夏休みも後半戦。この時期に何処か甜花達と出掛けたいなー、と思っていた俺は、大事なことを失念していた。
「……ふーむ、何処に行こうか……」
お祭りに行こうとしていたが、この前、行ってしまった。プールや海は少し恥ずかしい。見られるのなら、上半身をもう少し鍛えたいし、何より向こうも嫌がるだろう。大崎ははしゃげるだろうが、甜花は恥ずかしがる未来しか見えない。
けど、まぁ京都のお土産にこの前のお祭りでお金はだいぶ使った。あの後、お金のない大崎のためにご馳走しちゃったから。
ま、何にしてもまだ「行こうぜ」と約束したわけでもないし、しばらく考えるか。夏っぽくて、みんなで行っても楽しめそうな場所……うん、考えても分かんないや。そもそも、大崎と甜花二人と遊ぶ、って時点でハードルだいぶ高いもの。
大崎なら甜花と何処でも楽しめるのだろうが、甜花はそうもいかない。外出の気分じゃない時に誘っても断られるだろうし、介護の方が大変そうだ。そして、甜花が楽しめないと大崎も楽しめない。ていうか、甜花と遊ぶのがハードル高い。ゲームなら単純明快で良いんだけどね……。
「……でも、せっかくの夏休みだし……もっとこう、アウトドアな事がしたいなぁ……」
遊園地とか、観光とかさ……や、観光は金銭的に考えて無理だな。遊園地とか果穂が行くって言った時しか行かなかったし、今になって行ってみたいという気持ちが出てきてる。もっと子供の時、純粋にエンジョイしておけばよかったなぁ……。
何かヒントになるものがないか、と思って、今は散歩中だ。ついでに、果穂の代理でマメ丸と一緒に。まぁ、そう簡単には無い
「わんっ」
「あ?」
真下から吠えるような音が聞こえる。片眉を上げると、マメ丸がグイッと別の方向へ誘導しようとする。
「なんだよ。そっちは嫌だよ。元中の奴らの家に近いから」
「わんっ」
「嫌だっつの。なんだお前、やんのか?」
「わんっ」
「よっしゃ、上等だコラ。人間なめんなよ」
言いながら、俺はリードから手を離し、左肘を曲げて半開きにした左手を額の前に置き、右肘は脇腹につけ、握り拳を作って腰を落とす。
それにより、マメ丸も姿勢を低くし「グルルッ……」と、唸り声を上げる。
お互い、隙を窺うようにジリジリと間合いを詰める。直後、一斉に俺とマメ丸が飛び出した。
「あだだだだっ! ご、ごめんなさい! そっち行きますから!」
左手を噛まれた。ぴゅるるるっと出血し、水鉄砲のように手のひらから流血する。
「……何してるの?」
「えっ?」
珍しい声が聞こえ、振り返ると大崎が手に袋を持って立っていた。
「っ、大崎⁉︎ いや、違うんだよ。今のは……」
「小宮くんが悪い」
「あ、はい。そうですね……」
言い訳を封殺され、もう項垂れるしかなかった。
いや、そんな事よりも、だ……これはまずいことになった。
つい、家でマメ丸と一緒にいるテンションを、他人に見られたと言うのが一番、痛い。特に、よりにもよってこの世で一番バレたくないデビルにバレた……。
「犬飼ってたんだね」
「あ、うん。俺が、というよりも、妹が、だけど」
「良い子そうじゃん」
「今のやり取りちゃんと見てた?」
「お名前は?」
「犬っころ」
「がぶっ」
「いだだだ! お前、なんで家族で俺にだけ噛むわけ⁉︎」
「今のも小宮くんが悪い」
く、クソ……これだからワン公は……! いや、ホント俺には当たりが強いのなんでよ、この犬。
いや、そんなことよりも、だ。なんでこんな矢継ぎ早に質問を……? 何か裏に意図があるのか……? 内容だけは普通の質問な所がタチが悪い。
「それよりさ、小宮くん」
「な、なんだよ」
「手、洒落にならないくらい血が出てるけど」
「……へ?」
見下ろすと、たしかになんか血が出てる。いっぱい。そして、痛みも少しずつ増していく。
「い、痛い……てかこれ、死ぬんじゃ……」
「家で手当てしようか?」
「お願いします……」
お言葉に甘えるほか無かった。
×××
夏休みに入ってから、もう三度目の大崎家。それ故か、もう慣れてしまって変な緊張はしなかった。
マメ丸が庭で待機している間に、俺は手に包帯を巻いてもらっていた。
「……」
「はい、これで平気でしょ」
「あ、ありがとう……」
「別に良い。……お祭りだと、世話になったし」
あれ、なんかしおらしいな……。もしかしてあれか? 借りができると強気にいけないタイプか?
や、まぁ正直、それはそれで悪くないんだけど、調子が狂うわ。
「まぁ、そうだよね。俺、あの時すごい借り作っちゃったからなーうん。これはもう、甜花の写真3枚分くらいの価値はあったよね。あ、いや別に良いのよ? お礼とかほんと。そんなつもりでやったことじゃないし? 気持ちがあれば良いのよ。感謝の気持ちがあれば」
「……うざっ」
やべっ、予想以上にすげぇマジな反応返ってきた。普通に傷つく。下手にテンション上げさせようとしなきゃよかったな……。
「てか、甜花は?」
「今、部屋でゲームかな? なんか真剣な顔してたから、多分邪魔しちゃいけない奴」
ふーん……つまり、ランクか。それなら確かに邪魔しない方が良いやな。ついでに一緒にゲームできりゃ良かったんだけど……ま、手当してもらったし、今日はマメ丸もいるし、帰るか。
「じゃ、俺帰るわ。マメ丸の散歩の途中だし」
「あ、ねぇ」
「? 何?」
「一緒について行っても良い?」
「え、良いけど……なんで?」
「なんとなく。暇なんだもん、甜花ちゃんが一人で遊んでると」
「あそう」
「ちょっと待ってて。準備して来るから」
そう言うと、大崎は自室に戻って行った。
その間に、俺は庭で待っているマメ丸を迎えに行き、リードを握る。
「わんっ!」
「待ってろ。なんか一人、ついて来るらしいから」
「わんっ」
あら素直。どうしたの、猫かぶってるの? 犬なのに。
しばらく待機……つーか遅えな。女の子の準備が遅くなると言うのは本当だったか。
10分ほど経過した所で、ようやく玄関が開いた。そこから現れたのは、大崎だけでなく甜花も一緒だった。
「お待たせー☆」
「遅えよ……つか、甜花も?」
「う、うん……少し、目が疲れてきてたから……」
「そうだよ、甜花ちゃん。ちゃんと休憩入れないと、ほんと目が悪くなるからね」
「わ、わかってるよ……」
とはいえ、真夏に甜花が出掛けるのも珍しい事なのだろう。大崎も少し意外そうにしている。
けど……まぁ、甜花の顔見りゃ分かるよね。多分、あのキッとした目付きは……。
「甜花ちゃん?」
「なんでもない、よ……? なーちゃん……」
大崎を独占するな、と言う目だろうな……。いや、俺から誘ったわけじゃないし……てか、なんなら俺から大崎を誘うことはねえから。
「来るのは勝手だけど、そんな遠回りしないからな。これから土手沿い歩いて帰るだけだし」
「それで良いよ」
「う、うん……ワンちゃんと、お散歩……にへへ」
「あ、甜花。マメ丸抱き締めて一枚、撮らせてくれない?」
「ち、ちょっと! 抜け駆け禁止! 甘奈にも撮らせて!」
「い、良いけど……じゃあ、えっと……」
早速、マメ丸を見下ろした甜花だが、俺はそれを止める。
「あー待った待った! せっかくだし、土手沿いで撮ろうや」
「え……な、なんで?」
「あ、そうだね。被写体は良いんだし、背景も凝らないと……あ、確かパパの部屋に一眼レフがあったような……」
「大崎、一眼レフはそれなりに経験積まないと難しい。スマホかデジカメにしておこう」
「は? あんた甜花ちゃんの写真を撮るのに妥協する気?」
「バカ言うな。妥協じゃねえ。今ある手札の中で切れるカードを切っているに過ぎない。例えどんなに……納得がいかなくとも、だ」
「……そっか。それなら仕方ないね」
「ひぃん……二人とも、大袈裟……」
「わん(訳:人間の兄妹ってどこもこんな感じなのかな)」
そのまま三人と一匹で、土手沿いに向かった。
×××
「よーし、良いよ良いよ甜花ちゃん!」
「可愛いよ、甜花! そのままマメ丸の頭に手を添えて笑みをこぼしてみよう!」
「は? そこは真顔のままミステリアスな空気を表現でしょ?」
「いや、甜花本来の柔らかい面を押し出すべきだろ」
「マメ丸ちゃんとセットなんだから、いつも出さない空気を出すべきだから」
「あ?」
「は?」
「ひぃん……音楽性の違いで解散しそう……」
俺と大崎が眉間にシワを寄せてメンチを切り合う中、甜花がやんわりと間に入る。ホント、甜花推しな所までは気が合うのに、そこから先はこいつとは合わない。一生、分かり合える気がしない。
「あ、あの……というか、甜花……恥ずかしいから、そろそろ……」
「わんっ! (訳:てか散歩でしょこれ? 歩かせてくれない?)」
「……こうなったら、やる事ぁ一つだな」
「そうだね。正々堂々といこうか」
拳をコキコキと鳴らし、両手を組んでグイッと関節を伸ばす。お互いの目に宿る光は闘志のみ、目の前の奴を犠牲にしてでも、この戦いを制する。
お互いに拳を作り、グッと力を入れて一気に腰まで引いた。
「「じゃんけんっ、ぽいっ!」」
「よしっ!」
「あー!」
勝ったぁ!
「はっ、バカめ! 銀魂でも言ってただろうが! 女の1番の化粧は笑顔だってな!」
「うぐぅ〜……ず、ズルい……!」
「いや正々堂々だろ。そんなわけで、甜花! 笑って!」
「う、うん……にへへっ」
良い笑顔を、スマホに収めることができた。これホーム画面に……あ、いや、流石にストーカーじみてるな。やめておこう。
「わんっ」
「あーそうだな。さっさと先進まないとな」
「……確かに優しい笑みの方が良かったのかも……? いや、どちらにせよ甜花ちゃんだし可愛いことに変わりはないか……」
「にへへ……嬉しい……」
「て、甜花ちゃん⁉︎ 聞こえてたの⁉︎」
「う、うん……でも、なーちゃんも同じことしたら可愛いと思う、よ……?」
「大崎がやったらあざといだけだろ」
「マメちゃん、噛み砕く」
「ガブッ!」
「なんで手懐けられてんだテメェは⁉︎」
慌てて回避した。てか、砕くってなんだ砕くって! 骨まで取りに来てんだろうが、それは!
その俺に、歩きながら甜花が質問して来た。
「え……でも、小宮くん。なーちゃんの写真も……欲しく、ない……?」
「え?」
言われて、思わず想像してしまった。大崎が、マメ丸の顔に手を添えて柔らかい笑みを浮かべている絵面……あれ、想像してみると思ったよりあざとくないかも……ただ、まぁ大崎の場合は柔らかい笑み、というよりも、普通に元気なJKのギャルっぽい天真爛漫な笑みのが合うかも……。
……と、そこでハッとする。って、何で俺、大崎の笑顔をそんな詳細に妄想してんだ、と。
ふと顔を向けると、大崎が俺の顔をニヤニヤとほくそ笑みながら覗き込んでいた。
「何、もしかして想像したわけ?」
っ、こ、こいつ……!
「ああ、したよ。でもやっぱあざといだけだったわ」
「んなっ……! か、可愛いか可愛くないかで答えてよ!」
「可愛げがない」
「あんたやっぱりムカつく!」
蹴りが飛んできたが、ひょいっと回避する。空振りして尻餅をつく甘奈に、甜花が優しく声を掛けた。
「だ、大丈夫だよ、なーちゃん……! 甜花は、可愛いと思うから……!」
「て、甜花ちゃん……!」
「おい、すぐイチャイチャすんな」
「わんっ!」
「あー分かった分かった。だから先に行くな」
マメ丸が歩き始めてしまったので、俺もとりあえずそっちに合わせて歩く……というか、川岸に降りて行くんだけど……。
「どこ行くんだよオイ!」
「わんっ!」
「ああ?」
なんか見つけたようで、クンクンと草むらの中で鼻を鳴らす。俺も草をかき分けて何があるのかを見ると、エロ本が落ちていた。
「えっ」
「何何、何かあった?」
「にへへ、マメ丸ちゃんが興味あるもの、見てみたい……」
さらに続々と現れるJK二人。直後、二人とも頬を赤らめて、揃って「ブハッ」と吹き出す。
「なっ……何を見つけてんの、小宮くん⁉︎」
「俺かよ⁉︎」
「こ、小宮くん……最低……」
「ガハッ……!」
「わんっ!」
甜花の一言は効いた……。思わず膝をつき、倒れた俺の背中の上にマメ丸は乗った。この犬いつかぶっ飛ばす……。
×××
そのまま、なんだかんだ言って遠回りして散歩をしてしまった。……が、遠回りしたような気がしない程、早く回り終えてしまった。
なんつーか……楽しかった、のかな? うん、楽しかったんだろう。多分、大崎姉妹も。二人の様子を見ていれば分かる。
「んーっ……なんか久々に散歩とかした気がするー!」
「て、甜花も……この時間は、ずっとお昼寝してたから……」
そんな二人の顔を見て、なんか安心してしまった。二人が来たいと言い出したとはいえ、ただの散歩に付き合わせても退屈させちゃうんじゃないか、と思ってたから。
なんか……さっきまで二人と夏休みっぽいことをしたくて色々考えてたけど……別に、そこまで気張らなくても良いのかなって思えてきたな。
だって、普段、学校がある日は、こうやって散歩する事もできないんだから。こういう遊びも、十分「夏休みっぽいこと」なんじゃねえのと、と思ってしまった。
それ故に、思った。また、こうして三人で集まりたいな、と。
「甜花、大崎」
「「? 何?」」
「暇があったらで良いんだけど……また、一緒に」
「へくちっ!」
……大崎のくしゃみに遮られた。大崎の服装は、男心をくすぐる肩を出すスタイルの薄着。8月後半の夕方特有の涼しさが出てきたことにより、くしゃみを漏らしたのであろう。
何にしても、無邪気にキョトンとした笑みを向けられ、なんかイラッとした。
「え、何?」
「甜花、良かったらまた二人で散歩行かん?」
「なんで甘奈だけ外したの今⁉︎」
「良いよ」
「甜花ちゃあん⁉︎」
予想外の二つ返事に、さらに声を張り上げる大崎。でも今のはお前が悪い。
俺のジトーっとした視線を掻い潜り、大崎は甜花の腕にしがみつく。
「ていうか、だから抜け駆けは禁止だから! 甜花ちゃんは甘奈のなんだからね!」
「知ったことかよ! お前は家で甜花の写真見ながら妄想してろ!」
「はぁー⁉︎ 何その言い方! 絶対に嫌だからね! 甜花ちゃんとあんたが二人になる機会なんて、この先ないと思っててよね⁉︎」
「うるせええええ! 俺は絶対に甜花と2人で遊んでみせるわ!」
「あ、あの……二人とも、だから周りの目を……」
「わん(訳:果穂ちゃんそろそろ帰ってきてるかな……今日は一緒に寝かせて欲しいな……)」
結局、その後も夏休みは三人で色々と遊び尽くした。