現世とは『三途の川』を渡った先に存在する死後の世界『彼岸』。
其処には威厳に満ちた巨大な裁判所が存在しており、十王配下の閻魔たちが二交代制で日夜、死神によって送られて来た幽霊達を裁き続けている。
その裁判所の一角には幻想郷の閻魔である『四季映姫』の執務室があった。
先の異変で瀕死に陥っていた映姫だが、神々に伝わる秘薬などを用いてなんとか回復する事が出来た。
だが、あの戦いで受けた傷は余りにも深く、今しばらくの間は安静にしていなければならないのだが……彼女は机の前に座り、自らの仕事をこなしていた。
本来ならベットの上で横になっているべきだが、彼女元来の真面目さゆえか、多少の無理をして仕事に復帰していた。
しかし、傷付いた閻魔など死者を裁くには威厳が欠けると言う事もあり、裁判だけは他の者に代行してもらっていた。
「……私に何か用ですか」
机の前で黙々と作業をこなしていた映姫は、突然動かしていた筆を止め、視線を誰も居ない筈の空間に向かって声を掛けた。
「驚かそうと思ったんじゃが、相変わらず反応の薄い奴じゃな」
何処からとも無く少女の声が聞こえてくると、映姫の机の前に龍神が化身体で姿を現す。
幻想郷の最高神が突然現われたにも拘らず、映姫は差して驚く事も無く、視線を机に戻して黙々と作業を再開する。
仕事を続ける彼女を見ても、龍神は怒り出すことも無く、呆れ果てたように溜息を吐いた。
「仕事熱心なのは構わぬが、少しは休んだらどうじゃ? お主は病み上がりなんじゃろ」
「ご心配には及びません。この程度なら大した問題はありませんし、他の方が気を遣って下さり、仕事量は通常の半分もありませんので」
「……そう言う問題でもない気がするがのぉ」
「それよりも本日はどの様なご用件で此処にお出でに為られたのですか? 暇潰しなどで彼岸に来られても困るのですが」
「今回は暇潰しではないし、ちゃんと閻魔王の奴に許可は貰っておる」
「そうですか」
龍神の言葉にも特に感心を示さず、映姫は書き終わった書類を他所の移し、別の書類を手に取ってまた文を書き始めた。
来客の対応もせず、自らの仕事を続ける映姫に対して龍神は文句の一つも言わず、此処に来た訳を口にした。
「映姫よ、一月前の事を覚えておるな」
「……………」
龍神がたった一言の言葉を口にすると、映姫は動かしていた筆をピタリと止めた。
「あの時、お主は何故あの様な事を言ったのか、その真意を問いたい。……返答によってはもう一度眠りに付いてもらうぞ」
「……………」
最後の一言を皮切りにして、少女には似つかわしくない威圧感が放たれ、部屋の中が重苦しい空気に包まれる。
作業をしていた映姫も、持っていた筆を机に置き、真っ直ぐ龍神の眼を見据える。
その瞳には恐れや迷いは無く、今でも己の正しさを信じているようだった。
映姫は、恐ろしいほどの威圧感を放つ龍神を見据えたまま、臆する事無く口を開いた。
「ワタシはただ、当代の巫女と竜神のあり方を正そうとしただけです」
「二人のあり方じゃと?」
「えぇ。……当代の巫女は、彼が現われる前から自らの職務をおざなりにし、神社の住む神を放置しています。彼と共に過ごすようになってからさらに酷くなり、心奪われた今では巫女としての職務を全うしてるとは言えない状況です」
「アヤツは巫女である前に人なのじゃぞ。自らの幸せを願い、それを掴み取ろうとするのは悪い事ではあるまい」
「分かっておりますが、それは飽く迄も二つの事を両立出来てこそです。それが出来ないのであれば、どちらか片方を取るべきでしょうが……彼女は確実にかの竜を選ぶでしょう。しかしそうなってしまっては、結界を管理する者が居なくなり、幻想郷のバランスが崩れてしまう」
「……じゃから、被害の少ない竜を追い出し、霊夢に巫女としての使命を思い出させようと?」
「はい。…本来ならあの竜は、同族たちと共に『龍の世界』で静かに暮らしているべきですし、巫女も先代同様に先祖代々続く使命を全うすべきなのです」
彼女の言い分を聞いていた龍神は、放っていた威圧感を押さえ込み、満面の笑みを浮かべた。
「映姫よ、言いたい事はそれだけか」
「はい」
「そうか」
龍神がたった一言いうと、目にも止まらぬ速さで映姫の首を掴み、一瞬にして壁際まで押し出した。
その勢いで、机の上においてあった物は吹き飛び、彼女が座っていた椅子は倒れてた。
笑みを消した龍神が放っているのは、恐ろしい程の威圧ではなく明確な怒りだった。
映姫は龍神に首を絞められながらも、なんとか口を動かして言葉を紡いだ。
「な…なにをするのですか……」
「いや、久方振りにカチンときてな。それでじゃ」
「幻想郷のさいこう神である貴女なら、ワタシの考えを理解してくれるとおもったのですが……」
「〝理解〟は出来ても〝納得〟は出来ん。……確かに今の霊夢は、巫女として見るなら問題はあり過ぎるが、それで何かが起こった訳でもあるまい」
「何かがおこってからでは遅すぎる。貴女はさいこう神として、事態をみぜんに防ごうとおもわないのですか?」
「仮定ばかり気にしていても仕方があるまい。仮に起こったとしてもあの二人が居れば、どのような事態が起ころうとも解決出来ると信じておる」
「ですがそれでは―――」
「大体のぉ……アヤツに関してはお主如きが口出しして良い事ではない。あの竜は天照だけではなく、ヴィシュヌ神ですら手に余したんじゃぞ。一介の閻魔が従わせられる訳がなかろう」
「……あのヴィシュヌ神が?」
龍神の言葉を聞いた映姫は、信じられないとばかりに目を見開き、呆然としてしまう。
それを見た何かを思ったのか、龍神は出していた怒りを静め、掴んでいた彼女の首を手放した。
首を放されたが、映姫は呆然としていて立っている事が出来ず、そのまま地面に座り込んでしまう。
龍神はそんな彼女に見向きもせず、用件の終わった彼女は部屋から出て行こうとした。
「……待って下さい。まだ話は終わってません」
映姫に呼び止められた龍神は足を止め、めんどくさそうに彼女の方を振り向いた。
「妾は言いたい事は言い終えたのじゃがな。一体なんじゃ」
「かの竜がワタシの手に余る事は理解しました。ですが、幻想郷の閻魔としてあのままと言う訳にも行きません」
「ならば如何する心算じゃ? 今度アヤツと会ったら殺されるやもしれぬぞ」
「ですが、神でないものが神社に住み着き、巫女が悪行を重ねるのを黙ってる訳にも……」
「それはつまりアレか? 竜が神としてあの神社に祀られるなら、無理に追い出そうとはせんと?」
「え、えぇ。神が神社にいるのは不思議な事ではないですから」
「ならば、無駄じゃと思うがアヤツに持ち掛けてみるかのぉ。霊夢に関しては……諦めた方が得策かも知れんな」
「それで納得出来るわけ無いじゃないですか……」
「あのあり方が『博麗霊夢』なんじゃよ。……では、妾は帰る」
そう言って龍神は扉へと向かって歩き始め、扉を開けて部屋から出て行った。
独り残された映姫は、納得の行かない顔をしながらも彼女の後を追い掛けたりはしなかった。
リュウSide
「―――と言う話をして来た訳じゃが、お主神格を得る気はあるか?」
「おい、霊夢。此処に眼を開けたまま寝言を言ってる奴がいるぞ」
「リュウ。こう言うのは寝言じゃなくて、戯言って言うのよ」
「……予想通りの反応じゃな」
俺と霊夢は居間でお茶を飲みながら、つい先日のあった閻魔と龍神の会談の内容を聞いていた。
本当に会談と呼べるのかはさて置き、あの閻魔が未だに俺を此処から追い出そうとしてる事は分かった。
アレだけ痛い目に遭ったのに、仕事を全うしようとするとは大したもんだが……もう一回痛めつけないと駄目かナ~。
「……ちょっくら彼岸に行って来るか」
「夕飯までには帰って来なさいよ」
「分かってるって」
「止めんか!!」
俺が席を立ち上がろうとすると、龍神が大きな声を出して止めに来た。
「(チッ)…冗談だよ冗談」
「気持ちは分からんでも無いが、お主があそこに行ったら……彼岸が消滅するじゃろうな」
「もしくは、リュウの魔法で裁判所が跡形も無く消し飛ぶかのドッチかね」
「確かにその二択しかないだろうな」
何時もの調子で喋っているけれど、話している内容は物凄く物騒だと我ながらに思う。
和やかな雰囲気には似合わない話だけど、戦闘になる光景しか思い描けないから仕方が無い。
「まぁ、妾とてお主に神格を与えて祀らせようとは思わん。こう言う話が出ておると言う事だけ覚えておればよい」
「ったく、本当にめんどくさい奴だな。『閻魔』って種族は皆ああなのか?」
「地蔵が神格を得て閻魔になるものが多いからな。自然と石頭が多くなるんじゃよ」
「やれやれ……」
俺は呆れたように呟いた後、ちゃぶ台の上に置いてある湯のみを手に取って、お茶を一杯飲む。
龍神も喋り続けて喉が渇いているのか、俺と同じタイミングでお茶を飲み、お茶請けの煎餅にも手を伸ばした。
俺も煎餅に手を伸ばして、二人でバリバリと食べていると、霊夢が変な質問を俺達にしてきた。
「……一つ気に為ったんだけど、リュウが神格を得たら何の神になるのかしら?」
「「んあ?」」
二人して変な返事をしてしまったが、割と良くある事なので霊夢も俺達も特に気にはしない。
食べていた煎餅を飲み込み、お茶で喉を潤しながら霊夢の質問について考える。
前の世界でフォウルが『神帝』なんて呼ばれてたけど、実際の所は何の神なのか俺も良く分かってない。
去年くらいに龍神から、俺は〝神殺し〟だと教えて貰ったが……〝神殺し〟の神って一体なんだ?
破壊神……とは違うだろうし、コレと言って得られそうな神徳も思いつかないな。
色々と考えても思いつかなかった俺は、とりあえず自分の得意な分野から選ぶ事にした。
「……思いつくのは〝戦神〟か〝武神〟のどっちかだな。属性で祀られるとは思えないから、戦い関連の神が妥当だろう」
「言いたい事は分かるけど、そう言う神様は〝軍神〟って言うのよ」
「そうなのか?」
「えぇ。軍事・戦争を司り、戦勝や武運長久を祈願し、聞き届けてくれる神の事だから」
「有名どころで言えば、タケミカヅチやスサノオがそうじゃな」
「へぇ~」
口では感心した風に言うけど、誰が何の神かは如何でも良いんだけどな。
きっと昔の俺は、相手が誰であろうと向かって来るなら潰す……とか、そんな感じの奴だったろうし。
「じゃが妾が思うに、お主なら〝破壊神〟の方が似合ってるじゃろ」
「あ、それちょっと分かるかも」
「破壊神って……そんな事ねぇと思うけどなぁ~」
「いやいや。お主の全てを壊そうとする暴れっぷりは、正しく破壊神の所業じゃて」
「……そんなに暴れてるのか?」
「うん」「うむ」
「……………」
自覚のない事とは言え、流石に二人揃って肯定されると悲しくなってくる。
これでも自重してる心算だったんだが、まだ力を押さえ込まないといけないのか?
……流石にそれはめんどくさいと言うか、コレ以上押さえ込むのは無理だと思うんだよなぁ。
「まぁ、リュウを祀る気なんて無いから如何でも良いんだけどね」
「あ、やはり祀る気は無いのか」
「当然じゃない。私達は今のままで良いのよ、ねぇリュウ?」
「……あ、悪い。聞いてなかった」
「……人の話はちゃんと聞く!」
「だから悪かったと……イダダダダッ! 耳を引っ張るな耳を!」
「やれやれ……」
何故か霊夢の機嫌を損ねてしまった俺は、力いっぱい霊夢に耳を引っ張られてしまった。
視線で龍神に助けを求めるが、我関せずと言った顔でお茶を飲んで一息ついている。
なんで機嫌を損ねたのか分からないが、とりあえずだ―――
「―――痛いから耳を放せ!」
「少しは反省しなさい!!」
「……(仲が深まったかと思えばコレか。基本的なところは変わらんのぉ)」
リュウSide out
何故映姫がヒンドゥー教の神であるヴィシュヌ神の事を知っているかと言うと、元々閻魔と言う神はそっち方面の出身だからです。まぁ、仏教もヒンドゥー教も同じ国で誕生した宗教なので、元地蔵とは言え閻魔である映姫が知らない方がおかしいんですけどね。