トウカイテイオーの骨折。
このニュースは一気にトレセン学園中に知れ渡り、全国のウマ娘ファンに広がっていくこととなる。
先日の日本ダービーを制したことで、晴れてシンボリルドルフ以来の無敗の二冠ウマ娘となったトウカイテイオー。
レースの人気もさることながら、どこまでも響いていきそうな歌声と、「テイオーステップ」と呼ばれる華麗なダンスでファンをわかせる彼女は今や国民的スターになりつつある。
そんなテイオーの怪我……シンボリルドルフと同じ無敗の三冠ウマ娘を期待されていた彼女だけに、このニュースは日本中に衝撃を与えたのだ。
「テイオーさん、大丈夫かなあ……?」
「さあね……怪我っていうのは、本当に怖いものだから……」
トレセン学園内にある食堂。
ナイスネイチャとプレクラスニーの二人は、定食を食べながらテイオーのことについて話していた。
怪我の恐ろしさを身をもって知っているネイチャの言葉は、プレクラスニーにとっても説得力がある。
後ろに座るオグリキャップがものすごい勢いで定食を平らげていくのを若干引き気味に眺めながら、ネイチャが言葉を続けた。
「……でもテイオーのことだし、菊花賞、出てくるんじゃないかって思えてくるのよね~」
「確かに、テイオーさん『会長と同じ三冠ウマ娘になるんだー!』って燃えてたもんね……」
トウカイテイオーは、シンボリルドルフに憧れてトレセン学園に入学した……この話はトレセン学園内でも有名な話だった。入学当初はシンボリルドルフと同じチームリギルに入ると思われていたし、どうやら本人もかなり迷ったよう。
しかしテイオーが出した結論は、リギルのような厳しい環境より、スピカで伸び伸びやる方が自分には合っているというもの。
そして次々にスピカで成果を上げて今に至る。
プレクラスニーもテイオーとは何度か面識があり、話したこともあった。
ウイニングライブを夢見るプレクラスニーにとって、テイオーのライブでの人気は憧れそのものだ。
故に、直々に「テイオーステップ」を伝授してもらおうと試みたのも1回2回の話ではない。
「私、ちょっと心配だからこの後テイオーの様子見てくるね。クラスニーは食べ終わったら先に練習行ってて!」
「はーい!テイオーさんによろしくね!」
先に食事を終えたネイチャが、定食の乗っていたお盆ごと配膳を下げに行く。
プレクラスニーももう少しで食べ終わる所だったので、食べ終わったら練習に行こうと思いながら汁物に手を付けた。
その時、コトリ、という音とともに、先ほどまでネイチャが座っていた席に新しいお盆が置かれる。
「ここ、いいかしら?」
「マックイーンじゃん!今日は学食なんだね!」
そんなプレクラスニーの隣に現れたのは、メジロマックイーンだった。
彼女はお嬢様であるが故に毎日学食で昼食をとるわけではなく、お抱えの栄養士が作った弁当を食べていることもしばしば。
今日はどうやら学食で昼食をとるようだ。
「今日はわたくしが学食で食事をしたいと申し出たのですわ」
「そうなんだ!じゃ、一緒に食べようか!」
実の所もう少しで食べ終わるところだったのだが、プレクラスニーは一旦箸を止めてマックイーンとの会話に華を咲かせる。
マックイーンとしても変に委縮されない上に心置きなく話ができるプレクラスニーの存在は大きかった。
「あ、そうだテイオーさんの調子はどうなの?」
「テイオーは今はリハビリ中ですわ……まあ、ウチの主治医も貸してあげましたし……望みは薄いかもしれませんが、テイオーはまだ菊花賞にでるつもりですよ」
「そうなんだ……やっぱすごいね、テイオーさんは」
「そうは言いますけれど、あなたも調子が良いみたいじゃないですか、クラスニー」
「マックイーンに言われると全然褒められてる気しないよ?!」
実はこのところのプレクラスニーは調子が良い。
今まではメインレースで勝てることがあまりなかったのだが、最近は状態が良く、徐々にメインレースでも勝利を手にすることができている。
とはいえ、この目の前の少女、メジロマックイーンには到底及ばない。
去年の菊花賞でG1ウマ娘としてその名をとどろかせると、今年の天皇賞春でも圧倒的な強さを見せつけG1二勝目。
ファンからは長距離の覇者とも呼ばれ、レース後半での強さは他の追随を許さない。
「ふふふ、いつかあなたと、共に走ってみたいものですね」
「あー負ける気ないなー?その顔!マックイーンが相手だって私頑張るからね!……まあでも、もし一緒のステージに立てたらって思うと、確かにワクワクするかも!」
マックイーンと同じく、プレクラスニーも最近は比較的長距離のレースでの調子が良い。
だからこそ、マックイーンと同じレースに立てる可能性は無くはないのだが……今のままだとマックイーンと同じレースに出られるだけの戦績がない。
プレクラスニーはまだ先のことかなあ……と学食の外を眺めながら漠然とそんなことを考えていた。
「この間のレース惜しかったねえ!」
「そうですね!ターボちゃんがもう少し粘っていれば逃げ切れたかも……結果は17着でしたけど、可能性しか感じませんでしたよ!」
「だよねだよね!クラスニーもそう思うんだね!」
「いや……17位は17位なのですが……」
チームカノープスの部室にて。
今やすっかりチームカノープスの一員として馴染んだプレクラスニーは、同じチームカノープスのツインターボと共にトレーナーと先日のレースについての反省を行っていた。
チームカノープスの部室には大きな段幕に「目指せG1勝利」の文字。
カノープスの目標は、トゥインクルシリーズの中でも大舞台、G1を初勝利することにあった。
ツインターボは先日のレースで得意の大逃げを敢行し、ギリギリまで粘ったが最後の最後で逆噴射。
1位を譲ってからは完全にバテバテであとは抜かれるだけだったものの、もう少し粘れていれば1位だったことを考えれば、可能性はあるとみていいレース展開だっただろう。
もっとも、トレーナーの言う通り17位は17位なのであるが。
「あのさ」
「「「?」」」
そんな3人の所に、ナイスネイチャが声をかける。
ネイチャの方を見れば、いつになく神妙な面持ちだった。
「私が菊花賞出たい……って言ったら、どう思う?」
「……!ネイチャ……」
菊花賞。トゥインクルシリーズの中でもクラシック三冠と呼ばれるG1レースだ。
クラシック三冠の中でも一番開催が近く……トウカイテイオーが制覇すれば、無敗の三冠ウマ娘になれるレース。
つまりは、テイオーと走りたい、とそう言っているのだ。
プレクラスニーはテイオーの様子を見に行った後のネイチャが、なにか思い悩んでいるような表情だったのを知っている。
彼女はテイオーの諦めない様子に、きっと感化されて自分も菊花賞に出たいと思ったのだろう。
「菊花賞!G1!!!ターボも出たい!!」
「た、ターボさんはもう少し勝たないと……」
「勝つもん!次のレース勝つもん!」
もちろん、出たいと思えば出られるほど、G1レースは安くない。
G1レースに出られるのは、戦績が十分で、更にファンからの人気がないことには出場はできないのだ。
そんな一握りのウマ娘だけが出走を許されたレース。それがG1なのだ。
ターボは戦績がまだ足りないということだが……それはツインターボに限った話ではない。
チームカノープスのメンバーは徐々に戦績を積み上げてはいるが、まだG1に出られるほどには至っていない。
それはナイスネイチャにも同じことが言える。
「この後のレースで一着を取り続ければ……なんとかなる?」
「ちょっと待ってくださいね……」
「……ふふん、やる気だね?ネイチャ。どして?」
プレクラスニーも、ネイチャのやる気に圧倒されていた。
普段は自分の実力を客観視し、自分にできることできないことを判断しがちなナイスネイチャが、ここまで闘志を燃やしている。
プレクラスニーにとっては、今のネイチャがとても眩しく見えた。
そしてそんなネイチャを見て、クラスニーに芽生えた一つの感情。
(私も……ネイチャと一緒に……!)
自分も、ネイチャと共に戦いたい。
「テイオーが出るかもしれない」
「トウカイテイオーですか!……でも彼女は……」
「テイオーは、諦めてない。……だから、私だって無理かもしれないけど……でも」
「無理じゃないよ」
「クラスニー……?」
ネイチャが自信なさげに言いよどんだのを、クラスニーが横に並んで励ます。
クラスニーは知っていた。ネイチャが普段はどこか諦観したような様子でいるけれど、内に秘めた闘志は、誰よりも強いウマ娘であること。
一緒に練習を積み重ねてきたからわかる。
ネイチャはもっと、上に行けるウマ娘だ。
「ネイチャなら、できるよ。私、応援する」
「クラスニー……ありがと。……トレーナーちょっと貸して!」
ネイチャが意を決したように、トレーナーから資料を取り上げる。
そこには直近で行われるレースの日程が書かれていた。
「これ勝って、これ勝って、小倉記念に勝つ!そうすれば、出られる?!」
「あ……はい」
ネイチャは本気だ。
そんなネイチャの様子を見て、その資料を横から眺めていたクラスニーも同じように資料の日程表に指をさす。
「トレーナーさん。私、毎日王冠に出る。……それでこれに勝ったら……私は、天皇賞に出たい」
「「「ええ?!」」」
「天皇賞?!G1だあ!」
天皇賞。三冠レースとは違うが、このレースもトゥインクルシリーズのメインレース、G1だ。
そしてこの天皇賞秋にはおそらく……。
「た、確かにクラスニーさんの戦績なら、毎日王冠にさえ勝てれば天皇賞秋には出られると思いますが……天皇賞秋には確かチームスピカの……」
「そう。私はそこで、マックイーンに勝つ」
「……クラスニー……」
メジロマックイーンが出る。
長距離の覇者と呼ばれる彼女は、次の照準を天皇賞秋に向けていることはトレセン学園では有名な話だった。
そのメジロマックイーンへの挑戦権。
クラスニーも、ナイスネイチャと同じく、今最も勢いのあるウマ娘に勝負をしに行くのだ。
(まだ先かも……なんて思ってちゃダメだ。ネイチャがこんなにやる気なんだもん。私だって、夢に向けて頑張らなくちゃね……!)
クラスニーは、マックイーンと戦うのはまだ先だと思っていた。
けれど、そんな姿勢では、いつまでたってもマックイーンの見た景色を見ることなどできない。
プレクラスニーは今年調子が良い。
が……来年も同じように調子が良いとは限らない。それがウマ娘の世界。
今、やるしかないんだ。
「一緒に頑張ろう?ネイチャ!」
「うん……!」
「よーしそうと決まれば!トレーニングやろ!トレーニング!」
「よし、やってみるか……!」
「「「おおー!!」」」
元気よく飛び出していくカノープスの面々。
目指すはG1初勝利。
カノープスの夢は、ここから始まったのだ。
7月のある晴れた日。
チームスピカの面々は、それぞれが目標に向かって練習を続けていた。
メジロマックイーンもその内の一人。
ライバルのトウカイテイオーは怪我のリハビリ中。マックイーンとしては復活してほしいという気持ちはやまやまだが、自分ができることといえば、全力で目の前のレースに取り組んで、彼女に自分の強さを見せつけることしかないと思っている。
トレセン学園に備え付けられた芝のコースで、マックイーンは走り込みを続けていた。
次々と流れていく視界の中に、そのライバルの姿を見留める。
マックイーンは走っていた足を止め、今も尚走り続けるスペシャルウィークとゴールドシップの姿を見つめるトウカイテイオーの近くへと歩み寄った。
「どういうリハビリですの?これは」
「……イメージトレーニングだって!」
走れないテイオーができるトレーニングは限られる。
上半身の肉体強化はできるとしても、走ることができない以上、下半身への負荷がかかるトレーニングはやりづらい。
だからこそ、優秀なスピカのトレーナーから言い渡された最初のトレーニングは、イメージトレーニングだった。
自分が走っていたら、どこを走るか。どんなレースメイクをするか。
走れない今だからこそ、レース勘を失わないためにも大事なトレーニングだといえよう。
「……なら、わたくしの走る様もしっかりごらんくださいませ?……もっとも、イメージでも追い付けないと思いますが」
「ふふ……それはどうかな~」
ライバルだからこそのやり取り。
相手を認めるからこそ、この二人は競い合って更に高みに昇ることができる。
いつものように2人が火花を散らす。
そんな時だった。
「マックイーン!!!」
「……あら?クラスニー」
そんな二人の所に、プレクラスニーが走ってやってくる。
いつも通り白過ぎるのではないかと思えるほどの肌と、透き通るような銀髪が彼女の目印。
「テイオーさんも!調子はどうですか?!」
「ばっちり!順調だよー!」
「良かった!無理しすぎず、それでも私テイオーさんのライブ大好きですから、応援してますね!」
「ありがと!!」
クラスニーのこの言葉に、嘘はない。
テイオーのライブにはとても憧れているし、自分もいつかあんな歌とダンスができたらと思わなかった日は無い。
「それでクラスニー、わたくしになんの用ですの?」
「マックイーンあのね……私、天皇賞に出るよ」
「「……!」」
クラスニーの真面目な表情に、テイオーとマックイーンが息をのむ。
天皇賞秋。マックイーンが目下目標にしているレースだ。
そこに、プレクラスニーが出てくる。
「今はまだ、戦績が足りなくて出られないけど……私は、毎日王冠に勝つよ。それで……天皇賞秋で、マックイーンと一緒に走るんだ」
「……本気、なんですね」
「私はマックイーンと一緒に走るのは、まだ先のことだと思ってた。だけど……それじゃダメなんだ。今、絶好調のマックイーンと一緒に走ってみたい」
テイオーは、無言で二人のやりとりを見つめている。
自分も、早く、早くこの舞台に戻りたい。
ライバルと戦い、誰もが勝ちたいと願って戦う舞台に、早く戻りたい。
テイオーは、自身の太ももを、強く握りしめた。
「だから、見に来てよ。毎日王冠。私、絶対勝つから」
「……いいでしょう。楽しみにしてますね、クラスニー」
「うん!……それじゃそれが言いたかっただけだから!テイオーさんも、お大事にしてくださいね!」
マックイーンの肩が震える。
その表情は、友との対戦をとても楽しみにしているように見えた。
プレクラスニーが走り去った後、スピカのトレーナーが二人の所に来る。
「今の……どこのウマ娘だ?」
「カノープスの、プレクラスニーですわ。わたくしの友達です」
「あれが……そうか。最近頭角を現しているらしくてな……おはなさんともこの前あのウマ娘の話をしたくらいだ」
おはなさん、本名東条ハナとはチームリギルのトレーナーを務めるスパルタトレーナーのこと。
しかし確かな指導力で、数々のウマ娘たちをスターへと押し上げた名トレーナーだ。
その名トレーナーが、あのウマ娘を気にしている。
実力があることは、間違いなかった。
「……当然ですわね。あの子は、夢に向かって努力を欠かさない優秀なウマ娘ですから……」
「天皇賞に出ると言っていたな。……マックイーン。きっとあのウマ娘は強敵になるぞ」
「そうでなくては困りますわ。……クラスニー。わたくしはあなたと一緒に走るのをとても楽しみにしていたんですよ……!」
走り去っていくプレクラスニーの姿が小さくなる。
決して才能に恵まれているとは言えないだろう。体格も大きくはなく、特別身体が柔らかいわけでもない。
それでも、彼女は努力でここまできた。
そのことが、マックイーンは嬉しくてたまらなかったのだ。