「お兄ちゃん……だ、大丈夫……?」
「大丈夫だ……」
いつものように、事務所からの帰り道。果穂と一緒に帰宅しながら、ちょっと今日は晩飯作る気力が無かったので、食べて帰る事にした。
ファミレスの中でぐったりしている俺に、果穂が声をかけてくれる。本当に優しい妹だよ……。
「全然、大丈夫に見えないよ……」
「は、ハハハ……平気だよ、ホント……」
何があったか知らないが、ここ一週間ほど大崎にいじめられている。なんかドロップキックされたり、コーヒーに塩入れられたり、お茶を運んでる間に足引っ掛けられて転びそうになったり。
特に、果穂と話してる時にその妨害を受けることが多いのはなんなんだろうか。あの野郎、シスコンは正義、みたいな顔して何してんだホント……。
……あれ、そういや俺、果穂のこと大崎に見せたことあったっけ。まぁ良いや。
「……でも、今の所、たった一度のミスもしてないの、やっぱりお兄ちゃんすごいよ!」
「ありがとうな……果穂のその言葉だけで救われるよ……」
「そ、そんなお爺ちゃんみたいな……」
でもー……なんか、辛いんだー……。身体よりー……むしろ、心がー……。
俺、大崎になんかしたかなぁ……。でも、記憶に無いんだよな……。
「……はぁ、死にたい……」
「し、死んじゃダメだよ⁉︎」
いや死ぬ気は無いけども。そんなマジで受け止められても困る。
でも……なんでだろうな。ホント、大崎に嫌われてこんな凹むことになるとは思わなんだ……。なんか、今なら一思いにお空の遠くに飛んでいける気がする。
「……はぁ」
「……」
また、ため息出ちゃったな……。果穂の前であんまり暗くなるのは良くないのに……。
反省しつつも、どうしても明るくなり切れずにいた時だった。果穂が、やたらと決意に満ちた眼差しで立ち上がった。
「よし、私に任せて、お兄ちゃん!」
「? 何を?」
「私が、解決してあげるから!」
……嫌な予感しかしない件について。何する気だよお前……。
×××
翌日、またまたバイト。正直、最近はここに来ることさえ少し怖い。大崎ホント機嫌悪いんだよな……。
立場的に、俺はアイドルをサポートする側……つまり、大崎の要望は少なからず答える立場にある。故に、大崎に「焼きそばパン買ってこいよ〜、あとジャンプも。もちろんお前の金でな」とか言われたら買いに行かなければならないわけだ。もちろん、領収書はプロデューサーさんの元に持っていくが。
「はーあ……」
気が重い……。果穂は事務所に着くなり何処かへ行っちまったし……。
ため息をつきながら、ダンスレッスンをする部屋を掃除していると、扉が開かれた。現れたのは、大崎と甜花だった。
「お疲れ様で〜……あれ、まだ誰もいないや」
「な、なーちゃん……一人、いる……」
「え、何処に?」
頭っから絶好調ですね、双子の妹さんや……。シカトできるあの子と違って、俺は立場上、挨拶をしなければならない。
マップがけをする手を止めて、二人に頭を下げた。
「おはようございます」
「……」
「おはよう……」
返事をしてくれた甜花とは対照的に、シカトを貫く大崎。何が気に食わなかったのか知らないが、頬を膨らませてそっぽを向く。
そんな大崎の態度を見て、甜花はモップがけを再開しようとする俺の元に走って来た。
「? どうしました?」
「あ、あの……甜花と、なーちゃんには……敬語、いらないよ……?」
「いや……俺、仕事中だし……それに、なんか大崎怖いし……」
これ以上、嫌われたくない、と遠回しに言ってみたが、甜花は首を横に振ってしまう。
「むしろ……その、ヒデくんが……なーちゃんを他の子と同じ扱いすると、余計怒る気が……」
「え……なんで?」
「……それは、自分で考えた方が……ほ、ほら、とにかくなーちゃんにはなるべく、ふ……ふら、フランキーに接した方が……」
「フランクな?」
「か、噛んだ、だけ……」
いやそれは無理があるから安心してくれ。
……ふーむ、まぁ大崎に一番、詳しい甜花が言うのなら、信憑性はある。ここは、一度仕事を忘れて声をかけてみるべきか。
「あー……お、大崎……」
「……つーん」
……聞いちゃいねえ。てか、つーんって口に出す人初めて見た。
が、ここで折れてちゃいけない。とりあえず、何か話しかけないと……と、意を決した時だった。扉が開かれた。
「そこまでです!」
……ジャスティスレッドのお面を被った妹の姿が見えたんだけど、目の錯覚だろうか?
「お兄……弱いモノいじめをする卑怯者は、このジャスティスレッドが許しませんッ!」
ビシィッ! と、グレートサイヤマンばりにポーズを決める果穂を見て、俺も大崎も甜花も黙り込む。どう反応して良いのか分からない、と言わんばかりのリアクションだった。てか、俺を呼ぶ事キャンセルして弱いモノいじめって言うのやめない?
「? 何してんのあんた?」
冷ややかな大崎のセリフにも、こればっかりは同意だ。何やってんだお前。
そんな冷め切った視線を振り切り、ジャスティス果穂は走って大崎の前に立ち塞がり、構えをとる。
「あなたがしていることは、カッコ悪いことです! いじめなんて、悪者がすることです!」
「いじめじゃないから。人聞きの悪い言い方しないでくれる?」
「いじめです! おに……ひ、秀辛さんはいつも毎晩、泣いています!」
「ま、毎晩……⁉︎ あなたこそヒデちゃんとどういう関係なの⁉︎」
「あの……果穂、その『秀辛さん』って呼び方、もう一回言ってもらえる?」
「ああんっ⁉︎」
「なんで大崎がキレ……あ、いやごめんなさい!」
怖っ! この子、怒ると口曲がるの⁉︎
でも、そんな言い方するとうちの可愛い可愛い妹ちゃんが黙ってな……。
「むー! だから、そういう言い方をやめなさーい!」
「大体、あなた何? 関係ないでしょ。引っ込んでてくれる?」
「関係はあります! 私は、秀辛さんの……!」
「ヒデちゃんの、何?」
「っ、ひ、ヒーローの正体は誰にも秘密なのです!」
「さっきからヒーローヒーローって……良い歳して何言ってんの? 恥ずかしくないわけ? 小学生みたいなこと言って」
「んなっ……わ、私は小学生です!」
「いやいや、甘奈より背が高い小学生なんていないから。もしかして、バカにしてる?」
「それはこっちのセリフです!」
……まずいな、どんどん険悪になっていく……。ていうか、果穂はあまり口喧嘩強くないから、このままだと泣いちゃうかも……。
というか、そうでなくても大崎と果穂の仲が悪くなるなんて絶対にごめんだ。
ため息をつきながら、俺は後ろから果穂のお面を外した。
「あっ……な、何するの⁉︎」
「果穂、そこまで」
「……下の名前呼び」
「大崎、悪かった。とりあえず、ここは……」
引き下がってくれ、と言おうとした所で、果穂が大声で叫んだ。
「どうしてお兄ちゃんが謝るの⁉︎ 悪いのはこの人でしょ⁉︎」
「え、お兄ちゃん……?」
その声に、甜花がつぶやいた。よっしゃ、ある意味ナイスだ。果穂。
「ああ、こいつは俺の妹。俺と大崎の仲が険悪になってたから、心配してくれてるだけなんだよ」
……ったく、俺が果穂を守るつもりでこの事務所に来たのに、こんな情けない話があるかっての。
「果穂、この二人が俺と高校で友達してくれてる双子だ。だから、そんなにめくじら立たないでくれ」
「え、こ、この人達が、ですか……?」
まじまじと果穂が大崎姉妹を見るのに釣られて、俺も二人の顔を見る。見てしまう。
ということは、向こうも俺と果穂の顔を見る良い機会であって。ジト目……というより、もはやドン引きした表情のまま、大崎と甜花は言った。
「……いや、それは無理」
「は?」
「……か、顔、似てないし……身長も、大差ない……」
「変な嘘つかないでくれる?」
ええ……そ、そんな信用されないレベルなの……?
いや、確かに果穂は背高いし、俺はそんな背高くないし、髪の色だって俺は黒で果穂は……なんか、こう……赤のような茶色のような形容し難い色。
中身でさえ、俺は去年まで友達の作り方も知らなかったし、今でも大崎姉妹しか友達がいない、隠キャと陽キャの間、果穂は陽キャというか……そろそろ純粋さが抜けてくる年齢にも関わらず、未だに小学一年生レベルの純真を持つ心優しきヒーロー。
……確かに側から見たら兄妹に見えないのでは?
「……もういいよ。付き合ってるなら、付き合ってるって言ってくれれば良いのに」
「いや、だからホント……!」
そのまま、大崎は部屋を出て行こうとする。……このまま出て行かせたら、なんかマズい。そんな予感がした。
せっかく仲良くなれてきた所なのに、このまま終わりにさせてたまるかよ。最近は、時間がなくなってきたとはいえ、ほとんど一緒にゲームもやれていないんだから。
そう決めて、部屋を出る前に走って大崎の手首を握った。
「っ、な、何……?」
「頼むから、話を……」
と、言いかけた時だ。ガチャっとレッスンルームの扉が開かれる。奥から出て来たのは、桑山さんだった。
「お疲れ様で……あら、ヒデちゃん」
「……」
なんで今日はこんなにタイミング悪いんだ朝からああああああッッ⁉︎
そんな俺の気も知らず、桑山さんは俺の頭に手を乗せて撫でてくれる。
「ふふ、お掃除? いつもありがとね。お店に来てくれたら、サービスするからね」
しかも言い方ァッ!
案の定、怒りをさらに爆発させた大崎は、もうせっかく可愛い顔の原型がなくなるほどに、顔を真っ赤にして頬を膨らませ、俺の手を振り解いた。
「そんなに背が高い人が好きなら、そういう人と付き合えば⁉︎」
そのまま出て行かれてしまった。何故……付き合うって話に……やっぱり、あいつ……!
「? どうしたの?」
俺の頭上から、いつの間にか手を外した桑山さんがキョトンと小首を傾げる。色々と恋愛について詳しかった割に、こう言う時だけ鈍いんですね……。
「そうだ、ヒデちゃん。部屋のお掃除終わったら、社長にお茶淹れてって七草さんが仰ってたわよ」
「ありがとうございますッ……‼︎」
「なんでそんな悔しそうに⁉︎」
……仕事をひと段落させてから、後で声掛けねえと。
でも……もしかして、大崎ってやっぱり俺のこと……勘違い、と思い込むにも限度がある。残念ながら、俺はラノベの主人公じゃない。相手の気持ちに気付いた以上は、それ相応と行動を取る必要がある。
……多分、好かれてるんだよね? 急に「そういう人と付き合えば⁉︎」とか、好きじゃないと出てこないよなぁ……。
付き合う、付き合わないは……まぁ、別として……大崎がヤキモチ妬いた気持ちも分かってしまった以上は、何かしないと。少なくとも、果穂が妹である事は証明しないと。
大崎はまだデビューしていないし、しばらくはレッスンだと思うから、今日は事務所にいるはずだ。なら、帰るまで待機するしかない。