独りの懺悔
◇
オッス! 私、ソフィア(仮)!
何処にでも居る、いたって普通の白髪紅眼隻腕記憶喪失アルビノ少女!
気が付いたら、このアメリカ政府管轄の研究所に居たの。マジありえなくナーイ?
でも、私くじけない!
どんな敵が来たって、眼帯と車椅子で強キャラっぽい雰囲気を出している教授、英雄キチの博士、元気&クール系の妹たち、ただの優しい姉と一緒に乗り越えてやるんだから!
……まあ、ふざけるのはこれくらいにして。
要約すると、昔のことを何にも覚えていない私はF.I.S.に拾われ、今の今までお世話になっている、というわけだ。
ちなみに隻腕と言ったが、今はちゃんと義手をつけている。
ドクターウェルが伝手で貰ってきたものらしいんだけど、球体関節の義手って機能的にどうなの? いや、デザインは好きだけどさ。
いやぁ、研究所なんて聞いたからどんな非道なことされるのかと思ったけど、やっていることはせいぜい精密検査ぐらいで、それ以外は割と自由にしてられるし、案外好待遇だった。
タダ飯食ってるようで正直気まずいけど、F.I.S.側曰く『私のデータ取りという名目で予算が下りてきてるから、むしろ有り難い』とか言ってたので、あまり気にしても仕方ないだろう。
国営の研究機関に目を付けられるとか、どうなってんだ私の身体。
あと、『ソフィア』という名前は、私を拾ってきた会長さんとやらが名付けたらしい。自分の名前が分からないからね、しょうがないね。
そんなこんなで、私が拾われてから早3か月。
その間は、切歌ちゃんや調ちゃんと一緒に遊んだり、ドクターの英雄問答に付き合ったりしていた。あとは、マリアさんの姉力に
そういえば、真夜中に偶然会った調ちゃんが『まさか、再び
長々と語ったが、そんな私が現在何をしているかというと――
『こちらの準備は完了しました。ドクターが到着し次第、作戦を開始します』
「……了解」
ライブ会場にて、絶賛テロの準備中です。
いや、マジでどうしてこうなった。
マムこと『ナスターシャ教授』曰く、数か月前に月の一部が破壊されたことで月の公転軌道が変わり、このままだと地球に落下しかねないのだとか。
まったく、誰がそんな傍迷惑なことをしたのやら。
そして、その事実をアメリカ政府や特権階級の人間が隠蔽しているので、少しでも多くの人命を守るべく、武装組織「フィーネ」として蜂起したとのことだ。
正直、人命救助と武装蜂起の関連性はよくわからないが、悪いことをするわけではないようなので、こうして協力しているというわけだ。
『それで、ソフィア。マリアはどうしたのです?』
「……いつものやつです」
電話越しに聞こえるマムの溜息に同情しながら、視線を腰のあたりに落とす。
そこには、私のお腹に顔をうずめるように抱き着くマリア姉さんの姿があった。
「姉さん、もうすぐリハーサルが始まるけど」
「……あと10分」
電話を切り、朝おこしに来た母親への言い訳みたいなことを言っている姉さんに目を向ける。
世間での『カリスマ溢れる歌姫』の姿は何処へやら。
目の前に居るのは、何かに怯え、目を逸らそうとしている臆病な少女だった。
「不安なのはわかるが、ライブ自体は何回もやっているし、いつも通りやれば大丈夫だ」
「嘘よ! だってこの前のライブ、サビに入るのが16分の1テンポ遅れちゃったもの! きっとファンの皆も呆れかえってるに決まってるわ!」
「それはない」
まったく、気にし過ぎなんだよ姉さんは。まあ、こんな豆腐メンタルなのにステージへ立てること自体が凄いことなんだが。
作戦の一環として歌手デビューすると聞いたときはどうなることかと思ったけど、私を精神安定剤として投入することで事なきを得た。得たのだが……本番前に毎回抱き着くのはさすがに改善して欲しい。
今回の作戦では、これから姉さんが登壇する全世界同時中継のライブ中に宣戦布告する、ということだけど、なんだか不安になってきた。
「ほら、姉さん。スタッフがもうすぐ呼びに来る」
「……わかった」
私の言葉を聞き、ぎゅっと力を入れて私を抱きしめた後、名残惜しそうに立ち上がる。
そして、すぐに姉さんの表情は、歌姫『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』へと変わった。
「ありがとう、ソフィア。作戦が始まる前に、マムのところへ戻ってて」
「ああ」
そう言って、姉さんは楽屋を後にする。
とはいえ、本当に大丈夫かな? 優しい性格の姉さんに、最前線で切った張ったの戦いなんてできるとは思えないけど。
私が代ろうか、とマムに聞いても『マリアがやる必要がある』と言って断られたし。
まあ、武器も持ってない私がこれ以上ここに居てもできることはないし、大人しく退散しますか。
私も姉さんの楽屋から出て、そのまま出口の方へ向かう。
すると、目の前から一組の男女が歩いてきた。
「おや? 貴女は確か――」
「マリア・カデンツァヴナ・イヴさんの妹さんですね。初めまして。此方は、本日共演させていただく、風鳴翼。私は、そのマネージャーの緒川です」
ああ、姉さんと共演する日本の歌姫『風鳴翼』か。
挨拶は、ケータリングでテンションの上がった姉さんが勝手に一人で行っちゃったから、タイミングを逃してたんだよな。
「マリアの妹のソフィアです。本日は、姉をよろしくお願いします」
「……」
私も定型文の挨拶を返すと、翼さんが此方に意味深な視線を向けてきた。
「あの、何か?」
「失礼、以前に会ったことは?」
「いえ。そもそも、日本に来たのは初めてなので」
「そうか……不躾なことを聞いて済まなかった。本日はよろしく頼む、と貴女の姉君に伝えておいてもらえるだろうか?」
視線の意図が気になるが、それよりも古風な言い回しをする方が気になる。
サムライか? これが噂のジャパニーズ・サムライなのか?
「それは直接言っていただいた方が、姉も喜ぶと思います。では、失礼します」
侍は現存していたのか、なんて適当なことを考えながらその場を後にする。
あっ、そういえば、姉さんに合流予定の切歌ちゃんと調ちゃん、こんな広い会場だと迷わないかな? 後で見取り図を渡しておこう。
―――――――――――――――
――――――――――
―――――
◆
「さてと、今日の勉強はここまでにしましょうか」
彼女、ソフィアの面倒を見始めてから1週間が経過した。
会長の指示に従い、ここまで面倒を見てきたが、その成長速度は目を見張るものがあった。
初めのころは満足に言葉を交わすこともできなかったのに、ここ1週間足らずで母国語のように話せるようになっていた。
まるで、元々知っていたかのように。
「ありがとう、姉さん」
「――ッ」
その言葉を聞いて、思わず言葉が詰まる。
彼女が私を見て初めて発した言葉。それを端に、彼女は私をそう呼ぶようになった。
いや、私が『呼んでも構わない』と言ったのだ。
彼女は此処に来る以前の記憶を持っていないが、何処かで普通の人間のように生活していたはずだ。母国語だけでなく一般常識も、まるで思い出しているかのように覚えていくのを見る限り、間違いないだろう。
自分の味方が誰もいないこの環境で、私を姉と見ることで彼女の心に安寧が訪れるなら、安いものだろう。
……いや、そんなこと、言い訳に過ぎない。
私を姉と呼ばせているのは、結局のところ、
「ソフィアー! 勉強は終わったデスか? それなら今度は、ワタシが施設の中を案内してあげるデス! 決して、ワタシが勉強をサボりたいわけじゃないデス!」
「切ちゃん。ソフィを出しにしちゃ駄目だよ」
頃合いを見計らっていたのか、切歌と調が元気よく入ってきた。
二人には、ソフィアは新たに保護されてきた子供だと説明している。あの娘にも友達は必要だろうし、下手に先入観を与えて、ソフィアを遠ざけるような真似をさせたくない。
「まったく、仕方ないわね。二人とも、変なところに行っちゃだめよ?」
「わかりました! ほら、ソフィア。マリアの許可も出たことデスし、行きますよ!」
切歌と調に手を引かれ、ソフィアは部屋を後にした。
彼女は口数こそ少ないが、決して人付き合いが嫌いなわけじゃない。あの二人が懐いているのがいい証拠だろう。
そんな姿が、ますますセレナを彷彿とさせる。
彼女に初めて『姉さん』と呼ばれたとき、心にぽっかりと開いた穴が満たされていくような感覚を覚えた。
6年前に目の前で失った大切な妹、セレナとは似ても似つかないはずなのに。
私はどこかで、妹を失った悲しみを、ソフィアで埋めようとしているのかもしれない。彼女に姉と呼ばれる度に、心の安らぎを得ると共に、セレナの代替品として見ているという事実に自己嫌悪してしまう。
何が『先入観を与えたくない』だ。私の方が、ソフィアをセレナ越しにしか見ていないではないか。
こんなこと、セレナにもソフィアにも失礼なのに、それでも止めることができない。そんな自分がまた嫌になる。
きっと、これは罰なのだ。
安易に救いを求めようとした私に対して、お前の罪はこんなものではない、と戒めるための。
そんな折、マムからとある真実が告げられた。
先に発生したルナアタック事件によって月の軌道が変わり、このままでは地球に落ちかねないこと。
米国政府や上流階級の人間がこの事実を隠蔽し、自分たちだけ助かろうとしていること。
そして、人類を救うためには『フロンティア計画』を実行する必要があること。
マムは、ドクターウェルを仲間に引き込むために、私がフィーネの器を演じる必要があると言った。
そのくらい構わない。マムに切歌や調、そしてソフィアを守るためならば、容易いことだ。
そうだ。それくらいできなければ、セレナもソフィアも私を許してくれない。
そして、作戦決行の日。
失敗は許されない。だけど大丈夫。
私は今まで『歌姫マリア』として頑張ってこられた。だから大丈夫。
セレナ、ソフィア。私、頑張るから。だからどうか……
「狼狽えるなッ!」
私に勇気を――――
マリアさん、自分から進んで曇っていく。