森絵都さんの小説、カラフルのその後を書かせていただきました。


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カラフルーその後ー

 

「ただいま。」

 

プラプラが出てこなくなってから数か月、真は早乙女くんと同じ公立学校へ行くために勉強をする日々を過ごしていた。

その日もいつもと変わらず、学校が終わってから、自分の部屋へと戻り、教材を開いて勉強を始めた。

 

コンコンッ

 

部屋のドアがノックされる。

真が振り向くとそこには母親の姿があった。

 

「いよいよ明日、受験ね。なんだか、お母さんの方まで、緊張してしまうわ。」

 

 自分が「小林真」だと気づくことができたあの日から、母親が不倫をしていたことへの嫌悪感は減っていった。

なにも、母親を許したわけでも、ましてや母親が不倫をしていたことを許したわけでもない。

ただ、自分がこれから「生きていく」ということを考えたときに、自分のことを考えて行動してくれている母の姿を見て、許す、許さないでなく、一緒に今を生きていきたいと思ったからだ。

 

「大丈夫だよ。沢田先生も変な緊張さえしなければ、大丈夫だと言ってくれたし、僕も

できることはやったから。」

 

「そう、よかったわ。今日は、受験に勝てるように、かつ丼を作るからね。」

 

そう言いながら、母は部屋を出ていった。

結局、老人ホームのボランティアはずっと続けているようだ。

自分が頑張ったことを老人ホームのみんなが喜んでくれるといつも嬉しそうに話している。

父は、そんな母の姿を見て、「こういうところがいいんだよ」と言っていて、今の僕ならその気持ちが少しわかる気がする。

 

父の会社はまだ忙しいようで、毎日、残業続きだ。

夜遅くまで僕が勉強をしていると、帰ってくる音が聞こえてくる。

そしてかならず、部屋の明かりがついているのを確認してから、ドアは開けずに「無理はするなよ。」と一声かけてから、立ち去っていく。

 

(僕なんかよりも無理しているじゃないか。)

 

毎回、そんなことを思いながら、父の言葉を聞き、寝るのが習慣となっていた。

そんな、ここ最近のことを思い出しながら、僕は再び勉強を始めた。

 

 

 

 

翌日、試験を終えた僕は、美術室に向かった。

 

「あぁ、小林。受験が終わったんだな。」

 

久しぶりに聞く天野先生のしゃがれた声を懐かしく感じながら、僕は先生と向き合った。

 

「はい、ついさっき終わりました。これから卒業までの間、しばらくお邪魔します。」

 

「好きなだけきなさい。私も君の描く絵が好きだからね。」

 

そう言って、先生はほかの生徒の方に歩いていった。

 

そして僕は、あの時振りにぼくらの青い絵に向き合った。

なんとなく、あの時の光景が思い出される。

突然泣き出して、突然怒りだして、そして、ケロッと何事もなかったかのように帰っていったひろかの姿が浮かんでくる。

青い絵を見つめていた真の手には無意識にあの時ひろかが握っていた黒いインクが握られていた。

 

 

数日後、真は試験の結果発表を見に早乙女くんと二人で公立高校に向かっていた。

 

「僕ら、二人とも受かっているかな。」

 

早乙女くんは眠そうな顔で真のほうを見た。

少しだけ緊張しているのか、頬が強張っている。

 

「そんなこと分からないさ。もちろん、二人とも受かっていてほしいけどね。」

 

そっけないことを言う、真の方も顔が強張っていた。

そんな、会話をしながら、真は受験の前に早乙女くんと話していたことを思い出した。

 

 

 

受験を控えたある日、真と早乙女は教室で勉強をしていた。

 

「僕らって、高校がバラバラになっても友達で居られるのかな。」

 

真は、深呼吸しながら早乙女に話しかける。

 

「そんなの、高校生になってみないと分からないさ。でも、一緒にいたいとは思うけどね。」

 

早乙女くんはノートを書く手も止めずに、答えた。

 

「そういうもんか。」

 

「うん、そういうもんさ。」

 

僕は少し寂しいと思いながらも、なんとなく納得し、そして、再び勉強に戻った。

 

 

 

 

 

 時は流れ、卒業式前日、真はキャンパスと向かい合っていた。

 真は、そっと筆をおき、自分の目の前に広がる絵を見つめる。

 

「やっと描けたみたいね。」

 

 後ろから声をかけられ、振り向くとそこには佐野唱子の姿があった。

 

「今までの小林君の絵とは、何か違う気がする。」

 

「この部分なんか特に、今まで描いていた絵になかった違和感がある。」

 

 そう言いながら、真ん中に塗られた黒い部分を人差し指で指した。

 

「でも、これはこれで、いいような気がする。黒だけど、暗い感じがしなくて、むしろ楽しそうに見える。」

 

そう言いながら、青い絵を凝視していた。

 

「そう、そうなんだ。どんなにきれいな色でも、一色では絵にならない。何個もの色が組み合わさって絵になるんだよ。だから、たとえ、真っ黒だとしても周りに色々な色があれば、それも含めて1枚の絵になるんだ。」

 

 嬉しそうに話す真を唱子は見つめていた。

 

「そうね。たとえ、私たちみたいに暗いところがあっても、自分の中のいろんな色のおかげで暗いだけじゃない絵になれるんだね。」

 

 そう言いながら、唱子は再び絵に視線を戻した。

 そのまま、その絵を目に焼き付けた。

 

「最後に、この絵が完成できたのを見れてよかったわ。」

 

 そう言い残し、唱子は立ち去って行った。

 

 

「あとは、この絵を渡すだけだな。」

 

真はその絵を見つめながら、一人、ぼそりと呟いた。

 

 

 

 

「一緒に進学できてよかったわね。」

 

卒業式、母は早乙女くんと真のふたりが揃って公立高校に合格できたことを喜びながら、写真を撮っていた。

 

「お母さん、ありがとう。最後にやり残したことがあるから、先に帰ってて。」

 

 真は後ろで何か言っている母親の言葉を遮るように走り出した。

 少し、息を切らしながら真は美術室の前にいた。

 

「卒業おめでとうございます。真くん。」

 

 美術室の中には桑原ひろかの姿があった。

 

「こんな日に呼び出しなんて、もしかして、告白ですか?」

 

 ひろかは茶化すように、真に話しかけるが、その表情はほんのりと強張っていた。

 

「まぁ、似たようなものかな。」

 

 ひろ子の方を少しだけ見て、真は後ろの棚からキャンパスを1枚取り出す。

 そして、そのキャンパスをひろ子に渡すのであった。

 

 しかし、ひろ子は、その絵を見た後、受け取るのを拒否するように真の方にそのキャンパスを押し返した。

 

「前にも言いましたけど、私はこの絵をもらえないよ。だって、いつかきっとぐちゃぐちゃにしちゃうから。」

 

 そう言いながら、ひろかは泣きそうな顔になっていた。

 

「たまに、思い出しちゃうの。もし、あの時、この絵をぐちゃぐちゃにしていたらって。綺麗なものを壊せて満足したのかな。でもきっと後悔しただろうなって。だから、学校でもその絵を見るのを避けていたの。」

 

「壊したくなったら、壊せばいいし、ぐちゃぐちゃにしたくなったら、すればいいさ。」

 

「こんなに、綺麗なのに?」

 

「うん。」

 

「後悔しちゃうかもよ。」

 

「それでもいいさ。また、書けばいい。何度ぐちゃぐちゃになっても、様々な色が周りに散らばってきれいな絵になる。どんな絵でも、綺麗じゃない部分があるんじゃないかな。その絵にも真っ黒な部分があるでしょう?」

 

「どんな、絵にも?」

 

ひろかは真が描いた絵を見返す。

 その絵の真ん中にある、黒い部分が目立っていた。

 その黒は、単体では暗いはずなのに周りの色と楽しく遊んでいるような、不思議な印象を与えた。

 

「たしかに、この真ん中の黒はとても楽しそうな黒だね。周りのカラフルな色と遊んでるみたい。」

 

「そう、僕の中にも、黒い部分もあるし、赤い部分もある。白い部分もあるし、青い部分もある。全部ひっくるめて、僕なんだ。それは、ひろかちゃんも同じだよ。」

 

そう言いながら、真はひろかのことを見つめた。

 

「だから、辛くなったときはその絵を見てね。ぐちゃぐちゃにしたくなったらぐちゃぐちゃにすればいいし、壊したくなったら壊せばいいから。」

 

 それだけ、言い残すと、真は絵をひろかに渡して、帰ろうとした。

 そんな真の袖をひろかは掴んだ。

 

「私のことが好きだから、こんなことしたんですか。」

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないね。」

 

 真はひろかの瞳を見つめた。

 

「でも、一番の理由は、僕が自分のカラフルな部分に気が付けたからだと思う。」

 

それだけ、言い残すと真は美術室を後にした。

 


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