装者がひたすら曇る御話(当社比)   作:作者B

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縛り付けていたモノ

「それじゃあ、茜。ちょっくら行ってくる!」

「……程々にな」

 

 クリスちゃんの人生相談から数日後。

 フィーネさんから任務を命じられたクリスちゃんは、屋敷の玄関口で見送る私に意気揚々と挨拶をして出かけて行った。あのはしゃぎっぷりからして、大方、ビッキーを捕らえてこいって言われたのだろう。

 ビッキーは心優しい子なので、できれば手心を加えてくれればいいのだが……

 まあ、クリスちゃんはなんだかんだ言って根は優しいので、大層なことにはならないだろう。

 

「立花響のことが心配? いえ、それともクリスの方かしら?」

 

 すると、屋敷の奥から闇に紛れてスーッとフィーネさんが現れた。

 どうしてこうも、登場の仕方一つ取っても悪役チックなんだよ、あんたは。

 

「何か用?」

「相変わらず、会話のキャッチボールをしない娘ね、貴女は」

 

 うるせー! 私だって何とかしたいんじゃい!

 

「検査の準備ができたから呼びに来たの」

「検査? 今日はまだ予定日じゃないはずだが」

「状況が変わったの。この先、予定が立て込んでいるから、今のうちに実施するのよ」

 

 なるほど。確かに、ここのところ忙しいのか、屋敷に居る時間も前より減ってたしな。

 まあ、反論したところで拒否権もないんだけどね。検査もどうせ、いつも麻酔で眠っている間に終わってるから、大して苦労もないし。

 

「わかった」

「なら、ついてらっしゃい」

 

 フィーネさんに導かれるまま屋敷の中を歩いていくと、この2年間検査の度に通い続けた、見慣れた病室へ辿り着く。

 だけど、扉を開けると、その中には見慣れない仰々しい機械が所狭しと配備されていた。

 

「フィーネ、この機械は?」

「今回の検査では貴女と融合しているトリシューラの計測を行うから、そのための機械よ」

 

 ふーん。前にギアの解析をしたときは、こんなに機材はなかったと思うんだけど、気のせいかな?

 私、こういうのには明るくないから、よくわからないんだよねぇ。

 

「それじゃあ、麻酔をかけるから、ベッドに横になりなさい」

 

 フィーネさんの指示に従い、慣れた手つきで検査服に着替えた私は、部屋の中央に配置されているベッドに横になる。そしてフィーネさんは、検査用の薬品が入れられた点滴の針を、私の左腕に刺した。

 

 ゔっ……何度やっても、注射は苦手だな。

 

「さて。検査も始めて、およそ2年。これで最後かと思うと、多少なりとも感慨深いものね」

 

 え? 検査最後なの? 初耳なんですけど?

 そう思った瞬間、麻酔が効いてきたのか、急に瞼が重くなり、意識が混濁してきた。

 

「計画はすでに最終段階。トリシューラが此方の期待通り増幅装置として機能すれば、予定を前倒しできる。そうなれば……もうあの娘は、抱えておく意味もないわね」

 

 なんだ、これ……いつもの、麻酔よりも……駄目だ、思考が、うまく……

 

 

 

 

 

 

 

 

   気に入らねぇ……

 

 

 

「私たちは言葉が通じ合うんだから、ちゃんと話し合いたい!」

 

 何度も襲われて、今もこうして相対しているにも拘らず、世迷言のような言葉を吐く。

 

「戦わなくたっていい。話し合えばきっと!」

 

 気に入らねぇ。

 何よりも気に入らないのは、立花響(アイツ)の行動が、発言が、その節々から茜を連想させることだ。

 

「その、うっとおしい口を閉じやがれ!」

 

 ネフシュタンを脱ぎ捨て、忌々しいシンフォギア(イチイバル)を身に纏ったアタシは、アイツに向けて2丁のガトリングをぶっ放した。

 

「お前みたいな、温室でぬくぬく育った世間知らずが! なんの覚悟も無い奴が! そんな軽い言葉で!」

 

 乱射されたガトリング弾がアイツの周囲にも着弾し、土煙が舞い上がる。

 だが、そんなことお構いなしに、アタシは銃を撃ち続ける。

 

「――知ったようなことを言うんじゃねぇよ!」

 

 やがて、装填された弾をすべて打ち尽くし、銃弾の雨が止む。

 あいつは上手く脱出したのか、それとも避け切れずに倒れたのか。

 

「な――ッ!」

 

 だが、土煙が晴れたその先にいたのは、両腕で頭部をガードしながらも、その場に立ったままの立花響の姿だった。

 

「……確かに私は、クリスちゃんのことも、ノイズのことも、シンフォギアのこともよく知らない。覚悟だって生半可かもしれない。だけど――」

 

 なんで避けなかった? いや、そんなことはどうでもいい。

 アイツの目、両腕の隙間から見えたそれは、間違いない。アタシが紛争地帯で、幾度となく目にした――

 

「軽い気持ちで、言ってるつもりは無いよ」

 

 死を覚悟している人間の目だった。

 

「お前、なんで……」

 

 理解できなかった。

 こんな平和ボケした国で暮らしていて、なんでそんな目ができるのか。

 そして何よりも、あんな『貴女と戦いたくない』『話し合えば分かり合える』なんて青臭い理想論に自分の命を懸けられる、こいつの存在そのものがアタシの理解を超えていた。

 

「命令も碌にこなせないなんて、どこまで私を失望させるのかしら」

「なッ!?」

 

 アタシの思考が停止していたその時、どこからともなく声が聞こえてきた。

 この声は、フィーネ! なんであいつが此処に!?

 

「――ッ! 危ない!」

 

 アタシが気を逸らしたその瞬間、立花響(アイツ)がアタシの身体を押し出すようにタックルする。そしてその数瞬後に、空から飛来したナニカが、アタシがさっきまで立っていた場所へ突き刺さった。

 

「あれは――ノイズ!? いや、それよりも……何してんだお前! 仮にも敵を助けやがって!」

「……ごめん、つい」

「つい、じゃねーよ!」

 

 アタシの攻撃をもろに喰らった影響か、アタシを突き飛ばした立花響は地面に倒れ伏し、アタシへの返答を最後にそのまま気絶した。

 

 アタシは手に銃を構え、立花響(コイツ)を庇うように辺り一帯を見回す。

 すると、少し距離の離れた岬に、見覚えのある金髪の女が立っていた。

 

「何のつもりだよ、フィーネ!」

「貴女はもう用済みよ、クリス」

「なんだと……ッ!?」

 

 フィーネが右手を掲げると、アタシがパージしたネフシュタンが光の粒子となり、フィーネの右手に吸い込まれた。

 

「ネフシュタン、回収完了。あとは好きになさい」

「ふざけんじゃねぇ! 第一、茜はどうするつもりだ!」

「貴女が知る必要はないわ」

 

 もう何も話すことはないと謂わんばかりに、フィーネは崖から飛び降り、そのまま姿を消した。

 

「ッ!? 待ちやがれ!」

 

 アタシは立花響を一瞥し、大丈夫そうなのを確認してから、フィーネを追うべくその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ! どこ行きやがった!」

 

 生身のくせにどんな手品を使ったのか、あっという間にフィーネはアタシの視界から消えた。

 

「待て、落ち着けアタシ! この際、フィーネのことは後回しだ! まずは、茜が無事かどうか確認しないと!」

 

 思い立ったアタシは、ギアの出力を最大にして、フィーネの屋敷へ向かって全速力で走りだす。

 そして、フィーネの差し向けたノイズが待ち構えていることもなく、程なくして見覚えのある屋敷に辿り着いた。

 

「茜ぇ!」

 

 勢いよく扉を蹴破る。しかし、屋敷の中には、いつもアタシを出迎えて来てくれる茜の姿は無い。その代わりに視界に入ったのは――

 

「あら、思ったよりも早かったわね」

「フィーネッ!」

 

 見覚えのない機械と、その横に立つフィーネの姿だった。

 

「好きになさいと言ったのだから、大人しく二課の連中に助けを求めればよかったものを」

「うるせぇ! 第一、用済みってなんだよ! 世界から争いを無くしたいのなら協力して欲しい、そう言ったのはアンタだろ!?」

「ああ、そんなことも言ったわね」

 

 こいつ……ッ! いけしゃあしゃあと!

 

「確か、『戦う意思と力を持つ者を滅ぼすことで戦争を無くす』だったかしら? そんなことで争いが無くなるほど、人間は高潔な生き物では無い。それは、貴女が一番よく知っているはずよ」

 

 フィーネは、昔アタシに対して言った言葉を、下らないと一蹴するように言い放った。

 つまりこいつは、最初からアタシを体の良い駒としか見てなかったってことかよ!

 

「でも、貴女には感謝しているわ、クリス。貴女がくだらない妄言へ夢中になってくれたおかげで、茜を私の手中へ置くことができた」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アタシの思考が一瞬停止した。

 

「どういう、事だ? なんで、そこで茜が出てくるんだよ!」

「不思議に思わなかったの? 彼女一人なら、その気になれば私の下から逃げだせる。私も表で公に動きづらい以上、捕まえるのは難しい。それにも拘らず、彼女はこの2年間、一度たりとも逃げる素振りを見せなかった。

 それはね、貴女が居た(・・・・・)からよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、頭に鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 アタシが居た、から……?

 

「茜は貴女という『守るべき相手』ができたおかげで、迂闊に逃げることも、クリスを手中に収めている私に逆らうこともできなかった。貴女は最初から、茜を縛り付けるための鎖でしかなかったのよ」

 

 そしてフィーネは、アタシに見せつけるように、見覚えのない機械の向きを変え、ガラスが張られた面をアタシの方へ向けた。

 

「助かったわ。貴女が私に協力してくれたおかげで茜は逃げ出すことができなかった。その結果、融合症例の貴重なデータも取れ、計画を早めることができた。ありがとう、クリス。貴女のおかげ(・・・・・)よ」

 

 そのガラスの向こう、機械の中には、死んだように眠る茜の姿があった。

 

「あ、茜……?」

「貴女のおかげ(せい)よ。貴女のおかげ(せい)で、茜はその命を私に使われるの」

 

 あ、アタシのせいで、茜が――

 

「死ぬのよ、クリス。茜は死ぬの、これから。貴女のおかげ(せい)で」

「あ、ああ……ああぁ…………」

「だから、クリス。茜が寂しくないように、一足先に逝ってあげなさい」

 

 そして、目の前に大勢のノイズが現れた。アタシを囲うように。

 

 

 

 

 

「さようなら、クリス」

 

 

 

 

 

 




次回、無印編最終回(予定)

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