「なんで⁉︎」
「なんでってー?」
サプライズがうまく行ったのが嬉しいようで、大崎はニヨニヨしている。オーディションに二人揃って合格したようで、テンションも高い。
俺の仕事が終わるまで待っててくれた二人と、ファミレスに来ていた。
「お、おまっ……お前ら、アイドルになるの? 甜花も?」
「う、うん……! 頑張る……!」
や、ホント頑張ることになるぞそれ……。最近は確かに、クラスメートの女子とも会話くらい出来るようになって来たし。
……でも、甜花が自らやりたいと言い出すとは思えない。多分、大崎がやろうとか言い出した影響、なんだろうなぁ……。
「でも、本当にアイドルやるのか……? 大丈夫か?」
「大丈夫! 甘奈、元々興味あったんだよ。それに、アイドルに挑戦なんて、今しか出来ないことでしょ? そういうの、どんどん挑戦していきたいんだ」
「……まぁ、そこまで言うなら止めはしないけど……」
「……それに」
「それに?」
? なんだ? 俺を見て……。
「……ヒデちゃんが、他の女の子と一……」
「あー、秀辛くんだー!」
「……あ、は、八宮さん……」
顔を上げると、八宮さんと風野さん、そして資料にあった櫻木真乃さんがたっている。
よく会うな。運命かな?
「すごい、よく会うね! 運命かな?」
「めぐるちゃん、この人が……?」
「そう、真乃! うちの雑用係の秀辛くん! ……長いな、ユキくん!」
……お、大崎の体温が、上昇してる気が……心なしか、髪が逆立って見える……。
「よ、よろしくお願いします……!」
「こちらこそ。何か食べたいものあったら、言ってくれれば作りますので」
「あ、は、はい……ありがとうございます」
「いえいえ」
それだけ答えて、手早く別れる。何せ、体温赤丸急上昇中の大崎さんに風野さんも甜花もビビり散らしているから。
その圧が向けられているのは、俺なんですけどね……。
「……ふーん」
「な、なんだよ」
「べっつにー。……ただ、甘奈はずっと見てるからね。ヒデちゃんのこと」
「えっ……」
……な、なんだよそれ? なんか……可愛いけど怖いんだが……だって、目が笑ってないもの……。
「さ、とにかく明日から頑張ろう。二人とも!」
「う、うん……?」
「わ、分かった……」
とりあえず、押し切られるように頷くしか無かった。
×××
さて、翌日。学校もすでに始まっているわけだが、放課後になればやる事が多くなる。大崎姉妹と同じ職場に向かうのだ。
「まさかの電車移動だもんな……。なんで放課後までお前らと一緒にいなきゃいけねえのよ……」
「え、い、いやなの……? ヒデ、くん……」
「嫌じゃないけどさ……なんか、仕事してる所をお前らに見られるのが嫌だ」
「……何かやましい事があるんだ?」
……あ、やべっ。大崎の奴、食いついてきた。
「だ、だってほら……お前らの前で……いや、場合によっちゃお前らにも敬語使わないといけないわけだし、少し恥ずかしいじゃん」
「……ふーん、あの八宮って子とイチャつきたいだけじゃないの?」
なんでそこで八宮さんが出て来るの。一回、事情全部説明したでしょ。あの子は侵略者なの。どんな壁や罠もアフロダイAの如く解決しちゃうの。
「いや、ホントあれは俺も困ってるんだって。……あのたわわに実った二体の柔らか戦車が……」
「最低」
「違うって! あんなの人前で当たったら、周りの目線が集中して晒し者にされるって話!」
「だとしても、たわわに実ったとか言う必要ある?」
「……な、ない……」
「うるせえ!」
あーもうっ、その辺はほら、少しテンション上がっちゃったの。実際、柔らかかったんだし、俺だって男の子だし。
しかし、俺の言い訳なんぞどこ吹く風。頬を膨らませたままそっぽを向いた大崎は、不満げな声音のまま聞いてきた。
「……ちなみに、ヒデちゃんは……その、大きい方が好き、なの……?」
「大きい? ……あ、胸?」
「デリカシー」
「あ、はい。スミマセン……」
単語だけで人に怒るな。ある意味、文にされるより怖いわ。それと隣の甜花、楽しいものが始まったような顔で目をキラキラさせるな。
……とりあえず、返事をしないといけない。ちらりと大崎の顔を見るが、頬を赤らめた膨れっ面のままこちらを見ようともしない。
「え、えっと……」
「正直に答えて」
言い淀むが、それを逃さないように大崎は詰め寄ってくる。俺がどのくらいの胸が好きか、なんて知ってどうするんだよ……? ていうか……前々から思ってたけど、何なのその態度? 嫉妬するかのように怒ったと思ったら、俺が好きな胸のサイズを把握って……もしかして、本当に俺のこと……。
だとしたら、正直に、と言われてはいるが「うん、巨乳が大好き! 貪りたくなるくらい!」なんて言えば睡眠中、タルG敷き詰めた顔面に溜め砲撃である。
というか、本当に俺の事がアレなのなら、言うべき言葉は一つだ。
「大崎くらい小さ過ぎなくて大き過ぎないくらいが大好きだよ!」
「ーっ!」
頬に大きな紅葉が出来た。やっぱ全然、好かれてなかったわ。
×××
大崎姉妹は早速、レッスン。その間、俺は事務所で仕事である。仕事というか雑用。いつものように掃除をしていると、事務所の扉が開く。現れたのは、紫色の髪をツインテールにまとめたJKとバインバインの女の人だ。ていうかあれ大き過ぎでしょ。メガ粒子砲でも搭載してんの?
「おっはよーございまーす!」
「恋鐘、声大きいー。おはようございまーす」
「……あ、おはようございます」
「おはようございます。摩美々ちゃん、恋鐘ちゃん」
はづきさんのお陰で、そういえばこの前もらった資料に名前と顔があったことを思い出す。
田中摩美々さんと、月岡恋鐘さん。二人とも俺より年上の方なので、丁寧語を使っても特に恥ずかしくない。
田中さんの方が俺に気付き、顔を向けてくる。
「? 誰ー?」
「あ、お二人は初めてでしたね。アルバイトの小宮秀辛さんです。掃除、お茶、おやつ、送り迎えなどなど……何でもしてくれますよ?」
はづきさんが解説すると、大きな反応を見せたのは月岡さんだった。
「ほええ〜、なんでん出来るんやなあ〜。すごか!」
「まぁ、そうね。あと、絵と工作と編み物も、割となんでも出来ますよ。自分、すごいんですよ」
「そ、そこまで極めとーなんて……感動したばい! ご褒美にお姉さんがオヤツば作っちゃるね!」
「いやそれ俺の仕事なんで」
……しかし、俺の特技をまだ何も見る前なのに感動してくれるなんて……嬉しいな。こういう反応、なかなか見てきてなかったから。
「ふーん……なんでも、ね……?」
そんな俺に、田中さんがニヤリとほくそ笑んで視線を向けて来る。
「っ、な、なんですか……?」
「じゃあ、恋鐘に爪やってあげてよ」
「へっ、な、なんでうち⁉︎」
急に突き出された月岡さんだが、田中さんは説明しない。ニヤニヤと俺を見るばかりだ。
「爪って……何、切って欲しいんですか?」
「ふふっ……そうそう〜」
「え、う、うちん爪長かった? 気付いてくれてありがとうね、摩美々」
素直だなこの人……しかし、爪とは一体……? てか、そもそもアイドルの爪を俺が切って良いのか?
一応、許可を得るため、はづきさんの方を見ると「どうぞ?」と言うように頷いてみせた。
その時点で、俺は棚から爪切りを取り出し、手元でくるくると回転させながら構えた。
「任せろ」
けど、普通に爪を切るだけでは芸がないよね。俺に頼む意味もない。つまり……可愛くすれば良い。
鞄の中からアイルーペを取り出し、片目に装着。指と指を組ませ、軽く伸ばし、指を少し鳴らして月岡さんの手を借りた。
「では、お借りします」
「え、な、何それ?」
「アイルーペですよ。工作に使うことも多くて」
確かに割と爪は長いな。そろそろ切りときであったろうに。
とりあえず、両手を動かす。慎重に型を揃えるように爪切りでコンマ数ミリずつ切り続け、ようやく左手分が終わった。
よし、完成。
「見ろ、題して……桜並木道!」
「「えっ……」」
爪を少しずつ削ることで象った、桜の花の上半分だ! 爪の形的に一輪、丸々は無理だったが、半分ならなんとかなったぜ。
「……す、す……すごかー! これほんなこつ爪なん⁉︎ 桜やー!」
「ん、まぁそうですね。爪ですね」
「いや……すご過ぎでしょー……爪やるって、マニキュアって意味だったんですけどー……」
「え、そ、そうなんですか?」
そうか……女の人の爪って言ったら普通そうか……。
「いや、面白いからおっけー。……でも、先端とか尖ってるし、普通に危ないかもねー」
「あー……そうですね。切っちゃいましょうか」
「いやばい! 今日一日はこれで良か!」
ええ……どうしよう……と、思いながらアイルーペを外してはづきさんを見ると、無言の圧力が迫っていた。
「切りなさい? 普通の爪に」
「じ、自分が、ですか……?」
「あれ誰がやったの?」
「……すみませんでした……」
冷静に考えたら、爪の形を桜の花にされても困るってもんだよな……。なんかちょっとグロいし。
「あー……月岡さん、やっぱ切りません?」
「いや!」
「じゃあ、マニキュアやってあげますから。やったことないけど、何とかなりますよ多分」
「不安しかなかよそれ!」
「……田中さん、どうします?」
「んー……仕方ない。恋鐘、料理する時、その爪だとカケラが落ちて、衛生的に良くないかもよー?」
「はっ、そ、そっか! じゃあ切ってもらうばい!」
すごい、扱いに慣れてる。とりあえず、月岡さんの爪を切らせてもらった。少し深爪みたいになってしまったけど、マニキュアで誤魔化せるだろう。
スマホで調べながら、月岡さんに似合いそうな塗り方を探しつつ、田中さんにマニキュアのセットを借りていると、俺の耳元で田中さんが囁いた。
「君、使えるねー」
「え?」
「今後、色々と協力してもらおうかな〜……」
「……」
あれ、なんか背筋がゾッとしたような……き、気の所為かしら……?
とりあえず、爪を塗り終え、何とか元々以上に良い出来にすることは出来た。
すると、唐突に立ち上がった月岡さんが「よしっ」と言いながら俺の頭に手を置いた。
「お礼に、うちがばりうまかご飯、作っちゃるけんね!」
いや、あなたにお礼を言われることじゃ無いんですよ。何せ、一回やらかしてますから……。
とりあえず、これでお礼をもらうのは忍びなかったので、なんとか理由をつけて断る事にした。
「え、いやいいです。自分で作った方が美味しいので」
「……なんやと?」
「あっ」
あれ、今度はなんか月岡さんの地雷を踏んだ……?
「言うばい、少し料理なるたけん癖に……?」
「?」
「そこまで言うなら、うちと料理で勝負ばい!」
「えー……」
なんでこうなるの……。
「審査員ははづきさんと摩美々! うまか料理ば作り、舌ば唸らせた方ん勝ちやけんね!」
「ええ……」
「ふっふっふっ……定食屋ん看板娘に生意気言うたことば後悔させてやる……!」
なんだよ、この事務所……巨乳は基本、変人ばかりかよ……。
×××
30分後。
「なるほど……そこで鶏ガラスープの素を……」
「うちならこうするかな。ばってん、好みん違いやけん何とも……それより、うちん炒飯はどうやった?」
「や、滅茶苦茶美味かったですよ。鰹節の隠し味は面白かったです」
「褒め言葉より、改良点が欲しかと!」
「えーどうだろ。鰹節と合わせるなら、この辺も入れたほうが?」
「むっ……確かに。盲点やったかも……」
なんか、意気投合した。楽しいね、他人と料理するのも。この人、俺なんかより全然、料理上手だし、吸収出来ることが多い。
いつの間にか勝負なんて忘れて、二人で料理を作りまくり、その香りで事務所の人をたくさん集めてしまっていた。
「すごーい、これも美味しいよ夏葉ちゃん!」
「そうね。食べた分だけ燃やせば良いものね!」
「たくさん食べれば、私も夏葉さんみたいにカッコよくなれますか⁉︎」
「ほわっ……この青椒肉絲、おいひい……」
「ホント……私も料理、教わろうかな……」
「すごいよねー、これならここはシェフ要らずだよ」
「摩美々ちゃん、この唐揚げさんも美味しいよ……?」
「うんうんー。やっぱり使えるねーあの子ー」
……ほとんど女の子なのは居心地が悪いが。でも、そんなの月岡さんとの研鑽で気にならない。
一瞬、はづきさんやプロデューサーさんに怒られるかも、と危惧したが、二人とも喜んで参加して食べているので問題ないのだろう。
「ふぅ……こんなところか」
「ありがとう! め〜〜〜っちゃ楽しかったばい!」
「っ」
や、やばっ……油断してたけど、この子普通に可愛いな……。そりゃそうか、何せアイドルだし……何より、年上なのにこの天真爛漫純粋無垢な笑顔はもはや反則だろ……。
熱くなった顔を、思わず顔を背けてしまったが、ふと何かに気付いたように月岡さんはニヤリとほくそ笑む。
「もしかして……照れとーと?」
「っ、て、照れてないです……」
「は〜〜〜っ、や、やっぱり! 歳下の男の子って、意外と可愛いか〜!」
あっ、こ、ここに来てお姉さん属性出して来ますか⁉︎ ちょっ、やめて! 男の弱点ゴリゴリ削って来るのは!
「あ、頭撫でないで下さい!」
「良かけん良かけん。年上が褒めとー時は、甘えるもんばい!」
そうじゃなくて! あなたの正面に立つと、胸に視線が引き寄せられるんです! 見ないようにしてもユサユサと気になって気になって……。
クッ……ダメだ、このままでは抗えなくなる。とりあえず、俺は掃除にでも戻ろうかと思い、声を掛けた。
「すみません、月岡さん。一応、俺も仕事中なんで……」
「恋鐘」
「え?」
「呼び方、恋鐘で良かばい! うち、ヒデんこと気に入ったけん!」
……ま、マジか……。はづきさんが言った通り、下の名前で読んで欲しい人もいるのか……。
いや、まぁ大丈夫……。甜花やはづきさんのことはいつも下の名前で呼んでるし、仕事だと思えばいける……!
ゴクリ、と喉を鳴らし、深呼吸してから、口を開いた。
「っ、こ……」
「だめ──────ッ!」
唐突に、大声と一緒に俺と月岡さ……や、恋鐘さん? 一先ず月岡さんの間に、大崎が飛び込んで来た。
「っ、お、大崎? どうした急に……」
「急にじゃないから! ずっと見てるって言ったでしょ⁉︎」
「え、いやあれ比喩じゃなかったの……?」
「フィフティーフィフティーだよ!」
半分本気なのかよ! 怖いわ⁉︎
「ていうか、なんだよ。大崎? 何がダメなの?」
「何がって……いきなり会って一日目の女の子を下の名前で呼ぶのはズルだよ!」
「いや『ズルだよ』言われても困るんだけど……仕事だし、そうして欲しいって言うなら仕方ないでしょ」
「っ、だ、だからって……ううう〜っ……!」
っ、な、なんでそんなに睨んで来るの……? 如何にも「がるるるっ……」とか言い出しそうな顔じゃ……いや、涙目だしそうでもないか……?
や、ていうかなんで涙目? 俺、もしかして何かしちゃった……?
同じ事を思ったのか、月岡さんもキョトンとした顔になりつつも、にへらっとした笑みを浮かべて大崎の方を見た。すごいな、これが年上の余裕か。
「まぁまぁ、落ち着いて。とりあえず、うちらが作った炒飯でも食べて?」
「っ……」
その笑顔を見れば、大崎も文句は言えなかった。悔しそうに「うぎぎっ」と唸った後、俺を見てから、月岡さんを見て、最後に月岡さんの胸を見る。
そして、やがて目尻に溜めた雫が少しずつ大きくなる。何か負けた、と思ったのか、しょぼんと項垂れながら、月岡さんの手元からお皿を受け取った。
「いただきます……」
「うん!」
そのまますごすごと台所を後にする大崎。去り際、ちらりと俺を見る。
「……このおっぱい星人」
「はっ⁉︎」
「べっ」
最後に舌を出して出て行きやがった……! ガキかよ、あの野郎……。
はぁ……なんかよく分からんけど、月岡さんは怒ってないかな? と思って顔を見ると、ニコニコしながら聞いてきた。
「今ん子、知り合いと?」
「あ、はい。なんか知らんけど、急にアイドルのオーディション受けたみたいで……俺がここの初日だった時に、いきなり顔を出してきたからビックリしましたよ」
「ふーん……ん?」
「同級生なんですけどね。もう一年くらい、あいつともう一人とずっと遊んでまして」
「いや、それ……」
「最初は犬猿の仲だったんですけど、夏休みとか文化祭から少しずつ仲良くなって、今じゃ何するにも一緒になって来たのに……たまにああやって癇癪起こすけど、普通に良い奴なんて仲良くしてやって下さい」
「そんセリフ、そっくりそんまま返はぶて」
「いや、今の見てからだと近寄り難いのは分かりますけど……ホント、姉想いで自分より他人の事だし、いつも楽しそうにする奴だから……」
「そう言う意味やなかけん」
「え、じゃあどういう意味です?」
「さぁ? とにかく、うちば呼ぶときは苗字でよかばい」
「え、何でですか?」
答えてくれることなく、後片付けを俺に丸投げして台所を後にした。