強敵出現!
高校入学して、もう1年経過した。春休みになり、もうすぐ俺と甘奈と甜花は二年生。特に三年生に親しい人がいたわけでもなかったため、卒業式後に顔出したりとかそういうのはしなかった。
で、今日は3月14日。事務所では、ホワイトデーということで、アイドル達が俺の作ったお菓子を目前に「うわあ……!」と声を漏らした。
「すごい! 可愛い! ……でも男子高校生の技術じゃない……」
「バラの形した……何かな、これ?」
「ほわっ……アップルパイだと思うよ……?」
「ホント、この道目指したら良いのにー……」
「これどれ食べて良いの?」
「みんなで一つずつ作ってあるって。とりあえず、アイドルとはづきさんとプロデューサーさんの分、全部」
「あたしも来年からチョコくれてやるか……」
なんて声が聞こえてきて、俺の中で何かが満たされていくのをしみじみと感じた。
そんな話をしつつ、アイドル達の真ん中にいる甘奈に手招きする。まだアップルパイは……手にしてないな。良かった。
それにより、甘奈はヒョコヒョコとこちらに駆け寄ってくる。それを眺めながら、俺はそのまま廊下に出る。
「どうしたの?」
後に続いて、甘奈も廊下に出てきて、俺が指差す衣装倉庫に入る。
少し、緊張気味に唾を飲み込みながら、俺は甘奈に紙袋を差し出す。それを受け取った甘奈は、小首を傾げる。
「これ何?」
「ホワイトデー」
「え、あれじゃないの?」
甘奈が指差した方向は、みんなでアップルパイを食べている部屋。いや、うんまぁそうなんだけどね……。
「や、これは……なんだ。お前の分だけ、特装版みたいな……」
「え?」
「い、良いから開けろよ!」
「ここで開けて良いの?」
「いや……やっぱ家で」
「開けまーす」
「おい」
なんか恥ずかしくなって来たから勘弁して欲しい、と思ったが、勘弁してくれなかった。
中を開けると、甘奈のバラは赤と白の二つセット。アップルパイと、ホワイトチョコも織り交ぜたホワイトアップルパイ。それをバラの形に仕立てた。
「き、綺麗……!」
「……そう?」
「写メ、写メ!」
満足するまでまずは写真を撮る。いろんなアングルから撮った後、甘奈がパイを持って、俺まで写真を撮らされた。
そして、改めて実食の時間。
「うん。食べて良い⁉︎」
「あー……うん、まぁ……」
「いただきます!」
普段の10倍界王拳で気合入れた料理を目の前で食われるのって、なんかやっぱ恥ずかしいや。
「あむっ……んっ、お、美味しい……というか、美味し過ぎる……?」
「あそう……」
「……でも、何か足りないなー」
「え、な、何……?」
マジ? 完璧な出来だと思ったんだけど……え、でも何処が? ていうか、甘奈がそういうこと言うの珍しいな……。
少し悩んでいる間に、甘奈は俺にパイを手渡す。何となく受け取ってしまうと、甘奈は目を閉じて口を開いた。
「え……な、何……?」
「分かるでしょ?」
「いや、分かるけど……え?」
「足りないのはそれだから」
「……」
そ、そういうことかよ……嵌められた。そんなに食べさせてもらうのが気に入ったのか? まぁ良いけど……。
「あ、あーん……?」
「あー……」
少しずつ、アップルパイを甘奈の口元に近付けて行く。……その綺麗な歯並び、綺麗な桜色の唇が控えめに開かれた口に少しドキッとしてしまい、胸が高鳴る。
いかんいかんいかん、変なこと考えるな。いや、何を考えた? とにかく、食べさせるだけだ。バレンタインの時もやったろ。
煩悩を打ち払いながら、口の中にパイを運ぼうとした時だった。
「あ────! 甘奈さんがお兄ちゃんに『あーん』してもらってます!」
「「っ‼︎‼︎‼︎」」
俺も甘奈も思いっきり動揺して両肩が震え上がった。慌ててお互いに扉の方を見ると、アホが胸前で握り拳を作って、全力で目を輝かせて、他のアイドル達を呼びに戻った。
そんな馬鹿でかい声を出されれば、他の女子達がやって来るかも時間の問題なわけで。
「っ、あ、甘奈っ、隠れるぞ」
「か、隠れるってどこに……!」
「と、とりあえずその辺!」
慌ててパイを持ったまま部屋の中を見回す。幸い、ここは衣装の倉庫。隠れられそうな場所はいくらでも……!
ふと目に入ったのはロッカー。……でも、あれにはおそらく甘奈が入る。つまり、俺は別のを探さないといけない。
そんな中、横に長い(おそらく)衣装を入れるための箱。背が低い俺ならギリギリ寝転がって入るくらいの大きさだ。
「よっしゃ! 俺はあの衣装箱の中!」
「あ、ず、ズルい!」
「お前も隠れるとこ見つけろよ!」
甘奈のセリフを無視して箱の中に飛び込む。パイだけは汚さないように胸前で抱えるため、仰向けになって寝転がった。
その直後だった。俺の真上から、甘奈が入って来る。
「ええええっ⁉︎ な、なんでだよ⁉︎」
「隠れる所ないんだもん!」
「ロッカーがあんだろがいッ!」
「もう遅い!」
言いながら、甘奈はさらに少しずつ俺の方へ体重をかける。それと同時に、顔が近づいてきて、俺も甘奈も頬が赤く染まっていく。
足が絡まる。腰から胸まで、一部の隙間もなく密着する。お互いの吐息がかかる。そんな距離まで接近……というか吸着し、鼻と鼻が触れ合った。
「「っ……!」」
何とかパイは回避させたものの、お互いにフリーズしてしまう。いや、ホント近っ……もうこれ、キス手前ギリギリで止まってる感じ……。
吐息が荒くなる。お互いの胸から胸へ、鼓動が交信される。羞恥だけではなく、緊張と興奮から頬の紅潮が濃くなる。
「ひ、ヒデちゃん……」
「ぁ、あまな……」
ヤバい、もうとにかくヤバい。何がヤバいって……なんか、このまま色々と間違いが起こりそうでヤバい……!
焦燥感さえ迫ってきて、さらに鼓動が激しくなる。つか、甘奈の胸、柔らかっ……ふあっ、頭が回らなくなっ……。
「ほらここです! ……ってあれ?」
戻ってきたことにより、俺と甘奈の意識は一気に現実へ引き戻された。ビクッとするのを必死に抑えられたのは、ホントそういう訓練を受けてるのでは? と錯覚するほどだ。
とりあえず、俺は耳をすませる。他に何人、いるか確認する為だ。
「なんだよ、果穂。誰もいねーじゃん」
「見間違いだったんじゃない?」
「いやでも……あの二人、最近そういうのやりかねない空気は、ある……」
「ふふ、双子の天使の片割れと幻の万能手が、周囲の目を盗んで行う逢引きか……可愛らしいじゃないか」
「逢引き……まるで少女漫画のようでございますね……」
「さくやんとりんりんって詩人だよねー」
「ほわっ……あ、あの二人……付き合ってたんですね……」
「あの……みんな、邪魔しない方が……」
「何言ってるのよ、千雪。こういうのは見ておかないと損するのは私達よ」
「付き合ってたんだったら……私少し悪いことしてたかも……」
「大丈夫ばい、めぐる。ヒデも甘奈も、そがん小さかこと気にする人やなかけん!」
「ふふっ……あそこ、ホワイトチョコパイさんが置いてある……」
「ほほう……一人だけ特別製……付き合ってるのは間違いなさそうですねー」
「あ、あるんですね……こういうの……」
なんでフルメンバーで見に来たんだあのバカドルどもがああああああああッッ‼︎ どんだけ人の恋路に興味津々⁉︎
ヤバいって、甘奈! うっとりしてる場合じゃな……!
「ひ、ヒデちゃん……どうするの……? こんなとこ、バレたら……」
「お、落ち着け……甘奈。一応、プランは三つある……一つずつ紹介していくから聞き逃すな」
「う、うん……」
よし、行くぜ。
「プランA……このまま隠れ続ける。物音一つ立てずにここにいれば、探すのをやめる可能性はある。……ただしこれは我々に行動すべき行為がなく、その上敵には田中摩美々軍曹が現場に出向いている為、ほとんど運試し的な要因に賭ける他ない事を示している……!」
「プランBは?」
「プランB……スマホを使う。さっき撮ってた写真を加工し、何とか屋上にいるように見せてツイスタに上げた上で、甜花や桑山さんに助けを求め、全員を屋上に誘導。その隙に脱出。しかしこれはこの狭い空間でモゾモゾと動か必要があり、最悪外に伝わるというリスクを冒さなければならない……!」
「プランC……!」
「プランC……逢引きって事にしちゃう」
「はえ……?」
「……もう、付き合ってることにして、その上で堂々としてる」
「……」
……まぁ、確実なのはBか? Cなんて開き直ってるだけだし。Aも無理だと思うし。
とりあえずそうなっても良いように、手を動かしてポケットを弄ろうとした時だった。甘奈が、少し覚悟を決めた表情で顔を赤らめながら言った。
「……Cが、良いな……」
「え?」
「……だから、Cが良い……」
……え、あの……そ、それってどういう……と、思った時だった。唐突に外から声が響く。
「みんなー、もしかしたら屋上かもよー?」
田中摩美々の声が耳に届いた。まだ工作は行っていないのに、だ。
「なんで?」
「いやほら、隠れるならパイの片割れをここに置いていくわけないでしょー? だからー、もしかしたらさっき果穂が呼びにきた時には、もう移動してたのかもー」
「っ、な、なるほど……!」
「あり得るわね」
「よし、行こう!」
ドタドタと衣装部屋からみんな出て行く足音がする。そのまま静かになり、約一分経過。俺が恐る恐る顔を出すと、もう誰もいなくなっていた。
……もしかして、もう終わった、のか……? なんか、助かったな……結局、プランAで良かった、ってことかな……?
「あ、甘奈、もう平気だよ」
「……そ、そっか……」
なんで少し残念そうなんだお前は。もしかして、バレたかったのか? それとも……。
何にしても、せっかくのホワイトデーなのにそんな顔していてほしくない。甘奈の口に、俺は食いかけのパイを運んで入れた。
「とりあえず、食べて元気出せよ」
「あ、ありがと……」
「ホワイトの方は家で食べる……ってことで良いか?」
「うん。ありがとう」
それだけ話して、念のため、甘奈が先に部屋を出て行った。残ったのは俺だけ。手ぶらのままひとまず戻るため部屋を出て行こうとすると、たくさんぶら下がった衣装の隙間から手が伸びてきて、肩を掴まれる。
「ちょい待ちー」
「っ⁉︎」
っ、くりしたぁ……口から心臓が飛び出すかと思っ……あれ? つか、一人残ってた……?
ギッギッギッ……と顔を向けると、そこにいたのは田中さんだった。
「っ……た、田中さん……?」
「やっぱりいたねー。しかも、まさかあの衣装箱にいたとはー……大胆ですねー、小宮?」
「……いや、あの……今のは……」
やべっ……甘く見てたか……もう少し、様子を見ておくべきだったか?
とにかく冷や汗をかく俺に、田中さんはニコニコ……というよりニヤニヤ笑いながら言った。
「安心しなよー、別に誰にも言わないし、お金を要求とかそんなんもしないからー」
「いや……でもホント付き合ってるわけじゃないんで……」
「うんうん。ただ……ひとつ貸しだからねー?」
「……」
……嫌な予感だけはビンビンする……そんな冷や汗を大量に流しながら、とりあえず俺も戻った。
高校一年生編でここまで長くする予定はありませんでした。反省してます。