そんな彼だが、実は他人に言えないようなものが見える。
それは尋常じゃないレベルのグロテスクさで、尚且つ醜悪で、それに加えて狂暴で危険という最早何で見えてるの、と自分の目を抉りたくなるような存在。
前世の彼ならば一切の抵抗も出来ずに、再びニューゲームを強いられていた事だろう。だが、今世の彼は違う。
「―――――【
後方に体重を残した独特の立ち姿から、黄金の人型が飛び出していく。
筋骨隆々。二メートルにも迫る身長に所々あしらわれたハートの意匠。両手の甲には時計の文字盤。
スタンド。今現在彼の生きる世界とは別の軸に存在する能力であり、とあるラスボスの所持していた存在でもある。
何故自分が使えるか、そんな事は柳にも分からない。欲を言うならば、日常的にもう少し使いやすいスタンドが良かった、とか思ったりもするのだが、それはソレ。
そもそも、柳が前世を思い出したのも赤ん坊の頃に見た、この
何せこの金色の巨漢。ギャン泣きする赤ん坊の目の前にふわふわ浮かんでいた。それも仏頂面で。涙も引っ込むというものだ。
それから約十年以上、一緒に居る。
そして知った事と言えば、この世界にはスピードワゴン財団は無く、それどころかスタンド使いも居ないという事。あと、波紋の使い手も。
代わりに居たのは、化け物ばかり。何だこの地獄は、と目が死んでしまうのも致し方なし。
今では、道行く化け物をスタンドでフルボッコして消し飛ばす日々だ。利点としては
精密な動作と、乗用車は愚かダイヤモンドクラスの硬度の歯を叩き割れるパワー。それに加えての時間停止能力。
だがそれだけではない。柳は、元持ち主のような慢心を絶対にしないと心に誓っていた。
これは前世の記憶の片隅にあったのだが、そのラスボスの敗因は急激なパワーアップによる慢心と、己よりも先に相手の拳が砕けたのだと油断したため、というのがあったから。
故に、慢心しない。化け物は念入りに、時間停止によるラッシュの重ね掛けすらも行って塵となって完全に消滅するその瞬間までラッシュを叩き込み続ける徹底っぷり。流石に、変態などの不審者が相手ではそうもいかない為、気絶するまで殴り、足をへし折る程度で抑えているが。
今も、塵と化して消えていった化け物へと、柳はビシリ指を突き付ける。
「テメーが何処の何者で、何だろうが喧嘩を売る相手は選ぶんだな。忘れるんじゃあ、ねーぞ」
フンッ、と鼻を一つ鳴らし柳は帰路につく。
彼は油断していなかった。慢心していなかった。
ただ、相手が一枚上手であっただけ。
図らずとも、力ある者は厄介ごとに巻き込まれるという事が世の常だ。たとえ、それが当人にとっては地獄の片道切符であろうとも。
―――――
いつも通りの帰り道。いつも通りに現れた化け物を片っ端から
四六時中、このホラー映画もかくような光景が視界の端をチラつき、彼の精神は荒んでいく一方でしかない。そのストレスが、そのままスタンドのパワーに変換されているのかパンチ一発で爆散する化け物たち。
その飛び散る肉片と血飛沫が、更に柳の神経を逆撫でし、それがまたスタンドの力へと変換されていく負のスパイラル。
強くなるならば良いじゃないかと言われそうだが、ストレスというものは精神を削って仕方がない。
いい加減、眼球でも抉ってしまおうか。そんな考えへと飛びそうになっていた柳の足が、不意に止まる。
彼の行く先。その道を塞ぐようにして立つのは、一人の男。
190センチは超えているであろう身長に、全身黒尽くめの恰好。何より、目元につけられた目隠しと白の逆立った髪が実に異質。
男は、まるで数年来の友人にでも出会ったかのような軽い調子で右手を上げると、柳へと声を掛けてきた。
「やっ。初めまして、世渡柳君。ちょっと君に用事があるんだけど、この後空いてるよね?」
「…………」
柳、一歩後退。全身黒づくめの不審者に自分の名前を呼ばれれば、警戒しない方が無理というものである。
柳自身、目立つ容姿と言え目立つ容姿ではある。
自然な色合いの金髪に、十五歳にしては鍛え上げられた肉体。身長は180に届くかどうかといった所で、体形的にはモデルと言っても良いかもしれないが、目の下にある隈がそのどれもを台無しにしてしまった、そんな容姿。隈が無ければもてるだろう、というのが友人たちからの評価であった。
だが、目の前の不審者には負ける。柳は一歩後ろへと下がった。
「お前、何者だ?」
「うん?僕は、五条悟。東京の方で教師をしてるよ」
「教師ぃ?」
お前が?と目で柳は問う。
明らかな不審者だ。こんな目隠ししている男が教師を務める等、日本の教員免許はどうなっているんだ、と嘆きたくなったり。
ついでに、彼の中にある警戒心のメーターが更に上がってしまったり。
「そうびくびくしないでよ。僕だって、君をどうこうしようとは今の所思ってないんだからさ」
「どーだか。オレは、お前に用事なんて無いからな」
言いつつ、いつでもスタンドを出せるように柳は身構える。
だが、
「―――――ま、そう言わずに、ね?」
「ッ!?」
距離は十分あった。であるのに、瞬きもしていないのに目の前に現れる不審者の姿。
その手が眼前に迫り―――――
「―――――【
瞬間、世界は停止する。
時間にして、およそ五秒。だが、それだけあればスタンドの助力も受けて大きくその距離を空けることが可能だろう。
一回の跳躍で飛び乗るのは、電信柱の天辺。その上に降り立ち、再度跳躍したところで五秒経過。
「あれ?」
首を傾げた不審者は、キョロキョロと辺りを見渡して、そして電信柱の上を飛び移りながら自分より離れていく背中を視認した。
その口角が上がる。
「……へぇ、面白いね」
自他ともに認める最強から、文字通り気付かれる事も無く逃走を果たした。目の前にいたにもかかわらず、だ。
特殊な力を有しているのは明らか。よくよく目を凝らせば、どんどん離れていく彼の周りの空気が僅かに揺らいでいる様にも見えた。
だが、それだけだ。
五条悟の目をもってしても、何が起きているのか分からない。
だからこそ、
「逃がさないよ、柳。君を、僕の生徒にしてあげるから」
遠くで、少年のくしゃみが聞こえた気がした。