絶対☆双王~オレとボクの恋乱、学園サーガ~【更新停止中】 作:黒鋼丸
治安維持部の存続を巡って武道部との5本一騎打ちを受ける事になった維持部達。
そんな中、李雄の可愛さに惚れた烏賊の魚人、ロディルが暴走し李雄を襲ったものの、ユーロに
より迎撃され、こんがり烏賊焼きと成り果てた。
そのユーロの強さに目をつけた真雄により、治安維持部にユーロの入部が決定するのであった。
「ふ、ふあぁ……」
学園島早朝、バラック。
その一室にて、李雄は目を覚ました。
近くにある時計を見ればいつも通りの時間だ。
「ん、そろそろ起きなきゃ……」
李雄はベットから出ると、素早く身支度を済ませた。
このバラックは、ハッキリ言ってボロびたアパートだ。
故に部屋はそれぞれアパートの部屋をそれぞれ使っている。
外の風を受けながら李雄は階段を下り、食堂へと向かう。
食堂には小さいながらもキッチンがあり、そこで朝食と弁当を作るのが李雄の、もっと正確に言
えば李雄を含めた3人の仕事だ。
「あっ、おはようございます李雄様」
「おはよう、リュアナさん」
食堂に入ると、そこには既にリュアナの姿があった。
三界に来てからというもの、この世界に関しての知識は全て彼女から添わっている。
三界における一般的常識は無論の事、店の穴場や買い物の際の食材の見分け方など様々な事を教
えてくれた。
故にたまには休ませて上げようと思い早起きをするのだが、どういう訳かリュアナの方が必ず早
く起きてしまう。
かと言って口で言っても「私は真雄様と李雄様のメイドですから」と意外と頑固で聞いてくれな
い。
(たまには休んで良いのに)
「おっはよーっ」
そんな事を考えていると、食堂の戸が開き朝の仕事仲間最後の1人、優希がやって来た。
「おはよう優希」
「優希さん、おはようございます」
「おはよ。2人共相変わらず早いわね」
そう言いながら優希はエプロンを身に着けた。
元々優希とはお隣さんであり、共に食事や家事をして来た仲だ。
それは三界に来ても変わらず、共に献立を考え、共に調理する。
変わった事はせいぜいリュアナという援軍が現れた事ぐらいだ。
(優希もまたには休んで良いのに)
優希には人間界にいた頃から感謝しており、「たまには休んで良いよ」と言っては見たものの、
「私はアンタ達のお姉ちゃんなんだから気にしないの」と首を縦に振る事はなかった。
(ホント、リュアナさんも優希も良い人過ぎるよ)
そう心の中で苦笑しながら、李雄は自分のエプロンを装備し台所に立つのだった。
「おっとそうだ」
その際、冷蔵庫の中に仕舞っておいたある物を忘れずに取り出すのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「あー、ダメだ。まだ腹が減る」
「ウガァ〰〰〰〰〰」
「悪いけど我慢して」
トリニアス学園に続く通学路。
アレから遅れて起きて来た親友の魁、ジョギングから帰って来た兄である真雄、相変わらず風呂
から逃げた友人の勇、更にはリュアナの友人であるアンゴルモアも加えて朝食を終え、李雄は皆と
共に学園に向かっていた。
そんな中、大食漢である真雄と勇から朝食の少なさにクレームが上がった。
本当にこの2人の胃袋は底なしである。
「ったく、アンタ達の胃袋ってどうなってんのよ?」
「ケケッ、実は穴が開いててそこから全部食いモン流れ出てんじゃねぇのか?」
「いや、それはどうなの?」
そんな2人に優希は呆れ、アンゴルモアに至ってはありえない事を言う始末だ。
「我慢しろ。お前達のせいで食費がバカにならないんだぞ」
「う~ん、少し食べるだけで満腹になる様な食材か薬って無いのかな」
李雄は不意にそんな事を考えてしまう。
魁の言う通り、2人の食費は桁外れだ。
ファンタジーなこの世界ならそんな2人の悩みを解決する方法が無いものかと、リュアナと優希
と共にお金を扱う身としてはつい考えてしまう。
「すみません、私もそういった物は聞いた事がありません」
「つーか、んなモンがあんなら今頃エストレイア辺りが使ってると思うぜ」
「あ、そっか」
アンゴルモアの言葉に李雄は、言われてみればそうだ、と納得を感じた。
自分と同じ聖王候補のエストも、真雄と勇に負けぬ胃袋の持ち主だ。
しかも話ではかなり良い所の育ち、いわゆるボンボンらしい。
そんな便利な物があるならば、お供であるサーシャが使っている筈だ。
「2人の食欲を抑える方法なんてやっぱり無いのかなぁ……」
そう思いながら李雄はすぐ近くを歩いているであろう、真雄と勇に視線を向ける。
……が、そこに2人の姿は無かった。
「あ、あれ? 兄さん、勇?」
「真雄様? 何処に……」
「あのバカ2人、また塀を越えたな」
李雄とリュアナがおろおろする中、魁が冷静に言い放った言葉に李雄は、はっとすぐ近くにある
学校の塀に視線を向けた。
李雄達の住まうバラックから学校は、専用の寮に比べれば遠いがそれでも十分近い位置にある。
そして2人が居なくなったのは丁度、寮の敷地の塀と学校の敷地の塀の間とも言える位置だ。
2人が塀を越えて学校に入るのには、ある理由がある。
それは校門前でしているであろう、委員長ことユーメリアの検査をエスケープする為だ。
風紀委員の中でも特に厳しい事で有名なユーメリアの風紀検査において、機動性を重視した乱れ
た服装の2人は、要注意人物ブラックリストのトップと言っても良い。
故に2人は検問で校門前で言い合いになるのが面倒で、塀を越えて学校に入るのだ。
「2人共ちゃんと服着てればいいのに」
「そう言って
「だよねぇ……」
その優希の言葉に、李雄は軽くため息を付くのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「よぉ、遅かったじゃねぇか」
「ウガ、皆やっと来たダ」
「やっと来た、じゃねぇよこのバカ共」
教室にて、塀を越えて先にやって来ていた真雄と勇の言葉に魁は疲れ気味にツッコミを入れた。
真雄と勇むが塀を越えて姿を消した後、魁達は通常通りに校門前での検査を合格して教室に入っ
たのだが、検査の際にユーメリアに「マオさんとイサムさんはどうしたのですか?」と聞かれ、
知らぬ間にいなくなった事を正直に話すと「どうしてちゃんと見てなかったのか」と魁達に説教を
始めたのだ。
結果、魁は無論だが李雄や優希もやや疲れ気味なのだ。
「なんか検査大変だったみてぇだな」
「ウガ、魁達もオラ達と一緒に塀を越えたら良いダ」
だと言うのに、その元凶たる2人は反省の色など皆無だ。
怒りの1つでもぶつけたい所だが、そんな元気もない。
「およよ、カイっち何か元気ないね」
「て言ーか、ユーキもリオリオもお疲れ気味?」
そこへ、魁達の様子に気付いたアリッサとチマがやって来た。
「えぇ、
「あ~、委員長説教長すぎ……」
「流石にちょっと、きついかな……」
魁だけでなく、優希や李雄も少々お疲れ気味だ。
「あの、皆様大丈夫ですか?」
リュアナも心配気にこちらを見てくる。
「と言うか、リュアナさんは疲れてないんですか?」
その時、魁はそんな疑問に気付いた。
リュアナも一緒に説教を受けたと言うのに、あまり疲れている様には見えない。
ちなみにアンゴルモアは、説教の途中で何処かへ飛んでいってしまった。
「はい、大丈夫です」
「何でそんなに平気なの?」
「えっと、それは………」
優希の言葉に、リュアナはチラッと真雄に視線を向けると、頬を赤くして口を開く。
「そ、それで真雄様をお庇い出来るのなら………」
『……………………』
そのリュアナの健気な言葉に、魁は無論の事、優希やそれを聞いていたアリッサとチマも唖然と
した。
彼女の健気さと忠義はそこまで行くのか。
「ウガー、にしてもやっぱ腹減ったダ」
「次の授業も眠りてぇなぁ………」
そんなリュアナの言葉に気づく事もない真雄の姿に、魁はリュアナを心の底から不憫に思うのだ
った。
◇◆◇◆◇◆◇
「ちょっとマオくん! 聞いてるの!!?」
「兄さん……」
一時限目の授業、英語において李雄は頭を抱えていた。
それは、現代文担当のザビエラが隣の席にて眠る兄、真雄を叱り付けているが故だ。
真雄は基本、興味の無い授業は寝て過ごす。
このクラスには勇やアリッサ、チマにエストと授業中に寝る生徒が結構多いのだが、アリッサと
チマ、それにエストの場合はザビエラやユーメリアに注意されると、少なくともその授業中は眠る
事はない。
だが真雄と勇は、例え注意されてもちょっとやそっとじゃ起きず、仮に起きても再び寝てしまう
のだ。
故に授業中はザビエラとユーメリアの怒鳴りが耐えないのだ。
「うっせぇなぁ、どうせ授業内容なんざ大概判ってんだよ」
「判ってるって………どう判ってると言うの?」
「教科書の内容、全部覚えた。だから判るんだよ」
「は?」
その真雄の言葉に、ザビエラは勿論、教室内にいる殆どの生徒達が驚いた。
そりゃそうだ、教科書の中の内容を全て覚えたと言うのだから。
そんな事、普通無理だ。
だが李雄を始め、真雄と付き合いの長い魁と優希は知っている、真雄の記憶力の良さを。
故に特に驚かなかったのだが、目の前に居るザビエラは信じていない様だ。
「なら今やっている所、教科書を見ずに意味も含めて全部言ってみなさい。そうしたらもう何も言
わないわ」
「おう、良いぜ」
(あ、終わった)
そのザビエラの言葉に、李雄はザビエラの後の先が見えた。
真雄はニヤリと微笑みながら立ち上がり、口を開く。
そう、それが悪夢の始まりなのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「―――――以上だ。なんか間違ってたか?」
してやったり。
そんな言葉が実に似合う今の自分の表情を、真雄は鏡無しでも判る位に自覚していた。
ザビエラは言った、「今やっている所、教科書を見ずに意味も含めて全部言ってみなさい。そう
したらもう何も言わないわ」と。
故に言ってやった。
今やっている部分全てを、本当に一切間違える事無く言い、訳してみせた。
昔から体を動かす位に本を読み続けて十何年。
本の内容など3回も読めば全て覚えてしまう。
ノートなんかは李雄に見せて貰えば良いのだから。
目の前のザビエラはあんぐりと開いた口が塞がらず、実に見事なアホ面だ。
(ま、それを見るのも楽しいけどな♪)
「今やってる所全部言えたら何も言わないんだったよな? んじゃもう俺が寝てても何も言うん
じゃねーぞ」
それだけ言い真雄は席に座ると目を閉じ、やがてその意識を絶つのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「兄さん、後で先生達に謝ってきた方が……」
「あん? ヤなこった」
その日の昼休憩時間。
李雄は弁当を頬張る真雄に、先生達の下へと行く事を進めたものの、あっさりと断られた。
1時限目の英語に始まり、2時限目の数学、3時限目の現代文と立て続けに眠った挙句、得意の記
憶力で先生達を涙目にさせた真雄を咎め様と思ったのだが、やっぱり無理だった。
「つーか何であんな授業受けなきゃならねぇんだ? あんなの小学生の授業受けてる気分だぜ」
「それ、赤点回避しようと必死こいている人達が聞いたら血の涙を流しそうだな」
真雄の言葉に、隣の席で弁当を食べていた魁がそう言い放つ。
魁の言う通りだ。
真雄にとっては至極当然の事かもしれないが、他の普通の人達にとっては授業中寝る癖にテスト
は常に上位など、かなりイラ立つであろう。
それに先生達も、授業態度は悪い癖にテストなどの成績は良いという問題児の扱い程、扱い難い
生徒は居ないだろう。
「兄さん。授業態度が悪いとちゃんと評価してもらえないよ?」
「成績表なんざ1評価回避できて、テストで赤点回避しときゃ良いんだよ」
「だからそれが普通じゃないんだって」
「それは他人の普通だ、俺の普通じゃねぇ」
李雄としては何とか普通に授業を受けて欲しいのだが、この唯我独尊が服を着ている様な存在で
ある真雄には馬の耳に念仏だった。
「兄さん……」
「ほっときなさいよ李雄。真雄には言うだけ無駄よ」
何とか説得できないものかと頭を抱えていると、近くでアリッサ達と弁当を食べていた優希が
ストップを掛けて来た。
「でも……」
「
「あっ……」
そう言われ優希に腕を引っ張られる。
真雄の説得で忘れていたが、李雄はまだ自分自身の弁当を食べていなかったのだ。
それを見かねて優希は呼んで来てくれたのだろう。
李雄は仕方なく優希に誘われた席に座り、弁当を食べ始める。
「ねーねーリオっち」
すると、優希と共に弁当を食べていたアリッサが声を掛けて来た。
「あ、はい。何でしょう?」
「マオっちて、あの記憶力だけで今までやって来たの?」
「あ、はい。兄さんは3回も読んでしまえば本の内容を完全に覚えてしまいますから」
「マジで?」
「何でマオマオなんかにそんな記憶力があんのよ」
その李雄の言葉に、アリッサだけでなくその隣で話を聞いていたチマも入り込んで来た。
「マオマオって、んな頭良さそうな奴に見えないんですけどー」
「前に言いませんでしたっけ? 兄さんああ見えて読書家なんです。多くの本を読んでる内にあの
記憶力を得たって」
「お陰であのバカ、記憶力だけで常に赤点回避しちゃってるのよねぇ」
『ちょ、それマジ!!?』
その優希の言葉に、2人は本気で驚いた様だ。
「あたしなんか、赤点回避出来た事なんて1度も無いのにぃ~っ!!」
「このチマちゃんがこんなに苦労してるってのにぃっ!!!」
そう言い2人は突然席を立ち歩き出した。
その行き先を目で追って見ると、その先には弁当を食べ終わり、メガネを掛けて本を読みふける
真雄の姿があった。
2人は真雄の前までやって来ると、真雄を見据えた。
「ねぇ、マオっち。マオっちのすんご~い記憶力、あたしに頂戴。くれたらお礼にあたしが良い事
して、あ・げ・る♪」
「マオマオ、その記憶力チマちゃんに献上しなさい!」
そして2人はそれぞれ、アリッサは誘惑する様に、チマは上から目線でそう言いはなった。
だが、真雄は一向に2人に視線を向けず本をパラパラめくっているだけだった。
当然だ。
真雄は読書中は余程の大声や、興味のある話(主に食い物とケンカ)、そして自分への悪口以外は
基本的に聞こえないのだ。
「しょうがない」
それを見かねた李雄は弁当を進める手を止め、席を立ち2人に近づく。
「アリッサさん、チマさん、無駄ですよ」
「リオっち」
「どういう事よ」
「前に言いませんでしたっけ? 兄さんは読書中周りの声が殆ど聞こえなんですよ」
『……………………あっ』
その李雄の言葉に、2人は声を合わせた。
どうやら思い出したらしい。
「読書中の兄さんに声を掛けるなら、こうすると良いですよ」
無視されるのは流石に可愛そうなので、李雄はコツを教える事にした。
李雄は真雄の後ろに廻り、ポンポンと軽く真雄の肩を叩く。
「兄さん」
「あん?」
声が聞こえずとも肩を叩く振動は伝わる。
李雄の呼び掛けに、真雄はやや不機嫌そうにしつつも振り向いてくれた。
「何だよ」
「アリッサさんとチマさんが、どうしたら兄さんみたいな記憶力が手に入るのか教えてって」
「え? あたしそんな事言ってないけど」
「そうよ。チマちゃんは今すぐにその記憶量が欲しいの。だから献上しなさい」
「何だ、大事な読書の邪魔をしてまで話したい事ってのはんな事か?」
李雄は真雄が不機嫌にならない様に遠回して言ったのだが、2人の言葉がそれを台無しにして
しまった。
結果、真雄は見事に不機嫌そうな表情だ。
「ねーねーマオっち、その抜群の記憶力を秘めた脳みそ、あたしのと交換しようよ」
「その脳みそチマちゃんに捧げなさい」
「バーカ。テメェらは「人事を尽くして天命を待つ」って言葉を知らねぇのかよ」
『???』
その真雄の言葉にアリッサとチマは意味が判らず、李雄も「いきなり何を?」と首を傾げずには
いられなかった。
「判らねぇか? 人事、つまり人として最低限の努力をして人は始めて神に愛されるって意味だ。
俺は神なんざ信じちゃいねぇが、少なくとも努力はいつか実ると考えてるぜ。俺も読書っつー努力
続けたお陰でこの記憶力手に入れたんだ。テメェらの場合、記憶力うんぬん以前に普段勉強とかし
てんの?」
「それは……」
「ぬぅ……」
その真雄の言葉に、アリッサとチマは口篭った。
確かに2人共、ハッキリ言って勉強を進んでやるタイプには見えない。
「兄さんって、偶にまともな事言うよね」
「俺は思った事しか言わん」
「そうだったね」
そう言い李雄は苦笑した。
確かに古暮 真雄とはそんな人物だ。
昔から思った事は何でも言い、それで他人にどう思われ様がお構い無しだ。
「ま、そーゆー訳だ。そんなに記憶力が欲しけりゃこれでも読みな」
「?」
その真雄の言葉に首を傾げていると、真雄は先程読んでいた本を取り出した。
かなりの厚みがある。
「兄さん、これは?」
「歴代の魔王の中でも特に最強と言われた第121代目魔王“ラルド・ドラグニル”の伝記だ。歴代
魔王の伝記、全部暗記出来る様になる頃にゃオメェらも俺と同等の記憶力が手に入るだろうぜ」
『そんなの無理!!!』
その真雄の言葉に、アリッサとチマは声をそろえて拒否した。
確かに無理だ。
普段から本など読まなさそうな2人に、いきなりこんな分厚い伝記を読めと言われても、
それは無理だろう。
「だったら好きな漫画でも良いからその内容やセリフ、全部覚えて見せろ。それが第1歩だ」
「いや、それもどうなのかな………」
伝記よりはマシだろうが、それでもセリフや内容全てを覚えるなど到底無理だ。
「と言うか、そもそも記憶力に頼ろうとする事の方が論外ですわ」
「え?」
不意に背後からした声に振り返ってみると、そこにはユーメリアの姿があった。
「げっ、ユメりん」
「アリッサさんチマさん、記憶する以前に御2人はちゃんと授業を受けるべきですわ。居眠りして
授業を聞かず、それを反省して家で自習する気すらない。マオさんに同意する訳ではありませんが
御2人は記憶力を鍛える前にちゃんと授業を受け復習すべきですわ」
ユーメリアの言い分は最もだ。
そもそも努力も何もせずにテストだけ良い点取ろうなど無理な話だ。
どんなに良い点を出す秀才や天才も、テスト内容を理解する、という努力をしているのだから。
「ユーメリアさんの言うとおりですよ2人共。とりあえず今日の所だけでも復習してください。
判らなければ僕が教えますから。まずは努力してみましょ、ね?」
そう言い李雄は何とか2人を説得しようと、優しく微笑みかける。
『…………………………………』
「って、あれ?」
だがそれに対しアリッサとチマは勿論、ユーメリアも何処か固まっている様に見える。
それに3人共、頬が微かに赤くなっている様にも見える。
「あの、どうかしました?」
「……リオっちて、結構、女泣かせ?」
「え?」
不意に放たれたアリッサの言葉に、李雄は首を傾げずにはいられなかった。
女泣かせ?
李雄には女を泣かせた様な覚えは無い。
それに今の会話でどうしてその様な言葉が出てくるのか、全く理解できない。
「あ、あの~、僕女の子を泣かせた覚えは無いんですけど………」
『そうじゃねぇよ(ないわよ)』
首を傾げていると、魁と優希にツッコまれた。
「李雄、頼むからもうちょっと理解してくれ」
「そんなんだから女泣かせって言われるのよ」
「??」
その魁と優希の言葉に、益々首を傾げる李雄。
「えっと、それって一体…………あっ!」
その時、李雄の目に時計が映り、同時に大事な事を思い出した。
「いけない。ゴメン、ちょっと用事思い出したから僕行くよ」
「え? あっ、ちょっと李雄!?」
優希が呼び止める声がしたが、李雄はそれ所ではない。
今日は大切な事をする為に、先生と約束までしておいたのだ。
忘れる訳にはいかない。
故に李雄はそのまま教室を後にするのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「全くあのニブバカ」
昼休憩。
優希は先程の事で呆れ果てていた。
先程の事とは、委員長ことユーメリアの説教に便乗し、アリッサとチマを勉強させようと李雄が
やった事だ。
別に李雄自身は、2人を励ます為に言っただけかもしれない。
いや李雄の性格上、絶対そうだろう。
だが、その善意が李雄の場合問題なのだ。
いやもっと正確に言えば、善意の際に放つ李雄の優しい微笑だ。
女とも見間違う美貌と声のトーンを持つ李雄の笑顔。
その天女か聖女、はたまた女神かと思われる程に自愛に満ちた笑顔に、今まで何人もの者達が
ノックアウトされて来た。
にも拘らず、李雄自身はそれに気付いていない。
当然だ、李雄は別に意識してやってるのではなく、極自然に、いわば天然であの笑顔をやってい
るのだ。
「まぁそれでも、ここまで気付かないと異常すぎる。まさにニブチンだな」
「あのバカはどうしてあんな風に育ちゃったのかしら」
魁の言葉に同意する様に、優希はついオバちゃんの様に言い放つ。
おまけにその肝心の李雄を叱ろうにも、用事があるらしく何処かに行ってしまっている。
「リオっちてば、あの笑顔を天然でやっちゃうんだ………」
「何それ、よーするに誰にでもするって事?」
そんな優希と魁の会話に、先程李雄の笑顔にノックアウトされたアリッサとチマが、それぞれ
アリッサは何処か関心気に、チマは何処かむくれた表情で会話に入って来た。
ただ、この2人表情は違えど頬が若干赤面してるのは共通していた。
「御2人共、惚れましたか李雄に」
「え!?」
「な!?」
その事に魁も気づいたらしく、そんな事を言い放った。
それに対しアリッサとチマはそれぞれ驚いた表情となった。
「う、う~ん……どうなんだろうね………」
「ちょ、バカ言わないでよ! 何でこのチマちゃんがあんなもやしっ子に……」
アリッサはちょっと照れた感じで、チマは口では厳しい事を言ってるが目が泳いでいる。
「はぁ、ここにも犠牲者が出た訳ね……」
優希は悟った。
この2人も既に李雄の笑顔の犠牲者となった事を。
今まで李雄の近くで何人も見てきたから判る。
「………李雄の、バカ……」
気付けば優希はそう呟いていた。
何故なのかは判らない。
今まで見慣れて来た光景の筈なのに、何故こんなにも息苦しいのか、どうしても判らなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「起立、礼」
ユーメリアの号令により、放課後の時間となった。
「よし、部活行くぞ李雄」
そしてそれと共に、真雄は李雄の首根っこ掴んで部活へと向かおうとする。
相変わらず人の意見を聞く前に、自分の意思を通す人だ。
「ちょ、ちょっと待って兄さん、僕その前に用事が」
「あん? トイレか?」
「違うよ。ちょっと職員室に用事があるから……」
「あんだよ」
それを聞いた真雄はやや不機嫌に首根っこを離す。
「早くしろよ」
そしてそれだけ言い、さっさと部活へ行ってしまった。
相変わらずの唯我独尊ぶりだ。
「あ、お待ちください真雄様」
そしてそれを追うリュアナの姿。
こちらもまた相変わらずの健気ぶりだ。
と思っていると、リュアナはこちらを振り返って来た。
「リオ様は職員室に行かれるのですか?」
「うん。それ以外にもちょっと野暮用がね。だから兄さんの事よろしくね」
「はい、判りました李雄様」
そう言いリュアナは、ペコリと頭を下げ再び真雄の後を追うのだった。
「リュアナもリュアナで相変わらず健気ね……」
「ホントだね。僕や兄さんには勿体無いよ」
苦笑する優希に同意しながら、李雄は教室より廊下に出る。
「あっ」
その時、都合の良い事にこれから用事のある所に関係ある人物を見つけた。
「あの、イズミさん」
武道部主将のイズミだ。
「あらリオ様。何か御用でしょうか?」
李雄の呼び掛けに振り返ったイズミは、奥ゆかしく尋ねて来る。
「はい。実はちょっとソフィアさんに用事があって……」
「ソフィアに、ですか?」
その言葉にイズミは首を傾げた。
無理も無い。
今や武道部の敵と認識されている学園島治安維持部の部員にして、その部長である真雄の弟であ
る李雄が、何故ソフィアに用事があるのか疑問なのだろう。
だがそれも一時の事。
イズミは深く考えるのを止めたのか、優しく微笑み返して来た。
「判りました。何かあるといけませんから私もお供いたしましょう」
「ありがとうございます」
そう言い頭を下げ、イズミと共に武道館へと向かおうとした時だった。
『はぁ……』
「ん?」
不意に聞き覚えのある複数のため息が聞こえ、イズミと共に声のした方を向く。
そこには、ザビエラを始めとした数名の教師達の姿があった。
その中には副担任であるシリアや、数学担当のジャックの姿もある。
「まさかマオ君にあれ程の記憶力があるだなんて……」
「現代文の内容、全部覚えるなんてありなんですかね」
「天界史もでした」
「記憶力だけじゃないですよ。数式の理解の仕方まで記憶してます。どうやら真雄君は、俗に言う
吹きこぼれですね。落ちこぼれより色々と厄介ですよ」
「確かに……」
「ベルとマリア。あの2人の息子だけに厄介……いやあの2人よりもたちが悪いですな」
その教師達に李雄は見覚えがあった。
それは、今日の授業で真雄の記憶力と優れた理解力の前に敗北した教師達の面々だった。
「丁度良いや。すみませんイズミさん、武道館に行く前にちょっと用事があるんですけど良いです
か?」
「はい、良いですよ」
「すみません」
イズミに頭を下げ、李雄はカバンの中からいくつかの袋を取り出しながら先生達の下へ向かう。
「あの、先生」
「ん? あらリオ君」
「リオさん」
「やぁリオ君。僕に会いに来てくれたのかい?」
声を掛けると、教師一同がこちらを振り返る。
特にジャックなどは真っ白な歯をキランと輝かせながら。
「あの、実は先生方にちょっと用が」
「何だいリオ君。僕の個人授業ならいつでもOKだよ♪」
「ジャック先生、話が進まないからちょっと黙っててくれるかしら」
ジャックが歯を輝かせながら迫ってくるが、ザビエラ及び他の教師達に止められた。
「?」
(どうしてジャック先生はいつも個人授業に誘おうとするんだろ……)
李雄は不意にそんな疑問を感じた。
ジャックは始めて授業で顔を会わせた時から「判らない所は無いかい」とか、「何でも質問して
良いんだよ」とか、「良かったら今度僕と2人っきりで個人授業をしないかい」など積極的に声を
掛けて来るのだが、何故そこまで自分に言ってくれるのかが判らないのだ。
実際、他の生徒やクラスメイトに聞いても、そこまで言われた事は無いと言うのだ。
(ひょっとして僕、落ちこぼれに見えてるのかな)
そんな事まで考えてしまう。
確かに、人格以外ではエリートな真雄に比べると見劣りはするのかも知れない。
もっと頑張ろ。
そう心に誓うのだった。
「それでリオ君、用事って何かしら」
「あ、はい」
ザビエラの声で考えをやめ、李雄は本来の目的を思い出し袋を取り出す。
そしてそのまま教師一同に頭を下げる。
「授業中、兄がご迷惑をおかけしてすみませんでした。これ、詰まらない物ですけど良かったら」
そう言い李雄は袋を教師達に渡す。
それは、昼休憩中に家から持って来た生地を家庭科室で焼いて作ったクッキーだ。
元々は迷惑を掛けた武道部へのお詫びに作っていたのだが、多めに作っていた事もあり先生方へ
のお詫びも作ったのである。
「これを、私達に?」
「わざわざ買って来てくれたのですか?」
「いえ、昼休憩を利用して家庭科室で作りました」
「何! リオ君の手作り!!?」
「はい。あの、ご迷惑だったでしょうか?」
「とんでもない。すごく嬉しいよリオ君!」
そう言いジャックはとても嬉しげにクッキー入りの袋を受け取る。
「リオ君」
「はい?」
そこへ不意にザビエラが声を掛けてきた。
その表情は、普段見る悩ましげな表情でも、先程までのため息をついていた暗い表情でもない。
優しく微笑んだ、神父様の様な表情だ。
「アナタ、ほんっとぉに良い子だわ。マオくんの弟、それにベルとマリアの息子と言う事で色々と
苦労するでしょうけど、いつでも相談に乗るからね」
「え? あ、はい、どうも………」
いきなりそんな事を言われ、どう反応するかつい迷ってしまう。
自分としては、元々武道部へのお詫びのついでに作った様なクッキーでそこまで感謝されても、
かえって反応に困る。
「リオ君、僕もいつでも相談に乗るからね♪」
「リオさん、私はカウンセリングをしてますからいつでも入らしてくださいね」
「うんうん、君はホントに良い子だよ」
「色々あるだろうけど、挫けちゃダメだよ」
更にザビエラに続き他の先生達にまで感謝され、益々反応に困ってしまう。
「え、えっと、ありがとうございます。あ、僕他にも用事があるので、これで………」
そう言いそそくさと退散し、イズミの下へ向かった。
「すみません、お待たせして」
「いえ、大丈夫です」
そう言いイズミは優しく微笑む。
「あの、リオ様。ぶしつけながら1つよろしいでしょうか?」
「あ、はい、何でしょう?」
「先程の先生方との会話を聞いておりましたが、もしやソフィアに用事があるというのは……」
どうやら先程のを見て、イズミも察したらしい。
「あ、はい。お詫びを持って行こうと思いまして………」
李雄の手には、先生達に渡した袋よりも大きい袋が握られている。
中は手作りクッキーの山だ。
「よろしければ武道部の皆さんに食べていただければと……」
「うふふ、リオ様はお優しいのですね」
そう言いイズミは再び優しく微笑んだ。
まるで自愛に満ちた母の様な笑顔だ。
「では参りましょう、皆さんにそのクッキーを渡しに」
「はい、それに謝罪も」
そう言いイズミに連れられ、武道館へと向かうのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「――――――ふぅ」
学園島内、町はずれの緑地公園。
その中を李雄は走っていた。
あの後イズミの導きにより武道部に顔を出し、謝罪の言葉とクッキーを送ると大変喜ばれた。
副部長のソフィアに至っては「君は本当に
ただその後、治安維持部に行った際に「
走って来いと言われてしまったのだ。
本当は100週言い渡されたのだが、ヴァンのお陰で10週にまで減らされた。
「さて、このまま学園に帰らないと……」
そして現在、10週ランニングを終え学園に戻る所だ。
このまま学園に戻ろうと思った時だった。
『きゃあぁっ!!』
「え!?」
不意に公園の茂みの方から聞こえた声、いや悲鳴に李雄は足を止め視線を茂みの方へと向ける。
「今の声は!?」
李雄は反射的に茂みの中へと突入する。
悲鳴が聞こえた事以上に、その悲鳴は1人ではなく複数、それも聞き覚えのある声だったのだ。
そして茂みの中で李雄が目にした物は、
「あ、うぐ……! く、苦しい……」
「こ、コラッ! このチマちゃんにこんな事して……うぐぅぅっ!!!」
巨大な蜘蛛の巣の様な物に捕らえられた、アリッサとチマだった。
巣に捕らえられ、しかも良く見れば2人を締め付ける様に動いている糸により、2人は苦悶の表情
を浮かべている。
「アリッサさん! チマさん!!」
「え? り、リオっち?」
「リオリオ、何でアンタここに………」
「今助けます!!!」
2人は李雄の存在に驚いているが、今はそれ所ではない。
李雄は2人を巣から救おうと駆け出す。
だが、
「え!?」
不意に李雄は、ある事に気付いた。
木々の生い茂る中、今一瞬、木々の影の一部が動いた様に見えたのだ。
風が吹いた訳でもない。
だが動いた、いや動いている。
(何かいる!!?)
そう確信し、李雄は上を見上げた――――――――――――――――――――――
「キシューッ」
「なっ!!?」
そして
それは1匹の巨大な蜘蛛だった。
ゲームなどで俗に
「キシューッ!!!!」
「うわっ!!!」
Gスパイダーは頭上から李雄に目掛けて降りて、いや重力を利用して落ちて来た。
それに対し李雄は辛うじて後ろに飛んで避ける事に成功し、Gスパイダーに視線を向ける。
「キシュル、キシュルゥ~」
Gスパイダーは口元をもごもごと動かし、大量の唾液を出している。
まるで目の前に極上のご馳走を見つけたかの様に。
(つまり僕は、極上の餌か)
李雄は心中でそう思いながら、Gスパイダーに、そしてその後ろにある巣とその巣に捕らわれた
アリッサとチマを見る。
「あっ、うぐぅっ!!!」
「うぐっ、うあぁ………っ!!!」
(アレは!?)
その時、李雄は2人を見てある事に気付く。
良く見れば、2人を締め付ける糸は巣と言うより別の場所から流れて来ている様に見える。
そしてそれを辿って見れば、Gスパイダーの後部から出て来ている様に見える。
(アレで2人を締め上げてるのか!!)
Gスパイダーの後部から出ていて、奴の意のままに動かせてるというのなら、奴を倒さねば2人を
苦しめる糸を解く事は出来ない。
李雄はそう確信した。
(くっ! 何とかしないと)
何とかせねば。
そう思うも李雄には成す術がなかった。
神気は未だに判り辛く、こんな巨大なモンスターと戦い勝つ自信など無い。
(一旦距離をとって兄さんに連絡するしかない)
そう思い李雄はGスパイダーから離れる様に、バックステップを取ろうとする。
だが。
「えっ!!?」
その時、李雄は初めて気付いた。
足が動かない事に。
下を見ると、目に見え難い程に細い糸が知らぬ内に李雄の足を地面に固定していたのだ。
そしてこの時、足に気を取られたのが拙かった。
「キシューッ!!」
「っ!? し、しまったっ!!!」
気付けばGスパイダーの前足が李雄の目の前まで迫っていた。
だが足を糸で固定された李雄には成す術がなく、精々腕でガードする位だった。
「ぐうぅっ!!!」
結果、李雄はGスパイダーの前足による薙ぎ払いを受け、後方に吹っ飛ばされてしまった。
「あぐっ!!」
お陰で足に絡まる糸は切れたが、近くの木に思いっきり身体をぶつけてしまう。
いやそれだけではない。
同時に木々より糸が垂れ、李雄の身体に巻き付いて行く。
ここ一帯は既に、Gスパイダーのテリトリーだったのだ。
「リオっち!!」
「ちょっ、リオリオ! 生きてんのっ!?」
その李雄の様にアリッサとチマからの声が聞こえるが、木にもろ身体をぶつけた李雄はそれ所で
はなかった。
「う、ぐっ………」
(ま、まずい……目が、かすむ………)
「リオっち!! う、うあああぁぁっ!!!」
「しっかりしなさいよリオリオ……んっあ、あああぁぁっ!!」
景色がかすみ、薄れ行く意識の中、李雄の目に映ったのは更に糸がきつく締められ、苦痛の表情
を浮かべるアリッサとチマの姿だった。
「アリッサ、さん……チマ、さん………」
アリッサとチマ、ふと李雄は2人の名前を口にした。
初対面の頃から明るく、早い段階から李雄達人間界転校生組みに接して来た2人組み。
その明るさのお陰で、李雄はこの異世界の学校というのにもなれた気がした。
(……アレ? じゃあ何でそんな恩人が危ない目に会ってるのに、僕は何もして無いんだ?)
2人はクラスメイトで大切な友人だ。
そんな2人を見捨てて、このまま気絶するなど李雄には出来る筈が無かった。
(ダメだ……立つんだ! 立って兄さんに連絡を……………いや違う、僕が助けるんだ!!!)
そう思い、身体を何とか立ち上がらせようとする李雄だが、木に直撃した痛みと絡まる糸により
身体は思う様に動かない。
(動け、動いてよ!!! 僕は、僕は助けたい、助けたいんだ!!
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!!!」
そう思い、死ぬ気で立ち上がろうとした時だった。
気づけば李雄は糸をぶち破り、Gスパイダーに向かって走り出していた。
全身に青白いオーラを立ち上らせながら。
(これって、あの時と同じ!!!)
そう、屋上で合成生物と戦った時と同じ感覚。
李雄は知らず知らずの内に、神気を発動させていたのだ。
故に感じる。
己の細胞1つ1つが活性化し、力が湧き出ているのを。
その象徴たる髪が伸び、青く変色している事を。
(行ける!!)
「はああああぁぁぁぁっ!!!!」
「キシュッ!!?」
その先程までと違う李雄の力に、Gスパイダーが一瞬怯んだ所を李雄は見逃さなかった。
李雄は更に速度を上げ、その加速力を利用しサバット特有の蹴りを打ち出す。
サバット。
それはフランスより生まれし、ストリートファイトを起源とする格闘技。
パンチにキックを主体とするキックボクシングやムエタイと似ている格闘技だが、最大の違いは
その特有の蹴りにある。
キックボクシングやムエタイが足裏で蹴るのに対し、サバットは靴のつま先で蹴るのだ。
結果、つま先で蹴る分リーチに勝る。
ましてや今は神気により身体能力が上がっているのなら尚更だ。
「せやああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
蹴りは見事にGスパイダーの眉間を直撃、貫通した。
「キュシュウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!????」
この攻撃にGスパイダーは断末魔の悲鳴と共に、貫通口から緑色の血を噴出させ絶命した。
(何だ、今の……)
そして同時に李雄は、奇妙な感覚を感じていた。
つま先蹴りでGスパイダーを貫通した時、まるで蹴り破ったと言うより槍で貫いた、或いは刀剣
で斬り裂いた様な感覚がしたのだ。
「はぁ……はぁ……」
「く……うぅ………」
「って、今はそれ所じゃなかった!!!」
そんな事を考えていた李雄だったが、背後から聞こえたアリッサとチマの苦しげな声にその考え
を中断した。
見れば確かに糸の動きは止まったが、2人は絡まったままだ。
しかも良く見れば顔が若干青い。
「くっ!! 早く下ろさないと!!!」
李雄は即座に巣へと近付き、全神経を足に集中させる。
すると、神気は足に集約され、より輝きを増すと同時に、足を軸に刃の様な形に変わった。
(もし先感じた感覚が気のせいじゃないなら!!!)
「はあぁっ!!!」
槍か刀剣の様な感覚。
その感覚を信じて李雄は巣に蹴りを放つ。
すると糸は、何の抵抗も無く文字通りスパッと斬れてしまった。
「よし、行ける!」
これに確信を感じた李雄は巣を片っ端から斬り裂いて行く。
そしてついに巣はボロボロと崩れ、アリッサとチマも全身を半繭状態になりながら落ちて来た所
を李雄がキャッチする。
「アリッサさん! チマさん!!」
「うぅ……」
「……うぐ……」
2人を揺する李雄だが、2人は苦しげに唸るだけだった。
「くっ! 僕1人じゃ手順が判らない。兄さんと先生を呼ぼう」
そう言い李雄は改めて携帯を手に取るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「つまり、2人の悲鳴を聞いていってみるとコガネ・タランチュラの巣があったという訳ね?」
「はい」
トリニアス学園、職員室。
そこで李雄は事の
た。
あの後、携帯で真雄達に軽く事情を説明して呼んだのだが、その際に真雄とヴァンを筆頭とする
治安維持部の総出を偶々ザビエラに見られ、これによりザビエラにも事情を説明し、その説明にザ
ビエラも同行しやって来たのだ。
その後はアリッサとチマは保健室行きとなり、更に騒ぎを聞きつけたセンシアやイズミも加わり
職員室にて詳しい説明をする事となったのだ。
「しかし、まさかコガネ・タランチュラまで現れるとはな」
「コガネ・タランチュラか、その名は記憶してるぜ」
そしてその李雄の説明にヴァンと真雄は、何やら意味ありげに頷く。
どうもこの2人の会話を聞く限り、あのGスパイダーはコガネ・タランチュラと言うらしい。
「あの、あの蜘蛛って珍しいんですか?」
「珍しいというか、この辺りで見る事はまず無いモンスターだ」
気になった李雄が聞いてみると、それにセンシアが答えた。
「コガネ・タランチュラは樹海に住むモンスターだ。めったな事で街中に出て来る事は無い筈だ」
「ましてや、ここは宙に浮かぶ学園島。来れる筈がありません」
そう答えるセンシアをイズミ。
確かに考えてみれば、空に浮かぶ学園島に来るには飛ぶ必要がある。
だが、蜘蛛にそんな事が可能なのだろうか?
「幼虫がバルーニングで住み着いて、そのまま成長したんじゃねぇの?」
そんな疑問に真っ先に答えを述べたのは、真雄だった。
「どういう事ですかマオ様」
「コガネ・タランチュラはその名の通り
黄金蜘蛛を始めとした蜘蛛の幼虫は糸を宙に向かって伸ばし、それを凧の様に風に当て事で遠くに
飛ぶバルーニングっつー習性がある。あまり知られていない特性だが、コガネ・タランチュラにも
その特性がある」
イズミの言葉に、真雄は淡々と答える。
バルーニング。
殆どの蜘蛛の幼虫が持つ、風に乗って遠くへと飛ぶ特性。
これにより蜘蛛はより遠くへ子孫を残す事が出来るのだ。
そしてそれは、黄金蜘蛛の特性を持つコガネ・タランチュラもまた同様なのだ。
「良く知ってたわねマオ君」
「本で読んだ。んで覚えた」
「相変わらずの記憶力だね兄さん」
ザビエラの言葉に対しても当然の如く淡々と返す真雄に、李雄は思わず苦笑した。
「しかし、コグレの推測通りだとするなら、そのコガネ・タランチュラは一帯どれほど長くこの学
園島に生息していたのだ?」
そこへ、センシアがふとそんな疑問を上げた。
そう、バルーニングは一部を除き蜘蛛の幼虫のみが持つ習性だ。
何故なら風に乗るには子蜘蛛の様に軽くなければならないからだ。
「確かにそうね。私も亡骸を見たけど、幼虫からあそこまで巨大に成長するには10年近くの年月が
必要よ」
「今まで見つからない様にしていたのか、或いは何らかの突然変異か、だな」
そのセンシアの疑問に頷くザビエラに、ヴァンも自分なりの推測を述べた。
「まぁ、理由は何であれ、最近あるって言うモンスターの異常発生なんかもあるし、早いとこ俺達
学園島治安維持部の活動を正式に認めて貰わねぇとな」
そんな中、真雄はそう言いながら「それはさて置き」と李雄に視線を向けて来た。
「李雄、お前コガネ・タランチュラの糸に絡まったとか言ってたな?」
「え? あ、うん」
「お前良く生きてたな。コガネ・タランチュラの糸には毒が染み込まれてんだぞ」
「えっ!!?」
その真雄の言葉に、李雄は耳を疑った。
そう、コガネ・タランチュラの黄金蜘蛛の特性が糸を出す事なら、タランチュラの特性は毒だっ
たのだ。
そしてその毒は糸に染み込まれていると真雄は言った。
つまり、あの糸に絡まったら毒が身体に付着する事となる。
「じゃ、じゃあアリッサさんとチマさんが!!!」
「いやお前、そこは人の事より自分の事心配しろよ。まぁ大丈夫だろ、コガネ・タランチュラの毒
は身体にまわるにゃ時間が掛かんだ」
「随分詳しいじゃないかマオのボウヤ」
李雄がアリッサとチマの安否を心配し、それに真雄が苦笑した時、不意に職員室の戸が開き、
そこから声の主であるジーナが現れた。
「ジーナ先生」
「マオのボウヤの言う通りさ。リオのボウヤが2人を救出したのが早かったお陰で、2人に毒はまわ
って無かったよ」
「良かった………」
そのジーナの言葉に、李雄は心の底からホッとした。
「しかしボウヤ、アンタどうやってあのコガネ・タランチュラの糸から2人を助けたんだい?
あの糸は打撃に強くて剣も魔法も無しには斬れない筈だよ」
「え? あ、それは……」
そのジーナの質問に李雄は一旦目を閉じ、全神経を集中させた。
(感じろ……感じるんだ、自分の細胞を、僕の力を!!)
あのコガネ・タランチュラとの戦い、そしてその前のキメラとの戦い。
更に真雄との組み手やヴァンの指導。
その全ての経験からなる感覚を李雄は今、確かに感じ取った。
(来たっ!!)
そして来た。
全身の細胞1つ1つが反応し合い、その動きが体中を熱くさせている、あの感覚が。
そして感じる、細胞1つ1つが活性化し髪が伸びているのを。
「これは!」
「これが、コグレの神気」
「すごいです……」
「ハッ、やりゃ出来るじゃねぇか」
周りから様々な声が聞こえる中、李雄はゆっくりと目を開け、近くの窓で自分の姿を確認する。
そこには、神気の発動により伸びて蒼く変色した髪と神気による青白いオーラを纏った、自分自
身の姿が映っていた。
「神気を発動させて、こうすると………」
そしてあの感覚、槍か刀剣の様な感覚を思い出しながら李雄は神気を足に集中させた。
すると、あの時と同じ様に神気は足を軸に刃状に形を変えた。
「これは!!」
その様に真っ先に声を上げたのはヴァンだった。
「コグレ弟、お前これ何処で習った!?」
「え? いえ、習った訳じゃないんです。コガネ・タランチュラを蹴った時に槍で貫いたと言うか
剣か何かで斬った様な感覚を感じたんです。それで、その感覚に任せて足に意識を集中させたら、
自然と出来たんです」
驚くヴァンにそう説明すると、ヴァンを始め周りの面子の誰も彼もが驚いている。
「へぇ、何か面白そうだな、それ」
訂正、約1名を除いて。
「コグレ、それは“
「“
センシアの聞き慣れない言葉に李雄は首を傾げる。
「魔族の魔力、天族の神気、獣人族の
そんな李雄の疑問に、ヴァンが説明を始めた。
「意識を集中させる事で氣に形を与え、武術的攻撃力を上げる方法だ。特に斬撃、貫通力を上げる
事に適している」
「成程、それで糸が斬れた訳か」
そのヴァンの説明に真雄が納得を感じた。
「本来それは、魔法と武術の両方の修業を行い出来る様になるんだが、それを感覚で感じ取れると
はな。今までサバットをやり、そこに神気の発現があったとは言え普通なら無理だ。ある意味、
天賦の才だな」
「天賦の……才……」
そのヴァンの言葉に、李雄は自分の手に視線を向ける。
手に、いや全身に感じる神気、そして気刀の感覚。
間違いなく、自分には才能がある。
ただ、まだ努力が足りないのだ。
(もっと、もっと頑張らないと!)
そう思いながら、李雄は強く拳を握るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「アンタ一体何考えてるの!!」
「……ごめんなさい」
夜のバラック。
アリッサ達の事を先生達に任せ帰宅した李雄達。
そしてそこで「遅かったじゃない」と優希に指摘され、ありのままの事を説明すると「何危ない
事してんのよ!」と怒られてしまった。
「まぁまぁ優希、もうその辺で」
「優希、お前過保護すぎんだよ」
「李雄は
魁と真雄が止めに入るが、優希は止まらない。
「あのな、
「モンスターと戦う事と自立は違うでしょ!!」
「戦わねぇと神気の感覚が掴めねぇだろうが!!」
「別に他の方法でも良いでしょ! 魔法の練習とか!!」
「10の練習より1の実戦! 実戦の方が効率良いんだよ!!」
「それはアンタの場合でしょ!!」
「あの、兄さん、優希………」
真雄と優希の言い合いに、李雄は困惑した。
兄である真雄と姉の様な存在である幼馴染の優希。
2人とも対応は違えど自分の事を考えて意見を出し合う姿を幾度なく見て来た李雄は、2人の思い
を知るが故に嬉しいのだが、それ故に自分が原因で2人がケンカする事に心を痛めてもいた。
「あ、あの、2人共、そろそろケンカは……」
「黙ってろ愚弟!」
「李雄は黙ってなさい!!」
「あう……」
止めに入ろうとしたものの、相変わらず李雄の意見を聞かない2人に圧倒されてしまった。
「李雄、これは諦めた方が良いぞ」
「優希さん、そろそろ夕飯の支度が……」
「つーかリオ、テメェも
「ウガー、李雄、優希、メシは~?」
「あ、あはははははは…………」
傍観する魁に、あわわとするリュアナ、笑い飛ばすアンゴルモアに、飯を要求する勇。
この状況に、李雄は乾いた笑いを洩らす。
(これは神気の修行よりも、こっちの方が大変かも………)
そして今後も続くであろう気苦労な日々に、李雄は苦笑するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「むっ?」
時を同じくして、天界のさる豪邸。
実家の都合で学園を離れ、実家である豪邸の薔薇風呂に浸かっていたユーロは、ふと学園島のあ
るであろう方向に視線を向けた。
「今、ダーリンが俺様を呼んだ様な………」
何か確信がある訳ではないが、そんな気がしたユーロ。
今度は視線を風呂に浮かぶ薔薇に向ける。
薔薇は美しい。
だがユーロにとって、薔薇よりも美しい者がある。
「明日早朝には学園に戻れるが……ふぅ、早くダーリンの顔が見たい……ダーリンの弁当が食べた
い………」
そう思いながら、再び「ふぅ」と軽くため息を付くユーロなのであった。
『~第17話~李雄の気苦労な一日 《終》』
どうも、黒鋼丸です。
今回の話は李雄メインで行きました。
最近真雄視点の話が多かったので、もう1人の主人公たる李雄の視点での話にしてみました。
李雄視点の話しにより、李雄の優しさや悩みなどを書いてみましたがいかがだったでしょうか?
また、今回の話で李雄のアリッサとチマのコギャルコンビへのフラグが確立。
今後2人がどの様に関わって行くのか、どうぞお楽しみに~♪
ではでは~♪