大崎さんには負けられない。   作:バナハロ

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悪い奴がいる組織にいるからって、全員が悪い奴とは限らない。

 学校が始まり、早一週間。相変わらず、楽しそうに周りの連中が過ごしている中、俺は相変わらずクラスの真ん中でポツンとスマホいじり。

 いや、もう終わってるよホント。だって普通に考えてみてよ。これ悪意あるよねってレベルで運動部に囲まれてんだよ? 話しかけて来ないし、話しかけようにも身内で盛り上がっててタイミング掴めないし。

 一回、勇気出して佐々木がいない時に「なんの話してんの?」なんて聞いたけど、サッカー部の内輪ネタだけ。結局、話せる事なんか無かった。

 でも、俺がわざわざ教室から移動するのも、なんか負けた気がする。何故なら俺がここから動けば、100%サッカー部の連中は俺の席に座る。だから意地でも動かない。

 堂々とした態度で、俺は絵を描き続けた。ルーズリーフに、甘奈の絵をカリカリと。俺はこう見えてメンタルは弱くても意志は強いから。どんなに晒者にされても、俺は絶対ここから動かんよ。

 

「でさー、正直さぁ。顧問マジさー」

「それなー。あいつマジクソだよな。この前、めっちゃ理不尽にキレられたんだよね」

「あーあれだろ? ゴール前の奴で、人によってミスしたらキレる相手変える奴」

「それ! なんか最近、俺めっちゃキレられんだよね」

 

 それはそれだけお前のこと買われてんだよ。俺の両親も、中学の頃は果穂ばかり目にかけてて、俺の事は無視だった。中三の冬から……即ちゲームばかりやらないようになってから、また見てくれるようになったけど。

 まぁ、でもそういうの伝わらない奴はどんなに頑張っても何にもならないからな。

 ……っと、目が少し変だな……甘奈の目もっと、こう……もう少しパッチリしてるし。

 実は、一日家にいる時はずっと甘奈の絵を描いてる日もあるから、もう写真無しでも描ける。……本人には内緒だが。

 ちなみに、水着も下着もコスプレも描いてない。なんか、こう……好きな子を描く時は……原作遵守でいきたい、見たいな? あと好きな子のエロい絵とかクズ過ぎでしょ。

 

「……」

 

 あれ、つーかなんか静かになったな。さっきまで中身のない愚痴で盛り上がってた癖に。

 顔を上げると、前の席の佐々木が俺を見ていた。正確に言えば、俺の机の上。

 

「……お前、それ甘奈か?」

「あ?」

「へー、上手いじゃん。見せろよ」

「やだよ」

「良いだろ、減るもんじゃねーし」

「おれから何も減ってないけど、お前からデリカシー減ってるよ」

「ブフォッ!」

 

 吹き出したのは、佐々木の取り巻きのサッカー部。今の返しは俺も上手かった自覚があるわ。

 けど、このプライドが高い男が、それを許すはずがない。そして、その矛先は当然、俺に向く。

 

「は? お前何。喧嘩売ってんの?」

「いや、先に絡んで来たのお前」

「挑発するようなこと言ったのお前だろ」

「挑発以前に配慮が足りない行動取ったのはお前」

「お前、自分が配慮されるほど高尚な人間だとでも思ってんの?」

「いや友達でもない人間には普通、何かしら配慮するでしょ」

「お前みたいな奴には必要ないだろ」

「え、お前が俺の何を知ってるの?」

 

 煽っているつもりはないんだけど……でも、言い返さなかったら、それはそれでクラスでの立ち位置悪くなるし……いつまでも受け身である奴が、いじめの対象になるのだ。やられたらやり返す、を認めない学校は絶対にいじめが流行る。

 そもそも、高校の社会と大人の社会は違う。大人になりゃ、黙ってされるがままが賢いのかもしれんけど、高校は黙ってされるがままじゃ意味ないのよ。

 しかし……少し、言い過ぎたようだ。佐々木は俺の胸ぐらを掴み、立ち上がった。持ち上げられるように俺の体も浮き上がる。

 

「……おい、佐々木」

「やめとけよ、今のはお前が悪いだろ」

 

 ……ここで一発殴らせて退学させても良いんだけど……でも、痛いの嫌だし、俺はこんなことで目の前の奴の人生奪おうとも思えない。

 

「……チッ、覚えとけよテメェ」

「お前も俺が今の顧問にチクれば終わりな事を忘れんなよ。頼むから、俺に関わるな」

「っ……」

 

 あと手を離して、と言おうとした時だ。ここでまたタイミング悪くバカがやって来てしまった。

 

「ヒデちゃーん! 甘奈がいなくて寂しい思いをしてると聞いて、遊びに来てあげたよー!」

 

 なんで用件を丸々全部まとめて言っちゃうんですかね……。人の話を聞かない奴は、こうなると変な勘違いしちゃうでしょ。

 

「あ、甘奈……!」

「あ……さ、佐々木くんもいるんだ……」

 

 おいおい、面倒臭くなるぞこれ……って、いや待て。そういえば、俺さっき甘奈の絵を……案の定、佐々木はニヤリとほくそ笑んでいた。

 

「おーい、甘奈。見ろよこいつ。お前の似顔絵描いてんぞ」

「っ、て、てめっ……!」

「えっ……?」

「似過ぎててお前どんだけ甘奈のこと見てんだってくらいなんだよこいつ」

「……」

 

 こいつ……ホント、嬉々とした顔で……。まぁ良いや。黙って描いてたのは事実だし。

 ツカツカと甘奈は歩いてきて、佐々木の手元からルーズリーフを奪った。

 

「わっ……ほ、ホントだ……」

「なっ、キモくね?」

「もう……描くなら、言ってくれれば……モデルくらい、良いのに……」

「はえ?」

 

 ……いや、だからな? 

 

「もうモデルいなくても描けるから良いんだよ。普通に恥ずかしいし……」

「……っ、そ、そっか……。でも、ヒデちゃんばっかりズルイから……甘奈にも、後で描かせて」

「え、いや……まぁ、良いけど……」

「今日オフだから、後でヒデちゃん家ね!」

 

 そのまま甘奈は教室に戻って行った。絵を持っていって。……まだ、完成してないんだけどな……。

 

「……チッ」

「佐々木、もうやめとけよ。諦めろよ」

「他にも可愛い子いるから、狙うならそっちにしろよ」

 

 自分で言うのもあれだけど……俺もそう思う。甘奈以上に可愛い子いるかはともかく、悪いけど他の男に甘奈はやらんぞ。

 

 ×××

 

 さて、放課後。甜花だけ仕事で、俺と甘奈はオフ。甜花を事務所まで送ってから、二人で俺の家に来た。まさか、本当に家に来る事になるとは……。

 

「ただいまー」

「お邪魔しまーす」

 

 返事はない。俺の部屋に向かいながら家の中を見回すが、家族どころかマメ丸の姿もない。

 

「誰もいないっぽいな。果穂は遊びに行ったっぽいし、お袋は……マメ丸いないから、散歩かな?」

「そっかー。またお義母さんに料理教わりたかったのに」

「いや何しに来たのよお前……」

 

 絵を描きに来たんじゃないの? というか……絵、描けるの? 

 

「そんなの……絵なんて、ただの口実だから……」

「は?」

「……ヒデちゃん家に、遊びにきたくて……」

「……」

 

 バレンタイン以来だっけ……お前ホントそういうの直球でさ……。

 

「……と、とりあえず、お茶とお菓子持ってくるから、座って待ってて」

「……う、うん……」

 

 それだけ言って、部屋から出て行った。危ない危ない……ついうっかり、心臓が爆発する所だった。

 とりあえず、気を鎮める為にお茶を急須から淹れ、お菓子も手作りで準備した。おかげで無駄に時間食ったわ。

 オボンに乗せて部屋に戻ると、甘奈は俺の机を物色していた。

 

「……何してんの?」

「っ!」

 

 床にお茶菓子を置きながら声を掛けると、ビクッと肩を振るわせる甘奈。

 

「え、いや……その、甘奈の絵、どれくらい描いたのか見たくて……」

「え、いやそれはちょっと見られるの普通に恥ずかしいんですけど」

 

 直後、今度は甘奈の視線が急に鋭くなった。え、今あなたが怒る要素あった? 

 

「ダメ」

「ダメって何⁉︎」

「だ、だって……甘奈の水着の絵とか、描かれてたら……恥ずかしい、し……」

 

 え、いや恥ずかしいってそういう意味じゃないんだけど……。

 とりあえず摘めよ、と言わんばかりに床を促しながら腰を下ろすと、甘奈も俺の前に大人しく座る。

 

「いや、別に描いてないよ。コスプレも下着姿も描いてない。……というか、見たことないのに描けないから」

「……」

 

 甘奈の裸に近い格好とか、目にしたことはない。去年の夏だって、一緒にプールのバイトはしてても、プールで遊んでたわけじゃない。学校だって、ビキニとかじゃなかったし。

 

「……み、見たい、の……?」

「見たい。……え、何を?」

 

 待って、あまりに短絡的に答えてしまったけど、何の話? まさか下着の話とか? てかなんで顔赤くしてんの? 

 

「だから……あ、甘奈の……肌、とか……」

「いや……いやいやいやいやっ! 見ない見ない! そういうのは付き合ってからでしょ!」

「付き合ってたら、良いの……?」

「っ……!」

 

 ま、待て待て待て! そうかも、だけど……でも俺コ○ドーム買ってないし(唐突な話の飛躍)! 

 

「ねぇ、ヒデちゃん……ホントは、ヒデちゃんも気付いてる……でしょ?」

「っ、な、何が……?」

「だから……甘奈と、ヒデちゃんの……気持ち」

「……や、まぁ……」

「なら、さ……もう、良い……よね?」

「っ、な、何が……?」

「分かってる癖に……」

 

 ……っ、わ、分かってる、けど……いや、でもこんなムードもへったくれもない感じでそれはないでしょ……するならもっとこう……遊園地の観覧車で想いを告げたりとか……てか、人が葛藤している中、地を這うように接近しながら顔を近づけてくるな! 俺もなんか色々アレで抵抗できない……! 

 甘奈の圧に負け、両手を後ろに着きながら思わず後ずさると、本棚に背中をぶつけた。

 振動で、本棚の一番上にあるスケッチブックが落ちて来た。それが甘奈の頭に当たった。

 

「痛ッ……!」

「っ、わ、悪い。大丈夫?」

「だ、だいじょうぶ……って、これ……」

 

 うわ、それ……よりにもよって隠してた奴……! 

 止める間もなく、甘奈は中を開いた。開いてしまった。基本的には、どのページも甘奈と甜花のツーショット……或いは二人のソロか。

 しかし、10枚に1枚くらい、ほんの気まぐれで描いちゃった奴があって。

 

「……」

「……」

 

 甜花が甘奈のネクタイを引っ張り、キスの直前に見えるようにも見え、甘奈も拒みきれないような表情をしている……そんな絵だった。

 

「……何これ」

「……いや、それは……その……ちょっと、魔がさして……二人をカップリングさせるなら、甘奈が受けかなって……」

「……」

「いや、言い訳じゃないけど、これは二次創作だから! 甘奈が他の人とキスするなんて、自分で描いた絵以外……それも甜花以外じゃ許せないと思ってるから! だから……!」

「少し黙って」

「はい」

 

 終わりだ……。月島さんが来ないと……。

 思わず主人公のように放心しそうになった時だ。なんか……甘奈の顔が真剣になる。

 

「…………そっか、絵の中なら、ヒデちゃんであんな事やこんな事……」

「え?」

 

 え……な、何する気? 

 

「ヒデちゃん、やっぱり今日、甘奈に絵を教えて!」

「絶対嫌だ」

 

 何されるか分からんし……万が一、BLに目覚められたら……うん、絶対に嫌だ。

 

「どうして⁉︎」

「いや……自分の絵を描かれるのってなんか抵抗あるし……」

「甘奈のはこんなに描いてる癖に!」

「お前はいいの! でも俺のはダメ!」

「ワガママ!」

「ワガママで結構!」

「うう〜……!」

 

 悔しげに目尻に涙を浮かべる甘奈。そんな顔しても、ダメなものはダメ。大体、この絵だって一年くらい前なら……というか今でも正直、少し嬉しいだろお前。……自分で言ってて複雑に思ってしまったな……。

 というか……この先、万が一にもこの絵に触発された甘奈が甜花の事を愛し過ぎて、双子でお付き合いなんてことになったら、俺はいよいよ……。

 ……保険、じゃないけど……早めに付き合った方が良い、気も……。

 

「……別に、俺の絵なんて……描くことないだろ……」

「や、だから人の絵はガンガン描く癖に……」

「……ずっと一緒に居れば、絵で表現する前に実現できる、わけだし……」

「え……あっ……」

 

 かあっと顔が赤くなる甘奈。落ち着いたのに落ち着きを失っていた。お互いの気持ちは知っているんだから、後は口にするだけだろ。ビビるな、俺……! 

 

「甘奈、実は俺……」

 

 2秒後、母ちゃんが帰ってきて延期になった。

 

 ×××

 

「はぁーあ……」

 

 もう何回、俺と甘奈は告白延期してんだろうな……バカみたい。ていうか、もうお互い好き同士なんだから、わざわざ告白なんて儀式をする必要あんのか? いや、もちろんそういうのに憧れはあるから効率厨とかではないけど、ここまで延期になると流石にもういいわって思ってしまう……。

 や、でもまぁ昨日はあのまま告白しなくても良かったかもな。もう少しムードとか欲しいし、そもそも「自分の絵を描かれたくないから告白する」ってなんだよ。

 今のうちに何処でどんな告白するか、シミュレーションしておいた方が良いかも……。

 デ○ズニー? 観覧車? それとも、帰りの公園、夕日をバックに? 

 まぁ、その辺は恋愛に憧れをアホほど抱いている桑山さんあたりに相談でもすれば良いかな。

 なんて考えている時だった。

 

「小宮」

「スパンダム⁉︎」

「ど、どうした……? 道力9か?」

 

 後ろを見ると、昨日のサッカー部のうちの一人がいた。

 

「えっと……マイケル?」

「伊藤だ! どう見ても日系人の顔だろ!」

「誰?」

「サッカー部だよ! 昨日、佐々木を止めてた!」

「ああ……何、なんか用? イジメの先兵か?」

「違うわ! ……ただ、その……なんだ。頼みがあって」

「死ねとか?」

「どんだけ卑屈になってんだ! 頼むから少しは信用しろ!」

 

 いや、出来るわけないじゃん。だってお前、サッカー部だろ? 佐々木の取り巻きが何言ってんの? 

 

「お前に描いて欲しい絵があるんだよ」

「やだよ」

「だから聞けって!」

「好きな女の子の絵を描かせておきながら、ストーカーに仕立て上げるつもりか? その手には乗らんぞ」

「こいつだよ!」

 

 いや、描く気ないから見せんなよ、と思ったのに、勝手に差し出されたスマホの画面には……エアグルーヴが写されていた。

 

「え……」

「こいつの、スク水が見たい。ピッチピチにはち切れんばかりの」

 

 何処とは言わなかったが、大体察している。

 

「……サイズが合ってなくて食い込む感じで頼みたい」

 

 なかなか良い趣味してんなお前。

 

「なんで俺?」

「お前しかいないからだよ。こんなこと頼めるの」

 

 ……まぁ、オタク趣味を言える相手と言えない相手はいるわな。

 

「描いてくれたら、佐々木がまたなんか変なことしたら止めてやる」

「お前にそんなこと出来んの? あいつ……なんか唯我独尊・自意識過剰に見えるけど」

「……正直、全く脈がないのに、あの……大崎さん? にアタックし続ける佐々木は見てられない」

 

 なるほど……まぁ、気持ちは分かる。悪い事じゃないんだけど、痛々しいよね。そもそも、俺の好きな子にアタックしてんのに、俺自身が危機感をまるで感じていないのが全てを物語っている気がする。

 甘奈も多分、今日はこっち来ないし。……てか、俺から行こうかな。

 

「まぁ、描くだけなら。でも俺、スク水の絵とか描いたことないから、時間かかるよ」

「良いよ。別に急ぎじゃねーし、待つわ」

「あそう」

 

 まぁ俺を嵌めようとしている可能性もあるし……あんま信用はしないようにしよう。……あと、スク水の絵は甘奈にバレないようにしよう。絶対に。

 

 


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