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「
体内のガングニールの影響で休養を言い渡された私は、未来に誘われて街へ散策に出ていた。そんな私たちの前に突如としてノイズの群れが出現。ノイズに対抗するため、そして親友を守るため、親友の制止を振り切りシンフォギアを纏う。
身体が熱い。私の体内を侵食しているガングニールが活性化しながら、とてつもないエネルギーを生み出している。
この力なら、あたりのノイズを一掃できる!
「はあぁぁぁぁぁッ! でりゃあッ!!」
守るように未来の前に立ち、腕を払い、脚を蹴り上げ、拳を叩き込む。ただそれだけで数多のノイズが消失する。だけど、数が多くてとてもじゃないけどキリがない!
「あ、ぐ――ッ!」
そしてノイズの数に手間取っている最中、私の胸が再び痛みだした。
こんな時に! 今はそれどころじゃ……!
だけど、そんな私の意思に反して身体は動きを鈍らせ、ノイズの攻撃をまともに食らってしまった。
「響ぃっ!」
吹き飛ばされ仰向けになっている私を見て、未来が悲鳴のように叫びながら此方へ駆け寄ってくる。
ダメだよ、未来……まだノイズが近くに……!
だけど、私達の間に割り込むように、一人の人影が現れた。
「あな、たは……?」
地面に倒れている私を覗き込むように立っている少女。その顔は太陽の陰になってよく見えなかった。
そして彼女はその場にしゃがみ、まだ熱を帯びている私の胸元にそっと右手を置いた。
「あっ……」
触れられた個所から伝わる暖かな温もりに触れ、先程までの激しい苦痛が癒えていく。
やがてそのぬくもりが全身を包み込み、意識が闇に呑まれていった。
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――――――――――
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次に目を覚ましたのは、また病室だった。
「よかった。目を覚ましたんだな」
「師匠……」
目覚めたばかりで少し気だるいものの、この間の戦い以降続いていた痛みが嘘のように消えていた。
師匠の話によると、私の体内に埋め込まれ蝕んでいたガングニールが綺麗さっぱり無くなっていたとのことだ。そして、その原因と思われるのは――
「ソフィア・カデンツァヴナ・イヴ。彼女が響君のガングニールの主導権を奪い、そのまま身に纏った。少なくとも、監視カメラの映像にはそのように映っている」
「今まで矢面に立つことのなかった彼女が、いったいどうやって?」
「わからん。ただ、ウェル博士は響君の命を危険に晒し、彼女は逆に響君を助けた様に見える。その矛盾がどうにも引っ掛かるな」
翼さんと師匠の会話が半分も頭に入ってこない。あの時、私を助けてくれた少女のことを思い出す。顔を見たわけでもない、確証もない、だけど彼女は……。
いや、それよりもまず確認しないといけないのは!
「師匠! 未来は、未来はどうなったんですか……?」
「……彼女は所属不明の何者かに攫われた。武装組織フィーネとも違う第三勢力。ウェル博士も奴らに確保されていたことから判断するに、奴さんは何か目的をもって誘拐したとみて間違いない」
「目的、ですか?」
「ああ。だから少なくとも命にかかわることは無いだろう。目下、こちらで連中の居場所を探ってる。それまではしっかりと休養することだ」
「……はい」
休養、か。
でもガングニールを失った私に、いったい何ができるんだろう――
◆
目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
薄暗い照明に照らされた、広い空間。室内には複数の人影が何か相談をしているようだった。
(どうしてこんなところに居るんだっけ?)
起きたばかりで定まらない思考が徐々に覚醒していく。
確か、響と出かけていたらノイズに襲われて、響が倒れて、それを誰かが守ってくれて――
そこまで思い出し、ようやく自分が拉致されていることに思い至った。
「おや、目を覚まされましたか?」
突然背後から声を掛けられ、ビクッと肩を震わせながら振り返る。その視線の先には、白衣を着た男性が優しそうな笑みを浮かべながら立っていた。
「貴方は……誰ですか? それに、ここは一体……」
「そう警戒しないでください、小日向未来さん。私も貴女と同様半ば無理やり連れてこられた、言うなれば同じ境遇の人間なのですから。私はジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。気軽にウェルや博士と呼んでください」
私の名前を知っている、博士を自称する目の前の男。彼が言った通り、確かに彼からは敵意を感じられなかった。
だけど、そんな彼の言葉を100%信用するほど、私は盲目的じゃない。
「ここは米国政府が保有する航空母艦。我々はとある古代遺跡を現代に蘇らせるために集められたのですが……今の貴女の関心は別にあるのでしょう?」
米国に軍艦に古代遺跡。
正直訳が分からなかったが、"別の関心"という言葉を聞いて私は攫われる直前のことを思い出した。
「ッ! 茜は……茜は無事なんですか!? それに響は!」
「おや? 既に彼女の正体をご存じだとは……本人から聞いたのですか?」
目の前の博士の反応から察するに、彼女は本当に2年前死んだはずの私の親友だったのだ。
その事実を目の前にして嬉しさと共に困惑が襲う。だって彼女が生きているはずがない。なのに、それならどうして彼女は私の前に現れたのか。
「……やっぱり、あの時私たちを助けてくれたのは、茜だったんですね」
「ほう、これはこれは。まさかご自身でお気づきになられたとは、いやはやなんとも……」
博士は感心するように声を上げながら、顎に手を当てている。
その表情はまるで、玩具を買ってもらえた子供のような無邪気さを感じさせるものだった。
「ご心配なさらず。彼女もこの艦内に保護されています。然しもの米国も、貴重な
「モルモ――っ!」
その言葉を聞いて、思わず息を呑む。
この男は、今なんて言った? 私の聞き間違いじゃなければ、彼女のことを『
「響さんはこちらに来ていません。おそらく
それから博士は目を輝かせながら、私に話し始めた。
私が彼女と最後に遭った2年前から、その後に起こった出来事の顛末について。
「2年前の事故の後、ソフィ――茜さんはとある科学者に匿われていましてね。おっと、私じゃないですよ? その科学者の手によってシンフォギア装者となった彼女は、3ヶ月前に発生した事件『ルナアタック』で月の欠片の落下を止めるという大偉業と引き換えに
ここまでが、日本政府の把握している情報です」
「装者? それに3ヶ月前の事件って、確か……」
3ヶ月前。それは響がシンフォギアを纏い、戦うきっかけになった出来事があったはず。
あの事件は詳しいことを教えてもらっていないけど、まさか茜が関わっていたなんて。もしかして、響はずっと前から茜のことを知っていたの?
「そして、彼女が行方不明となったのとほぼ同時期、私が所属していた研究機関に記憶喪失の少女がやってきました。我々はその身元不明のアルビノ少女にソフィアと名を付け、保護をしていた」
「その娘が、茜……?」
「その通り! そして、その事実に気が付いているのは、現時点で私と貴女の二人だけ!」
博士は芝居掛かった仕草で両手を広げ、オーバーリアクション気味に続けた。
「そんな彼女を研究機関から連れ出して、戦う必要のない平和な日々を過ごしていたというのに……今や米国へ逆戻り。そのうえ、彼女が天月茜だと周知されてしまえば再び戦場に駆り出されることも想像に難くない」
「そ、そんな!」
正直、話の展開に頭は追いついていない。だけど、茜が再び戦わされそうになっている、ということは何となく伝わってきた。
そんなの、絶対ダメ! 響だけじゃなく、茜まで巻き込むだなんて!
「そこで、貴女に御提案があります」
「……提案?」
「えぇ! 私が貴女に、ご友人方を守れる力をお渡ししましょう」
そう言って、博士は懐からペンダントを取り出した。
これは確か、翼さんも似たようなものを持っていたような……。
「これは神獣鏡のシンフォギアです。貴女にはこのギアの装者になっていただきたい」
「私が、シンフォギアの……?」
「そうです。私が米国政府から受けている指示は『神獣鏡を用いて
ここから逃げる。そんなこと、私にできるのだろうか?
だけど、もしこの博士の話が本当なのだとしたら、茜はまた戦場に立とうとしていることになる。それだけは絶対に止めなければならない。
「この神獣鏡には、装者をシンフォギアの呪縛から解放することのできる力を秘めている。それを利用すれば、茜さんを戦いの輪廻から解き放つこともできるでしょう」
茜を、呪いから救うことができる? なら、私は……! 私は――
◆
「マム! マリア! 何かあったんデスか!?」
マムを担ぎながら米国と日本政府の追っ手を振り切り、何とかヘリを隠している場所へと辿り着いた。そこに居た切歌と調は出発前から変わった様子もなく、突然の帰還に驚いている様子だった。
よかった。とりあえず、二人に被害はなかったみたい。
「切歌、調。ウェル博士とソフィアは帰ってきてる?」
「い、いえ。まだデスけど……」
「何かあったの?」
「米国政府のエージェントが協定を反故にした挙句、私達を排除しようとしてきたの。私とマムは何とかここまで逃げてこれたけど……」
「なッ! それじゃあソフィアは!? ソフィアを助けに行かないとデス!」
私の言葉を聞くや否や、切歌と調は自身のシンフォギアを強く握りしめた。
その通りだ。私もマムの体調を優先せざるを得なかったけど、ここまで戻ってくればひとまず大丈夫。米国に確保されたというウェル博士はともかく、ソフィアは今からでも保護しに行かないと!
「……その必要はありません。今すぐここを離れます」
「マ、マム!? 何故そんな……ソフィアを見捨てるの!?」
担いでいたのを車椅子に座らせたマムが、直後に信じられないことを言い放った。
「ウェル博士は米国に確保された。ということは、一緒に居たソフィアも同様に捕らえられたと見るのが妥当。万が一逃げていたとしても、日本政府に保護されているでしょう。どちらにせよ、このまま救助に向かったところで全員返り討ちに遭う可能性が高い」
「それは……でも、あの娘は!」
「マリア」
「――――ッ」
マムの一喝するような視線に、思わず黙り込んでしまう。
彼女の言っていることは正論だ。例えここで私達がソフィアの救出に向かっても、勝てる見込みなんてほとんど無いだろう。むしろ、下手に動いたことで私達は更なる窮地に陥るかもしれない。
私は何も反論できず、拳を強く握りしめることしかできなかった。
「……御免なさい、私が迂闊でした。まさか米国政府がここまでの強硬手段に出るだなんて」
「そんな! マムのせいじゃ……」
私だって、何もできなかった。悔しさと無力感で胸の内が満たされていく。
6年前のあの時のように、私はまた守れなかった。シンフォギアという力も手に入れ、自身をフィーネと偽り、その結果として私は一体何を得られたというの……?
「これからどうするの?」
「幸い、彼らの狙いはわかっています。今や米国政府の手元には『フロンティアの情報』と『封印を解くための鍵』が揃っている。ウェル博士も向こうに居る以上、なればこそ、次に取る行動は自ずと見えてくる」
「……フロンティアの復活」
「ええ。我々が掻き乱したおかげで時間的猶予を失った米国政府は、すぐにでもフロンティア解放を行うはず。それこそ、本国へ帰る余裕もないほどに」
調とマムの受け答えを聞いている内に、段々と状況が見えてきた。
それは……つまり!
「フロンティアの座標はこちらも把握済み。そこへ向かえば、フロンティアの封印を解除するために米国の艦艇が居るはずです。ソフィアを確保している艦艇が、ね」
「ッ!」
「そうでなくとも、ソフィアに執着心を見せているウェル博士なら彼女を手元に置きたがるはず。そう言った意味でも、搭乗している可能性は十二分にある」
そこに向かえば、ソフィアが居る! そこに行けば、ソフィアを助けられ――
そこまで思考したところで、6年前の事故の風景がフラッシュバックする。セレナが……私の妹が瓦礫に押しつぶされるのを黙ってみていることしかできなかった光景を。
私は、今度こそ助けられるの? セレナを助けられなかった
その瞬間、私は心臓を掴まれるような感覚に襲われた。
「マリア? 大丈夫デスか?」
「ッ――、え、えぇ……大丈夫よ」
切歌に言葉を投げ掛けられ、ハッと我に返る。
いけない、また余計なことを考えていた。こんな時にまで、私は――
「出発は明後日の朝。それまで各自、準備を怠らないように」
マムの言葉を聞いて、私はさっきまで駆られていた不安から必死に目を逸らし、黙って首を縦に振った。