「……父さん。また爆発したの?」
「ありゃ。火加減を間違えたかな」
そう言うと父さんは焦げ付いたフライパンを冷やしつつ中身を皿へ盛り付けた。
「料理も錬金術も、レシピ通りにやればうまくいくはずなんだけど……何がいけないのかなぁ」
「ふふふっ」
父さんの不器用な一面に思わず笑みが溢れる。普段はしっかりしてるのに、こういうところは少し抜けていた。
父さんは困ったように頭を掻きつつ、完成した料理をテーブルに運んでくる。
「お待たせ。いただきます」
「……いただきます」
二人揃って手を合わせる。私は料理を口に運び――眉間に皺が寄った。
美味しくない。とても食べられたものじゃない。一体どれだけ焦げ付いていればここまで不味くなるんだろうか。
すると突然、家の扉が勢いよく開かれた。
「おいおい、イザーク! まーた料理に失敗したのか? 焦げ臭いにおいが家の外まで漂っていたぞ!」
「あはは……恥ずかしいところを見られてしまったね、テオ」
扉の向こうからは父の友人である"テオおじさん"と、その一人娘であり私の親友でもある少女が立っていた。彼女は室内に入るとキッチンの惨状を見て苦笑いを浮かべる。
「まったく仕方ないな。私が何か作り直してあげる」
「あっ、それなら私も手伝うよ、ソフィア」
「ありがとう、キャロ」
そう言って私は彼女――ソフィアと共にキッチンへと立つと手慣れた様子で調理を始める。
「……子供の成長は早いもんだ。うちのソフィアがキャロル君と出会ってもう五年か」
「懐かしいな。昔のキャロルは引っ込み思案だったけど、今はこんなに明るくなって。ソフィアには感謝しかないよ」
後ろで親同士が談笑している中で私は手を動かす。といっても、基本はソフィアがやってくれるので私は隣で見てるだけだ。ソフィアの、昔から大抵のことはそつなくこなすその姿は、私のひそかな憧れだった。
「よしできた! 今日は簡単なものだけど……」
そう言ってソフィアは出来上がった料理をテーブルへ運ぶ。その皿には湯気が立ち上る美味しそうなお肉が載っていた。食欲をそそる香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり思わず生唾を飲み込む。
「それじゃあ早速――」
私はナイフとフォークを使い料理を口へ運ぶ。柔らかな食感とともに広がる旨味と塩味。絶妙な加減で加えられたスパイスがアクセントとなり味を引き立てている。
「美味しい……!」
「うん。相変わらず二人の料理はすごいな」
父さんとテオおじさんも満足げな表情で食べ進める。
「良かったね、ソフィア」
「キャロも手伝ってくれたからだよ」
「ううん。料理はほとんどソフィア一人で作ったみたいなものだから」
「それなら、次はもっと色々な料理を教えてあげる」
ソフィアの提案に思わず笑みが溢れる。彼女と一緒に料理をする。想像するだけで楽しそうだ。
「楽しみにしてるね」
「うん!」
そして私達は残りの食事を平らげる。食事が終わり片付けを終えると私とソフィアは手を繋いで庭に出た。
これは何気ない日常。私が幸せだった記憶。けれどこの時がずっと続くと思っていた。
―――――――――――――――
――――――――――
―――――
目を覚ますとそこは見慣れた天井だった。ベッドから起き上がり周囲を見渡す。ここは間違いなくボクがいつも使っている部屋だ。
……夢か。ボクは安堵の息を吐くとベッドから降りて机に向かう。今の夢はキャロルの記憶から転写されたものだ。なぜ急にこんな昔のことを思い出したんだろうか。
「……キャロル」
椅子に座りながら思わず呟く。彼女の目的は知っている。だからこそ止めなければならない。でも、今のボクにはそんな力はない。やっぱり、シンフォギア装者の手を借りるしか……。
頭の中で考えがぐるぐると回りながら、なんとなくキャロルから与えられていた解析資料に目を落とす。これは確か、数か月前のフロンティア事変に関する――
「……え?」
そこまで考えてボクは思わず声をあげる。
「どうして……そんな、まさか……!」
ボクは慌てて資料を読み返す。そこに書かれていたのは聖遺物"神獣鏡"を身に纏った一般人の交戦記録。その相手として立ちはだかったのはガングニール装者と書かれているけれど……これは立花響じゃない!
それにこの、フォニックゲインと微妙に異なる違う特殊なエネルギー波形……これは間違いなく
「……行かなきゃ!」
ボクはそう叫ぶとすぐに部屋を飛び出した。
キャロルの親友である彼女がもし生きているのなら、キャロルの野望を阻む協力を……いや、それ以前にキャロルだったら彼女を計画のために利用しかねない!
「ソフィア!!」
私はかつての友のため、身一つでチフォージュ・シャトーを抜け出した。
◇
私は錬金術師系少女、ソフィア。
幼馴染で年下のキャロと楽しく日常を過ごしていると、街に流行り病が
治療をするイザークさんの手伝いに夢中になっていた私は、背後から近づいてくる市民の悪意に気が付かなかった。
イザークさんは異端者として捕まり、私は目が覚めたら……
現代に転生していた!
ソフィアが生きていると誰かにバレても、特に命は狙われないし別にどこにも危害は及ばない。記憶喪失だったので結果的に正体を隠すことになった私は、拾ってくれた孤児院の先生に名前を聞かれて咄嗟に"茜"と名乗り、特に目的もなく孤児院に転がり込んだ。
転生しても中身は同じ。見た目は無口、性格はおちゃめ。
その名は茜・
そう。すっかり忘れてたけど実は私、転生者だったんだよね。まあ、流行りの異世界転生ではなく同じ世界の中世から現代にやってきたタイプなんだけど。もっとも、死んだときのことまでは思い出せていないから当時の状況は全然わからないんだよね~。
「アハッ!」
そんなこんな思考がそれていると、青のゴスロリ少女がこちらを見ながら不敵に嗤う。その様はまるで悪魔のような、人ならざる不気味さを感じさせるものがあった。
そして彼女は、私の脚元で震えるフードの少女に向かってゆっくりと近づいてくる。
「……っ!」
「おやおや? どうしました? 怖気づいたんですかぁ? まさかこの状況で逃げられると思ってませんよねぇ?」
フードの少女はゴスロリ風の少女を警戒するように睨みつける。それに対しゴスロリ少女は嘲笑うように言葉を紡いだ。その言葉からは、フードの少女に対する侮蔑の感情が読み取れる。
「何者だ、お前?」
「おっと、これは失敬。わたくしめはガリィ・トゥーマーンと申しますです」
こちらの問いかけに対し目の前の少女――ガリィはあっさりと、ただしこちらを小馬鹿にするようなニュアンスを込めて、自身の名前を開示した。
「ちなみにそちらの小娘はエルフナイン……って、それはどうでもいいか。ガリィはアナタに用があるんですよ」
「私に?」
「ハイ。マスターがアナタに会いたいとおっしゃいましてね。まったく、連れてくるこっちの苦労も考えずに無茶言いなさるもんですよ」
そう言いつつ肩を竦めるガリィ。彼女の言葉によればマスターとやらが私に興味を持っているらしい。正直に言えば嫌な予感しかしないし、お断りしたいんだけど……
「ああ、そういえば。マスターから伝言を預かってました。えぇっと……『その左腕の代金を支払え』とのことです」
「……!」
その言葉を聞き、私はアームカバーで覆っている左腕の義手に触れる。つまり、こいつは――
「察しがついたみたいですねぇ。アナタのその左腕を作ったのはガリィのマスターであり、そのマスターがアナタに直接お話をしたいそうで。ですのでおとなしく付いてきてもらえません?」
「……なるほどな」
そう言われたら付いていく他ない。いずれ
「わかった。行こう」
「ガリィが言うのもなんですが、本当に来るんですか?」
「あぁ。料金の踏み倒しはいけないからな」
「……アナタ、変人って言われません?」
失礼な! 周りの大人に比べたら、私ほど常識的な人はいないからね! 愛の告白を言えずにうじうじしてたフィーネさんとか、英雄願望爆発中のドクターとか!
……冷静に思い返したら私の保護者、碌な人がいない? い、いや! 他はまともだし! マムとか司令とか!
「ま、待ってください! 危険です! キャロルはソフィアのことを利用しようと――」
叫ぶように呼び止めたフードの少女――エルフナインを制止する。
彼女の言うことはよく分かるが、それでもだ。
「心配ない。
私は左手でエルフナインの頭を優しく撫でながら告げる。彼女は少し驚いた表情でこちらを見上げていた。そして何かを決意するように目を瞑ると意を決して口を開く。
「……わかりました。私も一緒に行きます! ソフィアを一人にはさせません!」
「いや、ガリィは元々アンタを連れ戻しに来たんだから、一緒に連れて帰るに決まってるでしょ」
「あっ……はぅ」
「んん? "はぅ"だって。かっわい~」
ガリィの辛辣な言葉に項垂れるエルフナインと、それを見てニヤつくガリィ。この二人の関係性はまだよくわからないな。
「それじゃあ行きましょうか」
そう言うとガリィは、懐から小指ほどの大きさの小瓶を3つ取り出し地面にばらまく。すると、落下した小瓶を中心にそれぞれ魔法陣らしきものが浮かび上がった。
「はーい、2名様ご案内~」
ガリィが陣の上に立つとその場で姿が消える。どうやらこれで拠点までワープできるみたいだ。
私とエルフナインも後に続き陣の上に立つと、光の奔流によって視界が白一色に染まる。
そして次の瞬間には、先ほどまでの景色とは打って変わって薄暗い空間の中に立っていた。
「着きましたよぉっと」
「ここは……」
周囲を見渡すが薄暗くてよく見えない。ただどこかの地下施設っぽいのは分かった。
「ガリィに付いてきてくださいね。迷子にならないように」
「あぁ」
そうして私はガリィに付いて行く。エルフナインも私の後に続きガリィに続いて歩いていく。
しばらく歩くと、大きな扉の前に辿り着いた。扉の向こう側からは何やら人の気配がする。おそらくこの先にあいつがいるのだろう。
ガリィが扉を押し開く。するとそこには―――
「……遅かったではないか、ガリィ。随分と時間がかかったみたいだが、何処で油を売ってたんだ?」
「人使い荒いったらないんですよマスターは。おかげでこっちはクタクタですぅ」
そう言いながらガリィは奥の部屋に歩いていった。
その部屋の中央に鎮座する大きな椅子には既に誰かが腰掛けていた。
「――久しいな、ソフィア。否、今は茜と呼ぶべきか」
そこに鎮座していたのは、幼女と見間違う程に小さな少女だった。金色のおさげ髪をした幼い容姿で瞳は深い碧眼をしている。幼い容姿だが、その声質からは成熟した大人のようにも感じられた。
「そうだな。"450年"ぶりくらいか?」
「……ほう、やはり記憶が戻っていたか」
少女の言葉に私は頷きを返す。そこにいた人物こそ、私が接触しようとしていた相手。錬金術師の一人娘であり、私の幼少期からの幼馴染だった人物……キャロル・マールス・ディーンハイムだった。