しかしそんな小さなイタズラが、大きな悪意へと成長をしてしまう……。
これはたった一つのツイートによって人生を狂わされたVtuberと、その他三人のVtuber達のお話。
※この小説はフィクションです。実際の団体、個人とは関係がございません。
やりたかっただけーを詰め込んだので頭空っぽにして読んでくださいませ
※この作品は啓発や警告を促す内容ではないことをご留意ください。
※この作品に出てくるVtuberはすべて架空の者であり、実際にいる方々とは一切の関係性はございません
●シヴァ=アグレ@燃焼系Vtuber 【ℹ】 @AggreSiva |
.https://bit.ly/XXXXXX. 202X年1月13日 午後19:31 .https://bit.ly/XXXXXX. 昨日 午後19:31 .https://bit.ly/XXXXXX. 今日 10分前
|
⛰□ ❘新しいメッセージを作成 ➡ |
シヴァ=アグレから皆さまへご報告
チャンネル登録者数 14,863人
この度の騒動について謝罪と説明をさせてください。
まずは
お騒がせしてしまい大変申し訳ございませんでした。
さる12月25日に私がツイートした内容を発端とした
炎上について、一部ユーザーの方に誤解を招くような
形となってし
まったのは私の不徳の致すところです。
当該ツイートに関しては自分の目からしても
軽率な真似であると言わざるを
えず、一部の方への配慮に欠け、
不快にさせてしまった事を
更にそのツイートをキッカケとして一部ユーザーによる
心無いリプライやコメントが続き、
楽しみにしてくださったファンの方々に私の活動を楽しん
で見ていただく事が出来ない状態になっている事
も重ねてお
事の経緯は私に問題があるのは間違いないですが、
アンチと呼ばれる方々の活動妨害、
フォロワー様への迷惑行為、また
しく信用を汚す一連のモラハラなどは
見逃すことは出来ず、現在インター
ネット上での問題に詳しい弁護士様に相談して
訴訟も検討している次第です。私は、私および
仲良くしてくださっている皆様への迷惑行為を
許すことが出来ません。
今後も皆様に快適な配信を提供するためにも、
今一度ご理解とご協力をお願いします』
「……また送られてきてる。何回送っても私はどうすることもできないってーの」
これで連続3日目。
TwitterのDM欄で毎度のように送られてくる、シヴァからのお気持ち動画兼謝罪動画のリンク。
あのいつでも喧嘩上等で強気なアイツが、悔しそうな声で不適切な発言について謝罪する様が見れて最初こそスッとしたものだったが、一度は目を通した内容だし、そもそも何回も見たくなる程興味を
私はあいつのDMに返信することなく配信準備に取り掛かり始める。
今日はあの新作RPGの先行テスト配信なのだ、絶対に失敗する訳にはいかない。
配信ツールのチェック……OK。ゲームのキャプチャー…大丈夫。声、BGM……問題なし。
待機場所には既に300人の視聴者が待っている。――さぁ、今日も始めて行こう!
「おっはよ~~~っ☆☆ みんな待ってたっ?」
「おはみくる」
「おはみくる」
「おっはみくるっ」
「おはみくっ」
「うおおおお!みくるぅぅぅ好きだぁぁぁぁ!!」
「みくるきちゃっ」
「勝つる」
「このダミ声好き」
流れていく大量のコメント。
溢れていく私への期待の声、称賛の声、
それらが先程まで全身にまとわりついていた緊張感を根こそぎ排除し、内なる全能感と爽快感が私の心を現実から仮想のモノへと変化させていく。
「うんうん、今日も崖っぷち団のみんなが居てくれて本当に嬉しいよっ、さ~~~て、今日も元気にやってくよっ! みくる~~~の、朝ゲーム配信っ!! やってきまっしょい!!」
私の名前は『
今なおインターネット世界で増えつつある、個人Vtuberの一人である。
§ § §
私がVtuberという世界に触れたのは3年前のことだった。
可愛いものや面白いもの、刺激的なものが飽和した時代の最中。
私は無気力かつ盲目的に、ネットの海にありふれる『面白いもの』を漁り続けていた。
その中で見つけた面白い物のひとつが「Vtuber」と呼ばれるものだった。
内容は言ってみれば大したことはない。ただ愛らしいキャラクターに
当時としてもなりきり実況なんて珍しくもないもので『ただ単にガワが可愛いだけじゃん』なんてふーんと流し見してた。
ただ気がつけば、そのVtuberは
私はその事に酷く驚いた覚えがある。
もとより流行り廃りが強すぎる昨今である。
少し話題になってもすぐに忘れ去られるようなコンテンツが多い中、一週間経っても数ヶ月経っても、はたまた1年経っても廃れず、人気が加速度的に増して行くのははっきり言って異常だった。
多分、増えた理由は「参入が簡単で」「アニメのような好きな見た目になれて」「ゲームなどを題材にできて」「承認欲求がこれでも満たせるから」だと思う。
そして好きなゲームをやっているだけで配信者へのおひねりである『スーパーチャット』で大量の金銭を一度に獲得する事も可能であると示されれば――まるで雨後のたけのこのようにVtuberは増えた。
かくいう私もそんなみんなにチヤホヤされたい、あわよくばお金を貰えるようになりたいという一心で活動を開始。
イラスト書きという趣味を活用して自分のガワをモデリングし、全くの無名からコツコツと名を積み上げ、2年間でフォロワー8万人、チェンネル登録者数5万人まで成長することができた。
リアル仕事との兼ね合いもあるから毎日配信とかはできないけれども、最近は安定してスパチャも投げられているからV一本で活動しようかも悩み中だ。
「はいおつかれさま~、いや~今回もだめだった!! 次はぜったいかつ!!」
「おつみくる」
「おつおつおつ」
「次の配信も楽しみにしてる」
配信停止のボタンを押し、マイクのスイッチをオフにすると、
Vとしての魂が私の心から離れ、幻想もなにもない、現実の声が私の口から漏れる。
「……はぁ。んーちょっとテンション高すぎだとやっぱり疲れるね。上げすぎだとみんなのノリも良くなるけど、新規さんも困惑するからこれ以上はNGだね。あとちょっとコメント欄荒れてきたなー。まだシヴァ民か~~。ほんっとしつこいな~」
配信後の分析は絶対に忘れない。
私がここまで伸びてきたのは試行と反省を積み重ねるてきたからだ。
こまめなツイート。
頻度の高い定期配信。
リスナーさんと出来る限り交流を行い、他のVの方やクリエイターとの横のつながりも忘れず。
そして約束を違えず、決して夢を崩さす。
炎上するような発言は絶対にしない。
これを2年位続けてゆけば誰だってここまで伸びると思っているし、実際私はここまで伸びた。
嫉妬コメや焼きマロに筆頭するような物ももらうが、それはもう有名税みたいなもの。
イチイチ構ってやるような暇はないし、構っても炎上するだけ。放置が一番だ。
「……まああのツイート程度であそこまで燃えたのは正直同情しなくもないけどね~」
配信中に飲んでいた、飲みかけのビールを煽りながらもあの子の事を思い出す。
シヴァ=アグレ。
同じ個人Vtuberだが私とはスタンスが全く違う、炎上すらも武器にする少しスレスレなVtuberだ。
否定的なコメントには謝罪も迎合せずに徹底的に反論。言いたいことは物怖じせずにばっさりと伝え、かといって無礼にならない礼節もある。
本人が上昇志向な事もあって、マンネリにならないような工夫が随所で見受けられ、それでいてクオリティの高い配信を維持し続ける彼女だったが……そのギリギリ感がいけなかったのだろうか。私の1年前のデビューであるというのに現時点でチャンネル登録数は1万5千程度しかなかった。
そんな私とシヴァだが……交流は数える程しかない。
数回程大型コラボか何かでDiscordで会話する機会に恵まれた程度。
私はシヴァと絡んで巻き添え炎上したくなかったし、シヴァも多分そうなるのを見越していたのか、絡む相手は慎重に選んでいたっぽい。
さっきも言ったけど、シヴァのツイートは過激な物が多い。
ただでさえ燃えやすい企業の不祥事や、政治ツイートもばんばんしていく上、身近であったらイラつく出来ごとや、こういう人はダメだとレッテル貼りに近い発言も……。
大多数の人が共感できる内容が多いからこそ
だけどとある日、そんな彼女が一度だけやらかしてしまった。
シヴァ=アグレ/@AggreShiva 202X/12/25 友人が貰ったって言うプレゼントの内容に絶句w https://twitter/LitterDrivern/status/XXXXXXX |
日和見すいかさん、此処掘ワンワンさんがリツイート |
@4368 ↺2万 ♡3万 … |
Reply to @AggreShiva |
クリスマスの夜に投稿された一言のツイート。
それは綺麗な箱に
シヴァが受け狙いで、あるいは本気で投稿したのかは今となっては不明だが、そのツイートは彼女の
とりみきを語るモノベノ/@doudemoyoiwa1234 202X/12/25 Replying to @AggreShiva は? 別に何がおかしいんだ? @2 ↺15 ♡154 … |
味噌汁にトマト入れる奴/@Soudemonaiwa4321 202X/12/25 Replying to @AggreShiva
相手が頑張って選んだプレゼントなんだったらコキおろしてやるなよ @ ↺33 ♡241 … |
瞑想好き@24歳/@misokonai_2121 202X/12/25 Replying to @Sera_Matsuri
晒すの本当意地悪いわ @4 ↺24 ♡388 … |
シヴァは中の人が女性であるがゆえに、男女の常識の差を考慮出来ていなかった。
固定ファンや他ユーザーからの
彼女が異常に気が付いた時には全てが遅かった。
そのツイートはトレンドランキング1位になるまで盛り上がってしまい、いつもなら小火程度で終わるはずのネタツイートは大火へと発展してしまったのだ。
ここまで燃え上がると無駄かもしれないが、謝罪をしておけばまだ穏便に済んでいた可能性もあった。
しかし生来の強気な性格が災いした。なんと最悪な事に彼女はそんな大多数の悪意ある声にも全力で抗ってしまったのだ。
シヴァ=アグレ/@AggreShiva 202X/12/27 こんな話題でうだうだ騒げるの、ある意味才能だよ(✿˘艸˘✿)
|
@256 ↺2326 ♡2098 … |
Reply to @AggreShiva |
シヴァ=アグレ/@AggreShiva 202X/12/28 DMで5人くらいから誹謗中傷と「ツイート消せ」 「嘘でも謝っておけばいいのに」 とか言われてんですが、私何に謝るのんだ? 世間をお騒がせして? 片腹大激痛。 |
@108 ↺3098 ♡3111 … |
Reply to @AggreShiva |
この発言が火に油を注いだのは誰の目が見ても明らかだった。
元いたアンチは更に活動を活発化させ、今回の炎上騒ぎでシヴァを見たユーザーもアンチに転じるハメになった。
それ以降、彼女の一挙手一投足が炎上するようになった。
いつものような政治的ツイートもお気持ちツイートも、それこそ何でもない日常ツイートでも、宣伝ツイートでさえも炎上。炎上。炎上。炎上。
大手掲示板では彼女に関する話題=荒れネタ扱いとなり、配信画面はアンチのコメで埋めつくされ。まとめサイトではシヴァのある事ない事書かれる始末、一部ではリアル名や住所特定までされたという噂まで聞こえてきている。
「確かにイラつくのは理解できるし、一方的にタコ殴りにされたら気が済まないけど……いくらなんでもねぇ~」
Twitterのみならず、SNSは魔境だ。
箸が転んでも炎上すると言われるくらいに可燃性。
あの子には正直同情するが、ただあの子の境遇について考えるたびに気を付けないとって思うから反面教師としてはすごく役立ってる。
「あ。もうこんな時間……はぁ~、次の配信準備しないと」
残念だったねシヴァ=アグレさん。
何とかその境遇を乗り越えられることを、祈っているよ。
§ § §
「――では次のコラボはこんな感じでお願いね、すいかちゃん、ワンワン君」
「はい。それでお願いします~っ!」
「よろしくっす!」
とある日の事だ。私はDiscord上でコラボについて相談をしていた。
スイカの擬人化少女の『
二人はシヴァのように燃えやすいツイートは絶対にしないし、なんだったら過激なネタどころか下ネタすらも扱わない。
すいかは私と似たスタイル+持ち前のポンコツっぷりから
二人が何度となく「リスペクトしている」など「恐れ多いけどコラボできたらな~」かとツイート上でちらつかせてくるので、こっちからお誘いをかけてからの仲である。
今では三人でコラボするのも珍しくはなく、リアルでも会って遊んだりご飯を食べたりする仲になっているのだ。
「それよりも先輩……シヴァさんの事聞いてますか? あの人、活動停止したみたいですよ~」
「え!? マジっすか!?」
「……あーらら」
例のお気持ち動画が投稿されてからぱったりとツイートも配信もなくなってたから、まあいつかは、とは思ってたんだけど……そっかー。
「シヴァさんとリア友のVの人から聞いたんですが……どうやら所属してる大学まで特定されてる状態らしくて」
「……うわ」
「本人の口からやめるって言ってた訳じゃないんですが、特定騒ぎでもう活動どころじゃなくなって、大学への凸とか、ストーカー騒ぎに発展しかけてもう滅茶苦茶らしいですよ……」
「そりゃぁ……ご愁傷様ね……」
ついに行くところまで行っちゃったか……。ほんっと同情するね。
Twitterってのは改めて怖い物だし……私達も気を付けないとね。
「あのツイートは全然燃えるようなものだとは思ってなかったんですけどねぇ……」
「共感出来るような内容ではあったけど……身から出た
「そ、そうですね……でも……」
「? なんだか歯切れが悪いけど、何?」
「いや、えっと……何か、今さら感はあるっすけど……シヴァさんに申し訳なくなってきた感じが……」
私は、後輩のしおらしい声に一瞬反応することが出来なかった。
だって何で関わりのないあの子に申し訳なくする必要があるかが、全く分からなかったからだ。
「だって……あの件は私達も
「関係者? 違うわよ、あれはあの子が自分で自分の首を
「そ、そうっすよ。俺達は関係ないっす、スイカ!」
「本当に? だ、だって……あの人が燃えたのだって私達があんなことをしなければああはならなかったかも……」
「――あぁ何? すいか、もしかして
「でも……」
「でももクソもないの……いい? あの子は自滅した。今回の件はそれに尽きるのよ。私達の行動がなくても遅かれ早かれこういう話になっていたわ。だから気に病む必要はないのよ」
「スイカ、俺もそう思うっす。アンチコメで配信出来なくしたのは俺達っすか? 毎日
「ワンワンの言う通りよ。対岸の火事なんだから、今は見て見ぬふりをしなさい……いい? そうしないと私達まで引火しちゃうんだから」
「……」
「いいわね?」
「……はい」
「それじゃあこの話は終わり。私はこの後配信あるから、またね」
まったくスイカが心優しいのはわかってたけど、こうもなると
「……」
「……スイカ、さっきも言ったっすけど気にしすぎっス……あれは俺たちのせいじゃ」
「……ワンワン君。じゃあ、じゃあ何であの人からDMが届くの?」
「?」
「シヴァさんからあの動画のリンクが、毎日、毎日送られてくるのは……どうして?」
§ § §
「じゃあ今日のコラボもお疲れ様でした~~~、せーのっ」
「「「乾杯~~~~っ!」」」
それから数日後の1月18日。私達はコラボ配信を無事に終えて、その日のお疲れ様会を行きつけの飲み屋で行っていた。
V活動を初めて二度目の企業案件という事で何か失礼な事がないか大分不安ではあったが、リスナーからはかなり好評。企業様からもバッチリだったという太鼓判を頂いていた。これには乾杯もしたくなってしまうというものだろう。
「いや~~ようやく終わった!」
「本当ですよ~、私ずーっとお腹痛かったですもん~~~」
「スイカは配信前は過呼吸すごかったっすからね……そのたびにラマーズ法を思い出せって、先輩が言ってたのが面白かったっすよ!」
「あははは、助産婦スキルがあがっちゃってたわね~。またお産の時には手伝うわよ?」
「ちょっとワンワン君! 先輩っ!」
今後の発展を思えば失敗の許されない、まさしく
そのため全員でこの企業案件のために一丸となって練習、リハーサルを繰り返していた。
そしてその苦労の甲斐あって私達はそれをベストの状態で乗り切る事が出来た。このコラボを皮切りに、今後も様々な企業案件が舞い込んでくることは間違いないだろう。
「はーお酒が美味しい~、ほんっと成功してよかったっすよ~~」
「ワンワン君はどんな時でもお酒美味しいって言ってるよね~~」
「今日は特に美味しいんっすよ! 練習中とか本番直前とか、俺はマジで――」
料理で腹を膨らませ、お酒が進み。笑いの絶えない酒席の中。
二人がコラボの振り返りで花を咲かせる間、私は一人スマホを
見渡す限りの好意的なツイート。私たちのコラボ動画のトレンドイン。そして止まらない通知。私達の支援絵や切り抜き動画、そして早速舞い込んできた企業案件に私はニヤケを抑える事が出来なかった。
他人に認められ、褒められるという快感は、何事にも代えられない。この快感がある限り、私はどれだけでもこのVtuberを続けられるだろう……!
「ん?」
その中、私たちのトレンドの次くらいに急上昇したトレンドが、私の目についた。
『シヴァ=アグレ』
何であの子がトレンドイン? もしや今更引退について言及でもし……た――――。
「……嘘」
それはシヴァ=アグレが自殺したというニュースであった。
彼女が通う大学側が、毎日出席していた彼女が急に出席しなくなったことを怪しみ、マンションの管理人へと連絡したことで発覚。
家の浴槽に横たわって死んでいるのが発見された。検死によると死んでから優に一週間は経過しているとのこと。死因は睡眠薬の大量摂取による服毒自殺だったらしい。
どうやら大学側は電凸による迷惑電話や、不審者騒ぎがシヴァの炎上に関連していた事を把握していたようだ。早くからシヴァの謝罪を受け、どうにかしようとしていたらしいけど、その時点で住所特定、本名バレもしていて、家庭内では不和が起き、決まっていた就職もこの件で
もともと誰にも頼らない事を自負心にしてきた彼女は誰にも助けを求める事が出来ず。パンクしてしまったのでは……というコメントが添えられていた。
遺族も大学側も今回の件を重く見て、こたびの迷惑行為をした人への法的措置を取ると意気込んでいる――と、そこまで読み進めるうちに私は背筋が冷たくなっていくのを感じ取っていた。
「何で……」
「んえ? 先輩? どうしたんですか~?」
「先輩お酒進んでないっすよ~、何でそんなに青い顔をして」
「……」
酒気が瞬く間に抜けていくのが分かる。
頭が……真っ白になりそうだ。
シヴァが、死んだ。
あの子が。あの強気な子が。
いや、それは別にいい。
死んでしまったのは、
大多数の悪意に晒される気持ちは分からないけど、それが苦痛で、本人が選んだ道なら、別に止めはしない。
じゃあ。じゃあ、あれは何?
私は、覗き込んでいたTwitterのDM欄を開く。
シヴァ=アグレのDM欄は、返信せずにずっと放置している。
内容は全部、あのお気持ち動画のリンクだったから。何が言いたいかもわからないから、放置していた。
でも。あの子が死んだっていうのなら。
あの子が死んだっていうのならなんで。
「ひっ」
「……先輩!?」
「先輩、どうしたっすか!!」
私が通知欄を再度開いたと同時に、またあの子から通知が届いた。
それは相も変わらず、同じリンク。同じ動画で――
●シヴァ=アグレ@燃焼系Vtuber 【ℹ】 @AggreSiva |
.https://bit.ly/XXXXXX. 20XX年1月13日 午後19:31 .https://bit.ly/XXXXXX. 20XX年1月14日 午後19:31 .https://bit.ly/XXXXXX. 20XX年1月15日 午後19:31 .https://bit.ly/XXXXXX. 20XX年1月16日 午後19:31 .https://bit.ly/XXXXXX. 昨日 午後19:31 .https://bit.ly/XXXXXX. 今日 1分前
|
⛰ ❘新しいメッセージを作成 ➡ |
§ § §
Vtuber、シヴァ=アグレの死は瞬く間に拡散された。
1万5千程度のフォロワーしか
彼女を
毎日否定的なコメントを送り続けていたアンチ。
面白半分に大学を特定した人や、住所を特定した人。
ある事ない事を記載してデマを流したまとめサイトの人。
痕跡を消そうとしてアカウントを消す人。
必死に弁明しようとする人。
アイツが悪い、コイツが悪いと別の人を槍玉に挙げる人などなど……。
誰も彼もがその責任を背負いたくないという一心で罪をなすりつけあっている。
そして……今では私も、その槍玉の一人に挙げられていたのだった。
「私は別に……何もしてないわよ。もっと悪い人はいるでしょ? 私じゃないってば……!」
予定していた定期配信は出来ていない。
見れば喜びを与えてくれた通知欄も今の私にとっては恐怖の的である。
昨日まで味方だった人も、一転して私にも非があったのでは、なんて口を揃えてくる始末。もはや信用できる人は極わずかになっていた。
「何でそんな事を言うのよ……。私は、ただ
確かに、結果としてあの子の所に非難の行き先が増えたかもしれないけど! ただそれだけ! もっと悪い奴は一杯いるのに、なんで私に
眠ってしまいたい。何もかも忘れて眠ってしまいたい。
でも今も尚悪意の的とされているのだと思うと布団の中でも眠ることも出来ない。
よせばいいのに、私は案の定握ったままのスマホをまた顔の近くに寄せ、そして通知欄を見てしまう。
「あ、あぁぁ……あぁぁ……!」
私が築いてきたフォロワーが、更新するたびに目減りしていく。否定的なコメントが次々増えていく。
今までの功績が崩れていくような感覚に、私の胸がどうしようもない痛みを発していた。
「……っあぁもう!!」
そして、私のDM欄にまたアイツから投稿が来る。
時間はぴったり19時半。その内容は相変わらずのお気持ち動画へのリンク。
ひたむきだが、全く意味のわからない行為にとうとう私の堪忍袋の尾が切れ、思わず叫びながら初めてあの子に返信をしていた。
「アンタ何なのよ!? 私の罪悪感を煽ろうとしてるの!?」
●シヴァ=アグレ@燃焼系Vtuber 【ℹ】 @AggreSiva |
20XX年1月17日 午後19:31 . https://bit.ly/XXXXXX . 20XX年1月18日 午後19:31 . https://bit.ly/XXXXXX . 昨日 午後19:31 . https://bit.ly/XXXXXX . 今日 3分前 . 一体誰ですか?身内の方ですか? . 今日 午後19:32✔ . どなたか分からないですが、いい加減にしてください。 . 今日 午後19:32✔ . 私は巷で言われてるような悪いことはしていませんので . 今日 午後19:32✔ . 怒りの矛先にされても困ります。. 今日 午後19:33✔ . お前のせいだ . 今日 0秒前
|
⛰ もう我慢できません。警察に通報しますから。❘ ➡ |
「こいっつ……! 誰だか知らないけど、私に罪をなすりつける暇があったら、他のアンチに怒りを向けなさいよ……!」
呆れる程早い返信に私の
私は衝動のままにスマホをタップし続け、画面の向こうにいる相手に理性なき言葉を叩きつけていったが、
. お前が面白おかしく拡散しなかったらこうならなかった.
今日 0秒前
「確かに拡散したわよ、あんたのツイート! でもそんな事してなくてもシヴァはいずれ炎上してたわ!? 筋違いにもほどがあるっていうの!」
. お前のファンを扇動して、アンチを勢い付かせるような真似をした .
今日 0秒前
「扇動なんて、するつもりはなかった! こんな事になるなんて思ってなかった!」
. お前と他の二人も、さし示したかのように引用ツイートをした。さも私が悪であるかのように .
今日 0秒前
「引用ぐらい誰だってするでしょ!? 引用されるのが嫌だったら鍵垢にでもしてなさいよ!」
. 配信内でも間接的に私の話題を出して悪意を向けさせた.
今日 0秒前
「違う! あれは……そういう意味じゃなくて……!」
こんなの……こんなの予測できる訳ないじゃないの! あの炎上ツイートがあそこまで燃え上がって、住所まで特定されて、それで自殺なんてしちゃうなんて!
. お前のせいで私は滅茶苦茶にされた .
今日 0秒前
. 大好きな配信もまともに出来なくなり .
今日 0秒前
. 大学が特定され登校できなくなり .
今日 0秒前
. 決まっていた就職も台無しにされた .
今日 0秒前
. 住所も本名もバレて、実生活の写真までバラまかれ .
今日 0秒前
. そのせいで最愛の家族と絶縁する羽目になった .
今日 0秒前
.ねぇ、 私はそんなに悪いことをした? .
今日 0秒前
. 人生が滅茶苦茶になるほどの悪いことをしたの? .
今日 0秒前
. ここまで酷い目に合う理由なんてない筈なのに .
今日 0秒前
. それも全てお前のせいだ .
今日 0秒前
. お前がリツイートなんてするからだ .
今日 0秒前
. お前が皆を扇動したせいだ .
今日 0秒前
. お前のせいだ .
今日 0秒前
. おまえのせいだ .
今日 0秒前
. おまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだ.
今日 0秒前
「知らない、知らないわよ! 私のせいじゃない! 知らない!!」
一度返信をしたが最後。
私はこの時点で相手がなりすましかどうかなんてもう気にする余裕もなかった。
たかだか文字の羅列の筈なのに、画面のすぐ向こう側で相手が怨嗟を投げかけているような気迫が感じ取れ、私はスマホをベッドの隅に投げ出して強制的に会話を打ち切っていた。
私は、私は悪くない。
ただリツイートした、それが殺人にでもなるというのか?
そんな馬鹿な話があってたまるか。
ぽっと出の癖して、私の誘いを断るような真似をした生意気なシヴァが気に食わなかったのは確か! だからたまたま目についたプチ炎上をしてるツイートをリツイートしたり、配信内で間接的に話題も出した!
でもそれだけだ! 実行犯はアンチ達や他のユーザーだろうに、どうして私に矛先が向かうのよ! 私に怒るのは筋違い! 恨むなら別の人を恨むべきなんだからぁ!
私が布団の中で震えながらも、何度となく叫んでいた……その時だった。電源を消していた筈のPCに光が灯されたのがちらりと見えてしまった。
そのモニタに写されているもの――それは、あのシヴァ=アグレの『お気持ち動画』であった。
『こんばんわシ■ァ=アグレで■。この度の■動について謝罪と説■■させてください。まずはお騒■■して■まい――』
いつもの彩色豊かな表情とは相反して、一切の色が抜け落ちた声で謝罪をする彼女。
その陰気な声色が部屋に響く中、不特定多数に向けている筈の彼女の顔がこちらをじっと見据えており、まるで私だけに話しかけているように思えた。
『更にそのツイ■■をキッカケとして■部ユ■■ーによ■■無いリプ■イ■コメン■■続■――』
それはなんの
しかし今や私はその動画に怯えていた。
可愛らしさだけを振りまく筈の少女のガワ、その顔は今やモザイクで塗りつぶされて一切の表情も
『私■、■■よ■仲良く■て■■■っている皆■■への迷惑■為を許すこ■■出■ません。』
スピーカーから
本来なら映り込むはずの少女の姿が、背景だけ残して
どこに、と探す間もなく聞こえてきたのは、別の部屋からの物音。誰もいない筈のお風呂場から水をかきわけ上がるような……そんな音。
それはしばらくして風呂場から脱衣所、脱衣所から廊下へと移動し、
ずるり……べたり。ずるり……べたり。ずるり……べたり。
何かが
そしてリピートされていたお気持ち動画の声もまた、モニタではなく廊下から聞こえてくるのに今更気がついたのだった。
『許■こ■■出■ません。許す■■■出■■せん。許■こ■■出■■せん。許せま■出■■せん。許せま■出■■せん。許せま■出■■せん―――』
刻一刻と近づく、姿の見えない誰か。
そいつが近づいてくるたびに魚が腐ったかのような匂いが私の鼻へと届く。
もう奴は目と鼻の先……私の部屋の前にいる!
心臓は壊れる程暴れまわっている。
呼吸は過去に例を見ない程早まっており、
緊張のあまり視界がかすみがかって見える。
誰かに助けを求めたいが、強張った体から出るのは
その助けが誰にも届くこともないことを悟ってしまえば、もはや私は手足をぎゅぅと丸めて謝る事しか出来なかった。
「ご、ごめ……ごめんなざい゛……ごめ゛ん゛なさい゛、許してぐださい……ごめんなさい……っ!」
部屋の隅に精いっぱい体を押し付けて、扉から少しでも体を遠ざけようとする。
鈍い音を立てて開きつつある扉の隙間からは、青紫色に腐食した足のような何かが見えている。
現実から逃げたくてせめて目を閉じようとしてもそれすら叶わず、私は顔をぐしゃぐしゃに汚しながらも今まで1ミリたりとも信じていなかった神様へと必死に願い始めた。
神様ごめんなさい。ごめんなさい。
もう二度とあんなことは致しません。
Vtuberもやめます。謝罪動画も出します。いくらでも
だから、だから許してください。絶対に改心します。
お願いですから、私をお守りください……お願いします!
――しかし、震えの止まらぬ体を必死に縮こめてお祈りしたにも関わらず扉はゆっくりと開きつつあり。強烈な腐臭が部屋中に広がり、そのおぞましい全身姿が見えたと同時に――
『 』
あ、はは、は……っ、ごめん、なさ――
§ § §
シヴァさんの自殺報道の後。友達でもあり偉大な先輩であるみくるちゃんが、いつもやっている配信を唐突に辞めてしまった。
彼女は一度たりとも配信に遅刻した事もないし、取り決めた約束を違えた事もない実直な子。そんな彼女がいきなり何の理由も言わずに配信をしなくなったのだ。そしてさらに言えばTwitterのDMでもDiscordでも反応なし。個人ケータイで連絡を取っても何一つ返事がなくなった。彼女の身に何かがあったのは間違いようのない事だと思う。
彼女と最後に出会ったのはあの飲み会の時。
思えば、途中まで陽気だった彼女が一気に顔を青ざめさせたのは、恐らく自殺報道のせいなのだろう。私もショックだった。ただ一番ショックを受けたのがみくるちゃんだったのは、意外だったな……。(みくるちゃんはシヴァさんにあまり思い入れはなさそうだったのに……何か別のショックを受けるような内容があったのかな……。)
『あの衝撃の話題作が帰ってきた! 今度の狙いは黒い宝石――! 悪い連中とバシバシバトル――!』
『次は――●●駅。●●駅です。お出口は右側です、□■■線はお乗り換えです』
『――日から続く、連続失踪事件について、現在も警察庁は失踪した全員の関連性を調べて調査を続けています。なお、被害者は――』
『物件探しは――へ! あなたにぴったりの物件が今すぐみつかる――』
「……確か、このマンションだった……よね」
私はふらつく体を引きずるようにして
8階建てのどこにでもあるような、中堅マンション。一度おうちコラボの時にお邪魔して以来の訪問だが、なんだかたった数か月しか経っていないのに、酷く陰気な感じが
エレベーターに乗り込み、目的の階のボタンを押すと、重力以上の何かが体に伸し掛かった気がしてしまう。……やっぱり、体調がどんどん悪くなってる。
実はかくいう私も、そしてワンワン君でさえも……あの事件以降は配信頻度を落としていた。
その理由はどちらも謎の体調不良のせいであった。
体が重い。頭痛がする。吐き気も止まらない。
寒気が進み、食欲は進まない。
医者にかかれば風邪ではないかと適当に抗生物質を渡される程度で何の解決にもならず。私もワンワン君も体調不良と不安に駆られる日々を過ごしている。
「……」
みくるちゃんの部屋は6F奥。
チャイムを押して何度となく返事を伺うが、やはり返事はない。
何か事件的な物に巻き込まれているのではないかという不安が
「……みくる、ちゃん?」
勝手に人の家にあがるのは不作法なのは知っている。
だが私はそんな事気にする余裕もなかった。
今、私やワンワン君に起きている
「なに、これ……」
可愛らしい小物に溢れた玄関。
小ぎれいにされたフローリング床。
平時ならば可愛いという感想が出るはずのそこは、別の部屋へと続く、湿った何かが引きずられたような跡と、腐った魚のような匂いがすべてを台無しにしていた。
恐らくは風呂場から続いていたその跡を、誘われるかのように追っていけば、記憶に残っていた彼女の部屋にたどり着いていた。
扉は開け放たれていたが、その部屋の中を覗き込むのに並大抵ではない勇気を振り絞る必要があった。
最悪の展開だけが私の心にひっきりなしに思い浮かび、喉が先ほどから乾いて仕方がなかった……!
――そしてとうとう。観念した私は部屋を覗き込んだ。
部屋は記憶に会った通りで、みくるちゃんらしさが表れたオシャレと可愛らしさが兼ね揃えられている素敵な部屋だ。配信用のPCに、以前自慢してくれたふっかふかのソファー。そして大きめのベッド……でも、その部屋の中に記憶以上の物はなく。また、当の本人もいなくて拍子抜けしてしまうのだった。
「……はぁぁ…………よかった……」
私は大いに胸を撫でおろした。
彼女の安否は
でも、それなら……それならみくるちゃんはどこに行ったのだろうか? 実家に戻ったのだろうか。それとも、ただ出かけているだけなのだろうか?
「……?」
とりあえず誰か知ってる人に尋ねないといけないと思った私だが……ふと、気がついた。
彼女のPCがつけっぱなしで、今もなお、とある動画を流し続けていたという事。
「ひっ」
私は、その
作品を書くにあたって紅葉煉瓦様作の「美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!」という傑作から
Twitterなどの表示タグを参考にさせて頂きました。
この場を借りてお礼を言わせて頂きます。ありがとうございました。