大崎さんには負けられない。   作:バナハロ

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難しい日々

「あームカつく! ほんとにムカつくー!」

 

 大崎甘奈は荒ぶっていた。それはもう、赤いレオタードを見た闘牛が如く。

 アイドルを始め、早二週間。学校も始まり、忙しいけど普通に楽しい日々が続くはずだった。

 実際、楽しくはある。まだデビューまで時間はあるが、ダンスやらボーカルやらビジュアルやらのレッスンをこなす日々はとても充実感を与えてくれた。

 しかし、テンションが上がっている時こそ、別方面からのネガティブに弱いものなのだ。

 例えば、こんな具合。それだけの充実感の後に……こいつである。

 

「はづきさん、清掃終わりました」

「お疲れ様です。綺麗になりました?」

「そこそこですね。元が綺麗なんで、正直あんま働いてる気がしなくて申し訳ないです」

「いえいえ、その清潔さを保つことができるのが、今後は小宮さんのお陰になるんです。自信を持って下さい」

「あ、ありがとうございます……。……お茶飲みます?」

「お願いします。今日は……紅茶で」

「うっす」

 

 美人な先輩のためにお茶を淹れるあのバカが。

 

「ヒデ、何しよーと?」

「ん、紅茶淹れてる。はづきさんの分」

「じゃあ、うちも手伝うけん!」

「ありがとうございます。でも、紅茶淹れるだけなんで大丈夫ですよ」

「ふっふーん、ヒデともあろう者が紅茶になーんの付け合わせも付けん気?」

「あ、じゃあクッキーお願いします。……でも、間違いなく紅茶の方が早く入っちゃいますよ? すぐ淹れないと意味ないし」

「みーんなの分も作れば、問題なかよ?」

「じゃあお願いします」

 

 気が合うアイドルと、息を合わせておやつの準備をするバカが。

 

「あ、ユキくーん! 私も飲みたーい!」

「はいはい。分かったからはしゃがないで下さい」

「ミルクティーにして欲しいなー」

「了解です。風野さんと櫻木さんも飲みます?」

「ほわっ……わ、私達も、ですか……?」

「大変じゃないですか?」

「や、それが仕事なんで」

「……じゃあ、いただきます」

「私も」

「砂糖とミルクは?」

「私は大丈夫です」

「私も……」

 

 仕事とはいえ、歳下の子達にもしっかりと気を配るあのバカが、非常に癪に触る。スッキリした後なのにムカムカして来るのだ。

 

「……ふんっ」

 

 廊下から部屋の中を覗き込んでいたが、不愉快になって廊下に戻り、更衣室に引き返そうとした時だ。

 ピンポーンとインターホンが鳴り響く。事務所のインターホンだ。それにより、扉の奥から声が聞こえてくる。

 

「すみません、月岡さん。俺出てきます」

「うん。こっちはうちに、任せて良かばい」

「ありがとうございます」

 

 というやり取りがまた頭に来てしまった。というか、あの男は自分の猛アタックに少しは何か気付かないものなのだろうか? 仕事とはいえ、明らかに必要以上にスキンシップをとっている女の子はいるし、そういうのを見れば甘奈が不愉快になる事くらい分かってもらえないだろうか。

 なんて、不満をさらに募らせてしまったからだろう。扉を開けられる事に気付かなかった。

 

「ふげっ……!」

「あ、スミマセンっ」

 

 忙しそうなバカは、こちらに見向きもせず謝ると玄関に行ってしまった。

 

「……」

 

 気に入らない。忙しいのは分かるが、やっぱり腹が立つ。立ってしまう。自分にも、少しは構って欲しい。本当は友達以上の関係になりたいと思っているのに、それを我慢しているのに、何故こんな想いをしないといけないのか。

 

「はーい」

 

 そんな自分の気も知らず、元気良く秀辛はお客さんの出迎えに行く。

 ガチャっと扉を開けると、出て来たのは何処かで見た気がするお姉さんだった。

 

「こんにちは……あ、ヒデちゃん」

「あ、桑山さん」

「……は?」

 

 思わず声を漏らしたのは甘奈。聞こえなかったのは幸いだった。

 とはいえ、あんな美人さんと知り合い? どういうこと? と言わんばかりに眉間に青筋が浮いた。

 

「なんでここに?」

「それは私のセリフよ。どうしたの? いつも話す双子の同級生がいるのに、アイドルの事務所で……」

 

 それを聞いた途端、少し胸がスッとした。もっと言ってやれ、的な感じで。

 

「バイトしてるんです。妹がここのアイドルになってしまいまして……あの育ちの良い妹をチャラチャラナンパするゲボカス野郎がいたら、汚い花火にしてやろうと思いましてね」

「そうなの。私は、この前ここのプロデューサーさんにスカウトされたの。その返事をしに来たのよ」

「え、ざ、雑貨屋さん辞めちゃうんですか……?」

 

 何その残念そうな感じ、と再びイラリとしてしまう。そんなにその女のお店に通いたかったのか、と。

 

「……ふふ、辞めないわ。一応、両立させてもらうって形になっているもの」

「そうですか……良かった。……あ、プロデューサーさんに用事ですよね? ご案内します」

「ありがとう」

 

 なんだか久々に会った叔母と甥みたいな雰囲気でスリッパを用意し、中を歩いてくる。やはり、気に食わない。

 引き返してきて、甘奈の横を通る直前、目が合う。キッと睨んでやると、秀辛は目を逸らした。

 ビビりめ……と、思いながら、何となく千雪も見上げると、千雪はニコニコと笑みを浮かべたまま見返してきた。

 

「……」

「ふふ、ヒデちゃん。この子は?」

「え? あ、ああ、一応アイドルの大崎です」

「……どうも」

 

 紹介され、ペコリと頭を下げて会釈する。すると、千雪は笑顔のまま同じように会釈した。

 

「初めまして。桑山千雪です」

「あ、は、初めまして」

「ふふ、あなたもアイドルという事は、私の先輩になるのね。よろしくお願いします」

「いえ、甘奈もまだここに来たばかりなので、同期だと思います」

「そっか。そうだね」

 

 丁寧な対応をしつつも、内心穏やかでないのが溢れ出ていた。どうしたものか、と秀辛が悩んでいる中、千雪が笑顔のまま口を開いた。

 

「ヒデちゃん、案内してくれる?」

「あ、は、はい。そうですね」

「では、また後ほど」

 

 その一言でひとまずお別れになってしまった。

 

 ×××

 

「はーあ……」

 

 更衣室で、憂鬱そうなため息を漏らしてしまった。今更になって自己嫌悪していた。少し、彼に冷たく当たり過ぎた気がしたから。

 ホント、我ながら面倒臭い女である自覚はあった。だが、実際に嫌思いをしてしまうのだから仕方ない。彼に八つ当たりしないようにしたいものだが……やはりどうしても気になり、態度に出てしまっている。

 そんな自分が座る椅子の上に、コトッとティーカップが置かれる。温かい紅茶が入っていた。

 

「甘奈、どうかしたと?」

「月岡、さん……」

「恋鐘で良かばい」

 

 にかっと微笑まれ、思わずヒヨってしまう。こんな無邪気な笑みを浮かべられる人に、自分は嫉妬していたのか、と思ってしまう程だ。

 

「ずーっとさっきからヒデと変な空気出とったばってん、喧嘩でもしたと?」

「え? あ、いえ……」

 

 喧嘩、と言うか少し気まずい空気にしてしまっただけだ。……いや、それを喧嘩というのか? しかし、言い争いをしたわけではないし、勝手に自分がイライラしているだけで……うん、喧嘩ではない。

 

「……何でもないですよ?」

「それも良かばい」

「え?」

「敬語。タメ口でいっちょん、大丈夫ばい?」

「あ、じゃあ……うん。ありがとう」

 

 なんだか、普通に悪い人じゃない気がしてきた。というか、自分が勝手に嫉妬しているだけで、実際悪い人ではないのだろう。

 それは、千雪やめぐるにも言える事だ。だから尚更、自分を嫌いになりそうだった。たかだか、好きな男の子と仲良くしている、と言う理由だけで人を嫌いになりそうな自分が。

 

「ぜーんぜん、大丈夫って顔しとらんばい」

「え……?」

「ちょっと待っとってくれる?」

 

 そう言うと、恋鐘は更衣室を出ていった。どうしたんだろう? と、思ったが、聞く間も無く戻って来た。

 両手には、さっき使っていたクッキーがたくさん乗ったお皿を持っている。

 

「さ、まずは腹ごしらえばい! ようけ食べて、元気にならんば……ぴゃっ⁉︎」

「ちょっ……!」

 

 走ってやってきたものだから、思わずドジって足をつまずかせた恋鐘を前に、甘奈も反射的に動いた。

 慌てて片手で恋鐘を抱え、もう片方の手でクッキー一枚落とさずにお皿を手にする。

 

「せ、セーフ……」

「あ、ありがとう……?」

「ううん……」

「うう……またやってしもうたばい……」

 

 また? と、聞こえ、体を起こして上げながらも、思わず反射的に聞いてしまった。

 

「よくやるの?」

「よ、ようはやらんばい! 今日はたまたま調子が悪かっただけやけん!」

「……」

 

 よくやる人の返事を聞き、少し頬が赤くなる。

 秀辛と肩を並べるにふさわしい料理の腕を持っている割に、おっちょこちょいなとこがあるらしい。これが年上だと思うと、微笑ましささえ浮かんで来た。

 

「さ、うちんことより、甘か物でも食べて元気出して! 話しとうなったら話してくれれば、それで良かばい!」

 

 さっきまで転んでいたはずなのに、元気よく胸を張るその姿に、励まされてしまった。頼りになる、とは言い切れないけど、なんだかこの人の笑顔を見ていたら、自分まで笑顔になってしまう、そんな底知れない力が秘められているような、そんな気がして来た。

 気がつけば笑みを浮かべていた甘奈は、いつもの明るい笑みを浮かべて言った。

 

「ありがとう、恋鐘ちゃん。クッキー、いただきます」

「良かと良かと。さ、たんと食べんね!」

 

 とのことで、ひとまずクッキーをいただいた。

 すっかり打ち解けた後のように心を許した甘奈は、クッキーと紅茶を口に含みながら、少しずつ悩みを打ち明ける。

 

「恋鐘ちゃんは、好きな人とか……いる?」

「? 好きな人……?」

「いないのね……」

 

 恋鐘、という名前の割に言葉の意味さえ分かってないようなイントネーションだったが、一先ず続けた。

 

「甘奈には、いるんだ。変な人だけど、すっかり心を持ってかれちゃった人が」

「心って……ほえええ〜っ⁉︎ もしかしてそれって……こ、こここっ……恋バナって奴ん事⁉︎」

「う、うん……」

 

 新鮮なリアクションである。自分の話ではないのに顔を真っ赤にして、片手では覆い切れないほどに大口を開けている。恋鐘も薄々察していたが、まさか本当に自分の予測通りだと思わなくて、結局普通に驚いてしまっていた。

 むしろなんの話だと……と、半ば呆れつつも話を続けた。

 

「そ、それで……その人が、の事務所の人なんだけど……」

「だ、だだだっ……誰⁉︎ はづきさん⁉︎」

「いや、恋って言ったよね?」

「あ、そ、そっか……そうばいね。てことは、男ん人?」

 

 そりゃそうだろ、というツッコミも飲み込む。少しずつ「この子実はアホな子なんじゃないだろうか」と思い始めて来てしまった。

 そんな甘奈の前で、恋鐘は顎に手を当て、唸るように思考を漏らす。

 

「男の人……プロデューサーか社長かカメラマンの人か……いや、でもみんな歳が離れ過ぎてるし……あっ」

 

 気が付いたようで、目を丸くしてガバッと振り向いてくる。察されたのが恥ずかしくて、思わず甘奈は俯いてしまった。

 

「え、も、もしかして……そ、そん好きでしょんなか人って……」

「そ、そこまで言ってないよ……」

「ひ、ヒデ⁉︎」

「……」

 

 問われて、こくっと無言で頷くと、さらに大きな悲鳴が聞こえて来た。

 

「ぎょえええええ〜〜〜〜〜ッッ⁉︎」

「こ、声大きいよ、恋鐘ちゃ……」

「どうした⁉︎ なんか悲鳴聞こえたけど⁉︎」

「「ぎゃあああああああああああ⁉︎」」

 

 声を聞きつけた当本人が飛び込んできて、今度は二人揃って悲鳴をあげてしまった。

 

「ど、どうしたんだだから? ……ってか、なんでここでティータイムしてんの?」

「男子禁制の話だからだよ!」

「そ、そうばい! ていうか、ここ女子更衣室ばい⁉︎」

「ああ、悪い……って、もしかして百合百合タイムの時間だった? 邪魔しちゃった?」

「「違うわ〜〜〜〜ッッ‼︎」」

 

 バカを追い出した。はぁーっ、はぁーっと肩で息をしつつ、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「……あれのどこに惚れたと?」

「いや、うん。気持ちはよ〜く分かるんだけど……」

 

 デリカシーは無いし、頭は悪いし、手先は器用だけど人間関係は不器用、運動神経も悪いし、元ソシャゲ廃人、顔だって中の上……オシャレをすればイケメンに見える程度だ。

 

「……でも、優しいし、ああ見えて意外と世話焼きで面倒見が良いし、自分より他人のために力を発揮してくれるし……素直じゃないけど、分かりやすくてそこが可愛い人なんだ」

「ほええ〜……」

 

 まるで惚気話でも聞かされたように頬を赤らめる恋鐘。恋愛ってすごい、と感動しているみたいだ。

 

「何より、ね。甘奈と同じで姉妹が大好きだから、とーっても趣味が合うんだ」

「そ、そうなんや……」

 

 そこでそれかよ、という顔をされても、甘奈は気にせず続けた。

 

「でも、ね……? ヒデちゃん、アイドルプロダクションでバイト始めちゃって、他の女の子とも仲良くする機会が増えちゃって……だから、少し複雑なんだ。他の女の子と、ヒデちゃんが仲良くしてるのを見るのが、すごく嫌で……」

「なるほどね〜……」

「でも、恋鐘ちゃんみたいに、ヒデちゃんと仲良くしてる女の子が良い子なの分かってるから、そんな子の中身も知らないで嫌いになりそうな、甘奈が……すごく、嫌で……」

 

 そういう通り、少しずつ語気が弱くなっていく。さっきまでニマニマしながら彼の好きな点を語っていた人とは思えないくらい弱々しい。

 それ以上、言葉は出てこなかった。何故なら、その嫌いになりそうになっていた人の中に、恋鐘も入っていたから。

 と、そこで「あっ、やべっ」と気付いてしまう。せっかく仲良くなれそうだったのに、いらないことを言って嫌われてしまう所だった。

 

「い、今はそんな事ないけどねっ? 恋鐘ちゃん、良い人だし……あ、でもその大きな胸は妬ましいかなー! あははっ」

 

 冗談も交えつつ誤魔化すように笑うと、その甘奈を恋鐘は抱き締めた。

 

「えっ……?」

「大丈夫ばい。甘奈は胸なんか関係なかくらい、とーっても可愛かけん。そこまでヒデん事ば見とったんなら、きっと気持ちは伝わっとー。後は自分に、そしてヒデに正直になるだけばい」

「……恋鐘、ちゃん……」

 

 それを聞いて、思わず胸の奥が暖かくなっていくのを感じた。

 甜花がいるから、告白は出来ない。でも、彼にも自分の気持ちは伝わっているのなら、彼もおそらく、多少自分に負い目を感じてくれているはずだ。

 だとしたら、やはり自分は彼が少し女の子と話しても気にしない事だ。気になっても、表に出さない。恋人になりそうなら邪魔するが。

 ……でも、正直な所、どうせなら彼から特別な扱いをされたい。付き合いの長さは自分が一番なのだから。

 

「……恋鐘ちゃん、どうしたら良いと思う? 甘奈、なるべくならヒデちゃんに特別に思って欲しいから……」

「告白するんじゃつまらんの?」

「お付き合いは、出来ないよ。甜花ちゃんがいるし」

「ふーむ……つまり、勇気がなかわけね」

「いや、そうじゃ……それで良いや」

 

 言えない。甜花と実は二股みたいな関係になっている、なんて言えない。そこは置いといて、話を続けた。

 

「それより、とにかく他の子とは差別化して欲しいの! どうしたら良いかな?」

「ふっふーん。そこはうちにおまかせばい!」

「え……?」

 

 自信満々に胸を張った恋鐘だった。

 

 ×××

 

 早速、恋鐘に教わった作戦を実行するため、更衣室を出て行った。ちょうど、3階のダンスレッスン部屋から戻ってきた。

 

「果穂ー! すごかったぞレッスン!」

「本当っ⁉︎ カッコ良かった⁉︎」

「ああ! これならヒーローも夢じゃないぞ、果穂!」

「違うよ。私がなりたいのは……」

「「カッコ良いヒーローアイドル!」」

 

 気が付いたら跳び膝蹴りしてしまった。

 

 

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