装者がひたすら曇る御話(当社比)   作:作者B

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英雄故事

「話とはなんだ、ドクター?」

 

 これはまだ、我々が武装組織『フィーネ』として蜂起するよりも前。

 もうすぐ日が暮れようかという時間、私はソフィアを診察室に呼び出していた。

 

「これはこれは、わざわざご足労いただきありがとうございます。どうぞ、お掛けになってください。」

 

 慣れた手つきで対面の席へ促し、ソフィアは患者席へと腰かけた。

 

「一度、貴女にどうしても尋ねたいことがあったのですが、中々機会に恵まれず、こうして足を運んでいただいた次第です。まあ、個人的な興味ですので、カウンセリングなどと気負いせず、ありのままに答えてくだされば結構ですよ」

 

 そう、これは好奇心だ。

 私がずっと求めて止まないもの。それを手に入れ、結果として手放した今の彼女にこそ、私の求める答えがあるはずだ。

 

「……ソフィアさん。貴女は、英雄についてどう考えておいでですか?」

 

 英雄。

 それは世界を救う救済者。

 私が渇望するそれを、目の前に居るソフィアは……いえ、天月茜(・・・)は数か月前に体現してみせた。

 

「質問の意図が見えないが……なぜそれを私に?」

「貴女だからこそ意味があるのですよ、ソフィアさん。他でもない、貴女である必要がね!」

 

 私の言葉の真意を掴み取れていない様子の彼女へ、私は捲し立てる様に熱弁する。

 

「巨悪を打倒し、世界を救い、人々の賞賛をもってして生まれる救世主――それが英雄。そんな存在になれるのは、ほんの一握りの人間だけだ。

 私は知りたい! 神代から近代になるにつれて失われた、圧倒的な個の力! それを手に入れながら、世界を守るため己を犠牲にできる高潔な信念! 醜悪な権力者が跋扈するこの世界で、英雄とも取れる行為をした、貴女の真意を!」

 

 世間でルナアタックの英雄として称された生き証人が居るというのなら、私が英雄になる道程のヒントを得られる。私は、そう確信していた。

 

「記憶がない? 構いません! むしろ、その方がより貴女の本心に近づける。さあ、ソフィアさん! 再び問いましょう。貴女にとって、英雄とは如何なるものか!」

 

 私の熱が籠った問いかけに対し、ソフィアは――

 

 

 

(てい)の良い捨て駒」

 

 

 

 まるで、退屈な授業中に先生から名指しされたかのような、気だるげな口調で答えた。

 

「……今、何とおっしゃいましたか?」

 

 彼女の発した言葉をうまく飲み込めず、私は気の抜けた声で聞き返す。

 

「この世には、人知れず世界を救っている人間なんていくらでも居る。その中で世間に公表されているということは、それによって利が生まれているということ。そして、利用価値のなくなった"英雄"は、悲劇という名のバックストーリーを添えられて闇に葬られる」

 

 呆ける私を余所に、ソフィアはつらつらと言葉を綴っていく。

 

「英雄は、人々が()()れかしと望んだ幻想か、貴方の言う『醜悪な権力者』によって作られた現実でしかない」

 

 つまり、何だ? 貴女は、私の求める英雄など、端から存在しないとでもいうつもりなのか?

 

「では何故だ……何故、貴女は世界を救った!? 英雄が……万人の望む救世主が夢物語の中にしか存在しないというのなら! 何故あなたはここに居る!」

 

 そうだ! 彼女の発言は矛盾している! 何故なら、こうして『世界を救った英雄』が目の前に実在しているのだから!

 しかし、私の怒号にもソフィアは表情を崩さなかった。

 

「昔のことは知らないが、少なくとも私は、世界を救うために犠牲になる真似は御免被る」

 

 それだけ言うと、もう話すことはないとばかりに席を立ち、そのまま退出していった。

 私はそれを、ただただ眺めていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブが始まり、1曲歌い終わると共に、大量のノイズ召喚からの全世界への宣戦布告。

 私たちの陣営3人 VS 日本政府所属の3人、計6人のシンフォギア装者が入り乱れての乱戦。

 そして、敵の放った膨大なフォニックゲインを利用して、ネフィリムの起動に成功。

 無事、目的は達成し、潜伏場所である廃病院に帰還したのだった。

 

 それにしても姉さん、ホント悪役似合わないな。

 第一、国土割譲って何やねん。多少のアドリブはOKって話だったけど、勢い任せでホビーアニメの悪役みたいなことを言わんでもよかっただろうに。

 今頃、その時のことを思い出して悶えていることだろう。あとで慰めに行かないと。

 

「そ、ソフィア? 大丈夫なのデスか、それ?」

 

 切歌ちゃんが、何やら心配そうにこちらを見ている。

 作戦中は終始空気で元気が有り余っている私が、今何をしているかというと――

 

『ガウガウ!』

「おーよしよしよし」

 

 目覚めたばかりのネフィリムに、じゃれつかれている。

 見た目は映画に出てくるようなエイリアンそのものなネフィリムだけど、実際にやっている行動は、猫のように私の顔を舐めたり、腕を甘噛みしたりしているだけだ。そう考えると、少し可愛らしく思えてくる。

 

「問題ない。じゃれているだけだ」

「じゃれてるって……私には馬乗りになって襲い掛かっている様にしか見えないけど」

 

 もー、調ちゃんも心配性なんだから。

 確かに、ネフィリムは大型犬ほどのサイズがあるから、傍から見ると襲われてるように見えるかもしれないが、実際にかまれてる腕は全然痛くないし、傷一つついていない。つまり向こうも、本気で食べようとしているわけではないということだ。

 

「こんな光景、マリアが見たら卒倒しちゃうデスよ」

「そうだね……ソフィ、マリアももうすぐシャワーを浴び終えるし、そろそろマムのところへ行こう」

 

 むぅ、しょうがない。確かに、いつまでも遊んでいるわけにはいかないしな。

 調ちゃんに促され、ネフィリムを鉄檻(ケージ)に入れる。すると、遊び疲れたのかすぐに眠ってしまった。

 そういう気まぐれなところは、本当に猫みたいだな。

 

 

 

 

 

 そして、途中で姉さんと合流して3人で指令室っぽいところに向かうと、そこには機材とディスプレイの前に座っているマムと、その傍らに立つドクターが居た。

 

「ソフィア。あまりネフィリムに干渉するのは、およしなさい。万が一があっては困るのですから」

 

 表向きには作戦のため、真意としては私を心配して声をかけてくれるマム。

 だから心配いらないってば。ほら、現にまったく怪我してないし。

 

「まあまあ、いいじゃありませんか。ネフィリムも安定しているみたいですし。彼女に懐いているのも、案外"餌"のおかげかもしれませんよ?」

 

 私が何か言う前に、ドクターからフォローが飛んできた。

 ドクターの言う餌というのは、私が拾われたときに近くに落ちていた石片のことだ。調べたところ、聖遺物に近しいものの大した力を秘めているわけでもない、所謂『残りカス』らしい。

 それ単体では何の役にも立たないが、ネフィリムの餌にはちょうどいいとのことだ。

 

「別に平気。怪我もしていないし――」

「ソフィア、マムの言うことを聞きなさい。いい子だから」

「……姉さんがそう言うなら」

 

 姉さんの包容力ある言葉を前に、私は首を縦に振るしかなかった。

 そんな言い方されちゃあ、大人しく従うしかないじゃないか。まったく……姉さんの姉力には、いつも驚かされるばかりだゼ!

 

「さて、そろそろ視察の時間です。ソフィア以外の3人は私と一緒に来てもらいますよ」

「マム! ソフィアをウェル博士のところに一人置いていくなんて可哀想デスよ!」

 

 ちょっ、切歌ちゃん! いくら嫌いだからって、ストレートに言い過ぎじゃない!?

 

「やれやれ、随分と信用がないですね。まあ、私もその意見には賛成です。安全という意味でなら、神獣鏡によるジャミングが搭載されているヘリの方が都合がいいでしょう」

 

 すると、ドクターからも同行を勧められた。

 あら、意外。二人っきりになれれば、時たまやっていたドクターの好きな英雄談議ができる絶好の機会だったはずなのに。どういう風の吹き回しだ?

 

「……わかりました。予定時刻には帰還します。ソフィアもそれでいいですね?」

 

 マムの言葉に黙って頷く。

 まあ、いいか。特に断る理由もないし。

 何となく嫌な予感がするものの、車椅子のマムについていく形で、私たち4人は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……大人しく、付いて行ってくれて助かりました)

 

 5人が退出したのを確認し、思わず口角が上がる。

 この廃病院に機材を運び込んだ痕跡をわざと残し、これから特機部二(とっきぶつ)の装者をおびき出そうというのだ。そのためには彼女、ソフィアの存在は都合が悪い。

 

(今はまだ、彼女たちに会わせるわけにはいきませんからね)

 

 記憶喪失の孤児としてF.I.S.に保護された少女。実態は、米国政府機関の総責任者がF.I.S.に齎した聖遺物から現れた存在。

 そしてその正体は、ルナアタック事件で世界を救った英雄『天月茜』その人だからだ。

 この事実は、彼女の調査観察を担当していた私しか知りえない情報だ。もちろん、上層部には嘘の情報を渡していた。絶好の観察対象を、易々と手放すような真似はしない。

 

 彼女自身、記憶がないのは本当のようだが、特機部二の装者たちと接触して万が一にも記憶が戻るようなことがあれば、私にとっても都合が悪い。

 

(私には、彼女の真意を測る必要があるのだから)

 

 英雄でありながら、英雄を否定したソフィア。

 そんな彼女が、世界を救うための『フロンティア計画』で何を為すのか。

 数多の権力者と同じく私利私欲に走るか、それとも再び世界を救ってみせるのか。いずれにせよ、彼女の示す道は何よりも得難いものになるだろう。

 

(そのためにも、ナスターシャ教授とフィーネ(仮)のご機嫌を、後で適度に取っておきますか)

 

 教授に勧誘される際に提示されたフィーネの存在。

 実物を見てみれば本物かどうか怪しいところだが、正直今は彼女の真偽に然したる興味はない。

 私の関心はすでに、ソフィアへと移っているのだから。

 

(彼女の行く末を見届けるまで、せいぜいあなた方の茶番に付き合ってあげましょう)

 

 私はこれからやってくるであろう日本政府所属のシンフォギア装者、そして彼女たちと英雄(ソフィア)が奏でる交響曲(シンフォニー)を想像しながら、心の中でほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はウェル博士回でした。
補足すると、作中に出てきたネフィリムの餌は、前々回でソフィアを包んでいた石塊の殻です。
あれのお陰で、食料問題は大丈夫になりました。

女の子成分が足りない……
次回は可愛い女の子の描写を書きたい。

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