「雇用形態はアルバイト。職務内容は雑務全般。清掃、茶菓子出し、ゴミ捨て、必要であれば買い出し、あとあんま無いと思うけど、俺が迎えに行けない時のアイドルの迎え。良いね?」
「おっす!」
「服装はこちらで用意するよ。清掃も含まれている以上、ジャージは必要だからね」
雇ってもらえることになりました。時給は900円。果穂が行く日のみ、俺も行く事になった。
普通に男子高校生だし、時間も夕方からのみ。土日の場合は朝から。一応、シフト表を出し、俺が行ける日と行けない日は報告した。
「じゃあ、早速今日からよろしく頼むよ」
「あ、はい。何をすれば?」
「そうだな……じゃあ、まずはお茶出しからお願いしようかな」
「社長に、ですか?」
「ああ。お菓子も一緒に持っていってあげると良い」
「分かりました」
そんなわけで、まずはお茶を淹れることになった。お菓子は……まぁ流石に毎回、手作りである必要はないだろう。てか、別に男の手作りなんて食べたくないだろうしね。
「それと、今日はこの後、新しい子を獲得するためのオーディションがあるんだ。その子達が来たら更衣室に行ってもらうから、その案内とお茶をお願いしたい」
「分かりました。待合室って何処ですか?」
「その辺ははづきさんに教えてもらって。後で声をかけておくよう言っておくから」
「あ、わかりました」
「それまでは掃除を」
「はい」
それだけ話して部屋を出た。やる事多いんだな、今日。
とりあえず、頑張ろう。
×××
さて、社長へのお茶出しを終えたら、今度は基本の仕事である掃除。正直、そんなに大きな事務所ではない上に、正月明けなだけあってあまり汚れはない。
それでもこだわりを持ってやることが重要なのだ。サッシの隙間の溝を割り箸にティッシュを巻きつけて、ゴミを取る。
「……よしよし、良い感じ……」
「いや、そこまで細かくやらなくて良いですから」
「?」
顔を向けると、緑色の髪のお姉さんが立っていた。
「同じアルバイトの七草はづきです。よろしくお願いします」
「あ、どうも。小宮秀辛です。よろしくお願いします」
綺麗な人だなー……。この人も既にアイドル並みなのでは?
「小宮さん、お掃除は学校でやるような所だけで良いですよ? 窓や床、机……あと流しみたいな所です」
「分かりました」
「ふふ、社長が褒めてましたよ。お茶の淹れ方が上手だって」
「マジすか。やったぜ」
まぁ、雇ってもらう以上はしっかりと仕事はしたい。金もらってるしね。
「では、事務所内を案内するので、ついて来てください」
「はい」
そのまま、二人で事務所の中を見て回った。正直、あまり大きな所ではない。レッスンルームは3階で、2階は寛ぐラウンジのような場所や、待合室や応接室、更衣室も2階にある。
……などと、お触りながら、とりあえず聞いてみた。
「バイトと仰っていましたが、七草さんはどんなお仕事を?」
「私は、主にパソコンを使った事務作業をしています。エクセルとかで表を作ったり、社長やプロデューサーさんの代わりにメールを送ったり……色々です」
「パソコン……なんか、カッコ良いですね。ハッキングとかもするんですか?」
「しません。……もしかして、あまり事務の仕事にピンと来てない?」
来てません。情けない話だけど。俺は清掃員だし。
「ふふ、まぁ私の仕事は小宮さんに行くことはありませんから、安心して下さい」
「そ、そうですか……良かった」
「それと、はづきで良いですよ?」
「え、いや女性を下の名前で呼ぶのは少しハードルが高いと言うか……」
……いまだに大崎のことも下の名前で呼べてないし……。単純にタイミングがなかったのもあるが。
すると、そんな俺の様子を見て、七草さんはクスッと微笑む。
「ふふ、意外と照れ屋さんなんですね?」
「え、いやそんなことは……」
「では、私で練習しましょう。アイドルの子達も下の名前で呼んであげた方が喜ぶ子もいますし、慣れておいた方が良いですよ?」
「……わ、分かりました。……は、はづきさん……」
「はい」
……少しむず痒いな……というか、年上の女の人ってこんな感じなのか……。なんか、俺ってスゲェガキなんじゃないかって思えてきたぜ……。
すると、ふと何かを思い出したように、はづきさんが紙を手渡してきた。
「あ、そうだ。それと、こちらが今、うちにいるアイドルの顔と名前です」
「どうも?」
「顔と名前は覚えてあげてくださいね。一応、このプロダクションのスタッフですから、見掛けたらちゃんと挨拶もお願いします」
「了解です」
紙を受け取った。この前、だし巻き玉子を食べてもらった三人以外にも、割と多くアイドルがいるようだ。
「では、私はお仕事に戻りますね」
「あ、はい。ありがとうございます」
そのまま俺もはづきさんも仕事に戻る。……まぁ、割と普通に果穂を預ける分には問題ない職場……なのか? いや、まだ最初だからと言う可能性もある。油断しないようにしないと。
そんな事を思いながら、紙を見ながらとりあえずスタッフルームに向かっていると、後ろから声を掛けられた。
「あっ、秀辛くーん!」
「? おっふ……」
相変わらず大崎の2倍はありそうなパイ圧が背中に当たる。
「じゃなくて、や、やめて下さいよ。男の人にそんな簡単にハグとかしちゃダメですから……」
「ぶー」
「いや、ぶーじゃなくて……」
こんな所、誰かに見られたら……と、思ってあたりを見回すと、廊下の奥で身を隠してこちらを覗いている黒いクールな髪の女の子がいた。
「八宮さーん! 離れてー!」
「えー、どうしてー?」
こ、こいつ……あれだ。人当たりが良いタイプ。ラブコメで言う、コミュ力お化け枠の女の子。主人公の男はこういう女の子に対して「男を勘違いさせる女」と評するのだ。
まさか、実在するとは……。女の子の巨乳を味わっといて文句言うなよ、と思っていたが、確かに文句は出る。感触を楽しむより、誰かに見られて噂され、最悪殺人予告が届くほうがよほど怖いわ。
「ほ、ほら! アイドルの子……えっと、まだ名前聞いてないけど……見られてるから!」
「え、誰? あ、灯織ー!」
知り合いかよ! てか、よく恥ずかしげもなく合流しに行けるなお前は……。
とりあえず、離れてくれたことにホッと胸を撫で下ろす。
さっきもらった紙を見て、顔を判別する。えーっと、風野灯織さん……ね。大人しめで、割と鋭い毒を吐きそうなイメージがあるな……。あの人と俺、なんか相性悪そう。
「ほら、灯織! この前のだし巻き玉子の人!」
「え? あ……採用されたんだ……。風野灯織です。よろしくお願いします」
「あ、はい。小宮秀辛です」
……礼儀正しいな。良い子だ、普通に。
なんであれ、友達同士の間に入るのは趣味じゃない。八宮さん、風野さんに思いっきり抱き付いてるし、百合畑を荒らすのは許されないのだ。
「じゃあ……俺は仕事に戻るので」
「えー、待ってよ。話そうよ?」
「いや仕事中だし」
いつまでもくっちゃべっているわけにはいかないよ。果穂を長く見守るためには、なるべく長くここで働く必要がある。
「めぐる、お仕事の邪魔はダメだよ」
「はーい」
あ、風野さんの言うことは聞くんだ。紙を見る限り同じユニットみたいだし、仲良いのだろう。
そのまま離れようとした時だ。そんな俺に、はづきさんが再び合流する。
「小宮さん、オーディションの子達が来る時間ですので、そろそろ準備の方を……」
「あ、はーい」
そんなわけで、ちょうど良いタイミングで来てくれたので、二人と別れた。
はづきさんと二人で並んで、事務所に上がるための階段を降り、入り口に用意されている机と椅子に座る。
「来たらどうすれば良いですか?」
「まずは名前を聞いて、その紙にチェック表があるので、名前の横にチェックを入れて対応するナンバーカードを手渡します。その後、更衣室で着替えてもらって、ダンスレッスンに使う部屋の廊下に椅子を並べてあるから、そこで待機してもらって下さい。私がここでチェックをするので、小宮さんは来た方の案内をお願いします。それと並行して、廊下で待っていただいている方々にお茶をお願いします。すぐに捨てられるよう、紙コップで結構ですので」
「分かりました」
要領良くやらないとダメだなそれ。ま、とりあえず女の子が来るまで待機だ。
「ちなみに……アイドルって何人くらいを予定してるんです? 48人?」
「いえ、そこまでではないと思います。というか、偉くピンポイントですね?」
「じゃあ46?」
「あんま変わってないですよ」
「29!」
「それは男性ユニットでしょう。というか、あれ29何ではなく肉の29ですよ?」
結構、詳しいんですねあなた……。マッチョを知ってる人は中々いないと思ってた。俺は好きだけど。
「良い子がいれば皆取るつもりみたいですよ? 四つほどユニットを組みたいと考えているそうです」
すごいな……。要するにジ○ニーズタイプね。全員で一グループにするのではなく、たくさんのユニットを作りたい感じ。その方が個性出るし、グループ内の役割とかも出来そう。
「なるほどね……」
「ちょっとよろしいかしら?」
「?」
適当に相槌を打った時だ。声を掛けられた。綺麗な長い茶髪に、すらっとした身長。俺よりも高い。その上、かなり高そうな私服……。
何より、美人さんだ。自信に満ちたその笑みは、俺とはづきさんを眺めている。
「アイドルのオーディションはここで良いのかしら?」
「はい。お名前を教えていただけますか?」
「有栖川夏葉よ」
はづきさんが表にチェックを入れてから、数字が書かれているバッジを手渡したのを見て、俺は席から立ち上がる。
「あ、はい。ご案内します」
少し圧倒されそうになったが、気を持ち直して案内した。
階段を上がる俺に、後ろから声がかけられる。
「随分と若いスタッフね?」
「まぁ、バイトですけど」
「芸能プロダクションに……バイト? 派遣とか?」
「いえ、妹がここに所属してるんです。ちょっかいかけてくるバカがいたら沈めないといけないので」
「し、沈める?」
「寒い時期ですからね。東京湾の海水もまだ冷たいんじゃないんですか?」
「……」
「ここが更衣室です。着替えたら、声掛けてください。自分、待ってますので」
「え、ええ。分かったわ」
それだけ話してから、一度その場から離れた。電気ポットでお湯を沸かすためだ。セットし、電源を入れた所で下から声が聞こえてきた。
「小宮さーん、この方もお願いしまーす」
「あ、はーい」
続いてきた女の子もロッカーまで案内する。
しばらく待っていると、有栖川さんと女の子、両方同時に出てきた。
「じゃあ、会場までお送りするのでついて来てください」
「「お願いします」」
二人を上に連れて行くと、椅子が並んでいる廊下を見つけたので、そこに座っててもらった。
「時間になるまで、ここで待っててください」
それだけ言ってから、下の階に戻る。すると、またはづきさんに案内されたらしき、バッヂを持った女の子が目に入る。
「……どうぞ。更衣室までご案内します」
思ったより忙しいな……。頑張るしかないか。
何とか上手いこと周回させつつ、お茶も淹れて続々と仕事を回す。トントンと腰を打ちながら、3階の階段から降りた時だ。
「小宮さん、この方達もお願いします」
「はいは……は?」
「「よろしくお願いします♪」」
……なんか、見知った顔が二つ程、並んでるんですが……?
大崎甘奈と大崎甜花の二人が、楽しそうな顔でそこに並んでいた。
「……え?」
「ほら早くー。案内してよー」
「にへへ……久しぶり……」
情けない話、しばらくぼけっとするしかなかった。