都合の良い頭。
季節は真冬。もう少しでクリスマスという季節にまで近付いた。
大崎姉妹と一緒にいるのが当たり前になり、その状況に慣れて来たこの頃、今日は果穂と二人でマメ丸の散歩に来ていた。
「お兄ちゃん、もうすぐクリスマスだねっ!」
「ああ、そうだな」
「今年はサンタさん、何くれるかなぁ。楽しみだな〜」
この未だにサンタさんを信じている純粋さ……不安になるレベルだ。
「ジャスティスVのDXブレードとか?」
「あ、欲しい!」
「はいはい。メモっとくよ」
「なんでお兄ちゃんがメモするの?」
「ん、なんでだろうな?」
俺はもう両親にプレゼントをもらう年齢ではない。むしろ、俺は妹の手本になるべき存在だ。
だから、果穂の手本になる為には……俺は、全力でお兄ちゃんを遂行する‼︎
なんてどっかでみたフレーズを頭の中で繰り返しながら歩いていると、マメ丸が「ワン」と吠えて公園の中に入る。
「どうしたの? マメ丸、行きたいの?」
「早く帰るぞ。オイコラ、ワン公。我慢しろや」
「ガブッ!」
「いだだだだ!」
「今のはお兄ちゃんが悪い! マメ丸、行こう!」
……クッ、妹よ……お前は、俺より犬か……!
そのまま公園でしばらく、マメ丸と遊ぶ果穂。その様子を、俺はぼんやりと眺めながら、自販機で買った缶コーヒーを飲む。勿論、ブラックだ。
クリスマス……クリスマスか……。今年はどうするんだろうな。多分、大崎からまた「一緒に遊ぼう」とか誘われるんだろう。
だとしたら楽しみだなぁ。クリスマスは今までイベント走りしかして来なかったから。
そんな俺の元に、電話がかかって来る。大崎からだ。
「もしもし?」
『あ、ヒデちゃん? 甘奈!』
「分かってるよ」
『ちょっと相談したいことがあるんだー☆ 今日暇?』
「あー悪い、今は果……妹と犬と散歩中だ」
『あーそっかー。じゃあ、明日の放課後は?』
「良いよ」
『やったね☆ じゃ、またね』
それだけ話して、電話を切った。噂をすれば、って奴か。意外とあるもんだな、こういうの……なんて思ってると、再び電話がかかって来た。
「もしもし?」
『あ……ひ、ヒデくん……? 甜花だ、よ……にへへ』
「どうも。どうしたの、急に」
『あ、あの、ね……相談したいことが、あって……』
お前もかよ。
「悪いけど、今日は無理」
『あうぅ……ざ、残念……』
まぁ、大崎も来るし一緒で良いか。
「明日で良いか?」
『う、うん……! じゃあ、明日の放課後……にへへっ』
それだけ話して、また電話を切った。まったく、騒がしい姉妹だよ。なんて思ってる時だ。ふと顔を上げると、マメ丸と遊んでいる果穂の前に、スーツの男が名刺を渡そうとしているのが見えた。よし、誘拐か。殺そう。
「テメエエエエ‼︎ クタバレロリコン野郎があああああああッッ‼︎」
「ぎゃああああああああッッ‼︎」
走り込んでドロップキックをお見舞いしに掛かった。躱されてしまい、ドロップキックの経験がない俺は、そのまま着地失敗。足を捻りながら地面に強打し、慣性を疑うしかなかった。
「あがあああああ⁉︎ だーれにもーじゃーまさーせーないー!」
「あっぶないな⁉︎ なんなんだ、君は一体⁉︎」
「お兄ちゃん、何してるのっ⁉︎」
「お兄ちゃん⁉︎」
心配そうな声を果穂にかけられてしまったが、そんなの気にしている場合ではない。さっき足首がバギッて言った気がするのも気にせず、襲い掛かった。
「テメェ、うちの妹に何の用だああああッ‼︎」
「い、いや自分は怪しい者では……!」
「この世で怪しくない人間なんて、大崎達と果穂以外にいるかああああ⁉︎」
「どんな価値観⁉︎ てか、大崎って誰だよ⁉︎」
「お兄ちゃん、待って!」
「待つよ」
果穂の命令じゃ仕方ないな。しかし、何があっても動けるよう備えておく必要はある。
俺が動きを止めたことに驚きつつも、男は改めて説明する。
「えっと、せっかくなので……お兄さんにももう一度、説明しますね。自分は283プロダクション所属のプロデューサーです。本日は、小宮果穂さんをアイドルにスカウトさせていただこうと……」
「コテコテの人身売買詐欺の手口だろうがああああああ! テメェの臓器を闇に流してやろうか、アアッ⁉︎」
「こちらの事務所です! サイトもあるのでご覧になって下さい」
言われて、差し出されたタブレットの画面を見ると、煌びやかなサイトが出てくる。社長の写真から始まり、スタッフの顔写真が並んでいる。その中に、目の前の男の顔もある。
「……でもふざけんな。うちの可愛い妹に、汚ねえ萌え豚ファンをつける気か? マジお前、大型二輪で引き摺り回すぞコラ」
「お、お兄ちゃん……! 私はやりたいって思ってるんだけど……」
「果穂ぉっ⁉︎ お兄ちゃんは反対だぞ。よく考えろ。芸能人になるってことは、もう今までの生活は帰ってこないんだぞ? 今、仲良くしてる学校の友達と毎日遊べるわけではなくなるし、外を歩いていても『あいつ、小宮果穂じゃね?』って知らない人から言われるかもなんだぞ? ただ歌って踊るだけじゃないんだぞ?」
「い、意外としっかり考えてる……」
「テメェは黙ってろロリコン!」
テメェに褒められたって全く嬉しくねえんだよ⁉︎
そんな俺に、果穂は満面の笑みで応えた。
「でも、アイドルになればそれだけ、新しい出会いがあるってことだよねっ? 私、カッコイイ、ヒーローアイドルになりたいんです!」
「っ、か、果穂……ヒーローアイドルって何? プリキュア?」
「ヒーローみたいに、みんなを笑顔にする存在ってことだよ」
「いやいやいやいや、待て待て待て待て。そんな綺麗事じゃ済まされないから。どうせこのオッサンから、メリットしか聞いてないんだろ? それ詐欺の手口と同じだから。捲し立てるようにメリットを大量に提示し、一番大事なデメリットを黙っておくとか、もう胡散臭さしかないから。もっと親父やお袋とよく話し合って……」
「ねぇ、君」
「うるっせぇなハゲ! 今大事な話してんだよ⁉︎」
「いや、そうじゃなくて……足、変な方向に曲がってるけど……」
「え?」
言われて足元を見た。さっきの着地失敗で、どうやら左足が折れてしまっているようだ。
「……」
「……」
「……」
「あ、あわわわっ! お、折れてる⁉︎ 痛だだだだッ……!」
「あ、あわわわっ! だ、大丈夫お兄ちゃん⁉︎ どうなってるのそれ⁉︎」
「や、やばいやばいやばい! スカウト中に怪我人が出たなんて笑えない、救急車!」
結局、その日は名刺だけもらって救急車に運ばれた。しかし、この男……果穂を選ぶとは見る目はあるようだが、命知らずではあるようだ。これから夜道では気をつける事だな……!
×××
「大丈夫? 足」
「大丈夫ではない……」
「ごめん、流石に言うよ。バカなの?」
「……」
翌日、思いの外、ボッキリ言っていた俺の足は、二週間入院する事になった。全治一ヶ月の為、クリスマス会は絶望的である。ついでに期末テストも絶望的である。いっそ追試にしてくれれば良いのに、ギリ期末に間に合う時期に退院とか、ホント人生クソだ。
今は、お見舞いに来てくれている大崎と甜花の二人になじられている。
「ホント、心配かけさせないでよね。骨折した、なんて聞いた時は焦ったよ?」
「ふふっ、なーちゃん……その時、涙目だった」
「っ、て、甜花ちゃん。言わないでそういうの!」
「可愛かった……」
「て、甜花ちゃーん!」
ポカポカと甜花の肩を叩く大崎と、それをニコニコしたまま受け止める甜花。百合百合してんなぁ、相変わらず……。
「でも、その後……ドロップキックに失敗して骨折したって聞いたら、なーちゃん……笑ってた」
「そりゃ笑うよー。そんな変な理由で骨折する人、普通いないよ?」
「うるせーな。意外と難しかったんだよ」
「はいはい。文句を言う前に『心配かけてごめん』くらい言ったら?」
「ごめんな、甜花」
「う、ううん……?」
「なんで甘奈には言わないの⁉︎」
「二週間も甜花を占領しやがって……許さんぞ」
「相変わらず小さい……」
うるせぇ。お前らどいつもこいつも……ていうか、なんでドロップキックしたんだっけ? なんかあの日の記憶、微妙に薄れてるんだよな。マジギレするとたまに記憶消えるんだよ。
なんて思ってると、甜花が席を立った。
「にへへ、ごめん。ちょっと甜花、トイレ……」
「大丈夫か? 一人でいけるか?」
「い、行ける……! こう見えて、甜花はバイオも得意……!」
「知らない人について行ったらだめだよ?」
「わ、分かってる……!」
それだけ言い残すと、甜花は病室から出て行った。残されたのは、俺と大崎。ふと思い出したように、大崎は「そうだ」と手を叩いた。
「りんご買ってきたんだった」
「え? ああ、さんきゅ」
「うん。家で切っておいたから、そのまま食べられるよ」
言いながら、お皿を差し出してくれた。美味そうだな、普通に。一つもらってから、俺もふと思い出す。そういや、何か相談があったんだっけ? 蹴っちまって申し訳ないな。
まぁ、甜花が戻ってきたら聞けば良いか。そう決めた時、大崎も同じことを思ったのか、口を開いた。
「で、ヒデちゃん」
「何?」
「昨日、言った相談なんだけど……」
「え?」
あー……まぁ良いか。甜花と二人で聞ければ二度手間にならないと思ったが、本人が話そうと思ったのならそのタイミングのが良いだろう。
「何?」
「今月の25日……実は、甜花ちゃんの誕生日なの」
「え、そうなん?」
「うん」
マジか。それは知らんかったな……。てことは、むしろ甜花がいなくなったタイミングで声をかけて来た、ってことか。
「だから……サプライズがしたかったんだ」
「良いんじゃね? 俺は行けないけど」
「いつ退院なの?」
「20」
「? それ、クリスマスダメなの?」
「いやダメじゃないけど……怪我してる奴が行くと気を使うだろ」
「そんなの気にしなくて良いよ?」
「……そう?」
「うん。そう」
そうか……じゃあ、行こうかな?
「それで、クリスマス会っていう風に装ってるけど、実際は甜花ちゃんのバースデーパーティーにしたいなって思って」
「ああ、なるほどね」
「手伝ってくれると、嬉しいなって」
「全然、手伝うわ。その代わり、試験手伝ってね」
「うん。勿論☆」
よし、これでとりあえず赤点は回避できそうだ。
すると、ガラララっと扉が開く音がする。甜花が戻ってきた。それに伴い、大崎は俺の耳元に口を近づけてくる。えっ、ちょっ……き、急に何? 甜花の前でそんな大胆な……なんて思ってたら、大崎はぼそっと囁く。ああ、ヒソヒソ話ね。
「じゃあ、明日は甘奈が一人で来るから、その時に会議だからね」
「ん、おお。そうしようか」
まぁ、サプライズだしな。本人にバレては意味がない。
とりあえず話し合いを終えて、大崎は元の位置に戻った。それとほぼ同時に、甜花も大崎の隣に座る。
「? 何の話、してたの……?」
「え? あ、ああ……大崎が実は甜花に欲情してるんだとよ」
「えっ……」
「甜花ちゃん、金属バット持ってない?」
「ごめん、嘘だからやめて。大崎」
それ普通に死んじゃう奴。なんて思ってると、今度は大崎が席を立った。
「ふぅ……なんだか、喉乾いちゃった。甜花ちゃん、何か飲む?」
「え? えっと……コーラとポテチ!」
「飲み物を聞いたんだけど……まぁ良いや。買ってくるね」
「う、うん……!」
「あ、あの……あとでお金払うんで、僕の分も良いですか……?」
「金属バット?」
「いやバットじゃなくて、飲み物……」
「……仕方ないなぁ」
よ、良かった……。俺は近くの棚の中から財布を取り出し、150円手渡す。そんなに姉に欲情してると言われるのが嫌だったのか……? まぁ、嫌だわな。俺も果穂に欲情はしないから。最近、胸大きくなったなーとかは思うけど。
そのまま出て行く大崎の背中を眺めながら、俺はふと思った。
そういえば……甜花の誕生日って、大崎の誕生日でもあるんじゃねえの? と。
あれ? てことは、昨日の甜花からの相談って……。
嫌な予感が脳裏に浮かぶと共に、甜花が重々しく口を開いた。
「あ、あの……ヒデくん……昨日、言ってた……相談、なんだけど……」
大崎がいなくなったタイミングで切り出す……やべっ、間違いない。
「クリスマスの日、ね……? 甜花、なーちゃんにサプライズしたくて……でも、どうしたら良いのか、わからなくて……」
「だから手伝って欲しい?」
「う、うん……!」
……やべぇ、骨折して良かった、とか思ってしまった。これ仮に待ち合わせしたとして、その場所に二人来てたらどうなってたんだ……?
しかし、サプライズしたいと思って二人のアレを手伝う? そんなミッション、死ぬほどキツいぞ。てか無理だろ。
「あー……」
「っ……(期待に満ちた目)」
「……」
「ッ……(仔犬のような目)」
「……」
「〜……(うるうるした目)」
「っ、ま、任せろ……!」
「良いの⁉︎」
……これで断れてたら、俺天下取ってるわ……。
「任せな。完璧なサプライズをサプライズしてやる」
「あ、ありが、とう……!」
は、ははは……どうしよう……。