「ふぅ……疲れた……」
一時間、活躍してしまった秀辛は、ベランダに腰を下ろした。外まで掃除していたわけではないので、ベランダに座ると大分埃がついてしまうが、そんなの気にする余裕もなくへたり込む。
本当はのんびりしている余裕はない。何せ、外では甘奈が待っているはずなのだから。……のだが、甜花が着替えている間だけでもゆっくりする事にした。なんかギャラリーに増えられて少し困っていたのだ。
あの後、クラスの女子に焼き方のコツだけ伝授して抜けることにした。それが残業の要因となったとも言える。
そんな秀辛に、横から声が掛けられる。
「あ、あの……小宮くん」
「?」
クラスの女子が二人ほど、集まって来ていた。
「何?」
「その……謝りたくて」
「あ? 何を」
「準備期間中……手伝いの声を掛けてくれたのに、断っちゃったから」
「……ああ。別に良い。俺も、今日まで誰とも関わってこなかったのが悪いからな」
慣れていなかったとはいえ、甜花以外に友達はいらない、という態度を貫き過ぎていた。それでは人も離れるというものだ。
「ううん、でも……拒絶したのは私達だから」
「だから、謝らせて」
「許した。これで良いか?」
「「早いよ!」」
まぁ気にしていなかったと言われれば嘘になるが、謝ってくれたのなら突っぱねることはしない。
「それでさ、お詫びと言ってはなんだけど……何か奢らせてくれない?」
「何でも良いから。剣道部のクレープが美味しいって話題だよ!」
「え、マジで?」
「うん、マジで」
そんなつもりはなかったのだが、そこまで気を使われると逆に申し訳なくなる。……まぁ、実際はハブられたり、時間外出勤(元々、1日も働いてなかったとはいえ)したり、料理を少しだけ教えたりと色々していたから、奢ってもらえるのなら悪い気はしないが。
……けど、まぁ今は無理だ。
「悪い、もう甜花とその妹と、約束しちまってんだ」
「妹……ああ、あの子?」
「初日に来て大崎さんの写真撮りまくってた子だよね」
「奢りはまたの機会で良いよ。……あ、そういやそろそろ消しゴム使い切りそうなんだよね。消しゴム奢って」
「そんなんで良いの⁉︎」
「もしくはシャー芯」
「実用的過ぎるよ!」
そんな事言われても、他に欲しいものなんてない。食べ物とかになると、放課後外に出かけることになってしまう。同性が相手ならともかく、異性でそれは慣れた相手じゃないとキツい。
そんなわけで文房具をチョイスしていたわけだが、女子二人はプフッと笑みをこぼす。
「なんか……意外と話せる人なんだね」
「え、俺外国人か人っぽい猿に見えてた?」
「や、そういうんじゃなくて。大崎さん以外にあんま興味ない感じだったから」
「うん。普通の子だった」
「……あそう」
なんかとても不本意な褒められ方をしている気がする……と、思っていると、ベランダの扉が開く。出て来たのは甜花だった。
「お待たせ……小宮、くん……」
「おう」
「じゃ、今度消しゴム買っとくね」
「私はシャー芯で」
「んー」
適当に返事をして、女子達と別れた。友達と呼ぶには程遠いが、まぁ甜花以外に話せる人が出来たのは大きい。
立ち上がりながら、甜花に声を掛ける。
「うし、行こうか」
「う、うん……」
「どした?」
「……よかったの? 断っちゃって……」
さっきの話、聞かれていたようだ。まぁ聞かれて困ることは話していないが。
「良いんだよ。先に約束してたのは甜花と大崎なんだし」
「……そ、そっか……」
「ほら、教室出ようぜ。大崎にドヤされるわ」
そんな話をしながら出て行く。これからようやくまた三人ではしゃげる、そんな風に思いながら軽く伸びをして教室を出る……が、甘奈の姿はなかった。
「……あれ、大崎?」
「いない、ね……?」
「何処行ったんだ? あのバカ……」
呆れ気味にため息を吐きながら辺りを見回すが……やはりいない。
「トイレ、かも……?」
「電話してみろよ」
「あ、う、うん……」
甜花がスマホを取り出し、電話を掛けるが、応答がない。というより、電源が入っていないようだった。
「……な、なーちゃん……どうしたん、だろう……?」
「まだデートしてんじゃねえの? 佐々木とかいう奴と」
「え、そ、それは……どうだろう? なーちゃんが、甜花との約束を忘れるとは、思えない……。小宮くん、連絡してみたら……?」
「や、俺大崎の連絡先知らねーし」
「……え、な、なんで?」
「必要ないと思って」
「……」
ここに来て意外な事実を知り、甜花は思わず引いてしまう。あれだけ本音を言い合えて、夏休みもたくさん遊んで、絵と写真の取引までしていた仲で、連絡先を知らないなんてことある……? と、もはや引いてしまうレベルのことだ。
「しゃーねぇ、少し探しにいくか」
「え……じゃあ、甜花も……」
「や、甜花はここで待ってて。入れ違いになると困るし」
「わ、分かった……!」
それだけ話すと、秀辛はとりあえず校内を見て回ることにした。
×××
「……」
甘奈は、少し後悔していた。一緒に歩いている佐々木の本性が、早くも見え隠れし始めたからだ。
悪い人ではない。こちらの話も聞いてくれるし、奢ってくれるし、一緒にいてつまらないということはない。
……しかし。
「でさ、この前の体育の時、サッカー部の奴らと結託して、チーム分けでサッカー経験者を固めたりしたんだよ。そしたら、俺らボロ勝ちしちまってさー」
「へー」
全然面白くない話が続き始めた。やってることがただただ陰湿である。途中から、何か様子がおかしくなってきたと思った。自分への褒め言葉も、他の女子と一々、比較に出して「甘奈はあいつよりまつ毛長くて可愛いよなー」とかそんな事ばかり言われる。
正直、そんな褒められ方をしても嬉しくない。なんなら不愉快である。
つまらない事で意地を張って、こんな男と文化祭の一日目を潰すことになり、正直言って後悔が残る。今からでも、スマホで連絡でも取ろうか? と思ってしまった。
「全然、本気でやってなかったのにな。みんな小学生とか中学の時、サッカーやんなかったんかね。トラップもまともにできない奴が多くてさー」
「ふーん」
本職と比べられても困るというものだろう。「俺、高校生だからハイハイしなくても歩けるんだぜ。赤ん坊ダッサ」と自慢されている気分だった。
「てか、この後どうする? もしアレなら、ちょっと屋上辺りでゆっくりしねえ? 歩き疲れたわ」
サッカー部の癖に歩き疲れたらしい。現在、時刻は15時半。あと少しで後夜祭である。後夜祭でまでこの男と一緒にいるのは絶対にごめんだ。
「あー、良いよ。でも、甘奈は甜花ちゃんと16時になったら合流するから」
「え、後夜祭も一緒じゃないの?」
「昨日から約束してたから。ごめんね」
あくまで不愉快にさせないように返事をする。プライド高そうだし、下手に刺激すると面倒な事になりそうだ。
「で、どこでゆっくりするの?」
「あ、ああ。……屋上とかはどうだ?」
屋上なら一年生の教室に近い。すぐに甜花達と合流出来る。
「良いよ」
そんなわけで、階段を上がっていった。
ガチャっと扉を開けると、9月らしい涼しい風が吹き荒れる。髪型が崩れるが、あまりの心地良さで、あまり不愉快な感じがしなかった。
屋上には、誰の姿もない。いるのは甘奈と佐々木のみ。柵に近寄ると、そこから賑わっている校庭が一望できた。
「おお……意外と良い眺めだね」
「ああ」
自分達が歩いていた文化祭の会場であり、明日からはもう見れなくなってしまう景色だ。
そう思うと、割と感慨深くなる。正直、甜花と別のクラスになってしまった時は、こういうイベントの時が心配だった。引っ込み思案という言葉では済まないほど控えめな性格なだけあって、何も出来ず一人で蹲っているのではないか、と。
しかし、蓋を開けてみれば、なんか変な男と仲良くしていた。友達がその男しか居ないあたり、寂しい思いはしていなくて良かった、言うべきだろう。
文化祭当日では、甜花は周りに馴染んでいて、むしろその男の方が不安になる程、一人になっていた。ザマーミロ。
が、その男も結局は、今は女子に囲まれてキャーキャー言われているのだろう。満更でもなさそうだった……かは分からなかったが、女子に好かれて嫌がる男はいない。
結局、文化祭を最後まで楽しめなかったのは、自分だけ……なんて思ってる時だ。
「甘奈」
「何?」
「後夜祭、どうしてもダメか?」
「え?」
しつこ、と思いながら横を見ると、また佐々木は真剣な表情で自分を見ている。緊張しているのか、少し頬が赤い。
なんか、嫌な予感がする。脳裏に浮かんだ可能性は告白。なんて、断ろう、と真っ先に脳裏に浮かんだ。だって、付き合いたくない。見かけは良い奴に見えて、中身は人を小馬鹿にして自分をあげる男だ。
何より、自分にあいつが……なんて思った時だ。屋上の扉が勢い良く開かれた。
現れたのは、さっきまて職人レベルでフライパンを振るっていた男だった。全身汗だくで、ワイシャツが濡れてヒョロヒョロの身体が透けて見えている。
「やぁ──ーっと見つけたぞ、バカ」
開口一番、毒を吐いてきた。ホント、甜花と自分では態度が違う男だ。佐々木とは違う意味で腹が立つ。
「誰がバカだし。てか、なんでそんな汗だくなの?」
「お前ほんと殺すぞコラ。お前を探し回ってたからだろが」
「え……?」
少し意外で狼狽えてしまった。まさか、汗だくなのも自分を探すため走り回っていたから?
いや、それはない。何故なら、隙あらば甜花とデートをしたがるはずだからだ。
「……甜花ちゃんとデート出来る良い機会だったんじゃないの?」
「はぁ? 何言ってんだお前」
それを言ったが「割と本気で理解できない」と言わんばかりにキョトンとした顔で、言い返してくる。
「二人より三人で回った方が面白えだろうが」
「え……?」
「何拗ねてんのか知らんけど、さっさと行くぞ」
「……」
今度こそ、自分勝手に悩んで自分勝手な行動をしていた自分を恥じた。もう一緒に楽しむ機会は後夜祭しか残っていない。探している間もそれは分かっていたはずだ。
だと言うのに、こうして探してくれた。少しでも、三人で一緒にいるために、時間をくれた。それが嬉しくて、足を踏み出そうとした時だ。
「いやいや、待て待て待て。待ってよ。俺のセリフはスルーなわけ?」
そう言って口を挟んだのは、ずっと黙っていた佐々木だった。
「今、超大事なこと言おうとしてたんだけど」
「今度じゃダメかな?」
「や、ダメだろ。シチュエーションとしちゃ今日がベストなんだっつの。大体、後夜祭が始まるまでは俺と一緒にいるって約束だろ」
言われて、甘奈はハッとする。確かにそんな約束らしきものはした。良いと言ってしまったし。
しかし、おそらくこの男は告白をするつもりなのだろう。というか、この人自分のこと好きだったの? とさえ思っているのだが、頼むから告白は勘弁して欲しい。ただでさえ、目の前に秀辛がいるのに……って、なんで秀辛がいるとダメなの? あれ? 今そんなことで悩んでたっけ?
「……そういう事なら、俺は甜花と教室で待ってるけど……」
「……」
心底、佐々木のことなんかどうでも良いのか、何一つ察していない。……いや、心なしか嫌そうな顔をしているように見えるのは気の所為だろうか? ……気の所為だろう。あの男が、そんな嫉妬に近い感情を抱くとは思えない。
それに佐々木は乗っかる気満々っぽい。ここで決めてやるぜ、みたいな顔をして甘奈を見ていた。
ここは自分でなんとかした方が良い、と踏んだ甘奈は、腕を組むと仁王立ちして言った。
「良いよ。16時まで一緒にいよう」
「! 本当か?」
「でも、どうなっても後悔しないでね?」
「……」
告白されるのを自覚しているみたいで嫌だが、これで向こうがどうするのか把握できる。
もし、告白なんてする気がないのであれば、普通に食い下がるだろうし、告白するのであれば……。
「……や、やっばり、いいや……」
こうして、退散する。あの態度を貫いてやったのに、なお告白を強行するほどバカではなかったようだ。
「じゃあ、俺は教室に戻るから」
「うん」
それだけ話すと、佐々木は屋上から出て行った。その背中を目で追いつつ、甘奈は小さくため息をつく。午前中に一緒にまわっていた感じなら楽しかったのに、午後は酷かった。外面に騙されないようにしないといけない。
……その反面、目の前のバカなら外面もクソもないから気が楽だ。
そのバカが、自分に聞いてきた。
「あー……大崎。良かったのか?」
「何が?」
「や、その……多分、あいつ……告白する気だったろ」
「え……?」
もしかして、気付いていた?
「もし、お前にその気があったんなら、邪魔しちゃったから……」
「は? そんな気ないから。余計なお世話」
「……あそう。なら良いけど」
ホッとしているように見えるのは気の所為だろう。この男にとって、自分はむしろあの男とくっ付いてくれれば甜花と遊ぶ時間が増えると考えているはずだから。
「……でも、なんか午前中、楽しそうにしてたし……」
「午前中は実際、楽しかったか……は? 午前中?」
「あ、しまっ……!」
慌てて口を塞ぐバカだが、もう遅い。甘奈はイラリとしたのを隠そうともせず片眉を上げる。
「……何? その実際に見たかのような言い方」
「あ……いや……」
「つけてたの?」
「っ、ち、違っ……」
「つけてたんだ?」
「……」
あり得ない。やっぱこの男、デリカシーも無いし、人としてもあり得ない。
「最低!」
「い、いやいやいや! でも言い出したのは甜花の方だから!」
「二人でつけてたの⁉︎ 尚更あり得ない!」
「っ、う、うるせーな! お前だって約束すっぽかしてデートしてた癖によ!」
「それは今、カンケーないじゃん!」
「関係ない、かもだけど……でも、仕方ねえだろ! ……な、なんか……気になっちまったんだし……」
「はぁ⁉︎ どういう……」
と、言いかけたところで甘奈は頬を赤らめる。自分と他の男がデートしていて気になる、とはどういう意味だろうか?
そもそも、それなりに気遣いが出来るチキンのこの男が、告白されると分かっていながらあのタイミングで邪魔する事自体が意外でもある。曲がりなりにも、佐々木にとっても一大決心して告白するつもりだったのだろうに。
「っ……ね、ねぇ、小宮くん……そういえば、なんで告白……邪魔した、の……?」
「うぇっ……?」
「い、いや……その……気になったから……」
「……」
言われて、秀辛は頬を赤くして目を逸らす。多分、考えているのだろう。
「な、なんで……?」
なんか言い訳して逃げられる前に畳みかける。自分でもよく分からないが、その答えが気になってしまった。
しかし、急かし過ぎたようで、すぐに秀辛は吐き捨てた。
「あーうるせーうるせー! 多分、あれだ。甜花のためだ! お前に彼氏が出来たら甜花が困るだろ。だからだよ!」
「っ、そ、そう……なん、だ……」
「っ……」
少し、ショックを受けた。結局、甜花のためか、と思ってしまう。けど、まぁそれでも良いか、と思っておく事にした。どんな事情があれ、自分をそんな汗だくになってまで探してくれたのは秀辛だから。
「じゃ、行こっか。そろそろ」
「あ、うん。もう後夜祭始まりそうだし、甜花も心配してるからな」
「あ、そっか……甜花ちゃんに謝らないと。あと、そんな汗だくで一緒に歩かないでね。タオルとスプレー貸すから、それくらい整えておいて」
そんな話をしながら、二人は早足で屋上を出た。