「……ソフィア、最近来ないね。まだ元気にならないのかな?」
「なに、大丈夫さ。テオは錬金術師 兼 医者なんだ。きっとよくなる」
父さんの研究部屋で私はソフィアについて尋ねていた。ソフィアはこの時、重い病気に掛かっておりお見舞いにも行けない状況だった。当時の医療技術では満足に快復させることも難しく、テオおじさんはあらゆる伝手を使ってソフィアを助けるために動き回っていた。
父さんから話を聞いただけでも、内心かなり追い詰められていることが子供ながらに伝わってきた。
「でも……」
そう言いかけて俯く私に父さんは優しく微笑みかける。そして私の頭にポンッと手を置き撫でてくれる。
「お前は優しい子だね。きっと良い大人になる」
「そうなの?」
「そうだとも」
父さんの言葉に嬉しくなり笑みを浮かべる。少し心の靄が晴れた気がする。
父さんはいつもこうやって褒めてくれる。そんな父さんが好きだから。私はもっと父さんに喜んで欲しくて、父さんの役に立ちたいと思って私は錬金術師になったのだ。
そんなある日のことだった。突然、家の戸が叩かれる。不思議に思い玄関に向かうとそこにはひどく興奮した様子のテオおじさんが立っていた。
「イザーク! イザークは居るか?」
「テオおじさん?」
「おぉ、キャロル! イザークは何処だ!?」
「う、うん。待っててね、すぐ連れてくるから」
私は急いで父さんを呼びにいく。そして父さんを連れてテオおじさんの元へ戻った。
「テオどうしたんだ? そんなに息急き切って……」
「イザーク! ついに見つけたんだ! ソフィアは助かった!」
テオおじさんはそう言って嬉しそうに笑う。だけど、その狂気にも満ちた笑顔に私は思わずたじろぐ。
「い、一体どうやって? そんな運よく特効薬が見つかったのかい?」
「いいや、そうじゃない。そもそも根本から違っていたんだ! 発想の転換だよ、イザーク!」
そう言ったおじさんの眼はギラついていて、今まで見たことのないような輝きを見せていた。それを見た父さんも少し恐怖を感じたのか後ずさってしまう。
「おっと、ついつい捲し立ててしまった。あまり待たせてはいけないな」
入っておいで、というテオおじさんの合図で後ろに控えていた誰かが前に出てくる。その姿を見た私は思わず自らの手で口をふさいだ。
「存在の連続性は何をもって証明するか。肉体? 記憶? いいや違う!
テオおじさんの言葉がうまく頭に入ってこない。頭の中が真っ白になりそうだ。
そこに立っていたのは一見するとソフィアだった。だけど――
「久しぶりだな、キャロ」
その肉体に精気はない。まるで珠の肌と評されるようなそれは、決して比喩ではない。無機質な光を放つ瞳に反射して映っている私は、ひどく間抜けな顔をしていた。そして目の前のソフィアだった存在はその首をカクンッと横に傾ける。
少し視線を落とすと、彼女の裾から
「テオ……なんてことを。そんなことをしても彼女は――」
「私が代用品を作って満足するとでも? それは俺を侮っているぞ、イザーク。言っただろう! 個の個たる所以、自己同一性は魂によって裁定される! つまりこの子は間違いなく我が娘だ!」
テオおじさんは笑いながら父さんに訴えかける。その瞳には狂気の炎が宿っていた。
その眼が恐ろしくて私は震えてしまう。でも目が離せない。逃げ出そうと思えばいつでもできたはずなのに……まるで金縛りにあったかのように動くことができなかった。
◇
「その左腕の……義手の使い心地はどうだ?」
「ああ、最高だ。性能、デザインともに文句のつけようもない」
「ふふんっ、そうだろうそうだろう」
私の返答を聞いたキャロは満足げに微笑む。その様はどこか自慢げで誇らしげだった。
キャロル・マールス・ディーンハイム
私の父が錬金術師であり、その同志の娘ということで幼い頃からよく一緒に遊んでいた仲だ。周りからは姉妹のようだとも言われてたっけ。それが数世紀の時を超え、こうして再会できるとは正直思ってもみなかった。
ただ気になることがある。最後の記憶だともう少し大人びた姿だったはずだけど、今は更に幼い容姿になっている。そのくせ雰囲気は垢抜けてるんだよなぁ……。
「しかし、よく私を見つけられたな」
「お前の
魂の反応? まぁよくわかんないけど、キャロにかかれば私の居場所なんて容易く特定できたってことか。でも、ひとつだけ訂正する必要がある。
「悪いが私に"ソフィア"を名付けたのは別人だ」
「……なんだと?」
「私も直接面識はないが、F.I.S.の会長をやっていた人物だと聞いている」
マムや姉さんにちょろっと聞いただけだが、私をF.I.S.に連れてきたのもその会長らしい。
「アメリカの科学者共の長だと? ただの偶然か? いや、奴は確か……」
何やらぶつぶつと考え込み始めたキャロ。うーん……こういう時のキャロは結構長いんだよなぁ。
「そーんなことより、マスター」
ふと横を見るとガリィがいつの間にかすぐ傍まで来ていた。ガリィはキャロの近くに立ち、こちらに向き直る。
「もっと話したいこともあるでしょうが、先にこっちを片付けちまいましょう?」
ガリィの言葉にキャロはハッと我を取り戻し、こちらへ向き直る。そして改めて私の姿をじっくりと観察してきた。なんだか恥ずかしいような心地だが黙って見つめ返す。
そしてしばらくすると納得したかのように小さく息を吐いた。
「そうだな、本題に入ろう。お前にはオレの目的に手を貸してもらう」
「目的?」
「世界を分解し解析することで万象黙示録を完成させる。それこそが俺に課せられた命題であり悲願だ」
キャロはそう言って私を見据える。その瞳は決意に満ち溢れていた。しかし同時にどこか寂しそうでもあった。
彼女の願いはきっと本物なのだろう。けれどその奥にはまだ何かあると直感で感じ取った。
「万象黙示録――すべての理や記憶を無に還し、万物解析のために世界そのものを分解する世界解剖計画。そんなこと、していいはずがありません!」
すると、今まで沈黙を貫いていたエルフナインが突如として叫ぶ。その表情は真剣そのものであり、彼女の本気が垣間見える。
一方でキャロは冷たい眼差しでエルフナインを射抜く。
「ほう、よく吠えたな。ソフィアを傍に携えて虚飾の鎧でも纏ったつもりか」
「ぐぅっ」
キャロの一言でエルフナインは押し黙ってしまう。それ以上何も言えないといった様子だ。だが諦めきれないのか悔しげな顔をしている。
「つまり、キャロは世界を壊したいということか?」
「……ひじょーに遺憾だが、ものすごーく要約するとそういうことになる」
あっ、すっごい不服そう。でもまあ言いたいことは分かる。ただちょっと端折りすぎたかもしれない。
でも、私の心はすでに決まっている。
「悪いが、手は貸せない」
私ははっきりと拒絶の意思を示す。するとキャロは呆気に取られたような表情を見せた後、ニヤリと笑う。
「万物理解は錬金術師の至上命題。それは錬金術師の娘であったお前も理解しているだろう? なによりこれは、わが父イザークが死の間際に託したものだ。如何に貴様でも止めることは叶わぬと知れ」
キャロの鋭い眼光が私を射抜く。その視線は真剣そのもので邪魔立ては一切許さないと言わんばかりであった。しかし、私もここで引くわけにはいかない。覚悟を決めキャロルの目を見返す。
しばしの沈黙が流れる。互いに一歩も引かない膠着状態が続く中、その沈黙を破ったのはガリィだった。彼女は大きくため息をつくと呆れたように口を開いた。
「マスターも回りくどいんですよ。袂が分かたれることなんてわかりきってたんだから、最初からこうすればよかったんです――よッ!」
その言葉と共に、ガリィの周囲に水が生成されこちらに向けて放たれる。それを視認すると同時に即座に回避行動を取る。だが避け切れなかった水弾のいくつかが腕や頬などを掠めていった。
その傷口は即座に修復したが、追撃とばかりにガリィがこちらへ間合いを詰めてくる。
「ッ! 下がれガリィ!」
キャロの制止が届くよりも早く、私はガリィの持つ氷剣を左手でいなして右手人差し指を彼女の胸元へと押し当てた。
「なに、を……」
その直後、崩れ落ちるようにガリィがその場に膝をつきそのまま地に倒れ伏した。
「馬鹿者が。貴様ら
キャロの叱責が飛ぶ。初遭遇時から体幹に違和感があったけど、やっぱり錬金術で生み出した人形だったみたいだ。
ガリィは先程の攻防だけでも人間を遥かに凌駕する力を持ち合わせている。しかし弱点がないわけではない。人形である以上、彼女たちのエネルギーは動力炉に集中している。つまり、そこをピンポイントにエネルギー運動を低下させれば簡単に機能を停止できる。
「さて」
私はガリィを横抱きで抱え、エルフナインに視線を送ってフロアの壁際へ運ぶ。その後、ガリィを優しく壁にもたれかけさせておく。
「エルフナイン、ガリィとここで待っていてくれ」
「ソフィア……」
不安そうなエルフナインに微笑みかけると彼女は黙って頷いてくれた。
「どうする? 続けるか?」
キャロの方へ向き直り問いかける。すると彼女は心底愉快そうに嗤い出した。いきなり大声で笑い出すキャロに戸惑いを隠せない。そんな私の様子などお構いなしといった感じだ。
そして椅子から飛び降りるとこちらに向かってゆっくり歩いてくる。
「続けるとも! 貴様は何としても我が軍門に下ってもらう!」
「なら、全力で抵抗させてもらおう」
キャロは両手を広げ、大きく手を掲げる。すると彼女の横に魔法陣が展開し、奥から人間大の竪琴が出現する。それは見る者を魅了するような妖艶な美しさを持っていた。
「殲琴・ダウルダブラ」
竪琴を手に取り弦を弾くキャロ。その音が鳴り響き空気が震え空間が揺れる。
次の瞬間、その音色と共にキャロの身を包むような大量の光が放たれた。そして一瞬にして彼女の身体を包み込んだかと思うと徐々に光が弱まり、そこには新たな姿となったキャロが立っていた。その姿は先ほどまでの幼いそれとは打って変わり、背丈が伸びた大人の女性そのものだった。
「これくらいあれば不足しないか」
シンフォギアのような武装を身に纏う大人姿のキャロが改めてこちらに相対する。
「さぁ、見せてもらおうか! 奇跡を隷属させる貴様の力を!」
ちょっと早めの最終決戦開幕