翌日、午前中の仕事を終え、俺は昼飯を食べていた。甘奈と甜花は現場が違うので別。少し残念に思いながら、持ってきたお弁当を摘んでいると、俺の隣にひょこひょこ揺れるツインテールが座る。
「どうもー、小宮ー」
「ごちそうさまでした」
「まだ残ってるよー?」
逃げられない! ってなるゲームの主人公ってこんな気持ちなんだろうな。
「な、何か用ですか……田中さん。いや田中様」
「摩美々で良いよー」
「じゃあ、摩美々女帝」
「なんで女帝ー? 別に良いケドー」
良いのかよ、と思いつつ、そろそろ話はまとまったと思い立ち去る事にした。
「では、摩美々女帝。そういうわけで……」
「いやいや、何も終わってないからー」
「いえ、女帝とお呼びする事が決まった時点でお別れでも」
「バラすよー? ツイスタで」
「どうか、我がお戯れをお許し下さい、レディ」
跪くしか無かった。なんて事言い出すんだ、この人は。
「何かお話でしょうか?」
「うんうん。素直でよろしー」
よろしーじゃねえよ……覚えとけよこの野郎め……。
少しイラッとしている間に、摩美々女帝は書きたいことを聞いてきた。
「小宮は、なんでも作れるんだよねー?」
「え、いや何その確認? 核兵器とかは無理ですよ?」
「いやそんなのお願いしないからー。例えば……めっちゃリアルな虫のおもちゃとか」
「ええ……何そのリクエスト……」
……ちょっと普通に無理だよ……。紙粘土を使って細かく彫って色付けても、脆さだけはどうしようもない。何に使うつもりか知らんけど、すぐ壊れるよ。
「無理だから。500円のガチャポンの奴、買った方が良いですよ」
「ふーん……使えなー」
「何に使うんです?」
「咲耶が今、使ってるロッカーの中に入れておくだけー」
なんて事するんだ、この人……ん? 待てよ?
「咲耶って……白瀬咲耶さん?」
「うんー」
「運動と勉強も出来て?」
「うんー」
「背もそこらの男より高くて? 顔もシュっとしたイケメンで?」
「うんー」
「男が羨ましがる要素を全て持ち得る、生まれる性別を間違えたアイドル?」
「うんー」
あの人が慌てふためく姿……正直、見たいけど……でも、俺も一応、アイドルをサポートする仕事に就いてるしなぁ……迷惑を掛けるのは……。
「すみません。手伝いは出来ません」
「あっそー。そういえば、昨日なんだけどねー」
「?」
「こんなの撮っちゃったんだー」
言いながら、摩美々女帝はスマホの画面を見せつけてきた。そこに映っていた動画では……。
『ふぅ、お腹すいちゃったなー。何食べようかな……』
『おや、愛しい声が聞こえてくると思えば……双子の天使の片翼じゃないか』
『あ、咲耶さん。こんにちはー』
『今からお昼かい?』
『うん。甜花ちゃんも誘ってね』
『なら……(壁ドンっ)、私もご一緒させてもらってよろしいかな?』
『はうっ……う、うん……良い、よ……あっ』
『おおっと、すまない。お財布を落とさせてしまったね。(甘奈の前に跪いて財布を拾う)……落とし物だよ、私のバンビーナ』
『あ、ありがとう……(瞳に♡)』
……。
「よし、泣かすか」
「うんうん。やっちゃおー」
「明日まで時間が欲しい。大丈夫、例のブツは確実に納品して見せましょう」
「よろしくー」
誰に手を出したか教えてやろう、あのクソイケメンめ……!
×××
悪戯に使う道具だが、泣かしても絶対にトラウマにさせてはならない。俺がクビになっちゃうからね。
従って、虫のモデルはゴキブリは絶対にダメ。ていうか、俺も虫好きじゃないんだ。ゲームに出てきたり、映像で見る分には平気だけど、リアルで見ちゃうと最悪。
そんなわけで、吟味に吟味を重ねて作ったモデルが……こいつだ。
「お納め下さい。摩美々女帝」
手渡したRGM-79のガンプラの箱の中に入っているのは、カミキリムシと芋虫と蛾のオモチャだった。
「うわっ……す、すごい……」
「種類はアオスジカミキリ、マイマイガ、アゲハ蝶の芋虫でございます。マイマイガは羽の関節部を敢えて緩めに作り、羽自身は紙に柄を描いて作りました。故に、宙に浮かせておくだけで、僅かな風圧により羽が多少、動きます」
大変だったのよ、マジで。風とかで最初に仰ぐとマイマイガ自体が回っちゃってね。
今でもそれは変わっていないけど、本当に関節を緩くしたから、羽も動く。おかげで他二つにはギミックを仕掛けることが出来なかった。
「なるほどー……いやぁ、想像以上だねー」
「如何でしょう?」
「うんうん、ありがとー。じゃあ、仕掛けの方は悪い子の摩美々ちゃんに任せてねー」
「良いですか? 如何にいたずらと言えど、やり過ぎはよくありません。完膚なきまでに叩きのめす程度にして下さい」
「それ以上の表現があるのかを聞きたい所ですねー」
言いながら、摩美々女帝はロッカールームに行った。あそこは男子禁制だから、俺はリアクションを見ることはできない。
でも、まぁ悲鳴くらい聞こえるでしょ。とりあえずそれで十分かな。
俺と摩美々女帝が組んだ事は気取られないよう、敢えて他人のフリを貫く。
しばらく、リビングのような場所で掃除し、社長やプロデューサーさん、はづきさんの為にコーヒーなどを入れ、次に疲れたアイドルのために、適当に摘めるレモンの蜂蜜漬けを用意していると、その俺の肩に手が乗せられた。
「ヒーデちゃん♪ 何してるの?」
「ああ、甘奈。レモンの蜂蜜漬け。まぁこれ二、三日寝かさないとだから、三日後の分なんだけどな」
「ふーん……一枚ちょーだい?」
「話聞いてた?」
「……ダメ?」
「仕方ないな……三日前に作った奴が冷蔵庫にあるから、そっち食べなさい」
「ありがとー!」
く〜〜〜っ…………可愛い……。なんだ、この子……俺の心を全力で溶かしてくるな……。良かったよ、俺。お前と知り合えて……。
すると、甘奈は辺りを見回す。人を探しているのか? どこに何があるかくらい、甘奈なら把握しているだろうし……あ、甜花と一緒に食べるつもりなのか。なるほど。
残念ながら、この部屋には俺と甘奈しかいない。先に冷蔵庫から蜂蜜漬け取っとけよ。……と、思っていると、甘奈は俺の耳元で囁くように言った。耳元がくすぐったい……でも、せっかく甘奈から寄ってくれてるし、離れたくない……。
「あ、あのさ……」
「何?」
「た、食べさせて欲しいな……なんて……」
「っ、お、お前……ここ事務所だぞ?」
「い、良いでしょ? ……誰も、他にいないんだし……」
「っ……」
……少し前から、甘奈は誰かに食べさせてもらうのにハマってしまったようだ。いつも、甜花のお世話をしているから、お世話をされるのが新鮮なのかもしれない。
とりあえず、手元のビンの蓋を閉めて冷蔵庫にしまうと、入れ替えで別のビンを取り出す。
キュッと開けて、レモンを取り出す。蜂蜜が垂れても良いように、右手を真下に添えて。
「甘奈、あーん……」
「あ、あーん……」
蜂蜜を垂らさないためとはいえ、甘奈は少し斜め上を向いて口を開ける。その感覚が、少しなんか既視感があって……。
……なんか、犬にジャーキーをあげる直前みたいだな……。
そんな風に思いつつ、差し出そうとした時だった。
「ピギャアアアアアアアアアアッッ‼︎」
唐突に悲鳴が聞こえ、それと同時に扉が勢いよく開かれる音がする。さらにその直後、ゴシャッと重たい音が聞こえた。
「っ、な、何……⁉︎」
いや、俺もそう思う。悲鳴の後の扉が開かれる音は、おそらく更衣室の扉が開いた時の音だろうけど……ゴシャってなんだ?
と、思っている間に、今度はまた扉が開かれる音。俺と甘奈がいる部屋の扉だ。
どんな顔してんのかなーと思い、顔を出すのと、白瀬さんが鼻血が出たまま涙目でこっちを見るのがほぼ同時だった。
あの鼻血……もしかして、更衣室から飛び出した時、顔面を壁に強打でもしたのか?
「あ……咲耶さん……」
甘奈が声を漏らしたが、白瀬さんには聞こえていない。俺の方へガンダッシュ。そのまま顔面に胸を押し当てるように抱き締めてきた。
むぎゅっ……や、柔らかい! え……マジ柔らかい。何これ、宇宙?
「……は?」
「たっ、助けてくれヒデ! む、虫っ……虫がっ……わ、わたっ……私の、ロッカーに……!」
「んーっ、んーっ!」
あ、ヤバい。心地良すぎる……。なんという、なんという大きな……ゴム? ゴムゴムの実でも食べたのか?
巨乳とか、もはやそんな話じゃない。柔らかさの奥に感じる優しさと慈愛……それはまるで、母なる大地の恵にも似た幸福が……。
「咲夜さん! ひ、ヒデちゃんを離してー! 苦しがってます……!」
「っ、す、すまない! 大丈夫か、ヒデ……ヒデ?」
「む、胸が……巨乳が……おっぱいが……」
「……は?」
「あっ……あ、甘奈。すまない……彼も、少し急に衝撃が来たから驚いてしまっているだけだ。だから、どうか落ち着いて……」
「おっぱいイズワンダホー」
甘奈のビンタで、正気に戻ったけど意識を失った。
×××
はい、怒られました。プロデューサーさん、はづきさん、白瀬さん、そして何故か恋鐘さんにまで怒られた。
まぁでも、摩美々女帝も一緒だったし、その辺は怒られて仕方ないよね、と思う。もう二度とするなどまで釘を刺されました。
だが、俺にしか怒らなかった奴が、一人だけいる。
「あ、甘奈……ホント、マッチポンプとかそんなんじゃなかったんだって……」
「最低男」
「摩美々女帝の口車につい乗っちゃって……だから、ホント胸が目当てだったわけじゃ無くて……」
「女泣かせ」
「お願いだから、話聞いてくれ……分かった、お前が気になるなら、バストアップ方法一緒に探すから……」
「くたばれ」
……相当怒ってる……。
……自分だって、イケメンに壁ドンされてうっとりしてた癖に……。
「……自分はいいけど、他人はダメなんだな?」
「……は?」
「お前だって、白瀬さんに壁ドンされて頬を赤らめてた癖に」
「っ、そ、それは……ていうかなんで知ってるの⁉︎」
「俺ばっか怒られるのおかしくね」
「……」
……しまった、つい言いたいこと言ってしまった。仲直りする気あんのかよ、俺。謝らないと……でも、今の言ってから謝ると、ご機嫌取りしてるように見えそうだな……。
あーもうっ、なんで俺はこう……ガキなんだ。何か、何か言わないと……と、思っていると、甘奈が顔を赤くしたまま先に口を開いた。
「……う、し……から……」
「え?」
「……妄想、してたから……」
「え……白瀬さんで……? もしかして、レズなの?」
またビンタされた。両頬に大きな紅葉を作ったままの俺に、再び甘奈は言った。
「だ、だから! ヒデちゃんにあんなこと言われて、そんなことされたって脳内で補完してたの!」
「え……いや俺はあんな恥ずかしいこと言わないよ。死んでも」
「妄想なんだから良いの!」
そ、そんなこと言われてもな……でも、そうか……。白瀬さんにときめいていたわけではない、んだな……。
「……ごめん、甘奈。俺が悪かった」
「何で謝ってるの⁉︎」
「いや妄想の件じゃなくて。普通に、その……少し今のは、逆ギレだったわ……」
「あ、う、ううん……でも、反省してよね。女の子をいじめるような人、甘奈好きじゃないから。……というか、なんでそんな事したの?」
「え? いやだから摩美々女帝に唆されて……」
「それでも、そんな事する人じゃないでしょ。ヒデちゃん」
「……え、そ、そう……?」
いや割と人によって意地悪はする方だけど……まぁでも確かに職場でそういうことするタイプではないか。
え……でも、言うのは、ちょっとな……。だって、早い話がみっともなく嫉妬しただけだし……。
「な、なんでだろうな?」
「言ってくれないと許さない」
「……」
……そ、それはずるいだろ……。
「……や、まぁ……だから、甘奈をナンパしてたから……ちょっと、イラついただけ、というか……」
「……えへっ、えへへへっ……」
……う、嬉しそうにすんなよ……。クソ、恥ずかしいのに可愛い……。
少し照れていると、甘奈は不意に決心したような表情になり、唾を飲み込む。思わず、俺にまで緊張が移ってきてしまった。
「ね、ねぇ、ヒデちゃん……」
「っ、な、何……?」
「甘奈、ね……実は……」
「……へ?」
「ずっと、前から……ヒデちゃんのこと……」
「っ……」
え、ちょっ……まさかこんな所で告白って……マジで……!
「ヒデー! 今度はうちんロッカーに虫ば入れたなー⁉︎」
「「っ! っ! っ!」」
慌てて二人で飛び退いた。というか、甘奈がジト目で俺を見た。
「……入れたの?」
「俺じゃないよ絶対! お前ずっと一緒にいたろうが!」
「摩美々がヒデって言うとったけん!」
「なんであの歩くデタラメ吐き出し機みたいな奴の言うこと信じられるんだよ⁉︎」
「誰が歩くデタラメ吐き出し機?」
「じ、冗談っスよ〜、摩美々女帝〜」
「さっきから思ってたけど、その呼び方なんなのヒデちゃん!」
いつの間にか、告白とかそんな空気はなくなっていた。