装者がひたすら曇る御話(当社比)   作:作者B

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1話に収まらなかったので、最終回は複数回に分割します。


崩壊へのカウントダウン

 大粒の雨が激しい音を立てて地面を叩き、霧のように飛沫をあげる。

 アスファルトを殴りつけるような雨の中、アタシは傘もささずに街中の道を歩いていた。こんな天気のせいか、通りには人ひとりおらず、まるで世界にアタシだけが取り残されているような錯覚に陥る。

 

 フィーネの館からどうやって逃げて、どうしてここを歩いているのか、よく覚えていない。こうして生きているってことは、仕向けられたノイズから姿をくらますことはできたのだろう。

 

 けど、今のアタシには行く当てなんてない。

 アタシの目的も、復讐も、今までやってきたことの何もかも、フィーネによって見せられた幻想でしかなかった。そんな、手に触れることのできない夢幻に手を伸ばしたせいで、アタシは……この手に残っていた最後の希望さえ取りこぼした。

 

「茜……」

 

 もう、ここには居ない人間の名前が口から零れる。

 後悔は、決して先に立つことはない。

 いつもそうだった。パパとママが死んだあの日から、ずっと。だからアタシは、もう二度とあんな想いをしたくない、そのはずだったのに――

 

 視界が歪む。身体が浮遊感に包まれ、天地が反転する。アタシは、身体が地面へ引かれる力に抗うことができず、そのまま目の前が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかった、気が付いた」

 

 気が付くと、アタシの目には見覚えのない天井が映っていた。

 

「驚いたよ。こんな雨の中、路地裏で倒れてたんだもの」

 

 視線を右にずらすと、白いリボンを結んでいる一人の少女がアタシに寄り添うように座っていた。

 

 だんだんと意識が覚醒してくる。

 アタシはいつの間にか眠っていた布団から上体を起こし、周囲を見渡す。

 今アタシが居るのは何処にでもある日本の民家。少女の言葉から察するに、アタシは道を歩いている途中で気絶していたんだろう。

 

「もう、起きても大丈夫?」

「……ああ」

「それじゃあ、寝汗を拭くから、上着を捲るね」

 

 そう言うと、少女は用意していたであろうタオルを取り出し、アタシの上着を脱がせて背中の汗を拭きだした。

 

「……」

 

 しばらく、場が静寂に支配される。

 アタシを助けてくれた少女は、何も聞いてくることもなく、ただ黙々と看病を続けている。

 

「何も、聞かないのか?」

 

 沈黙に耐えきれず、アタシの方から口を開く。

 客観的に見れば、大雨の中で傘を差さずに倒れてる人間なんて、怪しい以外の何者でもない。それなのに何も聞いてこようとしない。それが、何よりも不可解だった。

 

「……聞けないよ。だって貴女、私の友達と同じ眼をしてるんだもの」

「同じ、眼……?」

 

 アタシの問いかけに、少女は頷いて答えた。

 

「大切なものを無くして、『私が悪いんだ』って自分を責め続けている眼。見知らぬ誰かにも手を差し伸べることでしか、自分を許すことができなくて、見ているこっちが苦しくなりそうなくらい、自分を追い込んでる」

 

 見知らぬ誰かにも手を差し伸べる、か。

 その言葉を聞いて茜と、立花響のことが頭を過ぎった。

 

「あっ、ご、ごめんね? 変な話を聞かせちゃって」

「いや、いい」

「そう……。えっと、汗拭き終わったよ」

 

 その言葉を聞き、アタシは脱いでいた上着を着る。

 

「……なあ」

 

 そしてアタシは、タオルを片付けに立ち上がろうとした少女を呼び止めた。

 

「大事なものを失って、自暴自棄になってもいいのに……それでもまだ生きようとするのは、なんでだと思う?」

 

 少女が話した友達と今のアタシが重なって見えて、思わずそんな疑問が口から出てしまった。

 アタシはきっと、あのまま雨空の下で死んでいたとしても別によかった。より正確に言うなら、死にたかったのではなく、生きたいと思っていなかった。

 それなのに、少女の友達はこの苦しみを抱えながら生きている。それが、今のアタシには理解できなかった。

 

 変なことを聞いたにも拘らず、少女はその場に立ち止まり、少しの間考えるような素振りをしてから口を開いた。

 

「『まだ、この手に残った大切なものを守りたい』って、そう言ってた」

 

 その言葉を聞いて、頭の中に衝撃が走り、急激に意識が覚醒した。

 馬鹿か、アタシは! 何をセンチメンタルになってやがる!

 茜はまだ生きている(・・・・・・・)。今のアタシは、まだ伸ばせる手を伸ばしていないだけだ!

 

 直後、窓の外からサイレン音が鳴り響いた。

 

「な、なんだ!?」

「避難警報? もしかして、またノイズが」

「ッ! フィーネ……ッ!」

 

 アタシは勢いよく布団を剥ぎ、枕元に置いてあったイチイバルを手に取った。

 

「あっ、ちょっと! どこ行くの!?」

「お前は避難所へ行け! いいな!」

 

 家の扉を開け、外へ飛び出すと、そこはすでに避難する人たちで溢れ返っていた。

 

「ノイズは――あっちか!」

 

 アタシは人の流れを逆走するように、ノイズの現れた場所へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如町に出現した、大型の飛行ノイズ。その大型ノイズの体内からは、まるで輸送機から降り立つ兵士のように、小型ノイズたちが次々と投下されていた。

 

「はぁっ!」

 

 翼さんの斬撃『蒼ノ一閃』が、上空を飛行する大型ノイズへ向かって放たれる。だけど、その途中に散りばめられた多くのノイズによって阻まれ、エネルギーの刃が大型ノイズに届くことはなかった。

 

「そんな……翼さんでも、攻撃が届かないなんて……」

「狼狽えるな、立花。我らの後退は戦線の後退、すなわち、民間人への被害を意味する。容易に諦めるわけにはいかない!」

「は、はい!」

 

 翼さんの言葉を聞き、再び戦闘態勢に入る。

 でも、大型飛行ノイズから絶えず小型ノイズが投下され続けていて、このままでは物量で押しつぶされる。何か、何か手は――

 

 

 

   Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

 

 

 すると、聞き覚えのある聖詠と共に、無数のミサイルが飛来するノイズを撃ち落とした。

 

「この声はもしかして――」

 

 後ろを振り返ると、そこにはイチイバルを纏ったクリスちゃんが立っていた。

 

「クリスちゃん! 助けに来てくれたの?」

「うるせー! アタシはただ、借りを返しただけだ!」

 

 私に悪態をつきながらも、クリスちゃんは両手に持ったガトリングでノイズを次々と落としていく。

 

「……雪音クリス、イチイバルの装者。今は、味方と考えてよいのだな?」

「ああ。これが終わったら、二課に連れていくでもなんでも、好きにしやがれ」

 

 今まで頑なに関わり合いを持とうとしなかったクリスちゃんが、どうして急に味方になろうと思ったのか正直分からない。

 だけど、今までの考えを曲げてでもやらなければならない大事なことができた。なんとなくだけど、そんな覚悟がクリスちゃんから伝わってくる気がする。

 

「今から、あの空を飛んでるデカブツを撃ち落とす大技を放つ。時間を稼いでくれ」

「承知した。立花!」

「え? り、了解!」

 

 翼さんの声を合図に、私と翼さんはクリスちゃんを護るように前方へ立ち、クリスちゃんは後方でイチイバルのチャージに入った。

 例え、共通の目的があるとは言っても、無防備を晒すなんて早々できない。それなのにクリスちゃんは、今こうして私たちに背中を預けてくれている。そして私たちも、クリスちゃんがノイズたちを倒してくれると信じ、降りかかる小型ノイズたちからクリスちゃんを守っている。

 

 この瞬間、私・翼さん・クリスちゃんは確かに、この戦いの中で一つになれた気がした。

 

「チャージ完了! いっけぇぇぇッ!」

 

   ――MEGA DETH QUARTET――

 

 そしてクリスちゃんから放たれた銃弾の嵐。

 2丁のガトリング砲、無数の小型ミサイル、4基の大型ミサイルが一斉に発射され、飛行ノイズたちを片っ端から焼き払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった! やったよ、クリスちゃん!」

「抱き着いてくんな! うっとおしい!」

 

 クリスちゃんの攻撃によって、空を飛んでいた大型ノイズを含め、すべてのノイズは一掃された。

 さっきの戦いでクリスちゃんと心を通わせられたような気がして、思わず抱き着いてしまった。

 

「そのぐらいにしておけ、立花。さて……」

 

 すると、翼さんが険しい表情をして此方へ歩いてきた。

 も、もしかして、ここでクリスちゃんと雌雄を決する、とか言う気じゃあ……!

 

「ま、待ってください、翼さん! クリスちゃんは悪い子じゃないんです!」

「なんでお前が、仲間からアタシを庇ってるんだよ……」

 

 クリスちゃんが呆れた様子で此方を見る。

 かと思ったら、翼さんまで私の行動を見て溜息をついていた。

 

「私はただ、話を聞きたかっただけなのだが……私の顔、そんなに怖かった?」

「あっ、いえ、そういうわけではなくてですね! なんと言うかその、鬼気迫る表情だったといいますか――」

「あーもう! 話が進まねぇじゃねぇか!」

 

 クリスちゃんが、抱き着いていた私を引っぺがす。

 

「アンタたちがどこまで把握してるか知らねーけど、アタシはすでにフィーネに切り捨てられてる。アタシの目的は、フィーネが連れて行った仲間の救出だ」

終わりの名を持つ者(フィーネ)、それに4人目の装者か」

 

 4人目の装者。

 その言葉を聞いて、初めて彼女を見た、あの月夜のことを思い出す。

 彼女を前にして突然心に渦巻いた感情。あれは結局、今でもわからないままだった。

 

「とにかく、今は司令に連絡を――」

 

 すると、翼さんの言葉を遮るように、二課から借り受けた私の端末から着信音が鳴り出した。

 

「あっ、はい。こちら、立花――」

『響君! こちら管制室! 至急本部へ戻ってくれ! リディアンが襲撃を――』

 

 通信は途中で切れ、その言葉を最後に本部から通信が途絶えた。

 

 

 

 

 

 




主人公不在により、クリスちゃんのメンタルが回復した模様。

それと、フィーネさんがルナアタックRTAのチャートにオリ主を組み込んだ結果、クリスちゃんの餌付けイベント等が省略されました。

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