装者がひたすら曇る御話(当社比)   作:作者B

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補足ですが、フィーネさんのチャート変更により、リディアンは生徒がいない状態で襲撃を受けました。


氷獄の双翼

「フィーネ。お前は、何のために力を欲する」

 

 月明かりが照らすことのない新月の夜。

 屋敷の窓から外を眺めていたフィーネに、茜は問いかけた。

 

「はっ、詮索のつもりか? 生憎、答える義務はない」

「…………」

 

 皮肉を口にするも、フィーネは理解していた。

 茜の質問に他意はない。話さなければ追求することもないだろう、ということに。

 

「……昔、一人の女がいた。分不相応にも手の届かぬ恋をした、愚かな女だ」

 

 長く接する間に情が湧いたのか、それともただの気まぐれか。

 フィーネの口から零れたのは、他人行儀に語る、自身の身の上話だった。

 

「ただ想いを伝えるだけでよかった。それなのに、その女は彼の者に遭うための足を奪われ、愛を伝えるための言葉を奪われた」

 

 その言葉は、わずかに悲壮を帯びていた。

 目の前に居るのは、何処にでもいるような、恋に一途な一人の女性に見えた。

 

「ただ、それだけの話だ」

 

 フィーネの話を、茜は遮ることなく、黙って最後まで聞く。

 これは、後に『ルナアタック』と呼ばれる事件から1年以上前の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 戦いが終わり、目の前に広がるのは瓦礫の山と、全身氷漬けになったフィーネさん。とりあえず、この人の処遇は偉い人に任せますか。

 とりあえず私は、未だに地面に倒れている響の下へ駆け寄った。

 

「立てるか、響?」

「う、うん……」

 

 響に手を差し伸べる。

 久しぶりに会ったせいか、お互いにどこかぎこちないな。いや、私の口は年中無休でぎこちないけど。

 

「目立った怪我は無いようだな」

「うん、平気だよ。茜は大丈夫なの?」

「問題ない、快調だ」

 

 響の手を引っ張り上げて(ギア)についてた砂埃を落とす。

 しかし、改めて見ると身体の各所が随分と引き締まってるな、響は。BU☆JU☆TSUでも始めたのかな?

 

 すると、響の目から突然涙がこぼれ始めた。

 え? 何? どうしたの!? 身体をジロジロと見たのがいけなかった!?

 

「あ、あれ? どうしたんだろ? 涙が急に……全然止まらないや」

 

 響はそう言って微笑みを浮かべるが、響の意思に反するように涙が流れ続ける。いや、これこそ響の本音なのかもしれない。私は響を抱き寄せ、優しく頭を撫でる。

 

「あ……っ」

「今まで、すまなかった」

 

 私の手が頭に触れた瞬間、響はびくっと震わせるも、そのあとは落ち着いた様子で私に身体を預けてくれた。

 いやぁ、まさか2年ぶりの再会に感極まって泣いちゃうなんて、案外響も寂しがり屋なんだな。まあ、それだけ私への好感度が高いと考えると、悪い気はしない。

 私も感受性が良ければ号泣不可避なんだろうけど、この鉄仮面は相変わらずピクリとも動かん!

 

「茜ぇーっ!」

 

 私が慰め、響が落ち着きを取り戻したあたりで、同じく倒れていたクリスちゃんも、立ち上がって此方へ駆け寄ってきた。

 

「よかった……無事で、本当に……」

「心配をかけた」

 

 そう言って今度は、宥めるようにクリスちゃんの頭を撫でる。

 よくわからないけど、不安にさせてしまったみたいだ。こっちは十分に睡眠時間をとったおかげで、夜にも拘らず目が冴えて申し訳ないぐらい絶好調なんだけど。

 

「協力感謝する。トリシューラの装者よ」

 

 すると、クリスちゃんに続いて侍ガールも此方へ歩いてきた。

 この人は、確か前にクリスちゃんへ自爆攻撃を仕掛けてた人だよね? あの時は暗闇でよく見えなかったけど、この人どこかで見たことあるような……

 

「私は特異災害対策機動部二課所属、風鳴翼だ」

「……」

「茜?」

 

 風鳴翼、カザナリ ツバサ…………あーっ! この人、ツヴァイウィングの風鳴翼じゃん! マジで!? 有名人と初めて生で話したわ。

 あっ、そうだ!

 

「響、紙とペンを持ってないか?」

「え? 持ってないけど、どうして?」

「いや、サインを貰おうと思って」

「……はい?」

 

 こんな機会でもないと貰えなさそうだし。ほら、同じ奏者のよしみってことで、駄目?

 

「お前、こんな時に何言ってんだよ……」

 

 クリスちゃんが呆れ顔でこちらを見てくる。

 えーいーじゃん! ミーハーのくせにサインをねだったっていーじゃん! 嫌だったら、潔く引き下がるからさ。

 すると、私の言葉を聞いて目を丸くしていた翼さんが、くすくすと笑い始めた。

 

「気詰りな人間かと思ったが……サインくらい構わない。以前の礼も兼ねて、な」

「いーな、茜。それなら私だって、翼さんのサイン欲しいのに」

「お前もかよ! 二人とも、いい加減にしやがれ!」

 

 クリスちゃんのツッコミを皮切りに、響とクリスちゃんがじゃれつき始めた。

 私の知らない間に随分と仲良くなったな、この二人。私はクリスちゃんとの触れ合いに半年以上かかったのに。

 この子ったら、なんて人たらしなの!? 響、恐ろしい子ッ!

 

 悔しさのあまり、脳内でハンカチを噛みしめながら白目を剥いていると、どこからともなく小さな音が断続的に聞こえ始めた。

 なんだ? この小刻みに震えているような音は?

 

「む? なんだ、あれは?」

 

 翼さんが異変を察知したようだ。

 彼女の視線を追うと、その先には瞬間冷凍したフィーネが鎮座している。だが、その身体から煙のようなものが出ていた。

 

「了子さんの身体から何か出てる。湯気、かな?」

 

 湯気? つまり、熱が発生してるってことだよな。それに加えて、振動ってことは――

 

「――シバリング!?」

「シバ、えっ、何?」

 

 シバリングは、身体を振動させて熱を発生させる生理現象だ。だけど、当然ながら全身を覆う氷を溶かせるほどの熱は作れない。普通の人間ならば。

 マズイ、このままだと!

 

 だが、時すでに遅く、フィーネさんの身体に付着している氷が解け始め、剥がれ落ちてく。そしてついには、フィーネさんを縛り付けていた氷がすべて砕かれた。

 

「――――ッ、はぁ……っ、はぁ……っ、よくも、やってくれたな……」

 

 まさかフィーネさん、格闘漫画でしか見ないような方法で脱出するとは。フィーネさんはファンタジー小説寄りの人間だと思ってたから、完全に盲点を突かれたか。

 

「了子さん!」

「けっ、しつこい奴だ。だけど、随分とボロボロじゃねーか」

 

 確かに、フィーネさんは肩で息をしていて、立っているのもやっとに見える。

 だけど、あの手のメンヘラは追い詰められても折れないからな。何をしてくるか、わかったもんじゃない。

 

「天月茜。貴様のそれは、ギアの力ではなく個の力。であるならば――」

 

 フィーネさんがソロモンの杖を掲げると、そこから無数のノイズが召喚される。

 

「ノイズか。それなら、今の我らでも!」

「勘違いするな! こいつらは、こう使う。来たれノイズ! そして、デュランダル!」

 

 フィーネさんの声に応じるように、召喚されたノイズがフィーネさんの身体にまとわりつき、不定形となって融合を始める。そして、ソロモンの杖から召喚され続けるノイズも、次々と後を追った。

 

「何をするつもりだ、フィーネ!」

 

 フィーネさんを基に、何百ものノイズが融合した赤い無形の塊は、巨大化し、姿を変える。

 そしてついには、竜のような頭が形成された。

 

「此れは災厄。此れは黙示録の獣。此れは人類の自滅機構(アポトーシス)。貴様ら人類が築き上げてきた文明を滅ぼす者だ」

 

 竜の体内から姿を現したフィーネさんは、まるで赤いドレスのような装甲を身に纏い、竜と一体になっていた。

 しかし、例えで出したのが、よりによって黙示録の獣か。彼氏いない歴=年齢の一途な人が大淫婦(ベイバロン)を名乗るとか、自嘲もそこまで行くと笑えないぞ。

 やっぱりこりゃ、本格的に頭冷やして冷静にさせないとだな。自傷行為、ダメ、絶対。

 

 ここにはちょうど、私以外の装者も揃ってるし、アレを使うか。

 

 

 

 

 

 

「ネフシュタン、ソロモンの杖、そしてデュランダルを携えた私の前では、そのようなシンフォギア(玩具)は塵芥と知れ」

 

 目の前に現れたのは、カ・ディンギルに匹敵するほどの巨大な竜。そして、その中に鎮座する了子さん。

 さっきまでのネフシュタンを纏っていた状態でもに歯が立たなかったのに、それに加えて大量のノイズとデュランダルだなんて。一体どうすれば……

 

「くそッ! 無駄にデカくなりやがって! 茜、さっきみたいに凍らせられないのか?」

「無理だな。質量と、なにより保有エネルギーが大きすぎる。例え凍らせることができても、すぐに溶かされるだろう」

 

 そんな! 茜でも駄目だなんて。

 

「だが、手はある」

「――ッ! 本当か!?」

「ああ。しかし、これは実戦で試したことがない。お前たちにどれだけのバックファイアが行くかは未知数だ。それでも、やるか?」

 

 そんなの、答えは決まってる!

 

「もちろん!」

「この身は護国の剣。使命を全うするためならば!」

「そんなもんに今更ビビるかよ!」

 

 言い方は違えど、私たち三人の口から出たのは同じ言葉だった。

 

「そうか」

 

 茜はそれを聞いて満足そうな笑みを浮かべると、その場で左腕を挙げる。すると、先の戦いで弾き飛ばされていた槍が飛来し、茜はそれを左手で掴んだ。

 

 そして、茜が槍の先端で瓦礫をコツンと叩く。その穂先に付けられた音叉から放たれた純音が、世界から一切の雑音を消し去り、あたり一帯に響き渡った。

 

 

 

絶唱共鳴(Canticum RMN)

 

 

 

 次の瞬間、私たち3人の身体に膨大なフォニックゲインが流れ込む。だけど、それは苦しいものではなく、むしろ暖かい。

 これは……もしかして茜の?

 

「貴様ら、一体何を――ッ!」

「これが、トリシューラ本来の使い方だ」

 

 溢れ出るフォニックゲインが収束し、纏う装衣が白を基調としたものへ変化する。

 だけど、見た目は関係ない。今この身体には茜の、皆の想いが流れ込んで来る。それが、私たちの力になる!

 

「シンフォギアの限定解除(エクスドライブ)! それだけのフォニックゲイン、一体どうやって――まさか!」

「3人から受け取ったエネルギーをトリシューラで増幅し、還元する。それだけのことだ」

増幅器(アンプリファイア)……ッ! 意趣返しのつもりか? それならば!」

 

 了子さんの纏う赤き竜が翼を広げる。すると、その先端から無数のレーザーが私たち目掛けて放たれた。

 

「いくぞ!」

 

 限定解除により飛翔能力を手に入れた私たちは、その場から四方に飛ぶ。だけど、私たちを撃墜すべく放たれたレーザーは、その切先を変え、4つに分かれて此方を追尾し始めた。

 

「如何に力を解放しようと、数を集めようと、所詮は欠片。3つの完全聖遺物を持つ私の前では無力!」

「道理だな」

 

 氷の双翼を展開し、迫りくるレーザーを躱してすべて撃ち落とした茜は、そのまま了子さんの鎮座する赤き竜の体内へ向かって飛んでいく。

 

「クリス! 翼! 援護を!」

「おうっ!」

「御意。はぁッ!」

 

 茜の呼びかけに応じ、翼さんが巨大な斬撃を放つ。その一撃は赤き竜に深い傷跡を負わせるも、ネフシュタンの回復能力の影響か、すぐにその傷口が埋まり始める。

 

「ちょっせぇ!」

 

 だけど、その風穴に向かってクリスちゃんの一斉砲撃が放たれる。強化された銃弾はその一つ一つが大きな爆発を呼び、わずかに空いた隙間を巨大な穴へと変えた。

 まだ爆炎が舞う中、了子さんのもとへ続く風穴を確認した茜は、すかさず赤き竜へ飛び込んだ。

 

「ちぃッ! またも接近を許したか……ッ!」

 

 茜は赤き竜の体内、同化している了子さん本人に掴みかかり、デュランダルを持っている右手首をつかんでいた。

 

「だが、この無限ともいえるエネルギーの前に、貴様程度の出力では小波一つ立たぬわ!」

「――ッ!?」

 

 茜と了子さんの間でエネルギーの衝突が発生し、再び爆発が起こる。

 その直後、爆炎から何かが飛び出した。

 

「デュランダルを弾いた!? 最初からそれが狙いか。だとしても、貴様らにあの剣が扱えるものか!」

「あれは、不朽不滅の剣(デュランダル)じゃない」

 

 黄金に輝く刀身、内包する膨大なエネルギー。間違いなくそれは、かつて私が起動させたデュランダル。

 

不朽不滅の槍(ドゥリンダナ)だ」

 

 その柄には、茜の持っていたトリシューラが連結されていた。

 

「行け、立花! 勝機を零すな!」

 

 翼さんの言葉に応えるように、私はデュランダルへ向かって飛翔する。

 そして、デュランダルに接続されたトリシューラを掴んだ。

 

「ぐ……ぅッ」

 

 手に取った瞬間、デュランダルの持つ無尽蔵のエネルギーが、豪風となって私の中を吹き荒れる。

 憤怒、嫌悪、怨恨、恐怖、憎悪。私の中の負の感情が掻き乱され、溢れんばかりに私の身体を満たす。

 駄目だ、このままだとあの時みたいに――

 

「響ッ!」

 

 だけど次の瞬間、吹き荒れる嵐が温かみを帯びた風へと変わる。あらゆる悪感情から解放され、別の何かが身体に満ちるのを感じる。

 私にはわかる。これは茜の、そして翼さんやクリスちゃんから託された想いだ。

 

「馬鹿な……! 制御してみせたというのか。トリシューラを調節器(イコライザー)にして!」

「いっけぇぇぇぇぇッ!!」

 

 私たちの想いを束ね放擲した光の槍が、了子さんの纏う赤き竜を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「お前に触れたあの時、トリシューラの能力でネフシュタンの覚醒段階を引き下げた。回復能力は期待しない方がいい」

 

 了子さんの赤い衣は崩れ壊れた。

 爆発の中で私と茜が救出した了子さんは、沈みゆく太陽を見ながら覇気のない様子で立ち尽くしている。

 その近くには寄り添うように立つ私と茜。少し離れたところに翼さんとクリスちゃん。その後ろには、本部から避難していた二課の皆が立っていた。

 

「なあ、天月茜」

 

 すると、視線を動かさないまま、了子さんが口を開いた。

 

「私は、どこで間違えた? お前をカ・ディンギルへ利用したことか? トリシューラを与えたことか? それとも、お前を拾ったことか?」

 

 その言葉には、何の感情も籠っていない。まるで、相手に答えてもらうことを期待していないかのようだ。

 

「そうだな……告白するために一々回りくどいことをしたこと、じゃないか?」

 

 お前の存在が邪魔だった。

 暗にそう言われたのにも拘らず茜は、まるで恋愛相談する高校生のように言葉を返す。

 

「愛を伝えるための言ノ葉を失った私に、皮肉のつもりか」

 

 茜の言葉を聞いて自嘲する了子さん。

 その背中からは先程までの強い意志など無く、そこに立っていたのは、か弱い一人の女性だった。

 

「だったら、歌えばいい」

「……なんだと?」

音楽は人類共通の言語(・・・・・・・・・・)だ。シンフォギア開発者が、そんなことも知らないのか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、了子さんは目を見開いて茜の方へ振り向いた。

 

「くくく……ッ、はははははっ――――――――巫山戯るなッ!!」

 

 茜の言葉が忌諱に触れたのか、あるいは悪足掻きなのか、了子さんは茜に向かってネフシュタンの鎖を投擲した。

 

「茜ッ!」

 

 だけど、茜は動じることもなく、身体を少し逸らすことで、了子さんの最後の攻撃をいとも容易く躱した。

 

「最後の藻掻きと侮ったな! でやぁぁァァァッ!!」

「ッ!?」

 

 了子さんが、足元の地面を砕き、陥没させながら、放った鎖を勢いよく引き寄せる。

 鎖の伸びる彼方へ視線を向ければ、カ・ディンギルによって砕かれた月の欠片へネフシュタンの楔が打たれていた。

 

「まさか、月の欠片を!?」

 

 無理に力を入れた反動なのか、了子さんの身体が、ネフシュタンが、ボロボロに崩れ始める。

 それでも、了子さんによって引き寄せられた月の欠片は、少しずつ、でも着実に、地球へと移動を開始した。

 

「歌が人の隔たりを超える? 馬鹿なことを!

 バラルの呪詛により統一言語を失った先史文明期の人間(ルル・アメル)人類を否定する兵器(ノイズ)を造り、今は仮初の平和を維持するため互いに反応弾頭(銃口)を突きつけ合っている。

 だからこそ、束ねるには支配しかなかった! 私には、この道を選ぶ他なかった! 幾重にも輪廻を繰り返し、多くを殺してきた私に、今更歌などと――」

「だったら、何度でも止めよう」

 

 狂ったように笑いながら怒号を放つ了子さんの頭に、茜はコツンと触れるような手刀を、斜め45度の角度で入れた。

 

「なに、を……?」

「人間、誰しも間違うことはある。大切なのは、周りの人間がそれを止めてあげることだ」

 

 茜は世界を救うため、だなんて大層な使命のために戦っていたんじゃない。最初から、了子さんを止めることしか考えていなかったんだ。

 

「お前は、私を何だと思って……」

「私の目には最初から、恋に不器用な人間しか映っていなかったが?」

「……まったく、お前という奴は」

 

 その言葉を言い切る前に、その身体は灰となって崩れ去り、風に流されて消え去った。

 了子さんの最後の表情は、とても満足そうなものだった。

 

「了子さん……」

 

 了子さんがさっきまで立っていた場所を名残惜しそうに眺める。

 でも、いつまでもくよくよなんてしていられない。今は、あの月の欠片を止めないと!

 

「――軌道計算、出ました。このままでは、直撃は避けられません……」

 

 オペレーターの藤尭さんが、手元に残った機械端末で月の欠片の移動コースを算出した。やっぱり、このままだと地球に衝突してしまうようだ。

 だけど、今の限定解除したシンフォギアを4つ合わせればきっと!

 

「茜! 早く月を止めな、い……と……」

 

 その直後、急に身体の力が抜け、その場に倒れてしまった。

 

「響君! 翼! クリス君!」

 

 師匠たちが慌てて私たちに駆け寄る。

 どうやら私だけでなく、翼さんやクリスちゃんも倒れたようだ。

 

「エクスドライブ強制発動の反動だな。やはり、他人の身体にエネルギーを流すのは負担が大きいか」

「君は大丈夫なのか?」

「はい。元は私の絶唱によるものなので」

 

 茜は無事なの?

 だけど、このままだと月の欠片が!

 

「この場はお願いします。私は、月を止めに」

「なッ!? 馬鹿を言うな! みすみす死にに行かせるようなことを!」

「あの程度なら、トリシューラを使えば問題ありません」

 

 茜が、一人で、あの欠片を……?

 

「ッ!? いけません、響さん! 今は安静に――」

「駄目! 駄目だよ、茜! 一人で行っちゃダメ!」

「響さん……」

 

 緒川さんの制止を無視して、思うように動かない身体を無理やり動かし、這いつくばりながら茜の方へ向かう。

 駄目だ、このまま茜を行かせたら、きっと2年前のように!

 だけど、そんな様子を見た茜は、私の方へ歩み寄ってきた。

 

「安心しろ、響。必ず戻る」

「あ、かね……」

 

 茜はあやす様に私の頭を撫でる。

 そんな……駄目だよ、茜……そんなの、絶対……

 

「茜ぇッ!」

「クリス、これからはもう少し肩の力を抜いて自由に生きてみろ。翼、二人をよろしく頼む」

 

 ――もう、言い残すことはない

 

 茜は立ち上がり、背中に大きな氷の翼を広げた。

 了子さんと戦った時よりも巨大な、私たちを包み込むかのような翼だ。

 

「じゃあ、『行ってきます、響』」

 

 これから死地に行く。そんなときでさえ、一緒に学校へ通っていたころのような声色で言葉を交わす。

 

「……行ってらっしゃい、茜」

 

 私の言葉を聞いて笑みを浮かべた茜は、その背の翼を羽ばたかせ遥か空の、地球に迫る巨大な月の欠片へ飛翔した。

 

 

 

 そして、欠片の破壊を最後に、茜がここへ戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて無印編完結。
性懲りもなく、主人公は再び失踪。このままG編に続きます。

ただ、G編未履修なので、これからアニメを見てきます。


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