大崎さんには負けられない。   作:バナハロ

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ヴァレンティヌスの日(1)

 バレンタインデーも、ついに前日までになった。だが、そんな大事な日でもアイドルの仕事とは関係ない。普通に出勤である。

 明日の夕方、思いっきり楽しむ為に、甘奈は今日の仕事も全力でこなす。その休憩時間中、同じダンスレッスンにいた園田智代子と有栖川夏葉が、話しているのが聞こえてきた。

 

「……で、どうする? 夏葉ちゃん」

「そうね……」

「ちょっと、ハードル高いよね……。何せ、相手はあのハイスペック高校生だし……」

「まぁ、私は買った物にはするけど……それでも、割と変なものは選べないのよ。何せ、果穂のお兄さんだし、恥ずかしいものは渡せないわ」

 

 どうやら、秀辛へのバレンタインについて悩んでいるようだ。同じ事務所のメンバーとは言え、わざわざチョコを用意しようとしている辺り、彼はなんだかんだ好かれている……と、少し喜ぶ反面、自分の想い人が女の人に好かれているのは複雑に感じてしまったり。

 何にしても、自分は彼からリクエストまで受けちゃってるし。二人の会話を聞いた感じ、リクエストをしてくれたのは自分だけなのだろう。

 その事が嬉しくて、ニヤニヤしそうになるのを必死に噛み殺していると、二人がいつの間にかこっちを見ているのが見えた。

 

「っ……智代子、見た?」

「うん……なんか、一人でニヤついてたね……」

 

 変な噂が流れ始めてしまった。そこで、ふと甘奈は思った。情報を独り占めして、一番喜んでもらうチョコは、このままなら自分が作ったものになる。

 ……しかし、本題はそれ以前に、彼が喜ぶ事だ。ならば、自分が握っている情報は共有した方が、彼は喜ぶ。

 そう判断すると、コホンと咳払いして声をかけた。

 

「ご、ごめんね? あの、実は甘奈……ヒデちゃ……秀辛く……小宮くんが好きなチョコ、知ってるから、教えてあげようか……迷っちゃって……」

「え、そうなの?」

「意外ね。あなた、あの子と仲が……いや、あの調子だと割と平気でリクエストとかかましてそうだけど……」

 

 あの調子、とはどういう意味だろうか? そんな疑問が顔に出ていたのか、夏葉が逆に聞いてきた。

 

「あら、あなたはアピールされなかったの? あのチョコレート食べたいアピール」

「え、あー……リクエストの事?」

「……リクエストされたなんて……あなたも大変ね」

 

 ……何の話だろうか? そんなに大変なことはなかったのだが……。

 隣の智代子が、うんざりした様子で返した。

 

「私達の時は大変……というか普通に気の毒なくらいだったんだよー……。バレンタインの話で盛り上がってる時に、わざわざ私達の後ろを通ってね」

「そうね……まるで自分の存在を認知させるかのように、大きな独り言で『はぁ〜……べ、便所便所〜……』って……聞いてるこっちが辛かったわ」

「ねー。正直、果穂のお兄ちゃんじゃなかったら普通に引いてた」

 

 何してんのあの子、と甘奈も流石に呆れてしまう。……とはいえ、元インキャらしいと言えばそれまでだが。行動に起こすのは結構だが、よりにもよって自分より年上の人と同い年の人にそのアピールは無い。

 その人、甘奈の好きな人なんだけどな……と、ホロリと涙を流しそうになった。

 

「で、あなたはどんなアピールをされたの?」

「あー気になる。リクエストまでかますとか、どんな感じだったんだろ」

「えっ、あ、甘奈の時は普通だよー」

「あの子の普通は少し信用ないわね」

「もし、嫌な目にあったのなら、私達が味方するよ!」

 

 親身になってくれるのはありがたいけど、むしろ嬉しかったくらいなのだから、二人のご期待には添えないだろう。

 ……とはいえ、聞いてくる分には仕方ない。この幸せ、お裾分けしてあげる事にした。

 

「甘奈の時はね、ヒデちゃんが色んな人からチョコ欲しくて頑張ってお仕事してたから、甘奈が『色んな人にもらうのは良いけど、甘奈のチョコを一番、味わって食べてね』って言ったら、ヒデちゃんが少し照れたみたいに『俺は……こ、こう見えて……生チョコが、好きだったりするんだけど……』って呟くようにリクエストしてくれて……その時のヒデちゃん、少し可愛くて……あっ」

 

 しまった、と身体が硬直する。つい幸せが過ぎて、つい詳らかに何もかも話してしまった。

 案の定、二人は呆然と……いやむしろ普通にドン引きしたような表情で甘奈を眺める。

 

「うえぇ……ゲロ甘っ……」

「智代子、女の子が下品な言葉使わない。……まぁ、全面的に同意するけど」

「い、いやっ……今のは違くて……!」

 

 甘奈が弁解するが、二人はそんな甘奈の反応などまるで無視。畳み掛けるように質問する。

 

「え、二人はそういう関係なの?」

「てか、そうでしょ。そんな会話してて付き合ってないとかないわよ」

「いや、あの……」

「だよね。ていうか、逆にあの人、そんな相手がいるのに他の女の子のチョコも欲しがるとかどういう了見?」

「女の敵ね。一回、囲んで話し合った方が良いわ」

「や、違くて……」

「明日、当日だし、これは雷だね」

「ええ。果穂の前で説教してあげた方が効きそうね」

「つ、付き合ってないからそんなに言わないで!」

 

 慌てて割って入る甘奈。正直、好きな人への悪口は聞くに耐えない。自分がボロクソに言う分には構わないが、他の人が言うのは許せないワガママガールだった。

 しかし、そのセリフはまた余計な情報を与えてしまった。2人は目が点になり、涎が垂れそうな程、ぽけーっと半端に口を開く。

 

「え……付き合ってないの?」

「何処からどう見ても相思相愛じゃないの」

「そ、それはその……えへへぇ」

 

 照れ臭いように笑みを浮かべる甘奈は、二人が少しそれでイラっとしたのにも気が付かない。

 

「実は……色々あって、お付き合いはするつもりないんだー。まぁ……多分、相思相愛だと思ってるし……それで良いかなって」

「? どうして? 付き合っちゃった方が良くない?」

「いや、ほら。ヒデちゃんはあんなんだし、他の女の人にモテる要素なんてないでしょ? それに……甜花ちゃんと三人で、仲良しなんだ。だから、甘奈とヒデちゃんが付き合っちゃうと、甜花ちゃんの肩身が狭くなっちゃうんだ」

 

 だからこのままで良いの、と甘奈は答える。付き合いたいけど、でも甜花を一人にもしたくない。そんな複雑な思いが、甘奈の中で駆け巡り、とりあえず今はこのままを望んだ。

 そんな中、智代子がキョトンとした様子で聞く。

 

「じゃあ、どうしてあの子が欲しがるチョコを教えようとしてくれたの? 甘奈ちゃんにとっては、敵に塩を送るようなものじゃない?」

「好きなチョコたくさんもらった方が、ヒデちゃんが喜ぶでしょ?」

「……」

 

 にこりと微笑むと、二人は思わず押し黙ってしまう。この子、良い子過ぎる。

 そんな甘奈に、夏葉がコホンと咳払いをしてから言った。

 

「じゃあ、そうね。教えてもらおうかしら?」

「うん☆ 生チョコが好きなんだって」

「じゃあ、智代子。私達は生チョコ以外を買いましょうか」

「どうして⁉︎」

 

 意地悪か! と、思わず甘奈はツッコミを入れてしまう。その甘奈に、二人は微笑みながら答えた。

 

「だって、甘奈は秀辛と付き合うつもりはなくても、秀辛が他の子と付き合うのも嫌なんでしょう?」

「だったら、私達が好かれるかもしれない事はできないよ。……それに、チョコが被ると甘奈ちゃんのチョコを見た時のインパクトが減っちゃうかもしれないしね」

「ふ……ふたりとも……!」

 

 まるで甘奈のことしか考えていないその発言に、思わず涙が出そうになった。なんて良い人達なのか、と。

 

「ありがとう……甘奈、頑張るね!」

「ええ、頑張りなさい」

「応援してるよ!」

 

 告白するわけでもないのに、元気良く三人は仲良くなった。

 

 ×××

 

「よしっ……完成……!」

 

 そう満足そうに微笑む甘奈は、自身のチョコを見下ろして頷く。ハート型の生チョコ……型取りに苦労はしたが、まぁなんとかなった。練習を積み重ねた成果でもある。

 明日を思うと、改めてソワソワしてしまった。これを今から、自分は想い人にチョコレートを渡す……それも、バレンタインデーに。

 こんな青春っぽいイベント、自分にはあると思ってなかった。自分の本命チョコは甜花にしか渡していなかったし、これからもそうだと思っていたから。

 

「……えへっ、えへへっ……」

「なーちゃん……出来たの?」

「あ、甜花ちゃん! ……ごめんね? 甜花ちゃんのチョコまで、買ったものにしてもらって……」

「……ううん、甜花……チョコ作りメンドいから、ちょうど良かった……!」

 

 それはそれでどうなんだろう、と甘奈は思ったが、今は幸せオーラが満ち溢れているのでスルー。

 少し頬を赤らめたまま、胸元でチョコを抱き抱えながら、少し俯く。心臓の鼓動がチョコを通して腕に伝わって来る。

 

「喜んで、くれるかなぁ……」

「大丈夫だよ、なーちゃん……なんだかんだ、ヒデくんもなーちゃんの事、好きだと思うから……」

「そ、そうかな……えへへっ……」

 

 なんとなく分かる。もし、甘奈の事が好きではなかったら、リクエストなんかかまさないだろう。好きじゃないのに好きな気持ちを利用してリクエストをかますような人じゃない。

 相思相愛、その自覚はある。でも、付き合えない。なら、今のこの「友達以上、恋人未満」の期間でしか楽しめない事も楽しみたい。……それに、あの男はおそらくまだ自分が甘奈を好きであることに無自覚っぽいし。

 

「でも……なーちゃん」

「なぁに? 甜花ちゃん」

「……お付き合いは、しないの……?」

「え?」

 

 そのセリフは、少し予想外だった。寂しがり屋な甜花が、そんな風に言ってくれるとは思わなくて。

 

「なんで?」

「なんでって……なんで?」

 

 本当に理解していないようで、キョトンと小首を傾げられてしまう。

 

「だって……甘奈とヒデちゃんが付き合ったら、甜花ちゃん……」

「別に、いづらくない……よ?」

「え?」

「相手が、ヒデくんだから……甜花も一緒に、混ぜてくれると思うし……どうしても二人きりになりたい時は、甜花……お昼寝する、し……」

「……ほんとに?」

「う、うん……甜花、お姉さんだから……だから、妹のなーちゃんは……ワガママ言っても良い、んだよ……?」

「て、甜花ちゃん……」

 

 マズイ、と甘奈は冷や汗を流す。そんな事を言われたら、それこそ告白したくなってしまう。

 何がまずいのか分からないが、とにかくまずい。

 

「大丈夫だよ、なーちゃん……」

「え?」

「なーちゃん……とっても可愛い、から……だから、ヒデくんもきっと……頷いてくれる、から……!」

「……うん。そうだね」

 

 甜花にここまで言われて、ビビるわけにはいかない。相思相愛と分かっているのだから、そもそもビビる理由がない。

 

「分かったよ、甜花ちゃん……甘奈、明日頑張るからねッ……!」

「にへへっ……応援してる、ね……?」

 

 気合を入れた甘奈は、明日に備えて早く眠る事にした。

 

 ×××

 

 翌日、午後から仕事の甘奈は早速、事務所に顔を出す。甜花と一緒に扉を開け、元気な挨拶をぶちまけた。

 

「おはようございまーす!」

「お、おはようございましゅ……!」

「おはよーございまーす」

「おっ、2人ともおはよう」

 

 はづきとプロデューサーが元気良く返してくれる。今日はバレンタインデー。勿論、秀辛以外の人にもチョコを用意している二人は、早速、職場でしか会わない二人にまずチョコを渡した。

 

「はい、プロデューサーさん、はづきさん。ハッピーバレンタイン! 甘奈と甜花ちゃんからだよ」

「にへへ……はっぴーばれんたいん!」

「ああ、ありがとな。甜花、甘奈」

「私もですか? ありがとーございまーす」

 

 二人に小さい袋を渡すと、今度ははづきが二人に紙袋を渡す。

 

「どーぞ、私からもチョコレートです」

「わっ、良いの? ありがとうございます!」

「にへへっ……やった……!」

 

 高そうなチョコレートだ。こんなのもらってしまって良いのだろうか? と思ったが、まず確認することがある。

 ソワソワした甘奈は、二人に当たりを見回しながら聞いた。

 

「あの……ヒ、小宮くんいる……?」

「小宮さんならいませんよ?」

「何処ですか? ……え、い、いない……?」

「ああ、ここ最近の無理がたたって、体調崩したらしい。今、家で寝てるって果穂が言ってたよ」

「…………えぇへ?」

「ひぃん……なーちゃんが、動かない石像に……」

 

 変な声だけが甘奈から漏れると共に、しばらくフリーズするしか無かった。

 

 

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