◆
「くそッ! ふざけやがって!」
緊急搬送後、一命をとりとめた響を見て安堵の息を吐いたのも束の間、全身のレントゲン映像を見て思わず近くのテーブルを蹴り上げた。
「LiNKERは一度励起すれば時間経過で効力を失う。再び、融合係数が無理やり引き上げられることは無いはず」
「だが、まさかこんな形で響君の中に潜む危険性に気づかされるとはな」
その映像に移っていたのは、アイツの体内を植物の根のように張り巡らせているガングニールだった。
体の中がこんなに滅茶苦茶になりながらも響の奴は立ち上がって、戦おうとして……いや、アタシが怒っているのはそこじゃねえ。
「なにより許せねぇのは……茜があんな人体実験されていた事実も、
「雪音……」
アタシはフィーネのところで何を見てきたんだ。アタシは、一緒に過ごしていた茜の事さえ何も知らなかった。自分の事しか考えていなくて、茜を縛る楔として利用されて、結局アタシは茜に迷惑しかかけていなかった……!
「少なくとも、響君にこれ以上戦わせるわけにはいかない」
「当たり前だ。アイツの抜けた穴はアタシが埋める。もうこれ以上、何も失わせてたまるか!」
そうだ。過去をどれだけ嘆いても状況は変わらない。あの時、茜にしてやれなかった分、アタシが響を守って見せる!
「その勘定に私も入れてもらおうか、雪音」
「先輩!」
「これから先、降りかかる災厄は防人の剣で払って見せる」
アタシと先輩の視線が交差する。このとき、二人の想いは確かに重なった。
◇
時は流れて早数日。
私たちは今、米国政府との交渉に赴いています。
……いや、なんでだ?
マム曰く、今の私たちの施設では神獣鏡の装者候補を調達できても、装者として調整することはできないとのことだ。
まあ、それはわかる。拠点も無くなって久しいし、別の場所に腰を据えて一から始めるのも現実的じゃないしね。そのために、私たちを追いかけている米国政府と講和するというのも有効な手だ。
でもさ、この間あれだけドクターが意味ありげに『これからのことについてじっくりと話し合う必要もありますから』とか言った割には随分普通の手段じゃない? 暗躍大好きそうなドクターがこの話に同意したのも正直半信半疑なんだけど。
「おや、どうしましたか? そんな目で見て。私がナスターシャ教授の案に賛成したのがそんなにも不思議ですか?」
カフェでくつろいでいる私に向かって、対面に座っているドクターがいつもの営業スマイルで話しかけてきた。
てか怖っ! ナチュラルに思考を読まないでくれる?
「別に、そういうわけでは……」
「ソフィアさんは無表情に見えて、案外考えていることが表に出ますからね」
おいそこ! やんわり否定したのに勝手に会話を成立させんな!
交渉と言いながら何故私とドクターはカフェでティータイムを楽しんでいるのかというと、実際の交渉はマムと姉さんが、ヘリの護衛を切歌ちゃんと調ちゃんが担当しているからだ。私たちは万が一襲撃があった時のために必要な機材をヘリとは別の場所に隠し、そのまま補充要員としてマムたちの近くで待機している形になる。
とはいえ、このままずっと座ってるのも暇だな~。
「私にも私なりの考えがあり、そのために米国政府と和解するのはこちらにとっても利があるのですが……小難しい話を聞きながら何時間も待つのは退屈でしょう。少しこの辺りを散策してきてみてはいかがですか?」
「いいの?」
「ええ。例え荒事になったとしても非戦闘員である我々に火急の用が入るとは思いません。連絡端末はお互いに持っていますし、そのくらいは問題ないでしょう」
え? マジで? ラッキー!
F.I.S.に引き取られてから施設に籠りっぱなしで碌に外出したことなかったんだよねぇ。この間の学園祭も潜入捜査だったから寄り道もできなかったし。そうと決まれば善は急げだ。
「そう。それならここはお願い」
「ええ、お任せください」
そう言って私は席を立ちあがり、意気揚々と外へ歩き出した。
流石ドクター! 気前がいい! 裏切りそうとか悪役面とか言ってごめんね?
それじゃあ、夢と冒険と!都会の街並みへ!レッツゴー!
(蒔いた種のうち、出た芽は3つ。最後の〆は運否天賦に任せてみるのも一興でしょう。真の英雄は運命に愛され嫌われる者なのだから)
私はドクターの眼鏡を光らせて悪巧みしている表情に気が付くことなく、初めての都会(暫定)にワクワクしながらその場を後にするのだった。
◆
「これが異端技術に関する情報……確かに確認しました。」
高層ビルの最上階。
マムと私は米国政府のエージェント達と講和のための交渉を行っていた。
月の公転軌道の隠蔽に始まり、米国上層部の身勝手な振る舞いに反旗を翻した私達からすれば不本意な結果でしかない。だけど、私達の目的は人類を一人でも多く救うこと。そのためなら、この屈辱を呑むことだって訳ない。
そう思っていた。
「では、我々からの見返りはコレです」
――奴らが此方へ銃口を向けるまでは。
「なッ!?」
「初めから交渉に応じる気などなかった、と。ですが、いくら情報を持っているところで私がいなければフロンティアの起動に時間がかかる。果たして、それまで月は待ってくれるでしょうか?」
「問題ない。こちらは既にDr.ウェルを確保した。貴女方は不要だ」
「……何ですって?」
博士が、奴らの手に!?
既に米国が先手を打っていたのか、あるいは博士が自らの保身のために投降したのか……いや、そんなことどうでもいい! 今はこの状況を何とかしないと、マムが!
チラリと視線を向けた先のマムの顔色は良くない。マム自身も、米国政府の用意周到さに内心では焦っているはずだ。
だけど、それでも彼女は毅然としていた。その顔に絶望の色はなく、未だに希望を捨ててはいなかった。
「舐められたものですね。私が無防備でこの場に居ると思っているの?」
すると、マムの言葉を合図に、マムの座っている電動車椅子から筒状の何かが放り出される。そして、それが地面に着地するとほぼ同時、強力な光が部屋一帯を包み込んだ。
「な――ッ! 閃光弾!?」
「マリア、今です!」
「くッ――り、了解ッ!」
『
「小癪な真似を!」
まだ光が放出されている中、エージェントによって我武者羅に放たれた銃弾をマントで弾く。こちらもまだ見えないが、それでも奴らが引き金を引くより私のガングニールの方が速い!
「マム、しっかり掴まって」
マントで庇うようにガードをしながらマムを俵担ぎにし、後方の扉を蹴破って外に出る。だが、そこには待ち構えていたかのように銃を抱えた武装集団が待ち構えていた。
見たところ、こいつらも米国の人間。つまり、はなから私たちを生きて帰す気などなかったということか。
(やるしか、ないわね。切歌、調、ソフィア、どうか無事でいて……!)
覚悟を決め私はここに居ない3人の妹分を心に浮かべ、どうにか状況を打開すべく撃槍を強く握りしめた。