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私と彼女、未来との間に会話はない。
私は助けに行くための
遠くからソフィアたちの戦いを見守る私は、だけど、未来の手に握られているガングニールを無理やり取り返す気が起こらなかった。
「あの……」
そんな私の様子を不思議に思ったのか、彼女が声をかけてきた。
「これ、私に持たせたままでいいんですか?」
「……ええ。ソフィアがあなたに持たせたのはきっと意味がある。それに――」
それに、今の私ではまともに身に纏うことさえできるかどうか……。そんな状態では、かえって足手まといになるだけだ。
「……ねぇ」
今度は私の方から話しかける。彼女は少しだけ驚いたように目を見開くが、すぐに穏やかな表情で私を見る。
「あなたはソフィアの友人?」
「私は茜……彼女の幼馴染みなんです」
「そう。あの子、本当は茜って名前なのね」
やっぱり、記憶が戻っていたんだ。そう自覚した瞬間、足元が崩れたかのような浮遊感に襲われる。この偽りの日々も、何もかも、これで終わってしまったんだと。
結局、何も残らなかった。何も得られず、失ったものばかりが増えていく。何も言葉を返せなくなった私に、彼女は再び口を開いた。
「ありがとうございました」
「……え?」
突然お礼を言われ困惑する私。なぜお礼を言われたのか全くわからない。
そんな私を見て彼女は微笑みながら続ける。
「茜をいままで見守っていてくれたんですよね。茜、だいぶあなたに心を許しているみたいでしたし」
その言葉に思わず息を飲む。確かに私達は互いを支え合ってきたけれども、果たしてそれは本当に私が守っていたと言えるのだろうか、と。
……そんなことない。むしろ、私があの子に甘えていたのだ。感謝されるようなことなんて何も――
「未来ーっ!」
そんな暗い感情が渦巻いていると、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「よかった~無事だったんだね」
「響! どうしてここに? それより、身体は大丈夫なの?」
「うん、平気。体内のガングニールはあの娘がとってくれたみたいだから。そのせいで変身できなくなっちゃったんだけど」
立花響、特機部二所属のガングニール装者。未来の友達だったのか。それにソフィア――茜の纏うガングニールの出どころもこれで分かった。
「あれ、マリアさん? どうして未来がマリアさんと一緒に?」
「私達、茜に助けてもらったの」
「やっぱり……あのソフィアって子、茜だったんだね」
どこか確信めいていた響は、未来の話を聞くと納得するように小さく頷いた。
そして、彼女の顔を見た未来は握りこぶしを開き、手のひらに握られていたペンダントを見せる。
「これは……ガングニール? どうして未来が?」
「渡しておいてって、茜に。多分、響が来ることも分かってたんじゃないかな」
そういう未来の表情はどこか曇っており、それに気づいた響は少し寂しげに笑う。
「大丈夫だよ、未来。ちゃんと決着をつけて、帰ってくる。今度は茜と一緒にね!」
「……茜のこと、私には黙ってたのに?」
「えっ! それは、その、えぇっと――」
「冗談だよ。行ってきて。響なら……きっと大丈夫」
未来の励ましに笑顔で応えた彼女は、未来から受け取ったガングニールのペンダントを首から下げると同時にガングニールを纏い、そのまま駆け出した。その姿はまるで風のようで、あっという間に見えなくなってしまう。
「強いのね……あの娘……」
私は呆然としながらその光景を見つめていた。
それに引き換え私は、戦う力もなく、立ち向かう勇気も失い、ただのお荷物でしかなくなっていた。その事実を改めて認識し俯いてしまう。
「でも、それ以上に響は優しいです。こっちが心配になるくらい」
その声に顔をあげると、彼女が真剣な眼差しで私を見つめている。その瞳には強い意思が宿っていた。
「そう……」
そんな彼女の言葉を聞きながら私は思う。私もあの娘のように強く在れたら……。そうすればこんな惨めな思いをしなくて済んだのかもしれない。
(どうして……どうして私はこんなにも弱いの……!)
自分自身に対して怒りが込み上げてくるのを感じる。
悔しい。辛い。苦しい。悲しい。いろんな感情が入り混じって頭の中がごちゃごちゃになっていた。それに呼応するかのように身体の震えが止まらない。
『泣かないで』
刹那、耳元で誰かに囁かれる。
それはとても優しく温かい声で、不思議と心が安らいでいった。
『貴女の、本当にしたかったことは何?』
本当に、したかったこと?
私は…………私は、守りたかった! もう何も、失いたくはない! だから!
『どうか信じてあげて、あの娘の言葉を。そして、貴女自身を』
信じる……? あの娘の、
――姉さんはもう、力を持っている。優しい力を――
優しい、力……
「……行かなきゃ、私も」
「マリアさん?」
さっきまで立つことすらできなかった脚に力が入る。
私の身体はもう、震えてなんていなかった。
「貴女はここで待ってて。私もあの娘たちを助けに行く」
どんな結果になろうとも、それが私の望む答えにつながるはずだと信じて……。
『どうか、生まれたままの感情を隠さないで。
ありがとう。
「
◆
未来から、茜から再び託された
「マリアさん!? そのシンフォギアは……」
「私も戦う。いえ、戦わせてちょうだい」
彼女の表情から伝わるその決意は揺らぐことなく固いもので、何よりも強い意志を感じる。
「……はい。 行きましょう! 一緒に!」
「えぇ……!」
この時を待ちわびていたように二人して駆け出す。その速度はお互いの気持ちが合わさったことで飛躍的に向上し、一気にトップスピードまで到達する。
そしてほどなくして、二課の皆や茜たちが集まるところへ辿り着いた。
「茜! クリスちゃん! 翼さん!」
「切歌と調は無事!?」
「響! ていうかお前その姿は!?」
「マリア!」
クリスちゃんが目を丸くしてこちらを見ている。確かに、なし崩し的とはいえあっさりガングニールを装着できるようになってるし驚くのも無理ないか。
そして、切歌ちゃんと調ちゃんはマリアさんに駆け寄っていた。
「マリア、そのギアは……」
「あの娘が力を貸してくれたの、きっと」
そう呟くようにに語るマリアさんは自分の胸元で煌めくコアを見つめている。
すると、少し遅れて茜がこちらに声をかけてきた。
「久しぶりのところ申し訳ないが、二人の力を借りたい。そろそろ、ネフィリムの再生が終わるころだ」
「ッ!」
その言葉を聞いて反射的に身構えると同時に地面が激しく揺れる。まるで地震が発生したかのような衝撃が襲ってきてバランスを崩しそうになった。
「来たか」
そう呟いた茜の視線を追うと、そこには以前見た時とは見違えるほどの巨大化したネフィリムが私たちに向けて睨みを利かせていた。
「あいつ、なんかでかくなってねぇか!?」
「ソロモンの杖を吸収しやがったせいデス! でも……」
「さっき戦った時よりも、さらに大きくなってる」
ソロモンの杖を!? ネフィリムにそんな力があったなんて……! いや今は驚いてる場合じゃない。
「早く何とかしないと!」
「落ち着け、響。生半可な攻撃は却って奴に吸収されかねない。だから――」
そう言って茜は、手に持つトリシューラの先端をこちらに向けてきた。
「私のトリシューラでフォニックゲインを増幅させ、7人のエクスドライブによる攻撃で片づける」
「な、何言ってんだ茜! それは無理だってさっきおまえ自身が!」
「あぁ。私一人ならな」
「え?」
私の問いかけに対し、茜は力強く返事を返す。
「響と姉さんの持つシンフォギアの力を借りる」
「私たちの?」
茜の言葉をかみ砕こうと頭を働かせた、その時だった――
「■■■■■!」
突如として響き渡る轟音と共にネフィリムが咆哮をあげた。その衝撃により大地が大きく揺れ動き、私はバランスを保つことができずに膝を突く。
「くそッ! とうとう動き出しやがった!」
「ぐぅ……デェェェェェスッ!」
「あっ、おい! お前ら!」
クリスちゃんの叫び声を背に切歌ちゃんと調ちゃんが飛び出す。二人とも素早くネフィリムへと接近すると同時に攻撃を放った。
二人の刃がそれぞれネフィリムの体躯を切り裂いていく。しかし――
「■■■ッ!」
その傷跡はみるみるうちに修復されてしまった。それに伴いネフィリムの巨躯がより肥大化していく。その光景に思わず息を飲んだ。
「ちッ! 無茶すんな!」
「でも! ソフィアが……みんなを救ってくれるなら! アタシは!」
クリスちゃんの制止も聞かずに切歌ちゃんが再び武器を構える。
「アタシは……ソフィアのためにアタシは戦うデス!」
「切ちゃん……!」
そんな切歌ちゃんを見て調ちゃんもまた決意を秘めた表情で武器を構えた。
だがそんな彼女たちに向けて容赦なくネフィリムはその巨腕を振りかざし始める。
「まずい!」
ネフィリムの腕から放たれた一撃が容赦なく切歌ちゃんと調ちゃんへ襲い掛かる。しかし次の瞬間――
空から降り注いできた青い奔流がネフィリムの腕を弾き飛ばした。そして間髪入れずに翼さんが剣を振るう。
空中から放たれた大量の剣が雨のように降り注ぎネフィリムに突き刺さっていく。そして追い打ちをかけるようにクリスちゃんが銃撃を浴びせ、それによりネフィリムの巨体は倒れ伏した。
「良き覚悟だ。暁、月読!」
「茜ぇ! こっちは任せろ!」
二人の覚悟に感化された翼さんとクリスちゃんもネフィリムに再び挑んでいく。そんな彼女たちの姿を見て心の中で感謝した後、茜が私とマリアさんに向き直り言葉を投げかけた。
「響、姉さん。時間を稼いでもらってる間に準備をするぞ」
「でもどうやって?」
焦燥感に駆られる私の内心を見透かしたように茜は言葉を返す。
「手を、つなげばいい」
「手……?」
私が意味を咀嚼するよりも早く、茜は槍の先端で瓦礫をコツンと叩いた。
「
その穂先に付けられた音叉から放たれた純音が、世界から一切の雑音を消し去り、あたり一帯に響き渡る。
その瞬間、世界に音が生まれた。
「……すごい」
マリアさんの呟きを遮るように、私たち3人の身体が眩い光に包まれ膨大なフォニックゲインが流れ込んできた。
「ぐっ……これが……ッ!」
マリアさんと共に激しい奔流に飲み込まれないように必死に耐える。前の時よりも、エネルギーが多い……!
「落ち着け。
繋ぐ……? その言葉とともに茜が私たちの手を取る。それを感じ取り私はゆっくりと呼吸を整えつつ意識を集中させる。すると徐々に流れ込んでくる量が安定してきた気がした。そしてそれは隣にいるマリアさんも同じようで、呼吸を整えて落ち着きを取り戻していた。
「凄いわね……二人のフォニックゲインが、私の中へ流れ込んでくる。これが……共鳴」
「……温かい」
やがてエネルギーの流れは安定し始め徐々に緩やかになっていった。そしてそれと同時に全身に行きわたったエネルギーが今度は外に向かって放出されていく。
「私が増幅し、姉さんが束ね、響が繋ぐ」
茜の言葉を噛み締めるように拳を握りしめる。そしてついに臨界点を迎えた瞬間、3人のシンフォギアが共鳴しあい極彩色の光を放ち始めた。その光景はまるで流星群のようでとても幻想的で美しい。
やがてその光が伝播し、クリスちゃんや翼さんたちのシンフォギアにまで影響を与え始める。
「な、なんデスか、この光!」
「私たちの歌が、さらに高まっていく……!」
切歌ちゃんと調ちゃんの言葉通り、彼女たちのフォニックゲインも高まり続けているのが分かる。そして遂に―――
7人に新たな力が舞い降りる。
「全員がエクスドライブ!?」
「本当にできた……!」
『素晴らしい! なんというエネルギーの奔流! 貴女の力は全人類にさえ匹敵するというのか!』
驚愕を露にするクリスちゃんと調ちゃんの言葉に耳を傾けながらも視線は前方へ向け続けていた。
そこには先ほどまでと比べ物にならないほどの巨大な姿となったネフィリムがこちらを見下ろしている姿があった。しかしもう恐怖など感じない。何故なら今この瞬間も私たちは繋がっているから。
それぞれが感嘆の声を上げる中、茜は静かに目を閉じて何かを感じ取る仕草を見せた後、目を開けてこちらに向き直り言葉を口にする。
「決着を付けるぞ、皆!」
「うん!」
私の掛け声に合わせて仲間たちが一斉に動き出す。それに合わせて私もまた駆け出した。
「■■■■――ッ!?」
ネフィリムは己の存在を脅かされていることに気づいたのか、雄叫びを上げて苦しんでいる。それでもなお抵抗しようとするネフィリムに対し、まずは調ちゃんと切歌ちゃんの連携攻撃が繰り出される。
「長くは持たない。短期決戦でいけ!」
「
鋸と大鎌、二つの刃が交互にネフィリムに襲い掛かる。ネフィリムは防御しようと両腕をクロスさせ防御しようとするがそんなものは無意味だった。
二つの刃はネフィリムの腕を切り裂きながら進行し胴体部分に到達するとそこで止まった。しかしそれだけではない。
続いて翼さんとクリスちゃんがそれぞれネフィリムの両脇から接近し攻撃を放つ。
紅蓮の炎と矢の嵐がネフィリムの巨体を包み込む。その威力に耐えきれずネフィリムの身体に深い亀裂が走った。しかし――
「■■■――■―――!!」
その亀裂はすぐに修復されてしまい完全にダメージを与えることはできない。
「まだまだぁ!」
再び翼さんとクリスちゃんが攻撃を仕掛けようとしたところで私も動き出す。クリスちゃんと翼さんの攻撃によって動きが鈍くなったところを見計らって一気に懐に潜り込む。
「やぁぁああ!」
「■■ッ!?」
渾身の一撃がネフィリムの腹部に命中する。そのまま吹き飛ばそうとしたがそれは叶わなかった。
「■■■―――!!」
「ぐぅッ!」
逆に反撃を受けてしまう。鋭い爪が迫ってくるのを見て咄嵯に回避しようとするも間に合わない。しかし寸でのところで茜が現れ受け止めてくれたおかげで難を逃れることが出来た。
「大丈夫か?」
「ありがとう、茜!」
茜に助けられた私はすぐに体勢を立て直し再びネフィリムに向き合う。一方のネフィリムは、まだ回復が追い付いていないようで明らかに動きが悪い。そしてそこに畳みかけるように今度はマリアさんが動く。
マリアさんが持つアームドギアが蛇腹剣のように変化し、あらゆる角度からネフィリムを斬り裂く。その攻撃で体勢が崩れたネフィリムは大きく仰け反ってしまい隙だらけになった。
「■■――ッ!?」
「今よ! ソフィア!」
マリアさんに言われるまでもなく既に行動に移っていた茜は拳を振り抜いていた。ネフィリムは避けられないと悟ったのか両手を交差させて防御しようとするが全く意味をなさない。
「■――ッ!?」
凄まじい衝撃と共にネフィリムの身体が宙を舞う。そのまま地面に激突すると大きくバウンドし地面に転がった。その衝撃で身体中にヒビが入った状態になり、ネフィリムは満身創痍といった様子だった。
「皆、呼吸を合わせろ!」
「了解!」
茜の合図に合わせて、全員がフォニックゲインを最大限まで高めていく。そしてそれが、ガングニールとアガートラムを通じて茜のトリシューラの穂先へと収束していく。
「■■ッ!?!?!?」
『なんという、エネルギー密度……!』
ネフィリムの巨体が痙攣するように震え始める。恐らく今の状態ではこれ以上の吸収は許容量を超えるのだろう。つまり――
「これが最後の一撃」
そう叫んだ瞬間、トリシューラの先端からプリズム状の凄まじいエネルギーが竜巻となって解き放たれる。それが一直線にネフィリム目掛けて飛んで行く。
「■■――――ッ!!!」
ネフィリムは迫りくる脅威を排除するために最後の抵抗を見せるかのように両腕を突き出した。
「■■■……■■―――」
だがその程度では足止めにすらならず、次の瞬間には一直線にネフィリムの身体を貫いた。
ネフィリム・ノヴァ? そんなもの、うちにはないよ。
次回エピローグです。その次はAXZかな?