「ジャガイモ士官」と酷評された、器が小さく、細かい事に執着し、国難において無能だった「第一次神々の黄昏作戦時の自由惑星同盟軍統合参謀本部長」ドーソンのその後を描く。

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銀河英雄伝説外伝~とある同盟軍人のその後~

「出ろ!」

 自由惑星同盟統合作戦本部長ドーソン元帥は、銀河帝国の収容所にて、彼よりも若く階級も低い兵士に怒鳴られ、命令される。

 一昨年に始まった銀河帝国における「神々の黄昏」作戦は、自由惑星同盟の停戦受諾、もっと有体に言えば降伏勧告受諾で幕を閉じた。

 その際、同盟軍の高級軍人で帝国に捕縛されたのは、統合作戦本部長のドーソン元帥一人。

 国防委員長アイランズ、宇宙艦隊司令長官ビュコック元帥、総参謀長チュン・ウー・チェン大将、そして帝国の総司令官たるローエングラム公、今の皇帝と直接戦ったヤン元帥などは責任を問われなかった。

 この事は、ドーソンの誇りを満足させている。

 

(同盟の誰よりも、私が重く見られているのだ)

 

 だから、捕虜に対する過酷な扱い(主観的なもので、ローエングラム体制になってからは紳士的になっている)にも耐えられる。

 

 だが、ドーソンが連れて来られた場所での説明で、彼の心の張りは圧し折られる。

 

 彼は収容所の置かれた惑星から、フェザーンにまで移送された。

 今、帝国軍の本営は、かつての商人たちの惑星、フェザーンに置かれているという。

 兵士からドーソンの身柄を預かった軍務省官房長のフェルナー少将は、高圧的にドーソンを扱った兵士を叱りつけると、慇懃な態度でドーソンに向かって告げた。

 

「旧自由惑星同盟軍のドーソン元統合作戦本部長、どうぞこちらへ。

 軍務尚書がお待ちです」

 

 「旧」だと?

 どういう事だ。

 

 やがて事情が告げられる。

 ドーソンの故国自由惑星同盟は、彼の後任であるロックウェル大将が元首を殺害し、降伏した事で消滅した。

 ドーソンは、「ゴールデンバウム王朝に逆らい続けた叛徒の頭目格」であった事を罪とされたのだ。

 しかし今や、「ゴールデンバウム王朝」は消滅し、そこに逆らった罪も消滅した。

 自由惑星同盟も消滅し、皇帝ラインハルトによって「叛徒ではなく、国家であった」とされる事で「反乱の罪」でも無くなった。

 彼は無罪放免となり、収監しておく理由が無くなった。

 

 しかし、身の自由と引き換えにドーソンは心の拠り所を失う。

 祖国が消滅したのだ。

 半生をかけて働いた国が、自滅のような形で消え去った。

 ドーソンは、目の前に帝国の軍務尚書が居るのも構わず、泣き崩れてしまう。

 

 

 

「ドーソン廃元帥、卿の経歴は調べた」

 青白い顔で陰気そうな軍務尚書は、泣いているドーソンを気にせず、暗い口調で告げる。

 

「卿にして貰いたい事がある。

 これは命令であり、卿に断る権利は無い。

 まあ、卿はこういう形式の方が仕事に精励する事も調べている」

 

 ドーソンは顔を上げる。

 不快である。

 敵に今更従えるか!とも思う。

 しかし、根からの官僚であるドーソンは、確かに上意下達の形式で言われた方が従う気が起きてしまう。

 悲しい性なのだ。

 

「何事でしょう?」

「軍務省の特別調査室に詰めて、私が渡す名簿の審査を行え。

 詳細はそこのフェルナー少将が指示する。

 卿には帝国軍准将の階級を与えるが、格式としては上級大将待遇とする」

 

 給料や命令系統では、フェルナーの下である准将に格下げされた。

 元帥から同盟でいえば四階級ダウンである。

 だが、呼称や礼式では元帥の一階級下、帝国軍上級大将並であった。

 ドーソンは、この配慮に感謝する。

 ……実際のところ、それは軍務尚書の計算であるのだが。

 

 

 

 別室に案内されたドーソンは、やはり捕虜となったり、新たに旧同盟領から連行された軍官僚たちの前に立つ。

「卿たちには、ある男を追跡して貰う」

 画面に表示された顔に全員が見覚えがあった。

 フェザーン自治領領主であった男、アドリアン・ルビンスキー。

 自由惑星同盟消滅後、ヤン・ウェンリー一党、地球教徒と並ぶ新帝国の公敵である。

 

「ルビンスキーはテロを煽動する可能性が高い。

 実際、旧帝国の皇帝誘拐事件の共犯者である。

 テロ首謀者は民間に紛れて姿を晦ます。

 卿たちは、民間に紛れたこの男たちを探り出すのだ。

 地道な作業であるが、有意義な仕事である。

 人類社会全体への貢献にもなるから、決して腐る事なく職務に励んで欲しい」

 

 フェルナーがそのように訓示し、ドーソンをこの調査室の室長とした事を告げる。

 

「聞いて良いか?」

 元は元帥のドーソンが、やや尊大な口調でフェルナーに聞く。

 そういう事には慣れっこのフェルナーが

「どうぞ、伺いましょう」

 と、やはり慇懃な口調で答える。

「このメンバーを抜擢した理由を伺いたい」

「ふっ」

 フェルナーは鼻で笑った。

 薄々気付いている癖に、そう思う。

「聞きたいようだから、卿らの期待に応えてお答えしましょう。

 卿たちは書類業務、特に精緻な仕事ぶりで昇進した能吏だからです。

 その他の才能については目を瞑っています。

 とにかく、今必要なのは卿たちのそういう才能です。

 その必要度合いは、ヤン提督の指揮能力に勝ります」

 

 フェルナーは、言われる側の顔が綻んでいくのを見て

(単純な奴らだ)

 と思う。

 リップサービス過剰ではあるが、間違いでは無い。

 ルビンスキーのような男を追跡する才能と、軍を指揮する才能は別物なのだ。

 ここにいる連中は、旧同盟軍にあっては嫌われ者が多い。

 補給担当の時にゴミ箱を見て回り、無駄に棄てられたジャガイモの残量を報告した者。

 端数単位での計算違いを理由に、該当部隊の経理を全て査察対象とした者。

 計画書について、1ピクセル単位で修正指示を出した者。

 訓練計画について数十箇所のダメ出しを行った者。

 前線の補給担当でありながら、あくまでも書類完備にこだわり捕虜となった者。

 命令系統を重視するあまり、過度に報告を求め過ぎて、前線指揮官の足を引っ張った者。

 等等……。

 こういう者たちは、創造的な仕事につけてはならない。

 嫉妬も酷いし、人を管理する職にも不向きだ。

 だが、プログラミングにおけるデバッガーや、会計監査官、書類の体裁が整っていないものを探すといった職を与えると、生き生きとしてアラを探し始め、役に立つ。

(要は使い方だ)

 フェルナーはそう思う。

 だから、彼等が気持ち良く他人のアラを探す為にも、彼等をおだてて持ち上げる事など簡単な事だ。

 なにせ彼は、常におだてて気持ち良くさせながら、自分の望む方に誘導させないとならない、面倒臭い生き物「門閥大貴族」の下で働いていたのだ。

 あの自我の肥大した化け物に比べたら、旧同盟の官僚など「働き者の忠臣」にしか見えない。

 

 

 

 この調査室は、ハイドリッヒ・ラングが指揮する内務省内国安全保障局にも秘密に活動を始める。

 標的はテロ行為の首謀者である。

 テロには武器が必要だ。

 彼らは物資の製造量、納品量、使用量、備蓄量を調べ、数値にズレが無いかを調べた。

 そして、意外な物のズレを見つけ出す。

 脳の疾患に関する治療薬と鎮痛剤。

 ある時期から治療薬の方は辻褄が合い始める。

 しかし、特殊な鎮痛剤については、つい最近まで「謎の使用履歴」があったのだ。

 

「なるほど、ラングが逮捕された時期に、そいつはフェザーンを離れたようだな」

 フェルナーは推測した。

 

 ハイドリッヒ・ラングは、故コルネリアス・ルッツ提督からの依頼で憲兵総監ケスラー上級大将が調べ上げた「フェザーン代理総督ニコラス・ボルテック氏への冤罪」と「収監中のボルテック氏殺害」の罪で逮捕されている。

 ボルテックは、ルビンスキーを裏切って帝国に味方した男である。

 ラングを利用してボルテックを始末させたとなると、ルビンスキーに繋がる人物、あるいは本人の可能性が高い。

 

「で、この病気は何ですか?」

「脳腫瘍です」

「もう少し詳しい情報はありませんか?」

「神経膠腫(グリオーマ)という診断結果がありました。

 診断した医者ごと抹殺されていましたが、消去されたデータの中に僅かに痕跡がありました」

 

 細い糸であるが、「重度の進行性の脳腫瘍を患い、医療関係に接触する可能性がある」という情報が得られた。

 ラング逮捕により、内務省には僅かであるが責任が生まれる。

 軍務尚書はその負い目に付け込み、帝国領内の病院に関する調査を行わせた。

 

「ルビンスキーが帝国側に逃げている可能性は低いでしょう」

 そういうフェルナーを、軍務尚書は睨みつける。

 フェルナーはすくみ上がったりせず

「脅す事で、より旧同盟領、つまり新領土(ノイエ・ラント)から動けなくする算段でしょうが。

 で、その新領土の調査をどうするか、が今後の問題ですが」

「…………ロイエンタール元帥の反乱が鎮圧するまでは、私も動けん。

 その後になる」

「で、連中もそのまま使うんですね?」

 軍務尚書は答えない。

 フェルナーも分かっている。

 当然だ、一々聞くな、と語っている。

 確認を取っただけだし、その態度で十分だ。

 

 

 

 そしてこの有能なチームは、新帝国暦3年に軍務尚書オーベルシュタイン元帥が新帝国に赴任して僅か2ヶ月で、存在しない病人の名前からルビンスキーの居場所を特定し、逮捕へと導いた。

 軍務尚書が正式には准将だが、格式的に「上級大将待遇」とした事が、ドーソン機関が旧同盟の組織に情報を出させたり、政務上残っている官僚たちに命令を出す上で役立ち、それが素早い特定にも繋がっていた。

 無論、病気で衰弱したルビンスキー側が、徐々に証拠を残し始めるようになった事も一因ではあるが。

 ドーソンという人物を始めとする、書類に細か過ぎる男たちの一世一代の大功である。

 だが、これは決して表には出ず、知る人ぞ知る功績として、語り継がれもせずに資料の山に埋もれていく。

 

 ドーソンという人物の評は、生き残って歴史に名を残した人物による

「ジャガイモ士官」

 という否定的なものであった。

 だが、そんな事はお構いなしに、彼等はこの後も「人類社会全体への貢献」を書類の上から続けていた。

 

「先日のテロに関わった地球教の異端集団の資金源を洗い出すのだ。

 帝都フェザーン及び新領土の企業の帳簿を洗うのだ!」

 ドーソン室長はこれからも仕事を続ける。


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