大崎さんには負けられない。   作:バナハロ

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更新日

「たでーまー」

「お兄ちゃん! 早かっ……ええええっ⁉︎」

 

 出迎えた果穂が、驚いたような声を上げる。そりゃ驚くよね、と甘奈は目を逸らしながら冷や汗をかく。

 何せ、この子とは悪い空気のままお別れしたのだ。確実に歓迎はされないだろう。

 

「わ、忘れ物じゃなかったの⁉︎」

「忘れ物こいつ」

「え……え?」

「ごめん、なんでもない。……おら、上がれよ」

「お、お邪魔します……」

 

 物扱い? というツッコミも出ず、甘奈は靴を脱いで上がった。

 その甘奈に対し、果穂はジト目で睨みながら、まるで尋問するかのように問い詰める。

 

「何しに来たんですか? またお兄ちゃんをいじめるつもりですか?」

「果穂、この時期インフルだぞ。手洗いうがいしたか?」

「したよ」

「なら、俺らはまだだ。先にリビング行ってなさい」

「はーい!」

 

 上手くあしらっている。妹の扱い方をご存知のようだ。甘奈を連れて、秀辛は洗面所に向かう。

 冷静になってから、改めてあたりを見回しながら、その秀辛の後を続く甘奈。

 ここが秀辛が普段、暮らしてる家なんだ……と、興味深そうに見回す。大きく新鮮に感じるような点はないのに、何故かソワソワしてしまう。

 そんな甘奈に、前から声が掛かる。

 

「甜花は?」

「さ、先に帰ったよ」

「ふーん……らしくないな。そんなに大事な話なん?」

「え、えっと……甘奈にとっては、そうかも……」

 

 少しヒヨってしまっていて、上手く返せない。そもそも、好きな人の家、というだけで少し緊張していた。

 

「……ふーん」

 

 ……そのそっけない返事は、さっきまで喧嘩別れをした後だからだろうか? 

 洗面所に入り、手洗いうがいをする間も、二人に会話はない。それが、少し甘奈には気まずかった。

 

「あ、あの……」

「どうするよ、この後。飯食ってく?」

「え……」

「や、すぐ帰るなら今、部屋で話聞くし、雪が大人しくなるまで待つなら、先に飯食うし」

 

 そう言う通り、もう良い香りが漂ってきている。秀辛の母親が晩飯を作って待っているのだろう。

 

「で、でも……迷惑じゃない?」

「平気だろ」

「じゃあ……いただこう、かな……」

「はいよ」

 

 それだけ話して、二人でリビングに入った。中に入ると、おそらく母親と果穂の趣味であろう、明るい色の家具で囲まれた部屋が待っていた。

 

「ただいま」

「お、お邪魔してます……」

「お帰りなさ……え、女の子?」

「友達の大崎甘奈」

「は、初めまして……」

「……」

 

 呆然とする秀辛の母親。呆然というか、愕然とさえしているように見えた。どこにそんな衝撃を受けるポイントがあったのだろうか? 

 そんか甘奈の問いに、母親は行動を起こして答えた。盛り付けを終えると、お皿を持って食卓に並べ、それと同時にエプロンを外しながら、秀辛の腕を掴んだ。

 

「きなさい」

「え、なんで?」

「良いから来なさい」

「え、ちょ……あ、大崎。先座って待ってて……!」

 

 そのまま廊下に引き摺り出されてしまった。待ってて……と言われても、これから食事をするのに何も手伝わないわけにはいかない。何か手伝える事を探したい所ではあったが……それをすると、果穂と二人きりになってしまう。

 

「……」

 

 それに、自分の顔を見るなり急に目を背ける親御さんも気になった。

 そのため、そーっと扉を開けて廊下の様子を眺めると……母親が息子にスタイルズクラッシュを決めていた。

 

「あんた……あの子を何して洗脳したの! 薬? 盗撮? 拷問⁉︎ 吐きなさい、じゃないとこのまま頭に血が上り切るまで離さないわよ!」

「違うから! 何もしてないから! てか、なんであんたそんなに信用ないわけ⁉︎」

「今までずーっとゲームの中に彼女がいた男が女の子なんて連れてきたら、性犯罪に手を染めたと思うでしょうがあああああああ!」

「ああああ! 外れちゃう、肩外れちゃうってばああああああッ‼︎」

「わあああ⁉︎ ま、待ってくださーい!」

 

 慌てて止めに入るしかなかった。

 

「あら、大崎さん……よね? 恥ずかしいところを見られちゃったわね」

「恥ずかしいというか、勇ましいというか……と、とにかくヒデちゃ……小宮く……秀辛くんを離してあげてください! 別に、甘奈は何もされてませんから……!」

「ヒデちゃん……? あなた本当に何したのおおおおおおおッッ‼︎」

「おごろおおおおおおおおッッ⁉︎」

「ホント、誤解ですからあああああああッッ‼︎」

 

 とにかく頼み込んで止めた。というか、大人は何故、言い直す前の呼び方を採用するのだろうか? 

 

 ×××

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。美味しかった?」

「はい! 流石は秀辛くんのお母さんですね」

 

 秀辛の料理の腕は母親譲りで、母親はプロの舌も唸らせるレベルである。色々と化物している秀辛の一面の根源を見た気がした甘奈は、少し引きつつも笑顔で受け流した。

 その甘奈に、母親が笑顔で尋ねる。

 

「それで、甘奈ちゃん。どうするの?」

「? 何がですか?」

「外。積もってて電車も止まってるけど」

「……え?」

 

 言われて、冷や汗を流しながら窓の外を見る。さっきまで埃程度の大きさだった雪が、タンポポの綿毛の集合体程度に大きくなっていた。

 

「……うわー」

「泊まって行っても良いわよ?」

「うえっ⁉︎」

「おい、母さん……」

「その時は果穂の部屋でも、バカの部屋でも良いけど、ちゃんとご両親に連絡はしてね?」

「あ、は、はい……」

 

 時間は8時を回っている。今から話をして帰宅を始めて、止まっている電車が動き出しているとしても、帰宅は10時を超えるだろう。

 父親もおそらく帰宅に時間がかかっているだろうし、迎えも呼べない。

 ……いや、その辺の事情は言い訳だ。正直に言わせてもらうと、泊まりたい。それも、彼の部屋で。

 エッチな事がしたいとかではなく、単純に一緒にいたいけど……でも、少し気まずいし、もしかしたら本人には迷惑かもしれないし……なんて悩む甘奈に、秀辛がやんわりと声をかける。

 

「大崎、別に無理しなくて良いからな。帰るんだったら、お袋に駅まで送ってもらえよ。傘も持ってって良いから……」

「泊まる」

「は?」

「すみません、お母さん。お世話になります」

「どうぞどうぞ。自分の家だと思ってくつろいで良いからね?」

 

 秀辛の意思など無視して、泊めてもらうことにした。そんな事になるなら泊まった方がマシだ。せめて秀辛が送ってくれるのならまだしも。

 

「おい、大崎……」

「じゃ、先にお風呂入っておいで。果穂、パジャマとか貸してあげてくれる?」

「はーい! 甘奈さん、一緒にお風呂入りたいです!」

「良いよ!」

 

 夕食の間に仲良くなっていた二人が意気投合する中、秀辛はポツンと置いていかれるしかなかった。

 残された秀辛は、仕方なさそうに食器の片付けを手伝う。すると、洗い物をしている母親が声を掛けてきた。

 

「あの子のこと、好きなの?」

「好きじゃねーよ」

「ふーん……告白できないなら、お母さんが代わってあげようか?」

「だから違うって言ってんだろ」

「同じ部屋に泊まるなら、付き合う前にエッチなことしちゃダメだよ?」

「しねえよ! 付き合ったとしても!」

「まぁ付き合った初日にそういうことしたら、流石の私もドン引きだけど」

「いやもう勝手に引いてろよ……」

 

 もう知らん、と言うように手伝いを続ける秀辛に、母親が言った。

 

「でもあんた、せっかく高校で頑張って作った友達でしょ?」

「まぁ、うん。あいつは最初、付属品みたいな感じだったけど」

「なら、素直になりなさい。仲良い人には、ね」

「……だから、違うっつんに」

 

 そんな話をしながら、そのまま洗い物を続けた。

 

 ×××

 

「うん……そう、友達の家。泊まらせてもらうから。大丈夫、いつも甜花ちゃんのお世話してくれてる人だから。うん……じゃあね」

 

 シャワーと親への連絡を終えた甘奈は、先に秀辛の部屋に向かう。本当は寝る時くらいはブラを外しておきたかったのだが、男の子の前でノーブラは普通に恥ずかしい為、今日くらいはつけたままでいる事にした。

 

「……にしても」

 

 自分の胸元を見下ろす。借りたパジャマは、ジャスティスVの柄だった。高校生にもなって、まさかこんな服を着る事になるとは……と、少し引き攣った笑みを浮かべる。いや、貸してもらえるだけありがたいのだが。

 この服装のまま秀辛と一緒の部屋で寝る、と思うと、少し恥ずかしかった。

 そうこうしている間に、部屋の前に到着する。ゴクリ、と控えめに唾を飲み込み、扉を開けた。

 部屋の中は意外と綺麗であったが、おそらくどうしても手放せなかったフィギュアや漫画、ポスター等のオタクグッズは揃っている。本当に高校デビューを頑張っていたんだな、と言う名残があった。

 今、秀辛がお風呂に入っているため、甘奈は秀辛の自室に一人でいる。……つまり、チャンスは今しかない。

 

「ゴクリ……!」

 

 喉を鳴らし、視界に入っているのは秀辛のベッド。緊張気味に布団に手を伸ばすと、一気に中へ潜り込んだ。

 

「〜っ、ふわっ……ひ、ヒデちゃんの匂い……!」

 

 布団の中で、思わずゴロゴロと寝転がって、クンクンと鼻を鳴らす。その度に「ふへ、ふへへ……」と笑みを溢しながら、少しだけ興奮してしまった。

 まぁ、人の家に来てそんな真似をすれば、目撃者がいないはずがなく。

 

「わー! 甘奈さんもベッドでゴロゴロとかするんですね!」

「っ⁉︎ か、果穂ちゃん⁉︎」

「私も混ぜてくださーい!」

 

 見られた⁉︎ と思ったら、なんか突然、隣に寝転がられた。良かった、純粋な子でと胸を撫で下ろす。

 二人で布団の中に入ったまま、顔を見合わせる。こうして見ると、やはり果穂は秀辛の妹とは思えないほど可愛い。秀辛がイケメンと呼べるほどイケメンではないのもあるが、何より心の汚れが真逆過ぎて、正直見ていて眩しいくらい……なんて、思っていると、ふと果穂の胸が目に入る。パジャマの襟の隙間からチラつかせているその胸には、割と深い谷間があった。

 

「……⁉︎」

 

 ……考えてみれば、この子はタッパもかなりある。顔以外は完全に年上にしか感じないが、末恐ろしいのはこれで小学生という点だ。

 

「あの……果穂ちゃん? 普段はどんなもの食べてるの?」

「? 何でですか?」

「いやちょっと、気になって。……ほら、お兄さんもお母さんも料理上手だから」

 

 流石に、小学生に「胸大きいから気になる」とは聞けなかった。変なことを教えれば、秀辛がブチギレそうでもあったし。

 人を疑うことを知らない詐欺師にカモられそう……いやむしろ詐欺師でさえ浄化してしまいそうな果穂は、すぐに答えてくれた。

 

「普段は……そうですね。基本的には野菜炒めとかですよ? お肉より野菜が多い炒め物に、お味噌汁とご飯と……たまにお漬物とかです。たまに、唐揚げとかハンバーグみたいに、お肉がメインの日もありますけど」

「ふーん……じゃあ、普段は何してるの?」

「ヒーローごっこです!」

「ひ、ヒーロー?」

 

 困惑する。あれ、自分が小学生の時、そんなことしてたっけ? と言わんばかりに。

 しかし、果穂は恥ずかしげもなく……いやむしろ誇らしげに言った。

 

「お兄ちゃんが買ってくれるオモチャで、一緒にお兄ちゃんが遊んでくれたり、クラスの男の子と戦っています!」

「お、お兄ちゃんもやるんだ?」

「はい!」

 

 なるほど、と甘奈は少し納得する。甜花や自分の、少し面倒臭い面にも付き合ってくれるのは、普段から付き合いが良いからか、と理解する。

 

「それに、お兄ちゃんの怪人役は面白いんです! 固技ばかりこなしてきて、捕まったら最後、横四方固や袈裟固で捕まっちゃうんです!」

 

 妹相手にセクハラすんなよ、とやっぱり普通に引いた。自分でさえ、甜花のお世話をする時に煩悩は打ち払っている。

 しかし、まぁカラクリは分かった。要するに、バランスが良い食事と適度な運動。これに限るのだろう。それでダメなら、まぁもう少し別の事をしたい。バストアップ体操とかそういうの。ただでさえ、秀辛の好みは、おそらく「巨乳」なのだから。

 明日から頑張ろう、と思いつつ、とりあえず聞き捨てならない言葉が聞こえたので、続けて質問した。

 

「ちなみに、なんだけど……これは他意もなくて、興味があるとかじゃなくて、単純に興味本位で聞くんだけどね」

「はい。……え、興味あるのかないのか……」

「……あの人にやられる横四方固はどんな感じ?」

「? どんな、とは?」

「いや、だから……その、何……? ごめん、やっぱなんでもない」

「???」

 

 危なかった。彼と身体が密着できる、と思ったら、少しだけ興味が出た。主にやましい興味だが。それをこんな純粋な子に言う事はない。純粋じゃなくなってしまう。

 しかし、甘奈はまだ分かっていなかった。甜花とは、違うベクトルの純粋さを持つ子供の脅威というものを。

 

「興味があるのでしたら、お兄ちゃんにやってもらったらどうですか⁉︎」

「ええっ⁉︎ い、いやそんな……!」

「大丈夫です! お兄ちゃん、私とやる時もちゃんと加減してくれるので、痛くも苦しくもないですよ?」

「いやむしろそっちの方が困っ」

「ふぃ〜……大崎、いる……お前ら人のベッドで何してんの?」

「いやああああああああっ!」

「わぷっ……!」

 

 最悪のタイミングで現れたお兄さんの登場に、思わず甘奈は悲鳴をあげて飛び上がってしまった。

 布団によるとばっちりを受けた果穂を気にかける余裕もなく、甘奈はベッドの上から転がり落ちて、膝を床に強打し、そのまま倒れ込む。

 まるでスライディングによるファールを受け、コート上で蹲るサッカー選手のように膝を押さえている自分に、秀辛は真顔のまま聞いた。

 

「一人で楽しい奴だな、お前」

「う、うるさい……! 少しは心配してよ……!」

「わーってるよ。少し湿布を……」

「あ、お兄ちゃん! 甘奈さん、横四方固してもらいたいんだって!」

「ちょっ、果穂ちゃん⁉︎」

「……心配って、そっちの心配した方がよかった奴?」

「違うから!」

 

 兄妹のコンビネーションアタックが炸裂した。本当になんなのだろうか、小宮家は。

 顔を真っ赤にしたままの甘奈をよそに、果穂は兄を大声で促す。

 

「お兄ちゃん、ほら! 横四方固」

「やらねーよ。てかお前、普段ヒーローごっこやってるの大崎に話したの?」

「え? うん?」

「……誰にも言うなよ。他の人には。絶対に」

「えー、でも樹里ちゃんとチョコ先輩には話しちゃったよ?」

「なんて事してくれたんだ!」

 

 少し、同情の念を沸かせてしまった。流石、純粋無垢。ここまで来ると普通に純粋悪ですらある。

 なんか、このままでは話なんかせずに終わってしまう気さえしてきたが、それは秀辛も同じ考えのようで、すぐ果穂に声を掛けた。

 

「果穂、下でマメ丸が寂しそうにしてたよ。遊んでやれよ」

「あ、ホント⁉︎ じゃあ、行ってきます!」

 

 本当に簡単にあしらえる子供だ。あれに翻弄されていたと思うと、自分で自分が恥ずかしくなってしまった。

 そんな自分を他所に、秀辛は部屋の引き出しから湿布を取り出すと、甘奈に手を差し出した。

 

「大崎、膝に湿布貼るから。ベッドに座って」

「え、あ、う、うん……?」

「膝まで裾上げて」

 

 ベッドに座った自分にそう言うが、正直少し恥ずかしい。膝が見えるあたりまで裾を上げる、と言うのは、割と素肌が見えるからだ。

 上から秀辛を見下ろす形になったので顔色は見えないが、どうにも動揺しているようには見えない。……同級生の女性の足なのだから、少しはこう……動揺してくれても良いのに。

 

「ひゃっ……つ、冷たっ……」

「我慢しろ。場所はあってる?」

「う、うん……」

 

 ピタッ、と貼ってもらえた。正直、そこまでしてもらうほどの怪我でも無いのだが、まぁ甘えられる所では甘えておきたかった。

 貼り終え、ひとまずのんびりする。その自分が座るベッドの前に、勉強机の前にあった椅子を移動させた秀辛は、改めて自分を見た。

 

「プッ……ふっ」

「っ、な、何……?」

「いや、そのパジャマ死ぬほど似合ってないなって」

「っ!」

 

 今更になって、今の服装がジャスティスVであることを思い出し、一気に顔が赤くなる。

 

「し、仕方ないじゃん! 果穂ちゃんから借りた奴なんだもん!」

「いや、にしても……JKがジャスティスVってお前……プフッ」

「わ、笑わないでよー!」

「写真撮って良い?」

「ダメ!」

 

 絶対に嫌だ。撮られるならせめて、可愛い格好で撮られたい。相変わらず無神経な男だ……と、呆れていた甘奈だが、何故、目の前の男が自分の写真を欲しがるのか、までは頭が回らなかった。

 少し緊張が和らいできた甘奈に、改めて秀辛は声を掛ける。

 

「で、話って何?」

「えっ? あ、そ、そっか……」

 

 そういえば、その要件でここまできたことを思い出す。……と言っても、話がある、と言うより、本当に兄妹であるかどうか、を見定めに来たのだ。が、母親公認でここまで日常を繰り広げられれば、もはや疑う余地はない。

 だが、それが分かった今、言うべきことは出来たのは間違いない。

 

「いや、その……ごめんね。今日は」

「? ……ああ、レッスンルームでの話か」

「うん……本当に、兄妹だったんだね……」

「別に気にしなくて良い。逆の立場なら、俺も疑ってたかもしんないし」

「……でも、甘奈なら……甜花ちゃんと本当に姉妹か、なんて疑われるのは、絶対に嫌だからさ……」

 

 それは本当の事だ。まぁ、実際、自分と甜花を姉妹かどうか疑う人間なんていないだろうが。

 だが、秀辛は本当に気にした様子なく、キョトンとした顔のまま聞いてきた。

 

「てか、それだけ?」

「え?」

「いや、もっとこう……なんかあるんだと思ってたから」

「? ……っ!」

 

 言い淀むように、言うその様子を聞いて、思わず甘奈は冷や汗をかきつつ、ドキッと心臓を高鳴らせる。

 もしかして……この鈍すぎる男も、まさか気づいたのだろうか? 元々、機嫌を悪くしたのは、ヤキモチを焼いていたからと言う事に。

 ……だとしたら、マズイ……いや、マズくはないのかもしれない。良い機会だ。今こそ、恋鐘にもらったアドバイスを活かす時……そうきめて、勇気を振り絞った。

 

「じ、実は……」

「うん?」

「あ……わ、私の事は、甘奈って呼んで欲しいの!」

「……はい?」

 

 何言ってんのこいつ? と、心底理解していないような顔で見られ、恥ずかしさが込み上げてくる。でも、負けじと顔を真っ赤にしたまま力説した。

 

「だ、だって……甜花ちゃんはともかく、他の子と甘奈は付き合いの長さは違うんだし、甘奈以外の子を下の名前で呼ぶのはダメなの!」

「は、はぁ……」

「とにかく、下の名前で! お願い!」

「……」

 

 とにかく頼み込む。いや正直、自分からそんなことを頼むのは少し痛い気がする。でも、この男と長く一緒にいるには、それしかない。

 チラッ、と秀辛の顔を覗き込むと、秀辛はキョトンとしたまま自分を直視していた。

 

「……それだけ?」

「だけって何⁉︎」

「いや、別に……って、それならお前も俺に下の名前で呼べ、って言えば良いじゃん。仕事なら、俺は誰のことでも下の名前で呼ぶよ」

「仕事じゃダメなの! プライベートでも、いつでも、下の名前が良いのー!」

「いや『良いのー!』とか言われても……じゃあ甘奈」

「……気持ちがこもってなーい!」

「なんなんだよ……」

 

 むしろそれは甘奈のセリフだった。この男、人を下の名前で呼ぶのに慣れているのか慣れていないのか……どちらにしても、腹立たしい。こちらがこんなに勇気を振り絞っているのがバカみたいだ。

 

「もっと恥ずかしそうに、意識してよ!」

「……お前ホント何言ってんだ?」

「切実に言わないで! 自分でも分からないよ! でも意識して!」

 

 もうなんか恥ずかしさと怒りで頭が回らなくなってきた。ただでさえ、さっきは布団の中で妹と戯れている所を見られて恥ずかしかったのに、今はほとんど追い討ちである。

 徐々に話の焦点がずれてきているにも関わらず、秀辛はしばらく真剣に考えた後「あ、そうだ」と手を叩いた。

 

「じゃあ、大崎のことはあだ名で呼ぶよ」

「え?」

「それなら良くない? 俺も桑山さんと同じ呼ばれ方してるし」

「……い、良い、かも……」

 

 それならまぁ良いかもしれない。というか、あだ名で秀辛が誰かを呼ぶのは見たことがないため、なんだか嬉しい。

 ……が、自分が他の女の人と同じ呼び方をするのは嫌だ。

 

「じゃあ……甘奈も、別の呼び方考える!」

「や、なんで?」

「良いじゃん! じゃあ、まずはあなたの呼び方から考えるね!」

 

 もう既に「ヒデちゃん」ではなく別の呼び方を考え始めていた。

 

「ヒデくんは甜花ちゃんと一緒だし、ヒデだと恋鐘ちゃんと同じだし……あ、ユキくんは?」

「八宮さんと一緒だな」

「むぅ……あのおっぱいお化け……!」

 

 あの子はおそらくいずれ大きな敵になるかもしれない。注意せねば……。

 

「……よし、決めた! ヒデッチ……」

「ヒデちゃんで良いよ」

「え、な、なんで? せっかく決めたのに……」

「や、なんつーか……せっかく最初にお前が決めてくれた呼び方だし……桑山さんと被ってる事くらい、気にする事はないっつーか……」

「……え?」

 

 言われてハッとして顔を上げると、秀辛は少し照れたようにそっぽを向いて、頬をポリポリとかいていた。

 もしかして……少しは、彼自身も甘奈を意識してくれているのだろうか? そう思うと、なんだか嬉しくて胸の底が少し高鳴る。

 

「……うん。じゃあ、ヒデちゃん、ね?」

「……やっぱり苗字でも」

「だーめっ。決定」

「いや、でもなんか自分で『ちゃん』が付いたあだ名を呼んでほしいみたいに言う男ってなんかキモい気が……」

「平気平気。むしろ少し可愛い」

「ーっ……て、てめっ……!」

「ほら、次は甘奈の番っ」

 

 照れたように怒る秀辛だが、なんだかんだ押しに弱い彼なら、ゴリ押しで誤魔化せる。

 ニコニコしながら顔を眺めると、秀辛は観念したようにため息をつき「甘奈、甘奈か……」と、あだ名を考え始める。こんな事にも真剣になってくれるのは、きっと良い事なのだろう。でも、その真剣さ、少しでも勉強に分けてもらいたい。

 すると、思いついたように手を打った。

 

「よし、あまさん!」

「お坊さんじゃん、それ!」

 

 絶対に嫌だ。と言うか、普通に安直すぎる。

 

「えー……じゃあ、甘奈……あ、甘納豆!」

「ビンタすれば良いのかな?」

「う、うそうそ……」

 

 イラっとした。

 

「じゃあ、アーマーナイト!」

「怒るよ?」

「……少し考えさせて下さい……」

 

 なんだ、アーマーナイトって、という感想しか出ない。帰って甜花に聞いたら、ファイアーエンブレムのキャラらしい。

 

「ぐっ、ぐぬぬっ……あ、甘奈……甘奈……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 全然、思いついていない。おもわず甘奈も少し退屈になり、ベッドに横になった時だ。

 

「だー! もう分かんねーよ! なーで良いだろ、なーで!」

「……なー?」

「なーちゃんから、ちゃんを取っただけ! もうそれで良くね?」

「なー、なーか……」

 

 どこかで聞いた気がするが、とりあえずスルーした。なー……悪くないかもしれない。甜花と被っているけど、一つのあだ名を人によって違う呼ばれ方をするのも中々……うん、良いかも。

 

「……うん。じゃあ、早速呼んでみて!」

「え、い、いきなり? 用もないのに?」

「良いでしょ。……ね、ヒデちゃん?」

「……」

 

 声を掛けると、秀辛は困ったように目を逸らし、頬をかきながら答える。

 

「……なー」

「え? 聞こえなーい」

「っ、こ、このやろっ……! な、なー!」

「もう一回!」

「ブッ飛ばすぞお前!」

「お前って……誰?」

「小学生か!」

「ねぇねぇ、ほらほら! なーって、なーって!」

「もう寝る!」

「だめー! 今日は寝かせませーん!」

「おまっ……ちょっ、やめろって……!」

 

 その日の夜は、割と深夜まで秀辛をいじり回した。

 

 

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