも作るか」

「あ、待ちなさいよリュウ!」

 

質問をはぐらかしたリュウは、そのまま部屋を出て行ってしまう。

私も直ぐに立ち上がって彼の後追って部屋を出た。

ちゃんと答えて貰おうとするけど、本当は夢の出来事を覚えているから、誰のお陰かなんて聴かなくても分かってる。

ただ、今までの様に笑い合える日常が戻って来たのが嬉しくて、リュウに悟られない様に喜んでいるだけだから。

……でも、塞ぎこんでいる時に私を泣かせたんだから、ちょっと位困らせてやっても罰は当たらないわよね?

 





『竜が辿り着いた幻想郷』これにて第二章の閉幕となり、次回より新章『竜神の生きる道』が始まります。
何時も通りダラダラとやっていくので、気長にのんびりと待っていてください。
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