大崎さんには負けられない。   作:バナハロ

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ヴァレンティヌスの日(2)

 呆れる程、気の毒な事になっている秀辛に、思わず甘奈はため息をついてしまう。ホント、なんかたまに生きてるのが可哀想なくらいな目に遭っている男の子だ。

 今日、色んなアイドル達に風邪でいない事を伝えると、各々、呟きを漏らしていた。

 

 真乃ちゃん『ほわっ……風邪ですか? じゃあ、私の分、渡してあげてください』

 灯織ちゃん『私のもお願いします。あと、ちょうど持ってきてたポカリも持って行ってあげてください。……大丈夫です、まだ口はつけてませんので』

 金髪おっぱい『あたしのもお願い。ていうか、あたしが看病に行ってあげたほうが……あ、ダメ? あなたが行くの? 一緒に……ダメ? 絶対?』

 

 おっぱ……恋鐘ちゃん『あらら、風邪かぁ……じゃあ、うちがドーンと風邪も吹き飛ばすような栄養満点の料理ば……え、行くとは夕方? じゃあ、ネギだけでん持って行っちゃって!』

 結華ちゃん『ええ……風邪って……まぁ良いか。じゃあ、三峰のチョコ、渡してあげて』

 霧子ちゃん『風邪さん、ですか……? それは大変ですね……待ってて下さい、今お薬さん出しますね……あと、私のチョコレートさんもお願いします……』

 

 果穂ちゃん『夏葉さんのおうちで、今日は放クラのみんなでお泊まり会をするそうなので、私の分もお願いします!』

 智代子ちゃん『あーあ……なんか、ホント可哀想……まぁ良いや。私のチョコ、持って行ってあげて?』

 夏葉ちゃん『ホント、普段以上に無理するから……あ、これ持って行ってあげて』

 

 千雪さん『あらあら、風邪引いちゃったの……昔から、空回りが上手な子だったものね。じゃあ、私のもお願いできる?』

 

 と、愛されてるんだか愛されてないんだか分からないが、お陰で甘奈が紙袋いっぱいにチョコを持って行ってあげるハメになった。

 

「はぁ……別に甘奈がこれをしたかったわけじゃないんだけどな……」

 

 レッスンをいつもより早めに切り上げて、夕方には秀辛の家へ向かっていた。以前、ストーキングしたことにより道は覚えていた為、すんなりと家まで歩けた。

 

「……」

 

 前の時は招かれたわけだが、今日はそうではない。その為、以前には無かった緊張が胸を駆け巡る。

 少し、深呼吸をした。寒空の下特有の白い息が漏れ、彼にもらったマフラーに少し掛かる。

 

「ふぅ……よしっ」

 

 勇気を振り絞ると、インターホンに人差し指を乗せ、押し込んだ。ピンポーン……という音が鳴り響く。

 甘奈が来たんだし、少しは喜んでくれると嬉しいな……なんて思ってると、インターホンから声が聞こえてきた。

 

『……あい……』

「あれ……あ、秀辛くんのお父さんですか?」

『あ……?』

 

 声が低過ぎる。とても秀辛の声には聞こえなかったのだが……。

 

『げほっ、げほっ、ぶえっくしっ……うぷっ、やばっ……!』

「ちょっ、え、え……?」

『少々、お待ちく……!』

 

 直後、家の中からドタドタと足音が響いて来る。もしかして、泥棒かも……と、甘奈は冷や汗をかいた。

 どうしよう、と思い、まず思いついたのは警察。けど、泥棒では無かったら迷惑をかけてしまうし……。

 

「っ……」

 

 でも、放っておけない。弱っている秀辛の命がかかっているのだ。緊張気味に喉を鳴らすと、玄関に手を掛ける。鍵は空いていた。おそらく、果穂が閉め忘れたのだろう。

 ますます泥棒である可能性は高くなり、慎重な足運びで家の中に入る。さっきまでとは別の意味で緊張していた。

 抜き足、差し足、忍び足……なんて頭の中で繰り返していると「もしもし……あれ、帰っちゃったかな……」なんて声が耳に届く。相変わらずゾンビのような低い声だ。電気が付いているリビングから聞こえる。

 中を覗き込むと、そこにいたのは……パジャマの上からはんてんを羽織り、冷えピタを貼った秀辛の姿だった。メチャクチャ風邪と戦うスタイルである。

 

「ひ、ヒデちゃん……大丈夫?」

「……おおさ……なー……?」

「うわっ、顔赤っ⁉︎ どうなってるのそれ⁉︎」

「…………ばか、なんできた……移るぞ、ワンチャン……」

「い、良いから寝てないとダメだって!」

 

 大慌てで甘奈は荷物をその場に置いて、秀辛の元に向かい、肩を貸す。ふと香って来たのは、口臭。おそらく、さっき戻してきてしまったのかもしれない。

 それでも、距離を置く事なく甘奈は秀辛の自室まで運んだ。

 ベッドの上に乗せてあげると、布団をかける。

 

「だ、大丈夫? ご両親は?」

「いない……朝はごんなんじゃながっだがら……夜遅ぐまで飲み……」

「あーあーもうっ……お昼、何か食べた?」

「消費期限切れのうどん……」

「アホー!」

「ぞれじがなぐで……」

 

 仕方ないので、甘奈が食事を作るしかないが……その前に、まずはどんな症状が出ているのか聞いておきたい。

 

「症状は?」

「頭痛、腹痛、吐き気、眩暈、咳、くしゃみ、寒気、高熱、節々の痛み……」

「全部じゃん! ちょっと寝てて!」

 

 もうチョコどころではない。よく意識を保っていられるな、と感心するまである。

 本当なら食事にしたほうが良いのかもしれないが、戻してしまった後なら、食欲は皆無だ。無理矢理、食べさせても戻させてしまうだけかもしれない。

 ならば、まずは容態が落ち着くまで寝かせるしかない。

 まず、冷えピタを剥がすと、新しい冷えピタを探し出す。それと同時に、恋鐘にもらったネギをタオルで巻いて、あと歯ブラシに歯磨き粉を垂らし、上に持って行った。

 

「ヒデちゃん、寝る前に歯磨きだけしちゃおうか」

「え……いや……」

「はい、あーん……」

「ふあ……」

 

 意識が朦朧としているのか、素直に従ってくれた。シャカシャカと秀辛の口内をブラシで磨く。虫歯ひとつない綺麗な歯並びだ。

 

「……口、ゆすぎに行ける?」

「んー……」

「甘奈がおんぶしてあげるから。頑張って」

 

 とりあえず、再び秀辛に肩を貸した。下まで運び、洗面所で水を注いでうがいさせる。

 

「あと、汗すごいから着替えよう。身体も拭いてあげる」

「あ、うん……」

「じゃあ、動かないでね」

 

 あくまでも、秀辛の為だからだろう。甘奈はずっと真剣な表情のまま、秀辛のパジャマを流し、身体をタオルで拭いてあげた。

 新しいパジャマを探り探りで引っ張り出し、上から着させ、ズボンも履かせる。そのまま腕を引いて、再びベッドの上に寝かせつけた。

 

「はい、横になって」

「……ゼェ、ヒィ……はぁ……」

 

 かなり辛そうだ。……が、まぁやれることはやったので、次に目が覚めた時は、少しは楽になっているだろう。

 

「ふぅ……あ、そうだ」

 

 今度は台所に向かった。下にはさっき、置いてきてしまった紙袋がある。その中にはチョコレートが入っているので、とりあえず冷蔵庫に入れておかないといけない。

 霧子の薬だけ別にして、冷蔵庫に入れておいてから、ついでに料理を始めた。

 念の為、ここに来るまでにスーパーも寄ってきていたし、うどんは作れる。ネギとかまぼこを刻み、鰹節やら昆布やらで出汁を取ったスープを作り、あとはうどんを茹でるだけにして、再び部屋に戻った。

 

「……」

 

 視界に入ったのは、目を閉じて眠ろうとしている秀辛。まだ眠れないのだろう。風邪ひいている時に限って中々、眠れない気持ちはよく分かる。

 そのベッドにもたれかかるように、甘奈は床に座った。両端を秀辛の枕元で重ね、頬をツンツンと突く。

 

「まったく……ホント、バカだなぁ……」

「……」

「やっぱり、ヒデちゃんに男の人が夢見るようなハーレムは似合わないよ。たくさんのチョコより、ひとりの本命チョコの方が絶対に良いって」

 

 そう言いながら、ニコニコと笑みを浮かべる。

 

「……でも、どんなに他の女の子がヒデちゃんにチョコを渡しても……甘奈は、絶対に譲らないからね……?」

 

 本当なら、今日告白しようと思っていたが、この様子ではそれは無理なので延期。その代わり、聞いているのか聞いていないのか分からない彼に、言いたいことを言わせてもらった。

 そんな中「すぅ、すぅ……」と寝息が聞こえてくる。どうやら、眠ってしまったようだ。

 

「……」

 

 さて、眠られた事により、ようやく甘奈の中で緊張の糸が切れた。ホッとしたというか、少し疲れ過ぎたというか。

 どちらにせよ、完全に冷静になった。そうなれば、頭の中でさっきまでのことを思い返してしまうわけで。

 例えば、歯磨きをしてあげたとか、着替えを手伝ってあげたとか、トランクスと太ももの隙間からキ○タマ袋っぽいナニかが見えたとか。

 

「〜〜〜っ、な、何やってんの甘奈……!」

 

 顔を真っ赤にして、本人の真横で悶える他なかった。

 

 ×××

 

 目を覚ますと、頭が軽かった。まだ節々の痛みやら咳やらは収まっていないが、少し楽になっている。もしかしたら、思いっきり便器に食ったものを吐き出したからかもしれない。あれは割とスッキリした。

 ただ、微妙に秀辛はどうやってここまで戻ってきたか覚えていない。……というか、パジャマの柄も変わってる気がする。

 ふと机の上に置いてある目覚まし時計を見ると、時刻は記憶にあるうちから二時間経過していた。……そして、その下に表示されている日付は、2月14日。

 ……そうだ、バレンタインだった……。確約でもらえると思っていた甘奈のチョコまで貰う機会を失った。

 はっ、はははっ……と、笑いが溢れる。

 

「滅べ世界ィィイイイイッッ‼︎」

「わっ……ちょっ、な、何⁉︎」

「うえっ⁉︎」

 

 横を見ると、今一番見たいと思っていた顔が隣にある。

 

「っ、お、大崎⁉︎」

「……何?」

「じゃなくて……えっと、な、なー? なんでここに……?」

「看病。後、チョコ渡しに。欲しがってたから、みんなの分も貰ってきたよ?」

 

 それを聞いて、少し涙腺が緩んだ。まさか、わざわざ家に来てまで届けにきてくれるとは思わなかった。

 泣きそうになるのを必死に抑え込みつつ、思わず秀辛は行動に移してしまった。両手を広げて、甘奈の体を包み込んでいた。

 

「大さ……甘奈ああああああっっ‼︎」

「きゃああああああああああッッ⁉︎」

 

 思わずギューっと抱きしめ、絶叫してしまった。釣られて甘奈まで絶叫してしまう程の衝撃だった。

 

「にゃっ……ひ、ヒデちゃっ……い、いったい突然っ、にゃっ……にゃにをっ……⁉︎」

「っ、あ、わ、悪い……移しちまうな……」

 

 本当は別のことで狼狽えていた秀辛だが、言い訳臭く言いつつ離れる。その秀辛に、甘奈は照れを誤魔化すように笑顔を浮かべながら言った。

 

「あ、あははっ……元気になったみたいだね……?」

「あ、ああ……まぁ……あれ? てか、甘奈が看病してくれたのか?」

「ん……ま、まぁ……大した事はしてないよ。身体拭いてあげて、着替え手伝ってあげて、歯磨きしてあげただけ」

「……えっ、俺そんな介護みたいなことしてもらってたの……?」

 

 言われて、小さく狼狽える秀辛。まさか、そんな甜花みたいな事されるとは思わなかった。

 

「てことは……もしかして、俺のチ○コも見た……?」

「み、見てないよ! 流石にそこまではしてないよ!」

「あ、そ、そう……」

 

 少しホッとした。……いや、まぁそれでも大分、お世話されてしまったが。

 

「な、なんか……すまん。なー……」

「だ、大丈夫だよっ。それより、お腹空いてない? うどん作るよ?」

「い、いや大丈夫だ! 流石にそこまでされるのは男として情けない!」

「いやいや、寝てないと治らないでしょ?」

「じゃあ、なーが寝ててくれ。俺が代わりに作るから」

「いやそれ全然意味ないから!」

 

 立ち上がろうとする秀辛を、甘奈は強引にベッドに戻す。

 

「ほらほら、無理しない。こういう時くらい、甘奈に甘えてよ。……ね?」

「っ……ご、ごめん……」

「そんな事で謝るくらいなら、チョコを貰うためだけに無理した事を謝ってよね。……まったく、甘奈の計画、全部ダメにしてくれちゃったんだから」

「計画?」

「なんでもない」

 

 誤魔化されたものの、これ以上、追求する気力はない。仕方なくベッドの中に引きこもる。

 うどんを作りに行った甘奈の背中を眺めながら、秀辛は反省する。確かに、少し無理し過ぎたかもしれない。冷静に考えれば、昨日、帰る時には社長から「うちの事務所、知らない間に改修工事でもした?」と言われるくらい綺麗にし過ぎてしまった。

 バレンタインにチョコを貰えないくらい毎年の事だし、今年だけわざわざ焦る事はなかったのだ。

 その結果、チョコは貰えたものの、仕事を休み、こうして自分がリクエストまでかました少女に、バレンタインに看病に来させる始末だ。

 

「……はぁ」

 

 思わず自己嫌悪からため息が漏れた時だ。甘奈が早くも戻ってきた。

 

「お待たせ。うどんだよ。シンプルだけど……」

「……なー」

「どうしたの?」

「ごめんな……俺、バカで……」

 

 言われて、甘奈は一瞬、キョトンとする。が、すぐに笑みを浮かべて、秀辛の隣に座ると、うどんを箸で摘み、ふーっふーっと冷まし始める。

 

「はい、あーん……」

「っ、な、なー……?」

「ふふ、甘奈は……ヒデちゃんのバカなところも大好きだよ?」

「ふわっ……」

 

 思わず、着替えさせられたと自覚した時より恥ずかしくて、頬が熱くなってしまった。この子、今自分が告白したことに気付いているのだろうか? さりげなさ過ぎて言葉が出なかったが、甘奈はうどんを摘んだ箸を近づけて来た。

 

「ほら、あーん……」

「うっ……あ、あーん……ちゅるっ、ちゅるちゅる……」

「どう?」

「お、美味しいです……」

「ふふっ、良かった」

 

 甘奈の善意が、好意が、全てが秀辛の体温を再び上げた。

 

 

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